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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
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27 宝箱

 墨汁の洪水により浸水してしまったような漆黒の部屋。

 その中央には金属の装飾が施された大理石の箱。ところどころ焼け焦げてはいるが、中に大事なものが入ってそうな雰囲気をこれでもかと放っている。


「い、行ってみよう!」


「おーっ!」


「承知したっ!」


 仲良し姉妹のように息の合った動きで颯爽と飛び出そうとするリリーとミントとミルヴァ。しかしイヴが子育てに疲れた母親のような口調で水を差す。


「あんな状態の宝箱なんてロクなもん入ってないわよ、時間のムダムダ」


「「「え~っ、いこーよぉ~!」」」


 突如駄々っ子になった三姉妹は揃って母親を引っ張る。


「ああもう、しょうがないわねぇ、ちょっとだけよ!」


 宝箱にすっかり心奪われてしまったリリーは先ほどまでの逡巡が嘘のような軽い足取りで部屋に入った。

 イヴは鎖で引っ張られて渋々ついていく。


 見習い冒険者にとっての一番の憧れはなんといっても「宝箱」。


 管理実績のない施設や、モンスターが占領している施設にある宝箱は開けることができれば中身は取っても罪には問われない。

 冒険者にとって重要な収入源のひとつであり、中身によっては一攫千金も可能。とんでもなく強力な装備が入っているかもしれない。


 宝箱を探すこと自体を目的としているトレジャーハンターという職業も存在する。

 冒険者にとってはまさに夢と希望と臨時収入が詰まった箱といえる。


 リリーたちは授業以外で宝箱を見るのは初めてだった。黒焦げではあったが、まるで誕生日プレゼントの箱を囲んでいるかのように瞳を輝かせている。

 イヴのみソッポを向いているがやはり気になるようで、横目でチラチラ箱を見ている。


「じゃあ……ミントちゃんお願い」


 リリーは緊張気味にごくりと喉を鳴らし、頼みの綱である仲間の肩に手を置く。

 「おっけー!」と気張らぬ返事でちびっこ盗賊は宝箱に臨む。


 ミントは地べたに足を投げ出して座り込み、もみじのような手で宝箱の表面をぺたぺたと触りはじめた。


 子供が砂山で遊んでいるような楽しげな様子で、危険なものに触れているという緊張感や警戒心を微塵も感じさせない。

 すぐ後ろで保護者のように見守るリリーたちのほうが対照的にハラハラしていた。


 扉や宝箱などの罠が仕掛けられていそうなものを調べる場合、盗賊以外のメンバーは離れたところで見守るのが定石だ。

 広範囲に被害をもたらす爆発や毒霧散布の罠が作動してしまった場合、宝箱の側にいるとパーティが全滅してしまう恐れがあるからだ。


 保護者たちはいま鎖で繋がれているので物理的に離れることはできないが、たとえ束縛するものがなくても心配でミントの元を離れなかったであろう。

 鎖で引っ張って解錠作業を邪魔してしまわないようにミントの動きにあわせてせわしなく動き回っている。


 ミントは汚れた外装をさすったり叩いたりしたあと、ひょいと首をかしげて箱の正面にある鍵穴を覗き込んだ。

 瞳の光に反応して飛び出す毒針の罠があるんじゃないかとリリーはヒヤッとしたが、箱は沈黙したままだった。


 幼い盗賊は鍵穴に目を凝らしながら、不自由な両手を頭の後ろに回した。


「……なにしてるの、ミントちゃん?」


「んにゅ~……かみどめ~」


 ミントは苦しそうに返事をする。後頭部をしばらく掻いたあと、「あ」と何かを思い出した。


「な~い~ん~だ~っ~た~」


 いつも髪を結っている髪留めはインプたちから没収されていることを思い出す。

 それでも特に悲観した様子はなく、おどけながら頭をブンブン回してほどけた髪を振り乱した。


 盗賊はシーフツールという解錠に使える道具一式を持っている。

 ミントは銀細工の髪留めを愛用しており、それがシーフツールにもなっている。

 刻まれた猫の彫刻のところどころが変形分離し、十徳ナイフさながらに様々な用途に使えるのだ。


 突き出された肉球のひとつひとつが外れ、ピッキング用のピンになる。

 このピンが二本あればミントはどんな鍵でも瞬きほどの時間で解錠した。


 しかし……少女にとって相棒ともいえるその銀色の猫は今はいない。


