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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
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 ボスインプの頭に輝く輪環を見たリリー。

 百合が咲き乱れる花畑をモチーフとした銀細工の王冠は見間違うはずもない……魔王討伐に旅立つ母親が頭から外して自分に乗せてくれた『勇者のティアラ』であることに。


 装飾は華美ではなく、作りもあまり丈夫ではない。見習いのリリーが装備しているせいで冒険中に耐久度を超えるダメージを受けることが何度もあった。

 キズついたりヘコんだりするのは日常茶飯事、だがしばらくするとキズもヘコみも自然に元通りになる。


 頑丈ではないが決して壊れることはなく、何度でも復活する……まるで持ち主のメンタルを反映しているような魔法の冠だ。


「みんな……アレ見て、アレ!」


 リリーは指差して注意を促す。皆は『勇者のティアラ』を見慣れているのですぐに気づいてくれた。


「取り戻したい! お願い、手伝って!」


「それはいいけど、どうやって?」


 イヴから問い返されて「うっ」と二の句を詰まらせるリリー。


 取り戻したい気持ちは十分にあるが、そのための作戦はまだない。

 「あきらめる」という選択肢はもっとない。その場に立ち止まり長考に入る。


 リリーがあのティアラをどれだけ大切にしているか皆知っていたので、この足場の悪い中での立ち往生を批判する者はいなかった。

 何かと苦情の多いイヴですら一緒になって考えている。


 皆が唸りながら頭をひねる中、ひとり「何を悩んでいるんだろう?」とキョトンとしているミント。

 リリーのシャツの裾をくいくいと引っ張る。


「ミントがとってこようか~?」


「えっ、できるの!? お願い!」


 思わぬ所からの助け舟に、リリーは即座に飛び乗った。


 船頭であるミントは頼もしい返事と共に人懐っこい笑顔をめいっぱい向けてくる。

 リリーにとって提案自体も有難かったが、何よりも小さな太陽が笑っているような表情に救われた思いがした。


 喜怒哀楽の感情をパーティメンバーに当てはめるとしたら、みんなは何になるんだろうなぁ……なんてことをリリーは考えたことがあるのだが、いつも笑顔のミントは「楽」になった。

 短気ですぐ怒るイヴは「怒」で、心配性でいつも困った顔をしているシロは「哀」。クロはそのどれも当てはまらなかったので「無」になった。


 となると残る「喜」が自分になるのかなぁ……と考えたが、結論は出なかった。


「なにボーッとしてんのよ!」


 リリーはイヴの肘打ちを食らって我に返る。


 ミントはすでに降下の準備をはじめていた。「いくよ~」という合図とともに鉄骨から降り、自らを拘束する鎖にぶら下がった。

 ミントと鎖で繋がっているリリーは引っ張られて鉄骨から落ちそうになったがイヴに襟首を掴まれて事なきを得る。


 ロープのように鎖を握りしめながら両足をめいっぱい伸ばそうとするミント。

 その姿を見てリリーは狙いを理解した。ティアラを上から足を使って気付かれないように取る気だと。


 しかしミントの小さな身体では身体をピンと伸ばしても地上のインプまでは全然届いていない。

 ミントとリリーは鎖で繋がっているのでリリーも降りればティアラまで届くかもしれない。


「みんな持ってて、私も降りる」


 リリーは降りることを決意し真っ先にイヴに視線を送る。

 イヴは片手でメンバー全員を持てるほどの力持ちなので、この状況では頼みの綱だ。


「イヴちゃん、お願いね」


 リリーからまっすぐ見つめられ、イヴの鼓動は速くなる。


 王女である彼女は生まれながらにして多くの人から見つめられてきた。

 その多くは地位からくる羨望や畏敬の瞳であったが、中には嫉妬や憎悪をはらんだ眼光を向けてくる者もいた。

 

