14 採掘場
背後から突き飛ばされ、酒蔵の床下にあいた風穴を落ちていくリリーたち。
穴の先は円錐に広がった洞窟になっていた。床はドーナツ状の地面で、真ん中は蒸気をあげる水で満たされていた。
6色の悲鳴を反響させながら水面に突っ込む6人。高飛び込みのようなしぶきをあげ次々と着水する。
「ぷはあっ!!」
「もうっ、一体なんなのよっ!?」
「……お湯」
「あつ~い!!」
「これはたまらぬ!!」
「ぷわっ、あっぷ、ぷはっ!?」
水は見た目の通りの熱湯だった。皆は熱さのあまり水たまりに落ちたアリのごとく慌てて陸を求める。
途中シロがおぼれていることに気づき戻って救出した。
なんとかお湯のほとりにたどり着いたリリーたち。
びしょ濡れの格好のままではあったが、まずは状況を整理することにした。
「酒蔵の地下がこんな洞窟になってたなんて……」
リリーはあたりを見回す。
今いる洞窟の一室は半径15メートルくらい広さで円形の岩壁に囲まれ、ところどころ木組みの足場が置かれていた。元は天然の洞窟だったのだが人の手によって掘削され、今の形になったようだ。
「ダモンドは鉱物で栄えた街。ここはかつての採掘場と思われる」
リリーの横に座っているクロがつぶやいた。
ところどころ壁に空いた風穴から灯りが差し込んでいるので洞窟内とはいえ周囲は明るく、そのおかげで暗いところが苦手なクロでも普段の調子を保てていた。とはいえちょっと不安もあるのか、クロはリリーの隣で身体を寄り添わせている。
「そんなことより、アタシたちをここに落としたのは依頼主のオヤジよね? 姿は見てないけど突き飛ばされる直前に聞こえたのはあのオヤジの声だったわ」
イヴはまわりの状況よりも自分たちを落とした犯人のほうが気になるらしく、話題を変えた。
「勝手に見たのを怒ってしまわれたんでしょうか……」
申し訳なさそうにうつむくシロ。
濡れて垂れた前髪のせいで幽霊みたいな外見になっているが、口から出るのは恨み節ではなく自省の言葉だった。
「たぶん違うわ。あのオヤジ、ネズミ捕りをさせるつもりなんかなくて、ここに突き落とすのが目的だったのよ。まったく……とんでもないヤツだわ」
まんまと引っかかってしまったことが悔しいのか、イヴはギリギリと歯噛みをする。
「だから男という生き物は生かしておけんのだ! ウキャーッ!!」
イヴの推理を聞いて我慢できなくなったのか、ミルヴァは見えない敵にグルグルパンチをくらわすように両手を振り回しはじめた。
「ど~するの~?」
一緒に両手を回すミント。そういう遊びだと思っているのかミルヴァとは対照的に楽しそうにしている。
「ここから出て、あのヒゲオヤジに天誅をくらわしに行くっ!」
「それは別にいいけど……ミルヴァ、アンタあの高さをなんとかできるの?」
イヴは親指を立てて上方を示した。つられるように揃って空を見上げる一同。
遥か上空には開きっぱなしになった床下扉があった。リリーたちが落ちてきたその穴は差し込む灯りで夜空の一等星のごとく輝いている。
「おーい、だれかーっ!!」
リリーはダメ元で穴に向かって叫ぶ。仲間たちもその後に続いた。
「ちょっと、ふざけんじゃないわよーっ!! あとで覚えてなさいよーっ!!」
「やっほ~!!」
「ウキャアアアーーッ!!」
「あ、あのー、すみませーんっ!」
「……」
思い思いに呼びかけてみたが、特に反応はなかった。
「やっぱり呼んでもダメかぁ」
リリーは肩を落とす。しかしすぐに立ち直って別の脱出口を探しはじめる。
改めて見回してみたところ、この室内から別のところに繋がっているであろうトンネルがひとつあるだけだった。
他にはないかなあとキョロキョロしていると、何か言いたげなイヴと目があった。
「……なに? イヴちゃん」
「さっきから気になってたんだけどアンタたち、なんで浸かってんのよ?」
リリーとクロはお湯だまりの中にある段差に腰かけ、まるで風呂にでも入っているかのようにリラックスしていた。イヴはそれを呆れた様子で見下ろしている。
