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調理場はもぬけの殻だった。
つい先ほどまで主のごとく横たわっていたドワーフ族の女性は消えていた。
「いなくなっちゃった~」
「連れ去られてしまったのでしょうか?」
「いや、己の力で脱け出たようじゃぞ」
ミルヴァはえぐり取られた壁を指す。
「ふむ、ショベルでチェーンを切ったんじゃなくて壁を掘ったみたいね」
ドワーフの女性は太いチェーンで足首に巻かれ、壁に打ち込まれた杭に繋がれていたのだが杭を掘り返すことにより拘束から逃れたようだ。
「ご無事でしょうか……?」
「これだけ馬鹿力があれば大丈夫でしょ」
リリーは会話には加わらずひとり唸っていたが、ようやく口を開いた。
「女の人は気がついたあと、ショベルを使って壁を掘って、チェーンをつなぐ杭を外したあと……逃げるために食堂を通って、私たちが迷っちゃった迷路を抜けていった……っていうので合ってるかな? クロちゃん」
「思考はわからないが行動はおそらくそう。また状況的に立証できるのは食堂までなので迷路を抜けたかどうかは不明」
探偵の助手のごとくリリーの隣に立っていたクロは淡々と答える。
「多分だけど、あの人はこの洞窟に長く囚われていて、ここの構造に詳しいんじゃないかと思う。逃げようとしてると仮定して……おそらく迷路の先が出口に繋がってて、そこに向かってるんじゃないかな」
「まぁ、なんでもいいわよ。クロが食堂の変化に気付かなければまた迷路に行くつもりだったんだし……これ以上ここでじっとしててもしょうがないから、さっさと行きましょうよ」
リリーの推理とイヴの提案。どちらもその通りだと皆が納得したので、三たび食堂を通って迷路に再チャレンジすることにした。
二回目はメンバーの頭脳を総動員して臨む。
パーティのなかで学校の成績のいいイヴ、シロ、クロが先行し、リリー、ミント、ミルヴァは後に従った。
リリーとミントは鎖で繋がれた隣同士だったし黙ってついていくのもヒマだったので縛られた両手を付きあわせて立てる親指の本数を当てる遊びに興じていた。
数珠つなぎの反対側にいたミルヴァが「余もまぜるのだ!」と飛び込んでいて隊列を乱しイヴから叱られてしまった。
多少の行ったり来たりはあったものの、クロが前回の迷路を覚えていたおかげでそれほど迷うこともなく、木箱の迷路を抜けることができた。
倉庫に入ってきたときと同じような鉄扉があったが、幸い扉は開いたままだったのでそのままくぐり抜ける。
食堂に改造された倉庫を出て、再び回廊に出たようだ。
外は一本道で、幅の広い下り坂になっていた。
いま洞窟のどのあたりにいるかはわからない。時間も不明。
壁にポツポツと開いた穴からオレンジ色の光が差し込んでいるので昼間の野外のように明るい……視界が確保されるのは有り難かったが、明るすぎて時間の感覚が狂う。
しかも穴からは熱風が吹き込んできているのでかなり暑い。
「うぅ~ん、あついよぉ~」
「汗びっしょり……ああ、お風呂に入りたいわねぇ」
「汗というのはこんなに出るもんなんじゃな……」
「大丈夫ですか? お拭きさせていただきますね」
自分の汗もいとわず、バスケットから取り出したガーゼで甲斐甲斐しく皆の汗を拭いてまわるシロ。
「ふぅ、なんだか進むほど暑くなってるような気がするけど……」
シロに拭いてもらってもなお溢れだす汗。腕で拭いながら息を切らすリリー。
「この洞窟は深度に比例して温度があがるものと思われる」
ひとり変わらない様子のクロがつぶやく。
「えっ、じゃあ私たちはどんどん潜っていってるってこと?」
リリーの問いに頷きかえすクロ。
「このまま進んでしまっても大丈夫でしょうか?」
「なら引き返してインプのケンカに混ざる?」
「今更それはご免こうむりたいのう」
「ここが採掘場であるならば、鉱物を運ぶための昇降機が下層にあると思われる」
「うん、進もう! 信じて進むしかないっ! ……えいえいおーっ!」
鼓舞するように拳を振り上げるリリー。しかし返ってきたのは力ない「お~」だった。
くじけそうになる一同の前に、追い打ちをかけるように漆黒が立ちはだかった。
下り坂の途中、通路が途中から黒く焦げ、煤けていたのだ。
「な、なに、コレ……!?」
まるで暗闇に包まれたような通路、床や壁、そして天井にいたるまで黒に染まっていた。
突然現れた不気味な空間に、足が進むのを拒否する。
誰もが進むのをためらっていると、クロがおもむろに歩み出た。
周囲と同じ黒さのローブを纏う魔法使いは同化するように壁に近づく。
「この穴から大量の炎が吹き込み、壁を黒く焦がしたものと思われる」
橙色の光を放つ壁の穴を示す。ゴォゴォとかすかな唸り声にあわせて光が揺らでいる。
「ってことは、この先に進んだら黒コゲになるかもしれないってこと?」
「同じことが起こればそうなる。ただ、壁の変質具合からすると、数ヶ月間は起きていないと推測される」
壁をさすり、手についた汚れをぼんやり眺めるクロ。
「う~ん、なら大丈夫なのかなぁ?」
「あ、へやがあるよ!」
クロの元にミントが駆けていく。
全てが黒かったので気づかなかったが、クロの立っている少し先には別の通路があり、奥には小部屋があるようだった。
リリーたちはおそるおそる黒い境界に足を踏み入れる。
ひと足先に部屋を覗き込んでいるミントとクロに合流する。
室内は廊下と同じように天井まで黒に染まっていた。
元は家具であったであろう炭となったものが床に転がっている。
「まっくろけっけ~」
「全部燃えちゃってる……?」
「ううん、ひとつだけのこってるよ」
全焼した火事場跡のような残骸を指差すミント。そこには燃え残った箱が鎮座していた。
「あれは……もしかして……宝箱!?」
頬を寄せ合うようにして中の様子を伺っていたリリーは思わず身を乗り出した。




