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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
151/315

29 吊橋

 坂の上で蠢き迫る無數の小さな影。足音は最初さざ波のようであったが、すぐに雪崩のような地を揺らす音へと変わった。

 背後にはさらにおびただしい数のインプが列をなしていることは想像に難くない。


 モンスターのなかでも最下位クラスの強さであるインプは脅威も少ない。冒険者にとっては質の悪い悪戯をする子供くらいの存在だ。

 しかしこれだけの数が揃うと一挙手一投足するだけで重低音が響き、さながら巨人が動いているようであった。

 畑を食い荒らすイナゴの群れのような集団が持つむせかえる殺気が生まれ、圧となって迫ってくる。


 敵のみしか見えていないかのような血走った目、少しでも早くともがき空を引っ掻く爪。

 壁にぶつかり、つまづき倒れる仲間がいても容赦なく踏み越えていく。


 捕まえてやるぞ、などという生易しい感情は一切感じとれずムキ出しの攻撃本能のみがビリビリと伝わってくる。


 追いつかれたら、ヤバい……!!

 背後を気にしながら、リリーはかつてない危機を感じていた。


 敵意をもった集団から追いかけられるのは初めてではない。

 かつて、とある村で粗野な鉱夫たちから追い回されたことがある。


 そのときは百人に満たない数で、しかも言葉の通じる人間で、相手も泥棒を捕まえてやろうというくらいの気概だった。


 しかし今の状況は遥かに悪い。三桁、下手すると四桁はいるであろう数と、正気を失った雄叫びは降伏を許さない殺気をはらんでいる。

 もし捕まったら牢屋に逆戻りではなく……間違いなくその場で殺される。


 鋭いミニナイフのような爪でえぐり、尖った鉄串のような牙で喰らいつき引きちぎる……食堂で見た彼らの食事風景を思い出す。

 あの料理の肉みたいに食い荒らされることを想像し、リリーは背筋を震わせた。


 食べられて死ぬというのは想像を絶する苦しみを伴う。

 生きたまま皮膚を剥がれ、血をすすられ、内臓に噛みつかれる感覚。

 意識ある状態で捕食される恐怖を、リリーは過去に何度か経験済だ。


 自分はまだしも仲間をそんな目にあわせるわけにはいかない。焦るリリーは走る速度をあげた。

 急にスピードを上げてしまったので手を引いていたシロの足がもつれ倒れそうになる。

 シロの隣にいたクロは巻き込まれて無言でヒザをついた。


「キャッ!? す、すみませんっ!」


「ご、ごめんシロちゃん、クロちゃんっ!」


「ああもう、何やってんのよっ!!」


 リリーはシロを抱え起こし、イヴはクロを引っ張り上げる。

 それぞれ二人三脚のように肩を組んで、再び走りだす。


 しばらく坂道を進むと突然広い場所に出た。足元がぐにゃりとゆらぎ、またバランスが崩れる。

 皆は一瞬、また罠に引っかかったのかと錯覚してしまう。


 リリーたちが逃げている通路が大きな横穴と交わり、広大な空間となっていたのだ。

 いま立っているのは数メートルの高さの位置にある、鉄製の吊橋。

 橋の先にはリリーたちが出てきたような穴が続いている。どうやら壁の穴どうしをつなぐ渡り廊下がわりの橋のようだ。


 左右には本道のような巨大な洞窟が横たわっており、どちらを見ても遥か遠くへと緩やかなカーブを描き続いている。

 眼下は蜃気楼のように揺らぐ熔岩の川がゆっくりと流れていた。


 広大な空間ではあるが、通路としては事実上一本道。

 今いる吊橋を渡って向こう岸にある穴に行くだけだ。


 橋は太い鎖と厚い鉄板により頑丈そうに見えるが、錆びて赤茶けておりギシギシと軋んでいる。

 このまま渡って大丈夫かとリリーは躊躇するが、進むしか選択肢はない。


「い……行こう、不安定だからゆっくり行きたいけどそうも言ってられないから……早足で!」


 リリーのかけ声に反対する者はいなかった。坂を駆け下りていた半分くらいの足運びで吊橋の上を進んでいく。

 岸から遠ざかると揺れが大きくなる。風にあおられたブランコのように左右に振れる。


 不安定な足場に加え、鍋の上を歩いているような熱風が下から吹き上げ不安をかきたてる。リリーは下を見るたびに龍の舌のような真っ赤な熔岩に吸い込まれそうな気分になっていた。