 子供の頃からそうであったのでもはや耐性がついていて、ちょっとやそっとの眼力相手には動揺しないだけの度胸は備わっていた。

 しかしリリーの視線だけはどうにも慣れないい。頬が紅潮していくのを止められず、顔をそむけてしまった。


「嫌よ、アンタただでさえ重いってのに……ああ、もうっ、しょうがないわねぇ、アタシの気が変わらないうちにさっさと降りなさい」


 そっぽを向いたまま追い払うように手をシッシッとやる。

 頼られて嬉しいのに素直になれず、気の乗らない素振りをしてしまう。


「うん、よろしくね」


 冷たい対応をされたがリリーはいつものことだと気にしない。信頼しきった様子で命綱でもある鎖をイヴに預けた。

 中腰になり、音をたてないようにじりじりと擦り足で鉄骨から何もない空間に足を移していく。残されたクロ、シロ、イヴ、ミルヴァは鎖を握る手に力を込めた。


 リリーの身体が鉄骨から離れ鎖にぶら下がると、ミントの位置も下がっていきティアラに近づいた。

 軒先の干し柿のようにぶら下がるふたりの少女。


 すぐ下は血の池が沸き立つような悪魔たちの狂宴。うち一匹でも見上げたが最後、あっというまに引きずりこまれてしまうだろう。


 ミントはふらふら揺れながら、王冠を頂くインプのスキを伺っていた。

 牢屋のカギを両手が拘束されている状態で見事にスリ取れるほど器用だが、頭に載っているものを気づかれずに足で取るなどという芸当はミント自身初めてのこと。


 しかし緊張した様子は微塵もなく、池の魚を狙う猫のようにらんらんとした瞳でティアラを追いかけている。

 インプがうつむいた一瞬を狙って両足を振り下ろした。顔をあげた瞬間を狙って標的をかすめ取るつもりだ。


 しかし想定より早くインプが動いてしまったため、ブーツのつま先がこめかみにヒットしてしまった。


「あ」


 ミントはしまったと足を引っ込める。

 蹴られたボスインプは隣に座っていたインプを睨みつけ、ギャアギャアと騒ぎはじめた。


 完全に隣のインプが殴ったのだと誤解している。部下であるインプはいきなり怒鳴りつけられて戸惑っていた。

 その反応は殴ったうえにとぼけているとボスをさらに勘違いさせる。短気なボスはすぐに手を出し、フギャーという咆哮とともに部下めがけて飛びかかった。


 わずかな一瞬をミントは逃さなかった。

 飛びかかるボスに再び両足をスイングさせすれ違いざまにティアラを挟み取った。


「な……ナイス! ミントちゃんっ!」


「引き上げるわよっ!」


 イヴのかけ声とともにリリーとミントはたぐり寄せられ、再び鉄骨の上へと戻った。

 ファインプレーを決めて戻ってきた小さなエースを、リリーは力いっぱい抱きしめる。


 下はインプ全員を巻き込んだ取っ組み合いの大喧嘩に発展していた。

 リリーはその様子を見下ろしながら、気の毒なことをしちゃったかなぁ……と少しだけ気の毒に思ったが、すぐに気を取り直す。


「……うん、やっぱコレがないとね!」


 ティアラを頭に戻し、元気な少年のような、無垢な少女のような、とびきりの笑顔を浮かべるリリー。


「そちらのティアラはリリーさんに一番お似合いだと思います」


「ありがと、シロちゃん!」


「そうね。アンタはソレがあってようやく女に見えるから、ないとダメね」


「う~っ、そこまでかなぁ?」


「うむ、あとは三つ編みが元の長さになれば完璧じゃな」


「そうだね……ってイテテテ! なんでいきなり髪の毛引っ張るの!?」


「ひっぱったらはやくのびるかな~とおもって」


「右に同じ」


「そうかなぁ……って、そんなわけないでしょ!」


 天井の上で笑い合うリリーたち。足元のインプたちは仲間同士とは思えないほどの憎悪をむき出しにして争いを続けていた。

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