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これはヤバい……!! と心の中で叫ぶリリー。
料理が出ずにイラつかせているところに大きな音をたてて不審な気持ちにさせ、様子を見に行こうとしたところをトロッコで轢いてしまった。
その上できたて熱々の料理を浴びせかけてしまった……。
これはもう、敵による奇襲ととられてもおかしくないっ……!!
リリーはいよいよ戦う決意を固めたが、インプたちの反応は意外なものだった。
降り注いだ料理はかなり熱いはずなのに気にする様子もなく、むしろその美味さに目を見開いていた。
地面に這いつくばって汁をすすり、散った肉を奪い合っている。
「あつくないのかなぁ?」
「ファイヤーインプは熱を活動源にする生物。高温であるほど活発になる傾向がある」
ミントの疑問はクロによって解説されたが、その説明は難しかったようでミントはより疑問が深まったような顔をした。しかし他のメンバーは理解したようだ。
「なるほど、だから熱い料理をぶっかけられても喜んでるのね」
「お台所にあったカマドはかなり高温になるものでしたので、お料理はまだとてもお熱いと思います」
「うむ、ホッカホカの湯気がたっておるぞ」
「ミント、あついのいやー」
覗きこみ話し合うリリーたち。しかしインプたちは料理に夢中で一切気付く様子はなかった。
水蒸気の立ちのぼる中、まるで数日間食べ物を与えられていなかったように料理を貪っている。
だが、やがてその動きはゆるやかに鈍くなっていく。
地面に顔を埋めたまま眠りこける者、椅子から崩れ落ちる者……そしてとうとう食堂内の全てのインプが動かなくなった。
「ぜ……全員寝ちゃった?」
「薬が効いてるみたいね……クロ、効果はどのくらい持つの?」
「グリンスリープは睡眠導入効果のある薬草の中では中程度の効果がある。外部刺激による覚醒がなければ時間にしておよそ96時間ほど」
「中程度でそんなに効くの!? いちばん強いのだとどうなっちゃうの!?」
「強いものになると薬効が中和されるか死亡するまで効果が持続する。死亡までの時間は個人差があるので時間では表せない」
「そ、そうなんだ……」
「おおっ……! シロの料理の腕とクロの薬学が合わさった、かつてないモンスターを無力化する方法じゃ! すごい、すごいぞ! 」
「そうよ、アタシたちはスゴイのよ」
作成の成功に興奮するミルヴァと、鼻高々のイヴ。
「なんじゃ、そなたは手伝っただけではないか」
「手伝ったのはアンタも同じじゃない。だからもっと威張っていいのよ」
イヴの言葉に女神は虚を突かれたようだった。
改めて自分がリリーたちのパーティと行動を共にしていることを実感し、瞳をキラキラと輝かせる。
「そ……そうか! そうじゃった……そうじゃったな! 余はそなたたちの仲間じゃ! よぉし、この調子でまいるぞ! 余についてまいれ!」
意気揚々としたミルヴァを先頭に、食堂内に足を踏み入れるリリーたち。
先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っている。
テーブルに突っ伏すインプや地面で力尽きたインプ……一見して死屍累々の様相だが、全員安らかな寝息をたてていた。
「これからどうするんじゃ? こやつらを皆殺しか?」
「イヤよ。この数を素手で殺すのはごめんだわ」
「とりあえずこの部屋で武器になるものがないか探そう。できれば私たちの装備が見つかるといいんだけど」
リリーの提案により部屋を調べはじめる一同。
散らばって探したかったが鎖によりそうもいかなかったのでぞろぞろと固まって移動しながら探索した。
しかし……いくら探しても武器になりそうなものはナイフ一本見つからなかった。
ここにいたインプたちは発掘作業かなにかを担当している作業員のようで皆ショベルやスコップを持っていた。
