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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
145/315

23

 皆はクロに何か一連の作戦があるのかと当然のように思っていた。

 しかし、睡眠料理作戦は片手落ちだった。


 インプたちの腹減ったコールが木箱ひとつを隔てた向こうから聞こえる。

 できたてのこの料理を持っていけば、すぐにでも平らげてくれるだろう。


 だが……姿を見られたが最後、一緒に食べられてしまう可能性が大きい。


「うう~っ、しょ……しょうがないっ! ここはこのままにして前の倉庫まで逃げよう! うまくいけば……勝手に食べてくれるかもしれない!」


 唸りながら苦渋の決断を下すリリー。

 しかしその提案に対しイヴは即座に首を振った。


「逃げる? イヤよそんなの」


 不機嫌そうに眉間のシワを深くする。

 「うむ」と阿吽の呼吸のように賛同するミルヴァ。イヴとそっくりの表情で頷く。


「い、いや、イヴちゃん、ミルヴァちゃん、そんなこと言ってる場合じゃないよ!? 早くしないとインプたちに見つかっちゃうんだから!」


 リリーは通路のある方向に踏み出し、その場で足踏みをして皆を急かす。

 ミントはスキップで、クロは静々とリーダーの元へ移動した。


 だがイヴとミルヴァは納得いかない様子でその場から動こうとしない。


「前の倉庫に行ったところでインプどもと蜂合わせるかもしれないでしょ。進んでもインプ、戻ってもインプなんだったらここで迎え撃つほうがいいじゃない」


 あくまで戦う気のようだ。

 この最悪のコンディションでなければリリーも賛成なのだが……。


 インプたちの声はどんどん大きくなって、まるで波が押し寄せるようにリリーの元に届き、それがなおさら不安を煽る。

 声量からして前の倉庫より大勢のインプを予想する。狂った雄叫びをあげる小悪魔どもから追いかけられる姿を想像してしまってリリーは背筋をブルッと震わせる。


 リリーは一刻も早くここから離れたくて焦るあまり、失言したこことを後悔していた。


 イヴは身体を触られることと敵前逃亡が大嫌いなので「逃げよう」と言われて不機嫌になった。単純なタイプではあるので「隠れて様子を見よう」であったら承諾していたかもしれない。

 しかもミルヴァも似たタイプのようで反対派が増えてしまった。


 イヴとミルヴァは父親が残してくれた家から立ち退きを拒否する姉妹のように動く気配がない。

 

 歯噛みをする立ち退き屋リリー。残された時間は少ない。

 しかも相手は王妃と神様……この上なく手強いコンビだ。


 いよいよなりふり構っていられない。リリーは得意の交渉術によって一気の決着を狙う。

 リリーが伝家の宝刀とするのは「土下座」と「駄々っ子」のふたつ。果たしてそれが神に通用するのだろうか……。


 どちらのカードを切るか悩むリリー。しかしここで大事なことに気づいた。

 鎖で繋がれているので、土下座も駄々っ子も無理だということに。


 「しまったぁ!!」と心の中で叫ぶ。頼みの綱も封じられてしまった。

 しかしめげずに、脳内で次の手を考え始める。


 こうなったら……くすぐってでも連れていくか……こっちは三人、あっちも三人……人数的には互角……。


 状況把握をしていると、はたと気づいた。三人!?


