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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
リリーとゆかいな仲間たち
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14 なつやすみ(前)

 初夏をすぎて、日増しに上がっていく気温とともに、夏好きの私のテンションもあがり続けていたある日のこと、みんなと姫亭で待ち合わせをすることになった。


 私はブルーの半袖シャツに革の胸当て、ショートパンツ、サイハイソックス、ブーツ、腰には片手剣とポーチ、背中にはネイビーのマントと盾、そして頭には勇者のティアラという比較的涼しげな装備で寮を出て、目的地へと向かう。


 抜けるような青さの空、緑々しい街の木々、すれちがう身軽な人々、抜け毛をまき散らす犬や猫や鳥、まわりはいつのまにか夏の準備はバッチリのようだ。


 姫亭の扉をくぐり、いつものテーブルに行ってみると先に待っていたシロちゃんが立ち上がって、おはようございますと頭を下げた。


「……シロちゃんはそのローブで、暑くないの?」

 着席するなり聞いてみた。彼女はいつも洗いたてのようにキレイな純白のローブを着ており、清潔感に溢れている。ただ全身を覆うようなデザインで、鎖骨より上と手くらいしか露出していないので、暑くないのか気になったのだ。


「あっ……はい。デザインは同じなのですが、こちらは麻のローブとなっておりまして、涼しいです」

 立ち上がって両手を広げてよく見せてくれた。首から下げたタリスマンが彼女の動きにあわせてにぶく反射する。……正直違いがわからなかったが、でもまあ、涼しい生地なんだろう。


「あれ…眼鏡、どうしたの?」

 愛嬌のある丸眼鏡のツルのところに、アクセサリーみたいなのがついているのが見えた。


「あっ、はい! アルバイトで頂いたお金で、眼鏡にチェーンをつけさせていただきました」

 また立ち上がったシロちゃんは、髪が乱れるのもおかまいなしに頭をブンブン振って見せた。勢いで外れた眼鏡はすっ飛んでいかず、首飾りのように彼女の胸元に着地する。


「これで、いつ転んでも大丈夫です!」

 いつも穏やかな微笑みの彼女にしては珍しく、笑顔と呼べそうな表情を見せた。


 ウサギからニンジンを守るアルバイトをして、私たちはいっぱいの野菜と、五万ゴールドを手に入れた。野菜はシロちゃんの調理で美味しく頂いて、ゴールドのほうはひとり1万づつ分配した。


 戦闘中よく転んで眼鏡を紛失している彼女は、それを少しでもフォローするために報酬を遣ったのだろう。転ぶの前提なのがやや気にかかったが、それも少しづつ改善していければいいと思う。


 なんて思っていると、音もなくクロちゃんが現れた。彼女もローブだが、黒い一枚布を頭からかぶっているような飾り気のないものだ。


「……クロちゃんのローブも、麻?」

 と聞いたら、いつものように首をコックリと縦に動かして、ゆっくりと椅子に座った。腰かけるときにチリンと音がしたので見てみると、いつも持っている両手杖の頭に小さなベルみたいなのが付いていた。


「どうしたの、それ?」

 古ぼけた木の杖とは対照的な、金ピカのベルだった。地味ないでたちの中でひときわ目立っていたので、気になって聞いてみると、


「買った」

 簡潔だが、ややズレた答えが返ってきた。買った意図のほうを聞きたかったのだが……察しのいい彼女にしては珍しいな、と思った。……もしかして、はぐらかしているのだろうか。


「素敵なベルだと思います」

 シロちゃんが褒めた。


「ほんと、ね」

 横から現れたイヴちゃんがそのベルを指で弾いた。揺れるベルはチリンチリンと賑やかな音をたてる。


 彼女はそのまま優雅な足どりでスツールに腰かけた。

 ツインテールを結わう赤いリボン。それとお揃いのシャツとタンクトップみたいな鎖かたびら。左の肩にはごっつい肩当てと肘当て。背中には身長より長い大剣……。


「なによ、ジロジロ見て」

 私の視線は、つんけんした言葉で遮られた。


「いや、大きな肩当てだなーと思って」

 それは対面に座る彼女を見ていると、否が応でも目に入るほどの存在感があった。……まるでお金足りなくて全身鎧の肩だけ買いました、みたいなアンバランスさで。


「結構いいのよコレ。剣を肩に乗せるとき便利だし、ホラ、座って寝るときの枕にもなるし」

 話題にしてほしかったのか、彼女の声がやや弾んだ。頭を横に倒して肩当ての上に乗せ、枕としての利用法を見せてくれている。本人が気に入っているようなら、何よりだなと思っていると、


「やっほーい!」

 姫亭の入り口で元気な声がした。見ると、ミントちゃんが店中の視線を集めながらこっちに駆け寄ってきている。通りすがりのクラスメイトたちが挙げた手にタッチしながら。

 柔らかそうなブラウンの髪の毛をまとめる髪飾り、動きやすそうな黄色のジャンパースカート、スパッツ、ちょっと大きめの篭手とスニーカー……無意識のうちに、ファッションチェックをしてしまう。


「みてみてー!」

 寄ってきた彼女はさらに注目をひいたかと思うと、ジャンプ一番、私たちのテーブルを飛び越え、空中で一回転して、みんなに背中を見せるようにして着地した。

 彼女の背中には、大きな猫の顔のアップリケが。


「シロちゃんに、つけてもらったのー!」

 その一言に店の中がおおっ、と沸き、誰からともなく拍手が起こった。その歓声は一回転ジャンプに向けてのものなのか、アップリケの向けてのものなのか、わからなかったけどミントちゃんはシロちゃんの手を持って勝者を示すように掲げると、笑顔で応えていた。いきなり注目の的になったシロちゃんは顔を真っ赤にしながら、あわあわしていた。


