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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
135/315

13

 ハズレを引いたリリーたちはヒィヒィと苦しみながらシロの介抱を受け、なんとか立ち直った。


 皆が滝汗を流すような容赦ない辛さであったが辛いもの好きのクロはこのオニギリが気に入ったらしく、皆から具だけもらって食べていた。


 けっきょく激辛の具はクロが片付け、リリーたちはおかずを具のかわりにしてオニギリを食べきった。


 大騒ぎの昼食を終え、お茶担当のリリーが口直しにと果物の紅茶を淹れた。


 辛いものが苦手なイヴは、それまで険しい岩山のような誰も寄せ付けない顔をしていたが……甘いフルーツティーを飲んで、ようやく機嫌がなおった。


 お茶を飲みながら村の景色を眺めるリリー。

 良い天気と、気持ちのよい風に乗って漂ってくるフルーティな香りに癒されながら、やれやれひどい目にあった……とひと息ついた。


 自分で仕込んだことは棚に上げ、まるで冒険を終えた後のようなやりきった風情を漂わせながら一服を楽しんでいると、隣に座っていたミルヴァがなにやらゴソゴソやりはじめた。


「……ミルヴァちゃん、なにやってるの?」


「持参した武器を確認しておったんじゃ」


 あぐらをかいて座る幼い女神。刺繍のほどこされた青いスカートの膝上には金槌のようなものと四角い粒が乗っている。


「これは雷神ケビンシュラークの雷槌、『ドンナーハンマー』じゃ!」


 掲げられた金槌はツヤのあるピンクシルバーで、なにやら文様のようなものがびっしりと彫り込まれている。持ち手の端にはマスコットがぶら下がっており、かわいくデフォルメされた木彫のサンダーバードが揺れていた。


 全身金属っぽいが軽い材質でできているのかミルヴァは楽々と振り回している。


 雷神ケビンシュラークというのはバスティド島の北にある大陸『ヴァシースタヤ』の主神だ。

 バスティド島におけるミルヴァと同じような存在である。


「『ドンナーハンマー』ってあのゴッドアイテムの!?」 


 オモチャのようなそれに真っ先に食いついたのはイヴだった。


 ゴッドアイテムというのは神々が持つといわれる武器や道具……いわゆるマジックアイテムのこと。

 冒険者の憧れであるマジックアイテムは強さや価値によって等級分けされており、ゴッドアイテムはその最上級に位置する。

 神話級の威力を持っていると伝えられているが、普通の冒険者では本で見るのが精一杯の超レアアイテムである。


「ケビンシュラークが持ってる本物はもっと大きいがな。これはアヤツからもらった女の子用のやつじゃ!」


「言われてみると……教科書とかで見たのよりだいぶ小さいわねぇ」


 世界史の教科書で見たドンナーハンマーを頭の中で思い描くイヴ。


 筋骨隆々としたヒゲ面の男が振り下ろした縋で落雷を起こし、モンスターの軍勢を壊滅させているという有名な絵があるのだが、それがケビンシュラークの一般的なイメージだったりする。


