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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
154/315

32

 かつてないほどの気合の入った闘気術を放ったイヴだったが、対象のファイヤーグレムリンは聴覚がないのかと思うほど飄々としていた。

 むしろ側にいたリリーたちのほうがダメージを受けていた。咄嗟に耳を塞ごうとしたのだが両手が縛られていたのでできなかったのだ。


 リリーはクラクラしながら仲間に指示を出す。


「し……シロちゃんはトロッコの進行方向、クロちゃんは反対側を見て、なにかあったら教えて!」


「か、かしこまりました!」「了解」


 同時に頷くシロクロコンビ。


「ミントちゃん、ミルヴァちゃん、一緒にイヴちゃんを援護しよう!」


「おーっ!」「承知した!」


 スコップを掲げるちびっこコンビ。

 リリーも予備で持ってきていたスコップを構える。戦闘開始だ。


「一気に決めるわよっ!!!」


 イヴは言うが早いがショベルをメチャクチャに振り回しはじめる。

 ガンガンと刃先が連続で命中し、身体から火花を散らしながらグレムリンはよろめいた。


 しかしイヴは攻撃の手を緩めない。容赦ない連撃を浴びせ続ける。


 いつもは体重より重い剣を扱っている彼女にとってショベルは物足りない軽さであった。

 その憂さ晴らしをするかのようなメッタ斬りはいつもの数倍の手数と命中率を叩き出していた。

 ちびっこコンビが横からスコップの先でつついて加勢する。


 こちらの攻撃は一方的、面白いようにグレムリンに決まっていた。その様子を見ていたリリーは思う。

 ……イヴちゃんはいつもの大剣より、もう少し軽い剣を持ったほうがいいんじゃ……?


 不意にグレムリンが攻勢に出た。前のめりに倒れるように身体を揺らし、イヴめがけて腕を振り下ろす。


「……あぶないっ!」


 火事で倒れてくる柱のようなそれを、割って入ったリリーが盾で受け止める。

 インパクトの瞬間、あたりに火の粉が舞い散った。


 軽そうな一撃だったが見た目よりずっと重かった。イヴが支えてくれなければ力負けしてしまうところだった。盾ごしに灼熱を受けて肌が焼かれる。


 まさしく燃えてる丸太でぶん殴るようなグレムリンの攻撃。

 ピエロのようにおどけているが、不意に現れる本性は悪魔そのものだ。


 グレムリンの腕が離れていったのでリリーは盾の表面を見てみた。

 金属のフレームはへこみ、木製の部分は焼印のような跡がつきヒビ割れていた。付与されていたげっ歯類はいつの間にか消えている。


 リリーは身震いした。たった一回の攻撃で盾をこんなにするなんて……かなりヤバい……!


「今度はこっちの番よっ!!」


 固まるリリーを押しのけ、イヴが再び攻撃に転じる。

 先ほどよりもさらに速く、力強い連撃を放つ。


 右、左、右、左……フックのような水平斬りの連続をノーガードで浴び、身体をなすがままに泳がせるグレムリン。再びサンドバックと化す。


 イヴの攻撃は全て通っている。そして相手からの反撃はリリーの手によって凌げた。

 状況は一見してこちらがリードしている……それも圧倒的に!


 このままいけばこの炎の悪魔は断末魔の時をいつかは迎えるはず……。


 しかしリリーは言い知れぬ不安を感じていた。そんな瞬間はやって来ないのではないかと。

 目の前のグレムリンはイヴの手によってボコボコにされている。痛がるようにのけぞり、身体を削るように火の粉を散らしている。


 うまくいっているが……うまくいき過ぎている。不自然なほどに。


 インプたちと戦ったときは自分たちが強くなっていることを実感できたが、この相手に関してはなんというか……子供と大人のケンカのような、手のひらで踊らされているような気分だった。


 自分たちの攻撃はこの悪魔にとって、子供のパンチ程度でしかないのではないか……!?


