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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
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11

 放課後、ミルヴァを加えたリリー一行は姫亭に来ていた。


 ミルヴァから「リリーたちがいつも行ってる茶店に行きたい! 行きたい! 行きたい! 行きたーいっ!!」と熱烈にせがまれたからだ。


 ミルヴァは店に入るなり「ほおーっ! これがウワサの『姫亭』じゃな!」と大歓喜。

 憧れの観光地に来たかのようにあたりをキョロキョロと見回し「あっ、あそこがいつも使ってるテーブルじゃな!?」と駆け寄り背もたれのない木椅子に飛び乗った。

 「リリーと同じものが飲みたい! あと野菜ナントカが食べたい!」とひとりで注文をはじめる。


 遅れて席に着くリリーたち。いつもは椅子が5つしかないのでひとつ借りてきて6人がけにして座る。


 最年少であるミントがチョコレートシェイクを頼んだので、同い年っぽいミルヴァも好みが近いだろうと考えたリリーはチョコレートシェイクを頼んだ。

 「アタシも同じやつ」と甘いもの好きのイヴも乗っかり、なぜかクロも「自分も」と続いた。


 「あっ、では、せっかくですので私も同じもの……チョコレートシェイクを頂けませんか? あと、野菜チップスもお願いできますでしょうか?」とシロは控えめに手を上げて畏まった注文をする。

 ミルヴァが言っていた野菜ナントカというのは姫亭名物の『野菜チップス』だろうと予想してそれも追加する気遣いも忘れない。


 オーダーを書きとめていた店員は「なにがせっかくなんだろう?」という顔をわずかに浮かべていた。


 しばらくして運ばれてきたチョコレートシェイクはトロッとしており、ストローから強く吸わないとなかなか飲めない代物だった。

 ただその濃厚さでツヴィ女生徒たちからスイーツ的人気を獲得している隠れた名物のひとつだった。


 リリーたちはストローにチュウチュウと吸いつき、チョコレートを吸い上げる。


「ミルヴァ、アンタやけにツヴィ女のことに詳しいのね」


 肺活量のあるイヴはさしたる苦もなく飲み続けながら、話題を切り出した。


「ツヴィートークは余の憩いの場所だからな、当然だ!」


 ぷはっとストローから口を離すミルヴァ。息止めをしていたかのように顔が紅潮している。


 女神の本拠地はこのバスティド島の中央である王都ミルヴァランスの遥か上空に存在している。

 リリーたちがいるのは『地上界』であり、その上には有翼人や巨人が住む『天空界』がある。さらにその上に『神聖界』があり、ミルヴァなどの神々が住む領域となっている。


 ミルヴァは神としての日々を神聖界で過ごしつつ、たまにツヴィートークの聖域の森に降り立ち息抜きをする。聖域の森が王族ですら入ることが容易でない理由はそこにあった。


 先日リリーたちがミルヴァに呼び出され、聖域の森で乗ったのは地上界と神聖界をつなぐ転送装置で、その先にあった不思議空間がまさしく神聖界だった。


 人間という立場で神聖界に行ける人間はほんのひと握り、いや、ひと摘みしか存在しない。更に遊びに行った人間となるとリリーたちが初めてであったが、その快挙に当人たちは気づいていない。


「これまでのミルヴァの言動を総合すると、ツヴィ女というよりも我々に詳しいと思われる」


 クロは独自の観察結果を披露した。


 言い終えたあと淡々とストローを吸い、茶色い液体を口に運ぶ。

 あまりに表情が無いのでチョコレートという嗜好品を楽しんでいるというよりも燃料補給でもしているように見える。


「うむ! 余はいろんな冒険者たちを空から眺めてきたが、リリーたちほど楽しそうな冒険者を見たことがない! ずっと輪のなかに入りたいと思っていた! だからこうして会いにきたのだ!」


