22 調理場
無事『勇者のティアラ』を取り戻したリリー。
ティアラを失っていたのはわずかな時間ではあるが不安でしょうがなかった。
数時間ぶりに戴く冠が与えてくれる額への重みに、みるみる自信が戻ってくる。
「よぉし……行こう!」
不自由な両手を掲げ、再び移動を開始する。
もはや少しくらい声を出しても下のインプたちはケンカに夢中で誰も気づかない。
倉庫の奥は行き止まりではなく細い通路が続いていた。
ちょうど階段状に積み上げられた木箱があったので、伝って地面に降りる。
インプのいる場所からリリーたちは丸見えだったが、誰も目もくれない。
「まだやっとるのか」
「ここから石を投げても気付かれなさそうね」
「むしろあの中に混ざって2、3発くらい鉄拳制裁しても彼奴らは気付かぬかもしれぬぞ」
「あ、ソレいいわねぇ」
「いやいやいや、いまのうちにここを離れようよ」
イヴとミルヴァのの口調が本気っぽかったので慌てて遮るリリー。
ミントを先頭にこっそりと、しかし足早に通路に向かう。
通路は短く、すぐに次の部屋が見えてきた。
また木箱が積み上げられていたのでこちらも倉庫のようだった。
部屋に足を踏み入れる寸前、ミントは何者かの気配を感じ素早く壁に張り付いた。
後続のメンバーは最初「何をやってるんだろう?」みたいな顔をしていたが少しの間をおいて意図に気付き、真似をする。
ミントが盗賊らしい仕草で音もたてずに壁際から覗きこむと、ガサゴソ音をたてた仲間が続く。
ひょっこりと飛び出した6つの丸い顔。縦に連なったそれはさながら串ダンゴのようであった。
通路の向こうは木箱で仕切られ小部屋状になっている調理場だった。
洞窟の壁を削りだして作ったカマドや調理台の前を恰幅のいい人影が右往左往している。
リリーたちを突き落とした酒蔵の主人を彷彿とさせるずんぐりむっくりした体型。
恰幅のいい身体を何かに追われるようにせわしなく動かし、懸命に料理をしている。
「なにアイツ」
ダンゴの頂点にいるイヴが口を開く。調理場がうるさいので喋っても気づかれないと判断したのだ。
「なんか、酒蔵のおじさんに似てるね」
「……ドワーフ族の女性」
「えっ、ドワーフ? なんでこんな所にドワーフがいるの?」
「あの、もしかしたら依頼主のご家族の方なのかも……」
「なにやってるのかなぁ? おままごと?」
「そんな愉快なものではなさそうじゃぞ……足元を見てみるがいい」
一番下にいるミルヴァの言葉に一斉にうつむくダンゴ姉妹。
ドワーフ女性のドスドスとした足音に交じる金属音。足首には金属の枷と、リリーたちを繋いでいるものよりもずっと太い鎖があり、壁に鋲止めされていた。
「強制労働ね、インプどものエサを作らされてるんだわ」
イヴの冷徹な分析に、クロ以外の全員が顔をしかめる。
鞭打つようにして身体を動かす女性はもう限界のようで、包丁を振るう手が震えている。
そしてとうとう疲労の限界に達したのか、つまづいた拍子に滑り込み倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
大の字のまま動かない女性におそるおそる近づいてみる。
「しんじゃった~?」
「気絶したんじゃろ」
「お、お手当を……」
「疲れて寝てるだけだからほっときなさいよ、敵だったら厄介だわ」
「排除するなら今のうち」
白目を剥いている女性を囲んで見下ろしながらアレコレ言う一同。
木箱で仕切られた壁の向こうから、大勢のインプたちがギャーギャーと叫ぶ声が聞こえてきた。
「ああ、もうっ、こっちの部屋にもインプどもがいるみたいね」
「な、なんか騒いでるみたいだけど」
殺気だった鳴き声にウンザリした様子のイヴと不安を隠せないリリーが同時に声の方角を見た。
「早く料理を出せと言っている」
なぜかシロのほうをじっと見つめながら言うクロ。
「なにアンタ、低級悪魔語がわかるの?」
イヴの問いにも「多少」と短く返答し、なおもシロに視線を送る。
「作ってた人が伸びてるから料理が出ることはないよね……ってことはもうじきインプたちが様子を見にこっちに来ちゃうんじゃ……!? どーしよう……どーしようっ!?」
想像を膨らませひとりあたふたするリリーに対しても微動だにせずシロを凝視している。
クロはよく何もないところを眺めているので、今もそうしているのだろう……とシロは思っていたが、自分が見つめられていることにようやく気がついた。
シロは見つめられることに慣れていないので最初は戸惑っていたが、やがておずおずと口を開く。
「あ、あの……どうされましたか?」
「作って」
「えっ」
「料理を作って」
「は、はいっ」