 イヴの攻撃は目覚ましいものであったがだんだんと速度が落ち、やがてスタミナが切れたのか、とうとう中断してしまった。

 そこで一同は決定的な瞬間を目撃する。


 何の攻撃も受けていないというのに、グレムリンは右へ左へのけぞり続けていたのだ。

 イヴの攻撃は気持ちのいいほど決まっていたが、それはグレムリンがやられたフリをしていただけだった。


「もうおわってるよ~」


 とミントから言われて気付くグレムリン。

 何事もなかったかのように再び身体をクネらせおどけはじめた。


「ううっ、あんなに殴ったっていうのに全然こたえてないっていうの……!?」


 手応えは確かにあったのに一向に効いている様子はない。

 まるで剣術練習用の人形を相手にしているかのような無機質さ。


 不安が的中した。幻を相手にしていかのような感覚にとらわれリリーは戦慄する。


 風に揺れる柳のようにフラフラと踊る精霊。身にまとう炎が陽炎となって全身が蜃気楼のようにユラユラと揺れていた。


 イヴはぜいぜいと肩で息をしていた。おちょくるような態度を続けるあの悪魔をぶん殴って黙らせてやりたいが、腕があがらない。

 それにこんな軽い武器では撫でているようなものだ。いくらやっても物足りない。


「くっ、もっと重いエモノはないのっ!?」


 苛立ち見回すイヴ。しかし彼女の要望に応えるモノはなかった。

 どうしていいかわからず押し黙るリリー、顔をしかめるミルヴァ、キョトンとするミント、過ぎ去っていく通路をぼんやり眺めるクロ。


 ずっとへたり込んだままのシロは何か言いたそうに、でも言ってもいいのかなと口をぱくぱくさせたあと、


「あ…あのっ!」


 勇気と声を絞り出した。


「は……柱が……伏せてくださいっ!」


 続く悲痛な叫び。皆は一斉にトロッコの進行方向を向く。


 壁から突き出した柱が迫ってきているところだった。高さ的に立ったままぶつかると胸から上が吹っ飛ぶ。

 しかし到達までの距離はまだ少しある。心配性のシロは早めに報知したのだが、言われた通りに今伏せてしまうと無防備な姿をグレムリンに晒してしまうことになる。


「みんなは伏せて! グレムリンの攻撃は私がなんとかするから、直前になったら教えて!」


「バカね、さっきの攻撃もひとりじゃ受けきれなかったでしょ!」


 リリーは皆に指示したが、すぐにイヴから突っ込まれてしまった。

 ひとりにはさせないと、盾を構えるリリーに寄り添うイヴ。


 ふたりして攻撃に備える。グレムリンは諸手を上げて海藻のモノマネをするように身体を揺らしていた。


「片手の攻撃は防いだから、次は両手で来るつもりね。……チャンスよ、受けると見せかけて左右に分かれてよけるのよ、そして同時にカウンターを狙いで頭をぶん殴ってやりましょ」


 敵の狙いを読んだイヴの囁き。リリーはてっきり防御するものだと思っていたのでその提案は予想外だった。内心驚きはしたものの黙って頷き作戦を受け入れる。

 カウンターはタイミングが命、うまく決まれば数倍のダメージを与えることができるが失敗すれば大ダメージを受ける……いわばハイリスクハイリターンな賭け。


 しかしイヴはそうでもしないとこの悪魔にダメージを与えられないと悟ったのだろう。リリーは失敗できないプレッシャーを感じ、固唾を飲んで盾を構えなおす。

 そんな緊張感あふれる勇者と戦士のすぐ隣で、無防備なミントとミルヴァが耳打ちしあっていた。


 まるでイタズラの算段をしているような楽しそうなちびっこコンビ。

 障害物が迫ってきており、その折につけこんだ敵の攻撃があるかもしれないというのにまるで差し迫った様子がない。


 ひそひそ話をやめたミントとミルヴァは唐突にグレムリンの肩越しに視線をやった。何もないはずのところをじーっと凝視しはじめる。


「えーっと……ミントちゃん、ミルヴァちゃん、なにをやってるの?」


 敵を見据えたままリリーは声をかけたが、返事はなかった。

 部屋の天井隅で何かを見つけた猫のように、ふたりの少女はまんまると目を見開き同じ方向、ただ一点に真剣な眼差しを送り続けている。


 その不可思議な行動にはグレムリンも気づいていた。しかし意図までは気づいていないようだった。

 イヴも同様のようで「こんな時にふざけてんじゃないわよっ!!」と怒鳴っている。


 リリーはハッとなった。

 先ほど柱が迫ってきたときのふたりの反応が脳裏にフラッシュバックする。


「ふ、伏せてくださ……!」


 シロが叫んだが、


「「あああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?」」


 ほぼ同時に虚空を指さした幼い盗賊と女神の驚愕が上書きする。

 咄嗟にグレムリンはミントとミルヴァの指さす方角を向く。


 刹那、ストーンゴレームの腕のような石柱がファイヤーグレムリンに激突し、上半身を轢き飛ばしていった。

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