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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
153/315

31 トロッコ

 インプの乗ったトロッコがリリーたちを追撃する。

 小さな敵たちはトロッコに満載になっており、さながら雑技団の曲芸のようであった。


 しかし見るからに過積載だというのにスピードはあちらのほうが速い。

 数匹がかりでハンドルを動かしているのと、周囲にいる者がショベルをオールのように使って漕ぐのをアシストしているからだ。


 仲間の応援のもとリリーとイヴがいくらがんばっても推進力の差は埋まらない。あっという間に追いつかれて並走状態となってしまった。


 山積みになったインプたちは揃ってこちらを睨みつけている。いまにも何か仕掛けてきそうな雰囲気だ。

 リリーは振り切るのは無理だと判断し、漕ぐ手を止めて仲間に呼びかけた。


「みんな、迎撃しよう!」


 一同はトロッコの側面に並んで敵と対峙するフォーメーションをとった。

 ショベルを構えたリリーとイヴが前に出て、ミント、ミルヴァが一歩さがってスコップを構える。クロは棒立ち、シロは速いトロッコの上では動くことができずへたり込んだままだ。


「ギィーッ!」


 山の頂上にいたリーダーらしきインプがリリーたちを指さしながら叫ぶ。

 それを合図に山の中腹にいたインプが飛び込んできた。


「来るんじゃないわよっ!!」


 イヴは嫌悪のかけ声とともにショベルでなぎ払う。

 フルスイングされた刃部が空中のインプを捉え、見事クリーンヒット、カーンと甲高い音とともに打球のように吹っ飛ばした。


「ナイスバッティング! イヴちゃん!」


「うむ、見事な快音じゃ!」


「イヴちゃんすごーい!」


 ショベルでぶっ叩いたのが思いの外気持ち良く、また仲間たちの賞賛も受けてイヴは調子に乗った。


「次はもっともっとブッ飛ばしてやるわ! さぁ、鳥になりたいヤツからかかってきなさいっ!!」


 「さすがにそこまでは飛ばんじゃろ」という女神のツッコミが入る。

 しかしインプたちには脅しが効いたようで、リーダーが指示しても誰も飛んでこなくなった。


「さぁさぁさぁ、ビビってんじゃないわよっ! 星になりたいヤツはどいつなのっ!?」


 ついにはショベルをバトントワリングのように振り回しはじめた。


 揺れるトロッコ、ツインテールなびく強風。そんな不安定な状況下でもぶれることないしなやかな演舞。

 敵も味方もつい見とれてしまったが、それもわずかな間だけだった。


「あっ」


 ショベルが手汗ですべり、取り落としてしまう。

 掴みそこねたショベルはトロッコの床を転がり、カランコロンと澄んだ音をたてて地面に脱落した。


 演舞を見ていた面々は同じ頭の動きで遠ざかっていくショベルを見送る。

 あたりに響くのはトロッコが突き進む音のみとなってしまった。


「あっあっあっあっ、危ないですっ!!」


 無言を打ち破ったのは、絞りだすようなシロの悲鳴だった。


 進行方向には石柱が飛び出していた。

 ちょうど頭くらいの高さの位置であると気づいたリリーは咄嗟にイヴに飛びつき、押し倒す。

 シロは半泣きになりながらクロの足元にすがった。クロは立ったままの姿勢を崩さず、人形のようにパタリと倒れた。


 刹那、リリーたちの上空を横たわった石柱が通過する。

 ミントとミルヴァのちびっこコンビは立ったままだったが、身長が低いので髪の毛の先が触れるくらいですんだ。


 隣のトロッコではまともに柱の被害を受けていた。

 隕石が直撃した山のように中腹より上がまるごと持っていかれ、インプはバラバラに四散していた。


 敵ながらも無残な姿にリリーは肝を冷やす。


「あ、あぶなかったぁ……」


「そうね……っていつまで乗っかってんのよっ」


 倒されていたイヴはひと息もつかずリリーを押し起こしながら自らも立ち上がった。

 ミントとミルヴァに引っ張られ、シロとクロも起き上がる。


「ねぇねぇ、あれなあにー?」


 伸びるくらいにクロのローブを引っ張っていたミントがなにかを発見する。

 進行方向には、燃え盛る大きな人影が立ちふさがっていた。


「ファイヤーグレムリン」