 しばらくのスタンディングオベーションのあと、ミントちゃんはシロちゃんの隣に着席した。手は握ったまま。


「シロちゃん、つけてあげたんだ」

 見ると、シロちゃんは髪の生え際まで赤くしていて、


「あっ……は、はい……、い、以前、ミントさんの、そ、装備を、つく、繕わせて、いただきまして……アプッ、アップリケを付けたのですが、気に入っていた、いただいて……」

 かなりしろどもどろだった。


「それで、全部につけてもらったの!」

 引き継いだミントちゃんは、元気に言った。


「よかったね」

 笑顔で言うと、


「うん!」

 その倍くらいの笑顔を返してきた。


「……で、今日はアップリケの話をするんだっけ?」

 イヴちゃんがテーブルを爪先でコツコツしながら割り込んできた。


「あ、そうだ」

 私はアップリケの話でもよかったが、

「もうすぐ、夏休みだよね」

 本題を切り出した。


 あとすこしで、ツヴィートーク女学院にも夏休みがやってくる。

 もちろん私はすごく楽しみにしているけど、宿題もたくさん付いてくる。アレをやらされるくらいなら、ゴブリンと斬り合いでもしてたほうがマシだ……というのは少し大げさかもしれないけど、宿題を好きな人というのは、あまり見たことがない。

 いままでは夏休みの楽しさと宿題の憂鬱さはセットみたいなものだと思ってあきらめていたけど、今回はちょっと事情が違った。


「アンタのことだから、パーティ課題に挑戦したい~、なんて言うつもりでしょ」

 言おうと思ってたことを先に言われた。


「パーティかだいってなぁに?」

 学院の生徒だというのに、初めて聞いたような反応を見せるミントちゃん。


 パーティ課題。学院に「パーティ登録」をしている生徒は所属するパーティに与えられた「パーティ課題」をひとつクリアすることができれば、夏休みの宿題はやらなくてよい、という制度。


「かなり大変だという話を伺っております」

 気遣うような口調のシロちゃん。だいぶ落ち着きを取り戻したようだ。


 宿題は机にすわってやるものだが、課題はいわば冒険。指定された内容の冒険を、パーティ全員で力をあわせてクリアする、というものになっている。

 ただし、課題をクリアするまではリタイヤは許されず、達成できるまで自由な時間、すなわち夏休みはやってこない。逆にいうと一日目で課題達成すれば、残りは遊び放題ということだ。


「アンタ、どうせすぐ達成すれば残りは遊び放題だ、なんて考えてるんでしょ」

 イヴちゃんの一言に、思わず顔を撫でてしまう。ひょっとして私の知らないうちに顔に書いてあったかと思ってしまうほど、見透かされていた。


「そ、そんなこと……少しは思ってるけど、でも、せっかくパーティ登録してるんだしさ、課題やろうよ、ねぇ!」

 テーブルを両手で揺らして力説する。いままでは人数が足りなくてパーティ登録できなかったけど……せっかく五人になってパーティ登録できたから、私は課題をやりたくてウズウズしているのだ。


「それとも、みんな夏休みは用事でもあるの?」

 見回してみると、私ほどウズウズしている様子はなかった。


「アンタほどヒマじゃないのよこっちは」

「およぎにいくのー」

「私は、聖堂でお手伝いをさせていただこうかと考えておりました」

機械的に首を上下に動かすクロちゃん。……みんなわりと、そっけない。


「うう~っ」

 自分のぼっちぶりと、空回りっぷりに思わず泣きそうになってしまった。


「……いいよね、いいよね。みんなはやることがあって……」

 テーブルに顔を突っ伏し、肩を震わせ、恨み節。私なりの、精一杯のいじけ表現。


「あっあっ、あの、私は大丈夫です。聖堂主様にお話をすれば、きっと同行を許してくださると思います」

 慌ててシロちゃんが寄り添ってきた。いたわるように私の肩に手を置いている。


「……ありがとう……シロちゃんはやっぱりやさしいね、それに比べて、他のみんなときたら……」

 なおもいじけていると、反対側の肩にもそっと手が置かれた。たぶん、この手はクロちゃんだ。


「……ううっ、さすがクロちゃん、話がわかる。でも三人じゃ無理だよ。宝箱とかあっても開けられないし……」

 グスグスとすすりあげ、鼻声に挑戦してみる。


「たからばこあるの? ならいくー!」

 元気で現金なミントちゃんの声がした。


「……やっぱり最後に頼れるのはミントちゃんだよね……。……いや……最後じゃなかった……シロちゃん、クロちゃん、ミントちゃん……あとは……あとは……残っているのは……どこの……誰だっけ……」

 なおも顔をあげずにわざとらしく言うと、イヴちゃんの大きな大きなため息が聴こえてきた。


「……しょーがないわねぇ、ったく……行ってあげるわよ」

 その声に素早く反応した私は、


「ホントに!?」

 ガバッと音がするくらいの勢いで顔をあげた。そこには微笑むシロちゃん、無表情のクロちゃん、ニコニコ顔のミントちゃん、やれやれといった感じのイヴちゃんが、こちらを見ていた。


「ありがとう、みんな、ありがとう!」

 私はみんなの手をひっぱってきて、テーブルの中央で重ねあわせる。


「よぉーし! 課題、ぜったい成功させようね!」

「やるからには、当然よ」

「おーっ!」

「はいっ、一生懸命がんばらせていただきます!」

「…………」


 私たちは見つめあったまま、お互いの手をきつく握りしめる……こうして私たちは、夏休みの課題にチャレンジすることとあいなった。

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