 反対派はイヴとミントだけではなかった。ふたりの背後には俯いたまま震えるシロの姿が。

 てっきり賛成派だと思っていたのに、反対派である強気な姉妹に守られる気弱な母親のように立っていた。


「あ、あれ……シロ…ちゃん?」


 リリーの呼びかけにゆっくりと顔を上げるシロ。


「す……すみませんっ……り、リリーさんっ……わ……私も……に……逃げたくありません……」


 叱られた子供のようにおずおずと口を開く。


「そちらで休んでおられる方を置いていきたくありません……」


 潤んだ大きな瞳を、部屋の真ん中で倒れている存在に向ける。

 件のドワーフは巨体をアザラシのように寝そべらせたまま、大イビキをかいていた。


「なんでよ?」

「あのドワーフはそなたの知り合いなのか?」


 これにはイヴもミルヴァも疑問だったようだ。


「いいえ、今日初めてお会いしました。あの方、身体中がアザとキズだらけで……きっと、インプさん達にひどい目に遭わされているんだと思います……」


「よしっ、決めた! 逃げるのやめ!!」


 シロの言葉はか細く、頼りなかったがリリーはあっさり手のひらを返す。

 その切り替えの早さに反対派の三人は目を見開いた。


「シロちゃん、寝ているあの人がインプに見つかっちゃうとサボってると思われてまたひどい目に遭わされちゃうと思ったんだよね?」


「は、はいっ……おっしゃる通りです……すみません……」


 頭を深く下げるシロ。彼女のやさしさは底なしだとリリーは痛感する。


 ただリリーの心を動かしたのはその慈愛だけではなかった。

 いつもは控えめで引っ込み事案のシロが、自分の意見を主張してくれた……勇気を振り絞ってくれたことが何よりも嬉しかったのだ。


「まぁいいわ、アタシも逃げるのは反対だったし……さぁて、いっちょやるわよ!」


 イヴは縛られて自由が効かない拳を掲げて鼻息を荒くする。

 姫騎士を目指す少女の戦闘意欲は圧倒的不利な状況でも衰えることを知らない。


「あ、いや、戦うのもちょっと……」


 しかし及び腰の勇者が水を差す。


「もう、さっきから一体なんなのよアンタ!? じゃあ、どうするつもりよ!?」


「えーっと、ちょっと待って、なんかいい手を考える」


 この状態で戦うのは最悪手だとリリーは考えていた。

 相手が少数ならまだしも、隣からの声はどう聴いても二桁以上はいる。


 ここで考えるべきは、戦わずに勝てる手段……それはただひとつ。

 眠り薬入りの料理を食べさせること……!


 シロの思いに報いるためにもここから離れることはできない。

 となると、考えるべきは姿を見られないように料理を隣の部屋まで運ぶこと……!!


 なにか使えるモノはないかとリリーはあたりを見回す。 


「あ! ねずみんだ!」


 ミントの弾んだ声。視線の方向には物陰で目を光らせるネズミの姿があった。

 ネズミが息を潜めていたのはトロッコの下だった。


「あっ!? アレだっ! アレを使おうっ!!」


 リリーは部屋の隅にあるトロッコを指さす。


 採掘用の大型のトロッコだがすでに風化しており、中には錆びた調理道具が放りこまれている。すでに貨車としての役目を終えてガラクタ入れと化しているようだ。


「アレに載せて押し出せば姿を見られずにインプたちに料理が出せるはず! みんな手伝って!」


 繋がれた鎖を引っ張るようにしてリリーが駆け出すと、皆も遅れてついていく。異論を唱える者はいなかった。

 大勢の人間が突進してきて、ネズミはあわててどこかへ走り去る。


 トロッコの側面につく一同。かなり大きくリリーたちの身長くらいの高さがある。


「よし、この中をカラにして持っていこう!」


 皆はトロッコの中に手を伸ばし、山積みになった調理道具をひとつひとつ取り上げて地面に捨てていく。背が低くて手が届かないミントは飛び上がりながら、ミルヴァは寸胴鍋をひっくり返して踏み台がわりにして手伝う。


 イヴは赤錆まみれのブリキ皿を手にして「うぇ」と顔をしかめた。


「ああ、もうっ、なんでアタシがこんなことしなきゃいけないのよ!」


「文句言うヒマがあったら手を動かして、イヴちゃんっ!」


「うるさいわねっ! 動かしてやるわよ!!」


 皿を乱暴に地面に叩きつけたイヴは怒りにまかせトロッコ本体の下のフチに手を突っ込む。


「はぁっ! ……ふああああぁぁぁっ!!」


「えっ!? だ、だめっ!? イヴちゃんっ!!」


 腹の底からの絶叫を察したリリーが飛びつき、イヴの口をふさぐ。

 イヴの声量は尋常ではない、思う様叫ばれてしまってはこの洞窟じゅうのインプたちを呼び寄せてしまうかもしれない。


 リリーはイヴにおぶさり、拘束された腕をイヴの顔に回して力いっぱい抱き寄せる。

 イヴはリリーの胸に顔を埋めながら、くぐもった闘気術を放った。


「ふんぉりゃああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 リリーの心臓にブルブルと電気ショックのような激震が襲う。それは強烈な衝撃を併せ持ち、気を抜けば吹っ飛ばされそうなほどの威力があった。

 台風のまっただ中、木にしがみつくように必死でこらえるリリー。


 イヴの裂帛の気合とともに、トロッコは真横になぎ倒される。

 中のガラクタが全てぶちまけられ、ドンガラガッシャンと落雷のような音が轟く。


 転がる丸鍋がぐわんぐわんと余韻を残す。あたりは静まり返っていた。


「ぷはっ……はぁ、はぁ、はぁ……ほら、これでいいんでしょ?」


 リリーの胸から顔をあげたイヴは、全てを洗い流したようなスッキリした表情をしていた。

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