10 ホーリーデー
女神の裁きを受けるかと思ったら友達になったうえに一緒に楽しく遊んでしまったリリーたち。
夜更けまでミルヴァと共に過ごしたあと聖域の森に戻ると、聖堂主がソワソワしながら帰りを待ちわびていた。
「あー楽しかった~」と行楽地帰りのような雰囲気を出してしまったものだから、一行はそこからさらに聖堂主の部屋に連れて行かれてこってりお叱りを受けてしまった。
実はこのときイヴの母親であるバスティド島の女王、エミリア・パパラン・ミルヴァランスも陰で見守っていた。
娘が女神から呼び出されたと聞いて居ても立ってもいられず転送装置を使って飛んできたのだ。
聖堂主からのお説教のなかで、女神からは特にお咎めを受けなかったと確認できたので安心し、娘とは会わずに戻っていった。
問題のシロはというと、リリーたちの説得で無事退学を取りやめた。
学長のところに謝りに行くと退学届は学長の配慮でまだ受理されていなかったので問題なく取り消された。
退学になってリリーたちと離ればなれになるというシロにとっての一番の心配は無くなったものの、懸案はまだあった。
ノーブルウイングとして学校に行くとまわりの生徒たちから嫌われるのではないかという不安だ。
この点についてシロは清水の舞台から飛び降りるような覚悟を要し、川を渡り船を焼く決意で学校に向かった。
だが生徒たちの反応はシロの想像とは真逆で、大層なもてはやされようだった。
教科書でしか見たことがない伝説の種族の登場に、多くの生徒たちがシロの元に殺到して揉みくちゃにするという光景が数日続いた。
件の翼はあまりにも立派だったので、美術のスケッチのモデルなどにも駆り出されるようになった。
また空を飛ぶことも期待された。
シロはそれまで背中に生えたものを腫れ物のように扱っていて、ミントから「とんでみてー!」とねだられるまでは翼としての用途を考えもしなかった。
ずっと悲しみにくれていたのでそこまで気が回らなかったのだ。
それはちょうど寮での朝食を終えたタイミングだったので、興味があったリリーたちは寮の屋上にシロを連れていって、飛行できるか試してもらった。
朝も早よから快晴の空の下、シロは懸命に翼をパタパタと動かしてみたのだが、いくらがんばってみても1ミリも浮かなかった。
「ここから突き落とせば飛べるんじゃない?」
イヴは屋上のフェンスの向こうを指さしながら物騒なアイデアを出したが、シロは青い顔でイヤイヤと首を振った。
ノーブルウイングは子供の頃から練習するので飛ぶことができるが、14歳で身につけた翼では時すでに遅く、しかも運動神経のないシロでは飛ぶのは無理なのではないか、とクロは冷徹すぎる分析をした。
「まぁまぁ、今日から聖休日だし、ヒマなときにゆっくり練習すればいいじゃない。ねっ、シロちゃん?」
リリーだけはシロをかばい、気長にやろうよと提案する。
シロはこれ以上、過剰な期待や恐ろしい無茶、辛辣な評価に晒されずにすむということでリリーの発言に全面的に賛同した。
納得した皆は通学のため揃って寮を出て、学院へと向かった。
ホーリーデーというのは女神ミルヴァルメルシルソルドが制定した特別な週間のこと。
期間中は女神の加護が消え、神聖魔法が使えなくなり、死んでも復活できなくなる。
なぜそんなものがあるのかというと、日々戦ってばかりいる冒険者に対し「たまには休みなさい」という女神からのメッセージである……ということになっている。
神聖魔法が使えないということは各種回復魔法も使えなくなるので、それがキッカケで冒険者も休むだろうという狙いだ。
期間中は怪我をしても魔法では治せないので、戦闘依頼を受ける冒険者が減る。そのため報酬額が上がるのだが、逆に非戦闘依頼は人気となるので報酬が下がる傾向にある。
なので貧乏な冒険者は逆に稼ぎ時とばかりに戦闘依頼を受けまくる。
神が決めた事とはいえ休むのは強制ではないのだ。
ちなみにツヴィートーク女学院ではこの期間、非戦闘依頼しか受けてはいけない校則がある。
職業的に影響を受けるのはプリーストたちだ。
なにせ一番の売りである回復魔法が使えなくなるので、手当をして怪我を治すことになる。
ツヴィ女の僧侶科の生徒たちはこの時期になるとプリーストローブではなく、ワンピースとエプロンスカートにナースキャップという看護婦の格好になる。
シロミミ・ナグサも例外ではなく、薄い水色のワンピースの上に純白のエプロンスカートとナースキャップ身につけ、救急用品の入った大きなバスケットを持って登校していた。
リリーは冒険ができなくなるホーリーデーがあまり好きではなかったが、シロのナース姿が見れるという点では悪くないと思っていた。
見慣れたプリーストローブのシロいいけど、白衣の天使のシロもかわいい。
つい先日翼が生えたということでシロは持っている衣服一式を繕い直していた。いま着ているナース服も翼が出せるようお直しされている。
始業前の教室内、膝の上でミントを甘やかす新生ナース服のシロ。
花の蜜を吸う蝶のように、小さな翼をゆっくり上下させている。
リラックスした様子で、もはや翼のコンプレックスは克服したように見えた。
その姿を横で凝視していたリリーは、やっぱりシロちゃんは天使だなぁ……と顔をほころばせていた。
そうこうしているうちに始業の鐘が鳴り、先生が教室に入ってきた。
シロは自然な流れでミントをヒザ抱っこする。
こうするとミントはしばらくの間だけおとなしくしてくれる。シロは騒いで授業の邪魔にならぬよう、あの手この手でミントをあやす。
シロの不在時にケチャップまみれのミントの世話をしたリリーは、シロのこうしたさりげない面倒見の良さに気づくようになった。
人知れずフォローしてくれる彼女をなんとか労れないかと考えていた。定期的にマッサージでもしてあげようかな……と。
しかしシロ自身は奉仕好きで他人の世話を焼くことについては喜びを見出すタイプだったので、リリーの心配は杞憂ともいえた。
「はぁい、今日は転入生がいるぞー」
先生の第一声に、リリーは思考を中断して教壇に注目する。
リリーにとって転入生といえばユリーが記憶に新しく、ついに戻ってきてくれたのかと期待したからだ。
しかし先生の隣に立っていたのは……リリーの想像を遥かにこえた人物だった。
「み、ミルヴァ……ちゃんっ!?」
「会いにきたぞーっ!! リリーっ!!」
講堂中を揺らす大声でリリーの名を叫ぶ少女は、この島を治める女神に相違なかった。




