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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
131/315

09

「さぁ、御神様がお待ちです」


 女性に促されて扉をくぐるリリー一行。

 扉のむこうは満点の星空が広がっており、そのまま行ったら落下してしまうのではないかと二の足を踏むが、


「大丈夫、落ちたりしないから」


 と教えられて、宙に浮いているように見える赤い絨毯をおそるおそる踏んでみた。

 すると、見えない床があるかのような感触。


 長く伸びる絨毯の向こうには、王座に座る小さな人影。

 リリーたちの反応を最初は面白そうに伺っていたが、ついに我慢できなくなったのか座面から飛び降りて駈け出した。


 リリーたちに迫ってくる小さなそれは、ミントと同じくらいの年頃の少女だった。


 青いドレススカートの上に鎧を身に着けていて、絵画に描かれた女神ミルヴァルメルシルソルドの服装がそのまま小さくなったような格好をしている。

 絵画と同じ羽根で飾られた錫杖も持っている。ただ幼い彼女には手にあまるほど長く、走っている姿と相まってまるで棒高跳びでもするような見た目になっていた。


 長く伸びた金色の三つ編みを振り乱しながら全速力で走っていたが、とうとう錫杖も邪魔になったのか途中で投げ捨てた。


「り……リリーっ!!」


 少女は息を切らしながらリリーの名を呼ぶ。

 まるで生き別れた肉親と何十年ぶりに再会したかのような感動的な面持ちで。


 しかし当のリリーはその少女に見覚えはなく「誰?」となっていた。


「リリーっリリーっリリーっリリーっ、リリぃぃぃっ!!!」


 名前を連呼しながら近づいてきた少女は、速度を落とすことなくリリーに向かって突進した。

 空飛ぶモモンガのように両手両足を広げて、リリーの身体に飛びつく。


「わあっ!?」


 突然の抱きつきをうけてリリーの身体はよろめいた。

 かなり勢いがあったが倒れずにすんだのは、いつもミントから似たようなアタックを受けていたから。


「あ、会いたかった……! 会いたかったぞぉ、リリー!! 生のリリーに会えるなんて、感無量じゃ!!」


 少女は顔を紅潮させ、感激のあまり瞳をうるませていた。

 リリーは「誰ですか?」と尋ねたかったが、感極まる少女を前には言い出しにくかった。


 案内してくれた女性が「御神様、少し落ち着いてください。リリーさんがびっくりしているではないですか」と少女をたしなめる。


「も、もしかして……ミルヴァ様……?」


 少女からジト目で睨まれて、リリーはしまったと思った。

 『ミルヴァ様』という呼び名はリリーが考えたアダ名だ。正しい名前で呼ばなかったから気に障ったんだ、とリリーは口に出したことを後悔した。


「……様なんていらん、いつもみたいに呼ぶのだ」


 しかし少女は違うところに不機嫌になっていた。


「えっ」


 頬がフグのようにプクーと膨らみはじめたのでリリーは慌てて呼び直す。


「み……ミルヴァ……ちゃん?」


 ちゃん付けで呼ばれた瞬間、ミルヴァの顔は満足そうにニコーッとほころんだ。


「ミルヴァちゃーん!」


 その呼び名をさっそく採用しながら、ミントはリリーに飛びつく。


「わぁ」


 リリーはふたりの子供を抱きかかえるような形になった。


「おお、ミント! 会いたかったぞぉ!」


「ミントもー!」


 ふたりとも初対面のはずなのに仲睦まじい双子姉妹のようにオデコをくっつけあわせている。


 そしてどちらともなく『ごっつんこ遊び』を始めた。

 ごっつんこ遊びというのは額、鼻、頬を相手に「ごっつんこ」して、同じ部位同士が触れ合えばよいという幼児の遊びだ。


 鼻と鼻をくっつけ合わせてキャッキャと喜び、外れてもキャアキャアとはしゃぎ合う。

 眼前で繰り広げられる楽しそうな遊びに我慢できなくなったリリーは顔を突き出して混ざった。


 三人での『ごっつんこ遊び』はさらにカオスになったが歓声も三倍になる。

 その大騒ぎはイヴから突っ込まれるまで続いた。


「……ちょっと、いつまで遊んでんのよ」


 すっかり呆れた様子のイヴ。


「よぉし、次はイヴじゃ!」


「おーっ!」


 号令とともにリリーから飛び降りたミントとミルヴァ。そのままワンステップで隣にいるイヴに襲いかかる。


「ぎゃあっ! 何するのっ!? やめなさい! ミント! ミルヴァ!」


 ダブルでしがみつかれたイヴはつい神を呼び捨てにしたうえに、ゲンコツまで見舞っていた。


 「いた~い!」と頭を抱えるイタズラっ子ふたりであったが、瞬時に復活、次のターゲットをシロに定めた。

 シロはふたり分の重さに耐えきれず、へなへなと腰くだけになる。


「あっ、あの、ミルヴァルメルシルソルドさまっ」


 神にすがりつかれて、緊張のあまりカチコチになるシロ。声が別人のように裏返っている。


「シロ! そなたもいつもみたいに呼ぶのだ!」


「そ、そんな畏れ多いこと、できませんっ!」


 しばらく押し問答する神と、その神の信者。


 シロは礼儀作法に関しては厳しく躾けられただけあってちょっと頑固なところがあるのだが、神が駄々っ子のように暴れだしてついに折れた。


「み、ミルヴァ様……さん」


「ウワァァァァン! だいぶ良くなったけど、なんでそんなに意固地なんじゃ!?」


「ああっ、す、すみませんっ、な、泣かないでくださいっ、み、ミルヴァ……さんっ」