うろたえつつも言われるがままに調理台に向かうシロ。
何か考えがあるんだろうと他のメンバーは黙って付き添う。
「……あの、何をお作りすればよろしいでしょうか?」
「なんでもいい」
クロからの注文は倦怠期の夫のようないい加減なものであったが、シロは「かしこまりました」と健気に了承して台所に立つ。
調理台の上には切り分けられた肉が大量に山積みになっていて、野菜や穀物などは見当たらない。インプたちは肉しか食べていないようだ。
包丁やフライ返し、鍋やフライパン、調味料の容器などは全て金属製で重く、どれも無骨で大雑把。むくつけき炭鉱夫たちががっつく大盛り飯を作るためにあるような大型の器具たちだった。
シロは不自由な手をなんとか使いながらまずは下ごしらえを開始する。
切り分けられた肉を並べ、ハンマーで叩く。
肉叩きは鍛冶に使うような大型のものだったので、シロの細腕では持ち上げるだけで精一杯だった。
「かわるよシロちゃん」
見かねたリリーが手を添えて肉叩きを受け取る。
「あっ、すみません、ありがとうございます」
「インプどもの騒ぎが大きくなってきてるわ、早くしないとヤバいわよ」
「よぉし、余も加勢するぞ!」
「ミントもおてつだいする~」
ちびっこふたりが顔を覆うほどの大きなフライ返しを振り回す。
「よし、じゃあシロちゃん、なにをすればいいか指示して」
「は、はいっ……ええっ、わ、私がですか!?」
「そうよ、そのほうが早くできるでしょう? わかったらさっさとなさい!」
「は、はひっ!」
いままでの人生で人を使うことなどなかったシロはアワアワしていた。調理台に横一列に並んだリリーたちはシロがやろうとしていることを聞き出し、最寄りのメンバーが代行する。
リリーが肉を叩いて柔らかくしたあと、次はお塩とコショウでお肉に下味をつけますとシロが言うので調味棚に一番近いミルヴァが棚から燃料缶のような調味料入れを取り出し、イヴに渡す。
イヴは缶を両肩に抱え、肉めがけて豪快に塩とコショウを振るう。
その間にフライパンを温め、油を引きますとシロが言ったが、カマドの上のフライパンはすでに熱々だったので近くの岩瓶からミントが柄杓を使って油をドボドボと注いだ。
フライパンがもうもうと煙をあげはじめたので、リリーは準備していた肉を投入する。じゅうじゅうと音をたてて焼ける肉。何の肉かはわからないが肉の焼ける香ばしい匂いがあたりに充満する。
お肉に焼色がついたらバジルとフリーマルとタイムを加えます。と言うのでミルヴァが調理棚に走る。三往復してハーブ缶をリレーして、リリーとミントがふたりがかりでフライパンに投入する。
お肉が焼けるまでの間に、お湯を沸かしたお鍋に骨を入れます。
風呂釜のような鍋がすでにぐつぐつと煮立っていたので、鍋の側にいたイヴが骨を投げ込む。
アクが出てくるので、おたまですくいあげます。
ミルヴァが鍋を覗きこみ、金魚すくいの達人のように灰色の濁液を外に放り捨てる。
骨からおだしを取ったら、お鍋から骨を取り出します。
イヴが火箸のような無骨な握り鋏をつかって骨を取り出し、流し台にゴロンと転がした。
フライパンのお肉を油を一緒にお鍋に入れて、最後にセイボリー、アマントーラ、ローズマリーを鍋に加えて完成です。
リリーとミントが大きなフライパンを抱え上げ、鍋の上でひっくり返す。
ミルヴァが息を切らしながら運んできたハーブ缶、イヴが中身をわし掴みにし、豆まきのように鍋に撒き入れた。
最後にシロが物干し竿のような棒で鍋をかきまぜて、これで完成です、とやりきった表情を見せた。
澄んだスープの中でくつくつと煮立つやわらかそうな肉、湯気から香る肉とハーブのいい香り。
一同は思わず「おいしそう~!!」とハモってしまった。
調理のあいだずっと動きまわる人波に揉まれるがままになっていたクロが、ここで前に出る。
おもむろに取り出した小さな葉っぱの欠片を、お賽銭のように鍋にポイと投げ入れた。
「……クロちゃん、今のなに?」
「煮出すと睡眠導入効果のあるエキスが出る葉」
「へぇ、そんなのよくあったわね」
「昨日、薬草調合をしていた。その時の葉がローブについていたのを牢屋にいるときに発見した」
「あ、そうか! これをインプたちに食べさせれば全員寝ちゃうってことか!」
「それはわかったけど、どうやってインプどもの前に出すつもりよ? アタシたちの姿を見られるわけにはいかないでしょ……どうなのよ、クロ?」
「そこまでは考えてない」
「えっ」
インプたちの空腹も限界なのか、食事を要求する怒声は暴動寸前まで大きくなっていた。
いまにも押し寄せてきそうな騒乱を聞きながら、リリーたちは固まってしまった。