リリーとイヴは武器がわりに鉄製のショベルを手にとった。小柄なインプたちがふたりひと組で扱うような大きくて重いやつだ。
イヴはそれ以上に重厚な大剣を普段から振り回しているので軽々と扱っていたが、リリーは両手で持ちあげるだけで精一杯だった。
ミントとクロとミルヴァにはそのショベルは重すぎたので、砂場で使うような小さなスコップを武器にした。
シロにいたってはなぜか調理に使っていたお玉杓子を握りしめている。
「武器はこれでいいとして……寝てるインプたちはどうしよう?」
「素手もイヤだけどショベルで殺すのもイヤだから……そうねぇ、縛り上げちゃいましょ」
続いてリリーたちはインプの腰に巻かれているチェーンを外し、持ち主の身体を縛り上げる作業を行った。
かなりの数のインプがいたので時間を要したが、その間インプが目覚めることもなく、また誰かに見つかることもなかった。
食堂の探索とインプたちの処置を終えたリリーたちはドワーフの様子を見に調理場に戻ってみた。
ドワーフは倒れた場所から動いておらず、相変わらず高いびきをかいていた。
試しにと揺さぶったり大声で呼びかけてみたが、全く起きる気配がなかった。
「ダメだ、いくらやっても起きない……この人、どうしよう?」
「起こしても目覚めないんだったら今はほっときましょ。しばらく他を探索したあとまた様子を見にくればいいじゃない」
「このままにして、心配ありませんでしょうか……?」
「じゃあせめてコレを」
リリーは寝ているドワーフ傍らにショベルを置いた。
「このひと力もちそうだし、気がついたときにコレがあれば私たちがいなくても拘束を壊して逃げられるんじゃないかな」
肩からはちきれんばかりに伸びたボンレスハムのような腕を見て、一同は納得した。
リリーたちは再び食堂に戻り、部屋の奥まで行ってみることにした。
食堂の先は積み上げられた木箱によって迷路みたいになっていた。
分かれ道で迷ったり、行き止まりで引き返しつつも進んでいくと……。
「ありゃ? もどってきちゃった」
迷っているうちに元の食堂に戻ってきてしまった。
「もう、なにやってんのよミント!」
「だってぇ~」
「まぁまぁイヴちゃん、次は私たちが道を覚えながら行こうよ」
「私もお手伝いさせていただきます」
「しょうがないわねぇ……次は気合入れて行くわよ」
再び木箱の迷路にチャレンジすべく踵を返す一同。
しかしクロだけは背中を向けたままだった。
「何見てんのよクロ、さっさと行くわよ」
「……室内の様子が変わっている」
「そうなの? クロちゃん」
「何者かが調理場から出て、こちらに向かって走ったような形跡がある」
食堂は何一つ変わっていないように見えた。だがクロだけは椅子が微妙にずれた跡や、地面に落ちた料理が踏まれて形を変えているのを見逃さなかった。
「よし、調理場に行ってみよう……みんな、用心して」
リリーはお口チャックの仕草をしてみせた。
これはメンバーの間で事前に示し合わせた「しゃべらない」のサインだ。
ミルヴァは「なんじゃ?」としゃべっていたがミントから口を塞がれて、「しゃべっちゃダメ~」と耳元で囁かれ、意味を理解していた。
リリーたちは顔を見合わせて無言のまま頷きあった後、行動開始。
今まで不用心に行き来していた場所であったが、何者かの存在が示唆されて緊張の場と化す。
罠ではなく敵が存在する可能性が出てきたのでミントではなくリリーが先頭になって進んでいく。
縛られた両手で盾をかざしながら、足音をたてないようにゆっくり、ゆっくりと調理場へと歩みを進める。
途中、足を止め、耳をすましてみたが……カマドが燃えるかすかな音がするだけだった。
境目である木箱の壁にたどり着くとそっと張り付き、おそるおそる半分だけ顔を出して覗き見る。
「あ!? いなくなってる!?」
片目に広がった光景に、リリーは思わず叫んでしまった。