「なに? なにがあればいいの?」


 覗き込んでくるリリーに対して短く「ぴん」と答えるミント。


「ああ、ピッキング用のピンね、どこかにあったかなぁ?」


 自分の身体をまさぐりはじめるリリー。


「針金のひとつくらいそのへんに落ちとるじゃろ」


 焦げの黒さで暗闇のようになっている地面を見回すミルヴァ。


「さきほどのお台所にあったような……あっ、す、すみません、勘違いかもしれません……」


 口を手で押さえてオロオロするシロ。


 落ち着きをなくした仲間たちを横目で伺っていたイヴがついにキレた。


「ええい、じれったいわねぇっ! どきなさいっ!!」


 押しのけるようにして前に出る。王妃とは思えないような大股で踏み出し、その勢いのまま蹴りを放った。

 破城槌のような強烈なミドルキック。ブーツの堅いカカトが宝箱の蓋にヒットすると大理石は割れ砕け、破片が散弾のように向かいの壁に飛び散った。


「力ずくで開けた!?」


「いいぞ! イヴ!」


「イヴちゃんすご~い!!」


「無謀」


「お、おみ足はご無事ですかっ?」


 イヴの暴挙に様々な反応を示す仲間たち。おおむね好評なのに気をよくしたのか、さらに調子に乗る。


「フフン、アタシの足技もなかなかでしょ」

 

 片足立ちのまま蹴り終えた足をゆっくりと折り曲げ、間髪いれずハイキックを一発。


 空を切り裂く鋭い音とともに赤いロングスカートが翻る。チラ見えする血色のいいツヤやかな太ももと、その先にしなやかに伸びるふくらはぎ。

まだ成長の余地を残した幼さはあるものの、あと十年もすれば多くの人を魅了するであろう将来有望な脚線が露わになる。


 力強さすら感じさせるピチピチの肌と、おみ足とよぶに相応しい気品を兼ね備えた……美術品とも見紛うナマ脚であった。


「たとえ武器がなくともこの蹴りがあればインプの百匹や二百匹……蹴り殺してやるわ!」


 イヴの決め台詞の後半は仲間たちの「あぁーっ!?!?」という絶望する声に遮られる。

 皆の興味はすでに宝箱に移っていた。蓋のなくなった箱の中身は黒く汚れた石だった。


「なんじゃこれは、石炭(いしずみ)か?」


「まっくろけっけ~」


「熱くて炭になってしまったのでしょうか?」


「……高温にさらされた形跡はあるが、熱で形状変化した形跡はない。元々こういう物質だと思われる」


「じゃあただの石ってこと? なぁんだぁ~どうりで残ってたわけだ」


 箱内に積み上げられた石山に、がっくりと肩を落とす面々。


「まったく、だから言ったじゃない、時間のムダだって」


 イヴは足を降ろしつつ声をかけてくる。元々全然期待していなかったのでサバサバした様子だ。

 リリーは肩を落としながらも積んであった石をひとつ拾い上げ、腰のポーチにしまいはじめた。


「ってリリー、なにやってんのよ」


「いや、初めて実戦で開けた宝箱に入ってたモノだし、せっかくだから記念にと思って」


「アンタってほんとになんでも持って帰りたがるわよねぇ……ハァ、犬っころみたい」


 冒険に行くとリリーは記念と言いいつつなんでも持ち帰り、自室に貯めこむところがある。

 リリーの部屋の惨状を思い出し、溜息をつくイヴ。


「イヴちゃんはいらないの?」


「いらないわよ、そんな汚い石っころ」


「あの……すみません、おひとつ頂いてもよろしいでしょうか?」


「うむ、リリーたちと冒険したいい思い出じゃ、余も持ち帰るとしよう」


「ミントもー!」


「……」


 イヴ以外の手が次々と積まれた石山に伸びる。初めての戦利品に手が汚れるのもお構いなしに喜び合っている。


 盛り上がる皆を横目に、イヴはつまらなそうにフンと鼻を鳴らす。

 八つ当たりするように宝箱の中にショベルを突き立てると、積まれた石は崩れて箱の外に散らばり落ちた。


 直後、蜂の巣を突いたかのように緑の煙が噴出する。


 毒々しい色の煙はあっという間に部屋に充満した。

 爆心地にいたイヴはもちろんのこと、まわりの仲間たちはその煙をまともに浴びてしまう。


「うわっぷ!?」


「なっ、なによコレっ!?」


「毒の霧……」


「ひゃあ~っ!?」


「げほっ、げほっ、ごほっ! ま、前が見えぬ!?」


「げ、解毒の魔法を……あああっ!? げ、解毒……剤……をっ……!!」


 苦悶を感じさせる悲鳴のあとに、ガシャンとバスケットを取り落とす音が響いた。

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