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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
リリーとゆかいな仲間たち
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 『パーティ課題達成の証の石版を手に入れよ。はじまりはタラッタの入り江から。』


 夏休みの初日、学院で課題の書かれた紙切れを受け取った私たちは、入り口のロビーに集まっていた。ロビーには私たちのいる島、『バスティド島』の立体模型が展示されているので、それを参考に皆で作戦会議をしていた。


 パーティ課題、その達成を表す石版を手に入れることができれば、夏休みの宿題はやらなくていいのだ。空はあんなに青いのに、部屋にこもって教本とにらめっこする、私にとってはある種の拷問ともいえる行為から解放されるのだ。もっと色々言われるかと思っていたけど、与えられた課題は至ってシンプルだった。唯一のヒントは『タラッタの入り江』。


「タラッタの入り江?」

 入り江というからには、海の近くなんだろう。私は模型の南側に立ち、海岸線をざっと見渡した。


「ここからかなり北にいったところですね」

 北側にいるシロちゃんの白くて細い指が、模型上にあるタラッタの入り江を指さした。


「うわー、こら遠いわ」

 西側に立つイヴちゃんは腰に手を当てたまま、眉をひそめた。目測するとラカノンの十倍くらい離れている。


「徒歩なら、十日」

 東側のクロちゃんは、模型を見もせずつぶやいた。


「みんな……行ったことある?」

 東西南北に散らばるみんなを見渡すと、全員首を横に振った。


「運河を使って……船でそばまでいければだいぶ楽になるわね」

 入り江の側を通る運河を指でなぞるイヴちゃん。


 このバスティド島は周囲に五つの港があり、真ん中の王都を中心としてクモの巣のように運河が通っている。なので長距離の移動手段として船は一般的だったりする。


「船かぁ、いくらくらいだろ」

 子供のころはママと一緒によく乗っていたが、自腹では一度も乗ったことがない。


「おふねなら、だいじょうぶだよ」

 私の隣で上半身を乗り出しながら、王都の位置にある城の模型をツンツンいじっていたミントちゃんが、顔を上げて言う。正直、思いもよらなかった人物からの提案だった。


「大丈夫、って……ミントちゃん、なにかアテでもあるの?」

「うん、おじさんによくのせてもらってる」

「おじさんって?」

「よくしらないおじさん」


 よく知らないおじさんに乗せてもらっちゃダメでしょ……思わず心の中で突っ込んでしまった。別に保護者ぶるつもりはなかったが、なんだか不安になってくる。変なおじさんに関わっているんじゃないのかと。


 課題にとりかかる前に、その不安を取り除いておきたかった私は、

「ねぇ、ミントちゃん、そのおじさんのところに連れてってくれないかな?」

 肩に手を置いて小さい子に諭すように聞いてみた。すると、


「いいよー」

 実にあっさりとした返事がかえってきた。


 作戦会議を中断した私たちは学院を出て、ミントちゃんに「よく知らないおじさん」のところに案内してもらった。ヤバそうなところだったら、すぐ逃げるつもりで。

 先頭を行くミントちゃんについていくと、この街の運河沿いにある港に着いた。市場でもそうだったけど、この港でもミントちゃんは有名人だった。急がしそうに作業する港の人たちはミントちゃんの姿を見ると手を止めて、親しげに声をかけてきた。

 挨拶をかえしながら、まるで自分ちの庭みたいに港を横断するミントちゃん。気後れしながらついていくと、大きな館の前でピタリと足を止めた。


「ここー」

 背伸びしてレンガ造りの館を指差すミントちゃん。その声に気づいた門番の人が、

「おお、ミントちゃん。いらっしゃい」

 厳つかった表情を和らげて歓迎してきた。


「って、ここ、商館じゃないの!」

 イヴちゃんが肘で私を小突きながら、小声で言った。


 商館は港に来る船や人や貨物などを取り仕切っているところで、海運が盛んなこの島ではかなりの影響力を持っている場所だ。普通に考えて私たちみたいな人間がおいそれと入れる場所ではないはず……なのだが門番の人は何の疑いも持たず、大きな扉を開けてくれた。完全に顔パス状態だ。


 商館の中はフカフカの高そうなじゅうたん、きらびやかで高そうなシャンデリア、なんだかよくわかんないけど高そうな置物などがあって、とにかく「高そう」という言葉しか思いつかない自分の語彙の貧困さに嫌になるほど高そうなモノだらけだった。


「あら、ミントちゃん、こんにちは。後ろにいるのはおともだち?」

 受付のお姉さんも親しげに話しかけてきた。


「うん!」

 ミントちゃんは両手をバッとあげて、元気に応えた。


「商館長なら二階にいるわよ」

 商館長といえばかなり偉い人のはずだけど、お姉さんはまるでオヤツは戸棚にあるわよ、くらいの軽さで言った。


「ありがとー」

 言いながら、ズカズカと二階にあがっていくミントちゃん。まわりに置かれている高級な調度品に恐縮しながら、おそるおそるついていった。


 二階にあがると正面に、いままで以上に豪華な両開きの扉があった。ひときわ大きなその木扉は金細工で装飾され、上の方にはステンドグラスの明かり取り、両脇にはなにか犬と虎のハーフみたいな動物の彫像……正直、開けるのに勇気がいるレベルの扉だったが、