「ぐ、グレムリン!? あれが!?」


 クロの説明を受け、リリーが叫ぶ。


 グレムリン……精霊の一種でいわゆる「妖精」に分類される。

 イタズラ好きな性格ではあるが害はなく、愛らしい外見で人なつっこいので人間たちからは好まれている存在だ。


 しかし彼らはあるきっかけにより凶暴化するという特性を持っており、そうなると完全にモンスターとなり、人を襲うようになってしまう。

 非常に厄介な特性であるがそのきっかけというのは未だ解明されていない。

 突如凶暴化したグレムリンによる被害は後をたたず、モンスター研究家たちによる解明が待たれている。


 リリーたちの前に突如現れたグレムリンは炎属性、そして明らかにモンスター化している。


 身長2メートルはあろうかという長身のひょろ長い人型。

 体毛のようになびく炎を全身にまとい、中に見える骨格は(おこ)った木炭のように赤熱している。

 凶暴化の影響で顔は醜く歪み、さながら生きている邪神像のように恐ろしく変貌していた。


「ボオォォォォォォォォン!!」


 耳元まで裂けた口から火炎放射のような叫喚が発せられる。短距離ランナーのような走り方で向かってくるグレムリン。


 衝突の寸前で跳躍し、小悪魔たちを蹴散らすようにトロッコに着地する。

 ぐりんと上半身だけ回転させて、リリーたちのほうを向いた。


「なにコイツ!? 気持ち悪いわねぇ!!」


 罵り反応し、にゅっと顔をのばして間近でイヴを見下ろすグレムリン。


「ボオッ、ボオッ、ボオォォ!!」


 熱を吐くような威嚇。あまりの不気味さにリリーたちは後ずさる。

 しかしイヴは一歩も退かず、上目づかいでキッと睨み返す。


「……その熱っ苦しいツラ、近づけんじゃないわよっ!!」


 拘束された両手で拳を作り、怒号とともに渾身のアッパーを放つイヴ。

 燃え盛るグレムリンのアゴにクリーンヒット、グシャッという音とともに顔がのけぞり首が伸び上がった。


 イヴは実に気が短い。喧嘩前の睨み合いは数秒で我慢できなくなり手が出てしまう。

 本人的には先制攻撃こそ戦いの華だと思っているのでその性分はむしろ誇りにすら思っているようだ。


 しかし……相手の形態が何であるか判断する余裕は持ちあわせてはいなかった。


「熱っ!! なにコイツ、メチャクチャ熱いじゃないの!?」


 グレムリンの顔はかなり熱かったみたいで、影絵遊びのハトみたいに手をバタバタ振って冷ましはじめる。


 アッパーを放ったせいで両隣で繋がれているシロとミルヴァが引き寄せられ、イヴの側にいた。


「だ、大丈夫ですか?」


 イヴの両手にフーフー息を吹きかけるシロ。


「そりゃあんだけ燃えてればアツアツじゃろうに」


 あきれるミルヴァ。


「うるさいわねぇ……くっ、素手が無理なら、蹴りで……」


「はい、イヴちゃん!」


 リリーは自分の持っていたショベルを差し出す。先ほどイヴが落としてしまったのと同じやつだ。

 そういえばもう一本あったんだとイヴは遠慮なくショベルを受け取る。


 グレムリンはまだ上を向いたままだ。チャンスとばかりに追撃を狙う。

 大上段から振りかぶり、めいっぱいの力を込めショベルの刃を振り下ろす。


「せいっ!!」


 腹のあたりをひっぱたかれ、腰をくの字に曲げてよろめくグレムリン。

 トロッコの端のあたりまで後ずさり、このまま落ちてしまうかと思われた。


 「やったか!?」とリリーたちは期待したが、ギリギリのところまで踏みとどまったグレムリンは縁のところで「おっとっと」と両手を回してバランスをとりはじめた。

 おどけるピエロのようなその仕草に、本当のピンチでないことはすぐにわかった。


 2回の攻撃はどちらも会心の手応えがあった。だがそれを受けたにもかかわらず、グレムリンはまだ余裕。

 端で落っこちそうなフリをしながら、とうとう火の玉でお手玉を始める始末だった。


 戦いの最中にふざける……いままでにないタイプの敵。

 「お前の攻撃を受けても平気だった」アピールに、イヴの身体はかっと熱くなった。


「アイツは絶対に……アタシが倒す……!」


 つぶやきのような誓い。

 直後、噴火するような雄叫びが洞窟内を激しく揺らした。

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