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次の日の朝、リリー一行は北東に向かって歩いていた。
「ネズミ退治いぃー?」
道中、依頼書を見ていたイヴがさも嫌そうな声をあげる。
リリーが選んだのはツヴィートークより北東にあるダモンドの街のウイスキー醸造所からのネズミ退治の依頼だった。
醸造所は酒の原料となる穀物や果物が大量にあるうえに室温も保たれているためネズミが住みつきやすい。
醸造主は猫を飼ってネズミ対策を行うのだが、それで追いつかないほど増えてしまった場合は冒険者に駆除を依頼する。
とはいえネズミ退治というのはツヴィ女の生徒からは受けたくない依頼の上位に位置する。
マスコットやヌイグルミのネズミならまだしも、リアルネズミが好きな女の子は少ないからだ。
正直なところリリーも少し悩んだのだが、他の非戦闘依頼と比べると一番冒険らしかったので仲間からの批判を承知で依頼を受けた。
ちなみに他の依頼は「草むしり」「ドブさらい」のふたつで、冒険らしさは微塵もないものだった。
ホーリーデーの間は校則で戦闘依頼が受けられなくなるのでツヴィ女の生徒はこぞって非戦闘依頼を受ける。依頼が貼りだされる掲示板をリリーが見たときはすでに遅く、先の3つの不人気依頼が残っていただけだった。
「気が進まないわねぇ」
一般的なツヴィ女生徒らしい反応を見せるイヴ。
「あの、ネズミさんを追い出せばよろしいんですよね?」
殺生が嫌いなシロはネズミを殺す必要があるのか気にしている。
「……」
無言のクロ。彼女が何も言わない場合は肯定を意味する。
「ネズミンと追いかけっこ~! 楽しみ~っ!」
「まったくだ! 余はそなたたちとできるのなら、なんでもいいぞ!」
手を繋いで先頭をスキップするミルヴァとミント。
イヴ以外は悪い反応ではなかったので、リリーはイヴをなだめながら歩いていった。
途中、同じ方角にあるツルーフの村に立ち寄る。
ツルーフはリリーたちの上級生でもあるお嬢様、マンゴスティア・ツルーフ・ガルシニアが村長をやっており、果物の産地としても有名な所だ。
リリーたちはかつてこの村のお屋敷でメイドをやったり、果樹を荒らす敵を間接的ではあるが撃退したりとそれなりに関わった経緯がある。
村の人たちともすっかり顔なじみで、リリーたちの顔を見るなり嬉しそうに声をかけてきた。
挨拶を返しつつ果樹の丘に囲まれた村の中へと入っていくと、不意にリリーのお腹がキューと鳴った。
リリーの腹時計の正確さはパーティメンバーにも定評があるので自然に昼食をとる流れになった。
見晴らしのいい所で食べたら美味しいんじゃないかというという話になったので果樹の並ぶ坂道を登って丘をあがった。
中腹あたりでちょうどいい大きさの切り株が並んでいる場所を見つけたのでそこで食べることにした。
小さな切り株を椅子がわりに腰掛け、大きな切り株をテーブルがわりに持参したバスケットからオニギリやおかずの入った包みを取り出すと、小鳥たちがやってきて次々とリリーたちの頭や肩に止まった。
小鳥はレインボーハミングバードという虹と同じ七色の羽根をもつ鳥で、かつてリリーたちは彼らの濡れ衣を晴らしたことにより仲良くなり、ツルーフの村に行くたびにこうして懐いてくるようになった。
お弁当を作ったのは料理が得意なシロなのだが、シロはこうなることを予想していたのかバスケットから果物を取り出して鳥たちに振る舞っていた。
「じゃあ、アタシたちも食べましょ。……今日のは随分大きいオニギリねぇ、具は何なのかしら」
切り株の上に広げられたごちそうに食欲が刺激されたのか、イヴは今回のメインディッシュである大型オニギリに手を伸ばそうとする。
「ちょっと待ってイヴちゃん」
リリーはその手を遮った。「なにすんのよ」と睨むイヴに対して「ンフフフフフ」と含み笑いを浮かべている。