「いや、最初は熱いと思ってたんだけど、慣れたら温泉みたいで気持ちよくて……どうせ濡れちゃってるから入っとこうかと思って」
リリーから温泉みたいと言われて興味が沸いたのか、どれどれ、とイヴは再びお湯の中に戻ってみる。が、布が濡れて肌に張り付く感触がくすぐったくてダメなようで「気持ち悪いわっ!」とすぐにあがってしまった。
「ねーねー、あっちに行ってみようよー!」
待ちきれなくなったミントはシロの手を取り、唯一の通路であるトンネルに行こうと誘う。
「は、はいっ。でも危ないので、みなさんと一緒のほうが……」
「よぉし、じゃあ余も行くぞ、イヴも一緒に来い!」
「もうミルヴァ、引っ張るんじゃないわよ……しょうがないわねぇ」
子供から遊園地の乗り物をせがまれた夫婦のように引っ張られていくシロとイヴ。
仲良し一家のようなその光景を眺めていたクロはおもむろにリリーの手を取り、湯船からザバーと立ち上がった。
「どうしたのクロちゃん、みんなと一緒に行きたいの?」
頷き返されてリリーも立ち上がる。
「よぉし、じゃあ行こっか……待ってよー、みんなー!」と叫びながらリリーはクロとともに皆に合流した。
そろってトンネルに近づいていくと、吹き込んでくる熱い風を感じた。
「ここって採掘場なのよね? それにしては暑いわねぇ」
ミルヴァとともに先頭を歩いていたイヴがこぼす。余程暑いのか空いているほうの手を団扇がわりにパタパタさせている。
「たしかに蒸すね。まるで蒸し風呂みたい」
リリーも同意する。リリー自身は蒸し風呂に一度も入ったことはないが、こんな感じなのかなと想像した。
それを聞いていたミルヴァ以外の者は蒸し風呂でかつての嫌な出来事を思い出し、苦い顔をした。
トンネルの入口にさしかかる頃には熱風はかなりの温度になっていた。まるで蓋のあいた石窯に近づいたときのような熱さに汗が吹き出す。
このまま進んで大丈夫なのかと誰もが不安になったとき、不意にトンネルの暗がりから何かが飛び出してきた。
「あれは……モンスター!?」
最前列にいたイヴは身構え、背中の大剣の柄に手をかける。
「インプ……ファイヤーインプ」
最後尾にいるクロは直立不動のまま、淡々とその存在を認めた。
「「「「「インプ!?」」」」」
ハモる一同。
インプ……小悪魔とも呼ばれる悪魔の一種。
身体は子供くらいの大きさで、赤褐色の肌にクモのような長い手足、頭の上には属性を象徴するものが乗っているのが特徴。
ファイヤーインプの場合はロウソクみたいな炎を常にたたえ続けている。
火口の側などの高温の場所を好む傾向にあり、着衣は身につけるものの火気の側にいるためすぐに燃えてしまい、常に裸だ。
「キーッ! キーッ! キィィィーッ!!」
リリー一行を見つけたインプは目を剝いて威嚇する。そして古い木扉が軋むような耳障りな鳴き声をあたりに響かせはじめた。
「ど、どうしようイヴちゃん!?」
リリーは初めての相手に戸惑い、イヴにすがる。
「フン、たった1匹にビビってんじゃないわよ。こっちは6倍の数がいるじゃない」
「そ……それもそっか。6人もいれば1匹くらいならなんとかなる……かな?」
イヴがあまりに自信たっぷりなので、リリーもなんだかイケるような気がしてきた。
しかし……その気持ちはすぐに打ち砕かれる。
先ほどのインプの鳴き声は警報だったようで、トンネルの向こうから複数のインプたちが四つ足でカサカサと駆けつけてきた。
その数10匹以上、リリーたちはあっという間に小悪魔の群れに囲まれてしまった。
「じゅ……10倍になっちゃった……ど、どうしようイヴちゃん!?」
リリーたちはインプと戦ったことはない。しかも10匹ものモンスターを相手にするのも初めてだ。
明らかに形勢不利な状況、しかしイヴの顔色は変わらない。
「……フン、このくらいじゃなきゃつまらないわよね。いいわ、全部アタシがひねりつぶしてあげる」
余裕たっぷりに言い放ったあと、イヴは熱気をはらんだ空気を胸いっぱいに吸い込みはじめる。
お得意のアレがくる……! とその場にいた仲間たちは誰もが思った。