 リリーもドンナーハンマーを知っていたのでその小ささに拍子抜けしていた。

 ピンク色の金槌は女の子用といえなくもないけどむしろ子供用っぽいな……とも思ったが言わないでおいた。


「ケビンシュラーク様と仲がおよろしいのですね」


 シロは微笑みかけたが、ミルヴァは嫌なことを思い出したように苦い顔を返した。


「あのカミナリオヤジ、本物の雷槌をやるから嫁になれと求婚してきおった!」


「へぇ! ミルヴァちゃん婚約者いるんだ!? 結婚するの!?」


 色恋沙汰に興味のあるリリーはすぐに飛びついた。

 しかし女神はますます苦い顔になり「してたまるか!」と即答した。


「アヤツと夫婦(めおと)になるくらいなら肥溜めの中でフンコロガシと挙式をするほうがマシじゃ!!」


 さんざんな言われようだ。何かのスイッチが入ったのかミルヴァは続けてまくしたてる。


「ああっ、もう大っ嫌いじゃ! 藻みたいな不潔なヒゲを顔中に生やして、身体は筋肉のカタマリみたいにゴツゴツしておる! ああ、気持ち悪い!!」


「あ、そっか、ミルヴァちゃんって男の人がキライだったんだ……」


 リリーはウワサを思い出す。

 ツヴィートークに男がほとんどいないのは、ミルヴァの男嫌いが高じた結果であると聞いたことがある。


「まったく、なぜ男なんてものがこの世の存在するんじゃ! 絶滅してしまえばよいのに!!」


 最初はケビンシュラークだけだったのがいつのまにか男という性別自体を批判しはじめる。


 とうとう興奮して「ウキャーッ!!」と猿のように暴れだす。八つ当たり同然にドンナーハンマーで近くの岩をブッ叩くと、青空なのに一筋の雷がドンと落ちて岩が真っ二つになった。皆は唖然とする。


「これは……『神の賽』」


 ひとり動じなかったクロは地面に落ちている小さな四角形をつまみあげた。

 先ほどまでミルヴァの膝にあったのだが、暴れ出したため転がり落ちてしまったのだ。


「ハァ、ハァ、ハァ……おっ、よく知っとるな。それは投げて出た目の天変地異を起こせるサイコロじゃ」


 息を整えながら答えるミルヴァ。

 角砂糖くらいの大きさのサイコロには数字が彫られておらず、かわりになにやら簡素な絵が刻まれていた。


「「て、天変地異っ!?」」


 ハモるリリーとイヴ。

 ゴッドアイテムの威力をつい今しがた見せつけられ、女の子用であの破壊力なのだから天変地異というのは一体どうなるのかと震え上がる。


 「てんぺんちーってなにー?」と見回して尋ねるマイペースなミントと「大雨とか地震とかのことです」と打てば響くようなシロ。


「雫みたいなのは大洪水、火の玉っぽいのは大火災、グルグルしてるのは大竜巻じゃな」


「ふぅーん、みせてー」


 クロからサイコロを受け取ったミントは手の上でコロコロ転がしはじめた。


「あ、遊ぶんじゃないわよ!?」


「み、ミントちゃん、いい子だからこっちに頂戴、ねっ?」


 銃口を向けられた人質のように慌てるイヴとリリー。


 間違って振ってしまったら天変地異が起きてしまう。

 そうなると自分たちだけではなく、この村もただではすまないと必死の形相だ。


 そんな爆弾を持っているという自覚もないミントは「はぁーい」とふたりの間にめがけてサイコロを投げ渡した。


 毛を逆立てたリリーとイヴは同時に飛び込み、何度も取り落としそうになりながらも折り重なるようにしてなんとか地面につくまえにサイコロをキャッチした。


「ハハハハハ! 大丈夫大丈夫、念じて振らなければ効果は発揮されぬ。なにせ神々はコイツを使って賭け事をやっとるくらいじゃからな」


 必死なふたりが可笑しかったのか大笑いするミルヴァ。

 駄々っ子もおさまり、いつもの無邪気さを取り戻していた。



 いろいろあったが昼食を終えた一行はツルーフを離れ、さらに北東へと歩いていった。


 実はリリーたちがツルーフを出てしばらくして、村の長でありリリーたちの上級生でもあるマンゴスティア・ツルーフ・ガルシニア……愛称ティアがウワサを聞きつけ駆けつけたのだが、時すでに遅く悔しい思いをしていた。


 そうとも知らずリリー一行はツルーフからまた同じくらいの時間を歩き、目的地であるダモンドの街に到着した。


 ダモンドはツルーフの村の先にありかつては宝石が採掘できることで栄えた街だ。しかし今は採掘は行われておらず、炭鉱夫たちに出していた酒が評判になり現在では酒作りの街として知られている。