「おじさーん!」

 それをノンストップで開くミントちゃん。怖いもの知らずか。


「おっ! ミントちゃんか! よく来たな!」

 黒光りするいかにも高そうな木机でなにか書いていた、おそらく商館長らしき人物は顔をあげるなり明るい顔でミントちゃんを歓迎した。


 ヒゲ面によく日焼けした肌、いかにも海の男といった無骨さを漂わせる商館長さんだったが、

「どうした? またお船に乗りにきたか?」

 おねだりに来た孫を見るような、その風貌に似つかわしくない笑顔で立ち上がった。……それにしても、話が早すぎる。


「うん! えーっと、どこだっけ?」

 振り向いたミントちゃんが私を見ている。急に振られてびっくりしてしまって、


「え、あ、いや、あの、私たち、タラッタの入り江に行きたいな、なんて……」

 口ごもりながらもなんとかそれだけ伝えた。


「タラッタか、なら一番近いのはムイースの街だな!」

 よく通る声で即答された。さすがに商館長だけだって、運河のことは把握しているらしい。


「ムイース行きは……これから出る便があるな、ちょっと待たせとくか!」

 宝石で装飾された置き時計を見た商館長さんは、とんでもないことを言った。私たちのためにこれから出港する船を止めようというのだ。


 壁際にある伝達管に歩いていく商館長さん。その音に金属音が混じっていたので足元を見ると……片足が義足だった。

「あ、あのっ」

 伝達管のフタを開いて何か言おうとしたところを、なんとか遮った。


「ん? コイツが珍しいのか?」

 私の視線を察した商館長さんは、片足を持ち上げながら言った。


「コイツはな、海で巨大イカとやりあって持ってかれちまったんだ」

 顔を落としながら、しみじみと言う。


「あ……ご、ごめんなさい」

 聞いちゃいけないことかと思って、謝ると、

「気にすんな! そのかわりヤツの足も二本ほど持ってってやったからな!」

 一瞬暗くなりかけた雰囲気を、突きだした握り拳で弾き飛ばすかのように、威勢よく返してきた。


 少し緊張の解けた私は、

「あ、あの、お金は、いくらぐらいなんでしょうか?」

 本来聞きたかったことを切りだした。


「カネ? なんの?」

 きょとんとした顔で聞き返された。まさか聞き返されるとは思わなかったが、

「運賃です」

 ツバを飲み込んで、なるべく落ち着いて聞きなおしてみた。


「……ハッハッハッハッハッ!」

 一瞬の沈黙のあと、豪快に笑いとばされて、

「ミントちゃんのツレから金なんか取ったら、俺ぁ港中のヤツから恨まれちまわぁ!」

 太い声をさらに野太くした答えがかえってきた。


「は、はぁ……」

 なんだかもう、ついていけない世界だった。


 商館長さんの申し出は大変ありがたかったが、私たちは課題の準備を何もしてきていなかった。ふたりをほっとくと世界一周の大航海でも始めそうな盛り上がりっぷりだったので、なんとか明日のムイース行きの船に乗せてもらう約束だけして、私たちは商館をあとにした。

 港から街へ戻りながら、私はいままでとは違うタイプの疲労を感じていた。みんなも同様のようで、なんだか疲れた顔をしている。


 ミントちゃんだけは変わらない調子で、私の隣をスキップするように歩いていた。

「……ねえミントちゃん。あの商館長さんとはどうやって知り合ったの?」

 それだけは気になっていたので、聞いてみると、


「えーっとねぇ……よくおぼえてないや」

 考える仕草をしたものの、すぐに挫折したような答えが返ってきた。


「あっ!」

 答えるや否や気になるものでもあったのか、じゃらしを見つけた猫のごとく駆け出す。ターゲットは、果物の入った木箱を運ぶ人だった。


「おじさんおじさん、それなあにー?」

 木箱に入った果物が珍しいらしく、飛び跳ねながら箱の中を覗き込んでいる。あれは……チェリモアの実? 確かにこのあたりではあまり見ない果物だ。


「誰だいお嬢ちゃんは?」

 立ち止まった男の人は、いぶかしげにミントちゃんを見ている。どうやらこの人は、ミントちゃんのことを知らないようだった。


「ミント!」

 しかし彼女はそんなことはおかまいなしに、疑いの雲を晴らす太陽のような笑顔で応えた。そしてくるくるとよく動く瞳でなおも話しかけていた。そのあまりの無邪気さに、相手の顔がどんどん柔らかくなっていくのが遠目でもわかった。


 しばらくして、戻ってきた彼女はチェリモアの実を両手に抱えていた。


「いっぱいもらっちゃった! はい!」

 曇りの見当たらない笑顔で私たちに実を差し出す。


 ……わかった。ようやくわかった……たぶんあんな感じで商館長さんとも仲良くなったんだ。そうか、そうか……彼女は人と仲良くなる天才だったんだ……と納得しつつもそのカリスマ性にビックリしていると、私の隣にもっと驚いてるのがいた。


「す……すごい……です……」

 人見知りするタイプのシロちゃんは、まるで伝説のモンスターを見るかのような、尊敬と畏怖が入り混じった複雑な表情でミントちゃんを見つめていた。


 ……こんなに驚愕したシロちゃんを見たのは初めてで、そのときの顔はしばらく忘れられそうにないほど、印象的だった。

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