 何度も足を止めそうになったが振り払い床板を蹴るようにして進んでいく。シロは怖さのあまりリリーにしがみついていた。

 胸に顔を埋めているシロが震えているのを感じとり、リリーはまた足を止めようかと逡巡する。


 しかし、背後からインプたちが雪崩れ込んできてそれどころではなくなってしまった。橋の状態を考えずに次々と乗り込んでくる。

 橋全体が悲鳴をあげるように大きく揺れ軋み、橋板がミシミシと歪みへこむ。明らかなる重量オーバー。


「わあぁ、ヤバいっ!!」


 バランスを崩し倒れそうになるが、手すりを掴んでなんとか堪える。


「走るわよっ!!」


 もはや一刻の猶予もないと悟ったイヴは皆を牽引するように走りだす。

 リリーたちは尻もちをついてしまったが、おかまいなしに農耕牛のようなパワーでグイグイと引きずった。


「わぁ~!?」


「ま、待って待ってイヴちゃん!」


「ああっ、お、お尻が……!」


「焼ける! 尻が焼けるぞぉーっ!?」


「我慢しなさいっ!!」


 両手を縛られているので処刑にあっているような体勢で引き回される仲間たち。懇願しても刑吏のような厳しさで一喝された。


 いくらイヴが力持ちとはいえ5人を引きずって逃げるのには無理がある。

 あとひと息で橋を渡り切れるというところで、ついに追いすがられてしまった。


 列の最後尾にいたミルヴァとミントが足首を掴まれる。


「ええい、離せ! 掴むでないっ!」

「い~や~! だめ~っ!」


 ふたりの悲鳴を聞きつけたイヴが気付き、身体を翻した。

 いじめっ子を見つけた正義のガキ大将のように猛然と足場を駆け戻る。


「いくわよ、リリーっ!!」

「う……うんっ!」


 リリーは送られた合図の意味をすぐに察した。

 立ち上がり、盾を構えてイヴと並ぶように走りだす。


「やるわよ、リリーっ!!」

「うんっ!!」


 続けざまの合図とともに放たれるイヴの飛び蹴り。弩級のようなそれは先の宝箱を破壊したときよりも数倍の勢いを感じさせた。

 姿勢を低くしてシールドチャージの体勢に入るリリー。盾の先にげっ歯類が付いているので普段よりもパワーアップしている。


「うおおおおおおおおおおおおおーーーーーっ!!!」

「触るんじゃ……ないわよぉぉぉぉぉぉぉーっ!!!」

「シャアアアアアアアアアアアアアーーーーッ!!!」


 ふたりの少女と一匹は息のあった咆哮とともにインプに挑みかかった。


 ラッシュを切り返す強烈な攻撃が炸裂。

 インパクトの瞬間、ドォンという衝撃とともに橋が大きく波打つ。


 先頭にいたインプたちは散り散りに吹っ飛び橋の下へ落ちていく。

 後続は勢いに負けもんどりうって倒れ、バタバタとドミノ倒しになる。


 ボキンと金属のへし折れる音とともに鎖が弾け飛ぶ。

 橋が真ん中からまっぷたつに別れ、インプたちが溶岩の川へと落ちていく。


 体当たりの勢いのまま、宙に投げ出されるリリーとイヴ。

 かつてあった橋板はなく、足元は空を切る感触のみ。


 藁にもすがる思いで走り高跳びのように足をばたつかせていたが……たちのぼる灼熱の空気が迫ってきて、容赦なく少女たちの肌を焦がした。

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