「……なによ一体、ニヤニヤして」
「この中に2個、激辛オニギリが入ってるんだよね」
シロが寮の台所でお弁当を作っている時に偶然通りすがったリリー。シロから「お弁当は何にしましょうか?」とリクエストを聞かれてリリーは「大きなオニギリ!」と答えた。
理由は簡単。学校の昼休みにミルヴァとミントと共に読んだ絵本の中に1個でおなかいっぱいになる大きなオニギリが出てきて、それがすごく美味しそうだったからだ。
絵本の読み手であったシロは「かしこまりました」とオニギリを再現してくれた。
当初リリーはおかずを作るのを手伝っていたのだが、なんとなくイタズラ心が芽生えてきた。シロを拝み倒して6個の大型オニギリのうち2個に激辛の具を入れてもらったのだ。
「まったく……食べ物で遊ぶんじゃないわよ」
「す、すみませんっ」
イヴはリリーに責めるような視線を投げかけたが、頭を下げたのは隣のシロだった。
「フフン、ちゃんと全部食べれば遊びにならないでしょ?」
当のリリーはチッチッチッとメトロノームのように人差し指を左右に振っている。悪びれた様子は全くない。
「おもしろい! 余はこのオニギリを選ぶぞ!」
「ミントはこれー!」
何のためらいもなく激辛ルーレットオニギリに参加するミルヴァとミント。
「じゃあ私は……」
続けてリリーも選ぼうとしたが、
「待ちなさい、仕掛けたアンタとシロは最後。みんなが選んでから選ぶのよ」
安全なオニギリに目印をつけているんじゃないかと疑ったイヴはリリーの選択を押しとどめた。
「……」
そうこうしているうちにクロが無言でオニギリを取っていく。
イヴは唸りながら、残った3つのオニギリを穴があくほど見つめていたが違いは発見できず、
「ええいっ、いちかばちか、コレよ!」
けっきょく勘にまかせて選んだオニギリを掴んでいた。
残ったふたつのオニギリ……リリーは発案者ではあったがシロの料理を最後まで見届けたわけではないのでどれがアタリなのか知らなかった。
イヴと同じようにオニギリを凝視して迷っていたが、空腹でイラついたイヴから「さっさとなさい!」と怒鳴られて慌てて選んでいた。
シロは最後に残ったオニギリに、緊張した面持ちで両手を添える。
「あの……」と何か言いたそうに口ごもっていたのだが「今更やめるのはナシよ!」とイヴから一喝されて黙りこんでしまった。
「よぉし、じゃあ一斉に食べよっ! い……いただきまぁーすっ!!」
顔くらいある大きなオニギリを手にした一同は、リリーのかけ声を合図に一斉にかぶりつく。
オニギリは6つ、激辛はうち2つ。
確率は3分の1……!
今後の冒険の行く末をも左右するかもしれない運命の選択。
誤れば喉を焼かれ、胃を荒らされるのは必定……!!
刹那、ひっくり返るリリー、イヴ、ミント、ミルヴァ。
容赦ない辛さにのけぞり、口から火を吐かんばかりに叫喚する。
断末魔のような絶叫が村中に響きわたり、レインボーハミングバードたちがびっくりして逃げていく。
「げほっ、がほっ、ごほっ!! なっ……なんでアタリがよっ、4つもあるのっ!? 入れたのは2つのハズなのにぃーっ!?!?」
不可解な状況に、リリーは悶絶しながら叫ぶ。
ひとり助かったシロはぺこぺこと頭を下げていた。
「すっ、すみません、すみませんっ、すみませんっ! あ、あの……実は……リリーさんがお帰りになられた後、ミントさんから3個激辛オニギリをお願いされてしまいまして……」
なんとオニギリは1個をのぞいて全て激辛だった。
シロはずっと知らせようとしていたのだが言うタイミングを逸していたのだ。
楽しい昼食はちょっとした地獄絵図と化していたが、そのなかでひとりクロだけはいつもと変わらない様子だった。
彼女が手にしたオニギリからは見るからに辛そうな具が覗いていたが、もくもくとそれを口に運んでいた。




