17 牢屋
ひと騒ぎしてみんなでもみくちゃになっていると、ミルヴァに笑顔が戻った。
コブをひとつ増やしてしまったものの結果オーライだとリリーも笑顔になる。
見張りインプはキイキイを通り越してギイギイと錆びた鉄扉みたいな鳴き声をあげはじめた。これはかなりご立腹だとリリーたちは神妙な面持ちで再び車座になって大人しくする。
とはいえこれもポーズだけで、一同は舌の根も乾かぬうちに顔を寄せあって作戦会議をはじめた。
「……みんな、これからどうしよう?」
リリーは皆の顔を見回しながら問う。
「どうするもこうするも、こんな所でじっとしてるのはイヤよ。今すぐにでも出てインプどもにお返ししたいわ」
真っ先に答えたのはイヴだった。
「うむ、倍返し……いや、十倍返しだ!」とミルヴァも鼻息荒く同調する。
「ミント、おそとにいきたぁ~い」
活動的なミントにとって今の状況は檻に入れられたチーターも同じ。
お気に入りの髪留めも没収されているのでそれが更なるストレスとなり、ほどけた髪の毛の頭をブンブンと振り回し不満を訴えている。
「殺害せずに捕らえたのは何か意図があるはず。それが確認できれば有利な情報となる」
条文を読み上げるようなクロの提案。リリーは見落としていたことを気づかされた。
確かにあんなにいっぱいインプをやっつけたのに、仲間のインプは私たちを殺そうとはしなかった。
助かったといえば助かったんだけど……私たちをこれからどうするつもりなのか気になる。
「クロちゃん、私たちを殺さなかった理由はどんなのがありそう?」
「考えられるのは、取引材料としての人質利用、労働力としての強制使役、報復のための拷問、儀式のための生贄、などが挙げられる」
他人事のような非情な回答。仕打ちを想像したリリーは震え上がる。
クロの隣で黙って話を聞いていたシロも表情を曇らせた。
「シロちゃんも逃げたい?」
「いいえ……私はリリーさんの判断に従います」
自分の思いを押し込めるように両手で胸を押さえ、健気に頭を振るシロ。
「……わかった」
全員の意見を確認し終えたリリーは改めて皆をぐるりと見回す。
もう腹は決まっていた。
敵の目的がなんであれロクな目に遭わないのは間違いない。
強制労働ならまだガマンできるけど、生贄だったら手遅れだ。
ならば……答えはひとつ。
「みんな、まずはここから出よう。いいよね?」
リーダーの決断に、皆は無言で頷きかえした。
「それはいいけど……どうやって出るつもりよ? アンタなにか手があるの?」
「ないっ」
イヴの問いにリリーはキッパリと答える。
「開き直るじゃないわよ、まったく……」
「えへへ、だからまずキッカケを探そう」
まずは状況把握だ。しかし牢屋内を動きまわるとインプから怪しまれ、また怒られてしまう。
そこでリリーは一計を案じた。
「ねえ、私たちはいまぐるっと輪になって座ってるから、それぞれが見えているものを教えあえば動かなくてもまわりに何があるかは確認できるよね」
皆はリリーの考えに賛同する。
お互いに頷きあい、順番に視界にあるものの情報を小声で発表した。
牢屋内には何もない。天井も壁も床も岩だけ。隠れられそうな窪みも見当たらない。
床に落ちているのは砂くらいのもので、武器になりそうな石などはない。それと何も敷かれていないのでゴツゴツしてて座りづらい。
牢屋の外には通路がある。通路の壁には穴があいていて光が差し込んでいるので見通しは良さそう。
通路内には1匹のインプが見張りをしており、近くには金属の椅子と丸テーブルがある。
テーブルの上には没収された装備であるリリーのウエストポーチとシロの救急箱が置かれている。ただ牢屋から距離が離れているので格子の隙間から手を伸ばしても届かないであろう。