 シロの畏まりぶりは徹底しており、出会ったばかりのころ手を焼かされたリリーはそのやりとりをかつての自分と重ねあわせていた。

 しかし神を泣かせるなんて相当だなとリリーは思った。


 かなり強引に自分への呼び方を矯正させたミルヴァは、次にクロに飛びついた。


 立ち木のように無抵抗のまま動じず、わんばくな幼子ふたりを受け入れるクロ。

 特に感慨はないようで、神に「クロ! クロ!」と呼びかけられても機械的に頷きかえすだけだった。


 リリーたちとひととおりのスキンシップを終え、出会いの喜びを全身で堪能したミルヴァ。


「ああ、夢のようじゃ、リリーたちに会えるなんて」


 ようやくひと心地ついたのか、赤い絨毯の上に座り込んだ。

 神を中心に、輪になって座り込むリリーたち。


「あの、私たちのこと、知ってるんですか?」


 ミルヴァの正面に座り込んだリリーが真っ先に口火を切る。 


「当然じゃ! リリー、そなたは小さい頃、毎日のように余に会いに来ておったではないか。それについこの間も誘拐されたときのことを事細かに話し聞かせてくれたではないか」


「そ、そうだったんですね……」


 確かにリリーは聖堂に行くとミルヴァの像やフレスコ画を相手に話しかけていた。しかしまさか全部本人に届いているとは思わなかったのか、照れたように肩をすくめた。


「で、何をそんな畏まっておるんじゃ? 聖堂で話しかけてくれるときは友達に接するような口調だったではないか」


 そう言われてリリーはハッとなる。たしかに聖堂でミルヴァに話しているときはまるで友達になったかのような気持ちだったことに気づく。


「そっか……そうだった、私とミルヴァちゃんは友達だもんね!」


 最後の緊張が解けたようなリリー、「そうじゃ!」と当然のことを肯定するように大きく頷くミルヴァ。


「それで、なんでミルヴァちゃんは私たちを呼び出したの?」


 彫像や絵に書いてあるような大柄の女性がのしのしと怖い顔で出てきて、落雷みたいに怒鳴られることを覚悟していたリリー。

 しかし実際にいたのは自分よりだいぶ小さな子供で、しかもフレンドリーだったので拍子抜けしていた。


「ああ、ひさしぶりに余の庭に来てくれたのが嬉しくてな。つい呼びだてしてしまった。リリーがまたいつか庭に遊びに来てくれることを願って、あの穴だけは塞がないように、魔法結界もせぬよう命令しておいたのじゃ」


 リリーの身体が震えた。本当に何から何までお見通しで、しかもかなり自分のことを贔屓にしてくれていたことに衝撃が走った。


「なによ、そんなのだったらもったいつけずにもっと早く呼べばいいじゃない」


 すっかり慣れた口調で神に突っ込むイヴ。


「できればそうしたいところなんじゃが、人間と会うにはそれ相応の理由が必要でな。リリーが庭に入ったのをアリマが見つけて騒ぎたててくれたのが良かったんじゃよ」


 「アリマ?」とリリーがつぶやくと側にいたシロが「聖堂主様のお名前です」と小声で教えてくれた。


「じゃあ、私たちへの用ってのは……?」


「リリーたちと一緒に遊びたかったんじゃ!」


「じゃあ、あそぼー!」


 同時に立ち上がったミルヴァとミント。リリーたちが歩いてきた雲の回廊へと向かうと、雲を使って遊びはじめる。

 ミントと共に楽しそうに跳ね回るミルヴァを見ていると、とても女神様には見えなかった。


「驚いたでしょう、御神様が想像と違って」


 リリーたちを案内してくれたお目付け役の女性が話しかけてきた。


「は、はい……あんなに小さい女の子だったなんて、ちょっとびっくりしました」


「神話というのはそういうものよ、だんだん尾ひれがついて、人々の都合のいいように姿を変えていく……像や絵を作った人は、御神様にそうであってほしいという思いを込めたんでしょうね」


 「なるほど」とリリーは納得してしまった。

 神様とはいえミルヴァちゃんはまだ子供だから、もしかしたら畏れ敬われることを窮屈に感じていたのかな……と想像する。


「あら、あなたもノーブルウイングなのね」


 女性の興味はシロに移った。自分も同じであることを示すように背中を見せる。


 そこには翼が生えていた。色こそシロと同じ純白だが、大きさはだいぶ小さい。コンパクトにまとまっており、言われるまで彼女に翼が生えていることに全然気が付かなかった。


 シロはあっと驚く。


「シロのと比べると、だいぶ小さいわね」


 言葉を失ったシロのかわりにイヴが尋ねた。


「ああ、これは小さくしてるのよ、ホラッ」


 女性がそう言うなりぶわっと翼が広がり、シロと同じくらいの立派なものになった。


 シロはええっと驚く。


「あら、便利ねぇ、シロ、アンタはこれできないの?」


 呆然としたままのシロはふるふると首を横に振った。


「あら、あなたノーブルウイングなのに知らないの? まぁ……白き翼はいろいろ複雑だから……知らないのも無理はないかもしれないわね。わかったわ、翼を小さくするのは少し練習すればできることだから、教えてあげる」


 こくこく激しく頷くシロ。

 シロと同じ翼を持つ女性は、何も説明されていないのに全てを理解したようだった。


「ふふ、私もこの白き翼を恨んだことがあったわ。だけど今はこの翼がない自分というのは考えられないの。……あなたもいつかそう思えるようになるわ」


 冷たさを感じさせる理知的な彼女だったが、自らの翼を撫でるその微笑みは柔らかかった。

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