 青い瞳をらんらんと輝かせる神を、イヴは冷めた様子で眺めながら「そんなもんかしら」とこぼす。


 それについてはリリーも同意だった。

 私たちより面白そうな冒険者はいっぱいいるハズ。例えばこのまえ天空を目指して旅立ったロサーナさんパーティとか、あとは……ママのパーティとか。


「というわけで、冒険! 冒険! 冒険っ! 冒険に行こう!」


 女神は鼻息荒く連呼する。


「あと1週間しかないっ! だからすぐに出発するのだ!」


「1週間? なんで期限つきなのよ?」


「ミルヴァさ……さんはホーリーデーが終わるまでの1週間、という意味でおっしゃってるのではないでしょうか?」


 イヴの疑問にすぐさまシロがフォローする。


「うむ! ホーリーデーが終わると余は帰らねばならんから、それまでに冒険に行こう!」


「ふーん、そんなに急いでるならひとりで行ってくればいいじゃない、好きなだけ」


 イヴから急に冷たくされて「えっ」となるミルヴァ。

 買ってもらったばかりのアイスを地面に落としたような悲しい顔をしている。


「冗談よ」


 からかうような口調のお姫様は、幼い女神の鼻を指先でツンと突いた。


「よ……余をバカにしたなぁーっ!? こうしてくれるーっ!」


 イヴとミルヴァ、ふたりとも綺麗な金髪に光をまとわせながらふざけあっている。立場は違えどその様は姉妹のようであった。


 いつもだとメンバー以外の人間とはソリが合わないイヴだが、ミルヴァは違うようだ。

 これなら一緒に行ってもトラブルが少なそうだと判断したリリーは身を乗り出した。


「よぉーし、ならみんなで冒険行こっか!」


 あと1週間でミルヴァが帰ってしまうというのであれば一緒に冒険というのはいい思い出づくりになる。

 それになんといってもリリー自身、この退屈な1週間が楽しくなりそうな気がしていたからだ。


 「おおーっ!」と賛同する一同、しかしシロだけは、


「あ、あの、すみません、いまは回復魔法が使えないので、あまり危険なことは……」


 申し訳なさそうに肩をすくめていた。


「それならミルヴァちゃんがいるから大丈夫! だって神様なんだから!」


 味方についてもらえるのであれば、神様ほど心強い存在もない。


 その力がどんなものかは知らないが、絶大なものであれば無傷での冒険も可能だ。冒険というよりはツアー旅行みたいになりそうだが。


「それはそれは強いぞ。本来はな」


 凹凸のない胸をこれでもかと張って得意気にするミルヴァ。

 早速イヴから「本来は、ってなによ?」と突っ込みが入る。


「コレだ」


 テーブルの中央に置かれた野菜チップスのボウルに手を伸ばすついでに手首の腕輪を見せた。


「それなあに~?」


 青鈍にぼんやりと光を放つ無地の腕輪。瞳孔を全開にした猫のように覗きこむ光りモノ好きのミント。


「力を封じる腕輪じゃ。神が人の世と接する場合、これを付けなくてはならぬ決まりがある」


「……ってことは、今のミルヴァちゃんには神の力がないってこと?」


「うむ、もっと言えば今の余は歳相応の人間と同じくらいの力しかないと言える」


「そういえば授業中のアンタを見てたけど、フツーの子供と同じ身体能力だったわね」


 今日は体育で短距離走の授業があった。

 ぶっちぎりで先頭を走るミントは例外として、ジュニア1の子供たちはわらわらと団子になって走っていた。その集団のなかにミルヴァがいたことをイヴは思い出した。


 元々期待していたわけではなかったが、神の力が見れないとわかると残念ムードが漂いはじめた。リリーはすぐさまその空気を振り払う。


「そっか……じゃあ非戦闘依頼にしよう! なら危なくないよね、シロちゃん?」


 シロは急に振られたせいで「は、はひっ」と引きつった返事になった。


「よぉーし、じゃあもう一度、シロちゃんも一緒にね。……みんなで冒険に行こーっ!」


 リリーたちは改めて「おおーっ」と気勢をあげた。



 それからリリーたちはチョコレートドリンクを飲み干し、野菜チップスをカラにしてから姫亭を出て帰路についた。

 リリーは寮の入口で皆と別れ、玄関ホールにある掲示板から非戦闘依頼を適当に見繕った。


 自室に戻るとミルヴァがいた。

 こっちが部屋を間違ったかのようにくつろいでいたがリリーは特に気にしない。


 リリーは寒かったり雨が吹き込んでこない限りはドアも窓も全開にして過ごす。たまに猫とかが窓から入ってきてベッドで寝てたりするが追い出したりはせず一緒に寝る。外から入ってくるものについては人でも動物でも神でもウエルカムなのだ。


 リリーはその日の残りはミルヴァと共に過ごした。

 食堂で一緒に夕食をとり、お風呂に入って身体を洗いっこし、お風呂あがりには髪をすいてあげた。


 リリーは自分がくせっ毛な分、他人のストレートヘアにブラシを入れるのが好きなのだがミルヴァはじっとしていられず長い髪を振り乱しながらベッドに逃げた。


「リリー、おしゃべりしよう! おしゃべり! 寝るまでおしゃべり!」


 まるで持ち主のようにベッドをポンポン叩いて呼ぶ。


「じゃあ、そろそろ寝よっか」


 リリーはベッドの宮棚にあるミニランプをつけて小さな光源を確保する。部屋のランプを消灯したあと、薄明かりのベッドに潜り込んだ。


 ミルヴァとじっくりおしゃべりできるのを楽しみにしていたのだが、幼い女神は二言くらいしゃべったらストンと寝てしまった。ちょっと残念だったが、寝顔を見ているうちにすぐにリリーも眠ってしまった。



 そして……日付が変わった深夜。


「なあクロ」


 女神は床に寝そべったまま、同じく眼前で転がる黒いローブの少女の名を呼んだ。

 「なに?」と目で返事をするクロ。


「リリーはいつもこんな寝相なのか?」


「見ている夢による。母親の夢を見ているときは抱きしめようとするが、戦っている夢などを見ているときはこうして外に蹴りだされる」


 隣にあるベッドの上から「やった~ドラゴンをやっつけた~ムニャムニャ」という寝言が聞こえたかと思うと、スヤスヤとした寝息に変わった。

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