奪われた装備には各人の武器と大事なものがあるので取り戻すのは必須。
なぜかリリーの盾は取られなかった。インプたちが取るのを忘れていたのか、それとも装備とみなさなかったのか……嬉しいような、嬉しくないような複雑な気分だ。
見張りのインプは騒いだのをまだ怒っているのか、不機嫌そうにずっとこちらを見ている。鎖の腰巻きをしており牢屋の鍵をぶら下げている。
……集まった情報としてはこんなところだった。
リリーはしばらく考えたあと、肩に寄りかかっているクロに話しかける。
「以前、リザードマンの砦で牢屋に閉じ込められたとき、クロちゃん藁人形を作ったよね? それ作れない?」
「作れる」
とだけ返答したクロは袖の下をごそごそとやって人差し指くらいの長さの棒を取り出した。携帯に便利な伸縮式の片手杖だ。
ただの棒のような見た目で頼りなさそうだが、かつての冒険でピンチを救ってくれた功績をもつクロの隠し装備である。
やった! とリリーは声を出さずに喜んだが、クロは「藁があれば」と無情な一言を付け加える。
「わ、藁は……ないかぁ~……」
がっくりと肩を落とすリリー。
「ストローならいるよ~?」
緊張感のないミントの声。ストローというのは以前の冒険で作った藁人形の名前だ。
「えっ本当? ミントちゃん、どこにいるの?」
再び希望を与えられたリリー。肩が元気を取り戻す。
「へやのおもちゃばこのなか~」
「ミントちゃんの部屋かぁ~……」
ミントはツヴィートークにある自室のことを言っていた。
それでは意味がない……とリリーは再び肩を落とした。
魔法で命を吹きこまれたあの藁人形があれば、スキを見て牢屋の鍵を盗めたかもしれないのに……。
しかしリリーはめげなかった。
「その片手杖で他に使える魔法はあるの?」
「『荒ぶるげっ歯類の盾』」
ああ、アレか……とリリーの脳内にハンティングトロフィーのような巨大ハムスターの顔が浮かぶ。
盾に巨大なげっ歯類の顔を出す付与魔法。出したげっ歯類は目が合っただけで威嚇してくるほど短気な性格。
過去にリリーはこの魔法に命を救われたことがある。
とはいえアレは偶然だったしなぁ~とリリーは頭を掻いた。
あのハムスターの顔だけで今のこの状況を打破できるんだろうか、と頭を抱える。
しばらく唸りながら考えていると、そっと手が上がった。
「あの……げっ歯類さんで驚かせてみてはいかがでしょうか?」
「そんなコトしてどうすんの、余計怒らせるだけでしょ」
シロの提案は即座にイヴから却下される。
「すみません……」と翼を落ち込ませるシロ。
そのやりとりを聞いていたリリーの顔がバッと上がる。
「……いや、シロちゃん、そのアイデアいいかも!」
何かひらめいたような晴れやかな表情。
すぐさま手招きしてさらに寄り合い、額をくっつけ合わせるようにして作戦の説明をはじめた。
「……うーん、それ、ホントにいけるの?」
「奇策であるな。失敗したらバカみたいじゃが、ひと泡吹かせられるかもしれぬな」
「おもしろそー、やりたーい!」
「うまくできるかわかりませんが、一生懸命がんばります」
「了解」
仲間の反応は様々だった。だが他にいい案がなかったのでダメ元でやってみようということになった。
一同は廊下の方を向いて横一列に座り直し、見張りのインプが落ち着くのを待った。
しばらくすると、ようやく大人しくなったかとインプは椅子に座ってひと息つきはじめた。
テーブルの上にあるシロの救急箱の中から消毒用のアルコール瓶を取り出し、グビグビと呷る。リリーのウエストポーチから木の実を取り出し、おつまみにする。
どうやら酒盛りを始めたようだ。
タイミングを見計らっていたリリーの瞳がギラリと光る。
「……チャララーン!!」
作戦決行。
かけ声にあわせ、リリーたちは一斉に立ち上がった。




