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イヴ、ミント、リリーの活躍によってインプたちはみるみるうちに霧散していった。
そしてついに残り1匹となったインプは敗走をはじめる。
ファイヤーインプなので炎の魔法は効かないとわかっているクロは樹木のように棒立ちのまま何もせず、シロは包帯を持ったままアワアワしているうちの決着。
後衛からの支援なしの勝利、リリーたちにとって初めての快勝だった。
「よぉし、追撃するわよ!」
調子づいたイヴは頭上で大剣を振り回しながら駈け出した。ミントも後に続く。
ふたりはインプを追って通路の中へと消えていった。
「あっ!? 待って! 私たちも行こう、ミルヴァちゃん、シロちゃん、クロちゃんっ!!」
はぐれるわけにはいかないと、慌てて皆の手を引いて走りだすリリー。
熱風の向かい風を感じながら通路に入る。
おそらくトロッコが走るであろう鉄のレールの上をたどるように走っていくと、同じような円錐の広場に出た。
採掘道具が散らばる広場の真ん中には……先行した仲間たちとインプがいた。
インプは木箱やツルハシを倒して足止めに使いつつ、室内をぐるぐる回って懸命に逃げまわっていた。わぁわぁと賑やかに後を追いかけるイヴとミント。
「イヴちゃん、ミントちゃん、こっちに誘い込んで!」
リリーが叫ぶと、追いかけっこをしているふたりは目で頷き返してくれる。
声を聞いたインプはリリーたちの姿を認めると、方向転換してリリーめがけて襲いかかってきた。
リリーは挟み撃ちをするつもりだったのでこの展開は好都合だった。たださっきまで逃げていたインプがなぜ急に戦う気になったのか、多少疑問ではあったが迫り来るインプの対処に気をとられていた。
メンバー全員がインプのまわりに殺到し、肉薄する。前後四方から振り下ろされる武器たち。
「もらった!」とその場にいた誰もが思った瞬間、足元が浮きあがった。素早く横っ飛びで逃げ出すインプ。
「きゃっ!?」
「な、何事だっ!?」
「……網」
「うにゃ~!? からまる~!?」
「も、もしかして……罠!?」
「もしかしなくても罠よっ! くやしぃぃーっ!!」
網に包まれ、上空高く釣り上げられるリリーたち。
インプたちは地面に網を敷き、上に乗った者ごと滑車を使って引き上げ、侵入者を捕らえる罠として使っていた。
網は鉱石を包んで運ぶためのものでかなり頑丈。切ろうとしてもお互いの身体が絡み合って武器が振れない。ミントがなんとか鉄爪でギコギコやってみたがヤスリがけしている程度に粉を吹くだけに終わる。
逃げたインプと罠を作動させたインプたちは作戦の成功に歓喜し、まんまと引っかかったマヌケな冒険者をからかうようにキィキィとはやしたてた。
まさしく一網打尽。敵の連携で罠にはまり自由を奪われたリリーたち。さらなるインプたちがやってきて、一行は完全に無力化されてしまった。
それからリリーたちは装備を没収されたうえに金属製の手枷をはめられ、長い鎖で連結させられた。
まるで芋づるのようにインプたちに引っ張られ、洞窟のさらに奥にある牢屋へと連行される。
一行は洞窟の窪みを鉄枠で仕切った牢獄に放り込まれた。
さっそく牢内を調べようとしたが見張りのインプからキーキーと注意されてやむなく中断する。しょうがないので車座になって大人しくした。
「……あの、お怪我のほうは……?」
珍しくシロが口火を切った。皆の怪我をかなり気にしている。
連行される途中インプたちから殴られ蹴られしたのだ。それでも眉ひとつ動かさなかったクロは暴行する甲斐がないと思われて軽傷だったが、ひたすら抵抗したイヴとミルヴァはアザだらけになっていた。
「うぅ~っ、痛い、痛いよぉ……」
ミルヴァは横になり、イヴの腹に顔を埋めたまま泣きじゃくっていた。
普段は女神として大いなる力を振るっていた少女が初めて冒険し、敗北を経験した。
相手は最下級モンスターで、しかも捕らえられたうえによってたかって傷めつけられるという目にあわされた。それは殺される以上の屈辱。
初めて受けた身体の痛みも辛かった。いつもは神の加護でキズひとつつかない柔肌はアザや切り傷にまみれ血もにじんでいた。
精神と肉体、両方に大きなダメージを受けた。いくら抗ってみてもどうにもならなかった自分の無力さにただただ涙を流すことしかできずにいた。
「うう……イヴ……悔しい……悔しいよぉ~っ」
ミルヴァは頭をあげ、イヴにすがった。その顔は涙と鼻水と涎でグチャグチャになっている。
女神としての自信と威厳は見る影もない。だがイヴは嫌悪もからかいもせず、ただ見守るような視線を送っていた。
やさしさと厳しさを感じさせる強い眼差しに、リリーはこの国の女王の姿を見た気がした。
女王エミリア・パパラン・ミルヴァランス。バスティド島の君主にしてイヴの母親。イヴの決してぶれることのない芯の強さ、そしてやさしさは親ゆずりのものだった。
「……最初の冒険に涙はつきものよ。アタシたちもそうだったからね。胸を貸してあげるから気の済むまで泣きなさい。……言っとくけどアタシの仲間だけに許される特別サービスなんだからね」
イヴに抱きしめられ、ミルヴァは柔らかな胸に顔を埋めた。
「えっ、借りていいの!? じゃあ私も!」
「ミントもー!」
直後にリリーとミントが飛び込む。鎖で繋がれているのでシロとクロも巻き込まれ、一緒にイヴを押し倒す形になる。
「フギャァァァァア!? ちょ、やめなさいっ!! アンタたちには言ってないわよーっっっ!!!」
洞窟にこだまする悲鳴。拘束された両手で器用にゲンコツを繰り出すイヴ。
リリー、ミント、シロ、クロの頭に次々とたんこぶができる。
見回りのインプがまたキーキーと騒ぎ出した。