 街の至る所で軒を連ねる酒蔵を歩きまわり、依頼主のいる醸造所を見つけた。


 依頼主はリリーと同じくらい背が低く、3倍くらい恰幅のいいヒゲもじゃのおじさんだった。

 その顔とずんぐりむっくりした筋肉質の身体を見てリリーは「ミルヴァちゃんの言ってた雷神サマってこんな感じなのかな?」と思った。


 背後からクロが「ドワーフ」と教えてくれた。


 ドワーフというのは低い背にがっしりした身体が特徴である人類の種別のひとつ。力が強く屈強なので鉱夫などの肉体労働現場でよく見られる。

 冒険者としては戦士タイプが多く、重い鎧に身を包み両手武器でパワフルに暴れまわるというスタイルが一般的だ。


 それまで快活だったミルヴァはドワーフの男を見かけた途端、いじけた子供みたいにリリーに抱きついていた。

 口も聞きたくないし視界に入れるのもイヤだという感じだ。リリーのお腹に顔を埋めることで自我を保っているようにも見える。女神の男嫌いは相当なようだった。


 ミルヴァは男に対して口では強気であるものの、いざ本物を前にすると萎縮してしまう。

 実はケビンシュラークと会ったときもずっと父親の陰に隠れていて、直に贈られたドンナーハンマーも手を出そうとせず後から父親経由で受け取っていたりする。


 そんな事情は知る由もないドワーフはミルヴァを邪魔そうに見下ろしながら依頼内容を話しはじめた。


「ネズミどもがブランデーの原料である果物を盗み食いしてやがるんだ。ガマンならねぇから根絶やしにしてくれよ、できたら礼は弾むぜ」


「えーっと……猫はいないんですか?」


 リリーは当然の質問をする。さっきからあたりを見回しているのだがそれらしき姿は見当たらなかった。


「いねーよ、俺ぁ猫とガキが大嫌いなんだ」


 ドワーフは「ガキ」のところでミルヴァを一瞥した。女神だとは想像すらしてないような、うっとおしそうな目つきで。

 そんなことを言われたら真っ先に飛びかかっていくイヴはちょうどそのとき離れたところで酒樽の銘柄チェックをしていた。もちろん飲めないが、ブランドには興味があるらしい。


「……わかりました、できるかわかんないですけど、がんばります」


 リリーが頷いてみせると「じゃあ頼んだぜ、原料と酒以外だったら自由に使ってくれて構わん、終わったら呼んでくれ」とドワーフはさっさと蔵から離れようとする。忙しい身らしい。


「なによ、手伝ってくれないの?」


 ブランドチェックを終えて戻ってきたイヴが呼び止める。

 ドワーフは立ち止まり、面倒くさそうに首だけ捻った。


「俺ぁこれから街の会合があるんだ。酒にかわる新しい名物を模索する大事な議会がな。それから戻ったら戻ったで酒の仕込みがあるんだ。だからネズミの相手をしてるヒマはねぇんだよ」


 イヴは返事のかわりに「フン」と鼻を鳴らした。気にも留めず出ていこうとするドワーフだったが出入り口のあたりで再び立ち止まり、


「おっとそうだ、あそこにある床扉には貴重ものがしまってあるからな、なにがあっても絶対に触るんじゃないぞ」


 去り際に部屋の隅にある床の木扉を指さしてから出て行った。


 ドワーフの気配がなくなった途端いつもの元気を取り戻すミルヴァ。

 開けてはダメと言われたばかりの床扉に駆け寄り、話を全く聞いていなかったようにミントとふたりで開けようとする。


 ミルヴァとミント、女神と盗賊という立場の違いはあれど同じような背格好のふたりは妙に息が合っていた。

 自分たちの身体以上に大きい床扉に対し、力をあわせてよっこらしょと開く。


 しゃがみこみ、開いた床下を覗き込んでいたイタズラコンビが何かを見つけたのか「おおーっ」と声をあげた。


「なになに? なにがあったの?」


「なぁーにやってんのよ、アンタたち」


「あ、あの……はやく閉めたほうが……」


「……」


 声をききつけた保護者たちが子供たちの元に集まる。


 円陣を組むようにしてこぞって穴の中を覗き込む。てっきり床下収納かなにかかと思っていたが全然違った。

 床扉と同じ大きさの岩のトンネルがずっと下まで続いており、熱気で霞む遥か底にはお湯のような液体がグツグツと泡立っていた。


 ……不意に、背後から声が聞こえる。


「悪く思うな」


 誰? と振り返るより先に背中に強い力がかかった。


「えっ!?」「なにっ!?」「わあ!?」「ひゃっ!?」「きゃ!?」「……!」


 6つの小さな悲鳴、しかし時すでに遅く、リリーたちは床の穴めがけて真っ逆さまに落ちていた。

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