13
ゆるやかな振動に意識を取り戻す。薄目をあけてみると……見覚えのあるうなじと、長く垂れた金色の髪が見えた。どうやら私は、イヴちゃんにおんぶされているらしい。
「あの……大丈夫ですか? 代わらせていただきますが……」
心配そうなシロちゃんの声。
「アンタじゃこの重いのは無理でしょ」
そっけない返事のイヴちゃん。……そんなに重くはない……と思うんだけど。
「くすぐったくなぁい?」
興味津々のミントちゃんの声。
「少しね……でも、しょーがないでしょ、背負えるのが私しかいなんだから、ガマンしてんの!」
文句たらたのイヴちゃん。
「でも……あんなにいっぱいお怪我をされて……いったい、何があったんでしょうか?」
なおも心配そうなシロちゃんの声。もうどこも痛くないので、シロちゃんが治してくれたんだと思う。
「さあね、ウサギ相手にしてたら自分で自分のこと刺しちゃったんじゃない?」
適当すぎる返答をするイヴちゃん。いくらなんでも、そこまで間抜けじゃない。
「それにしても重いわね……まったく、荷車が空いてたら放りこんでやるのに!」
そんなに忌々しそうに言わなくても。
バレないようにゆっくり顔をあげて、まわりを見る。朝、登ってきた山道を下山しているところだった。先頭はチタニアさんと、その背負子に座るオベロンさん。つぎにミントちゃん、シロちゃん、クロちゃんが続き、そのあとに私を背負うイヴちゃん。後ろを見ると、収穫した野菜を積んだ荷車を引っ張るポニーがついてきていた。どうやら私が気を失っているあいだに、収穫から何から全部終わってしまったようだ。
それにしても……おぶってもらうなんて、何年ぶりだろう。ママほどじゃないけど、今はイヴちゃんの背中がとても頼もしく、愛おしく感じる。ああ、ありがとう、ありがとう、イヴちゃん。
なんて考えているうちに、オベロンさんの家の前に到着した。日はもうすっかり暮れていた。
「はぁ、やっと着いたわ」
ため息をつくイヴちゃん。私は感極まって、
「ありがとー! イヴちゃん!」
両手両足を使ってイヴちゃんの身体をギュッと抱きしめた。
「あひぃーっ!」
ひきつれた悲鳴のあと、私は乱暴に振り落とされた。
「起きてるんだったらそう言いなさい! もう!」
倒れた私に言い捨てたあと、イヴちゃんは怒り肩で家の中に入っていった。私はまだ立てなかったので、シロちゃんとクロちゃんに肩を貸してもらって家の中に入り、リビングの椅子に座らせてもらう。
「ごめんごめん、イヴちゃん。許して」
対面に座るイヴちゃんを拝んだが、彼女はこっちを向いてくれなかった。
「ねーねー、いったいどうしちゃったの?」
ミントちゃんがその間に割り込む。畑での出来事を聞かれているのだと思い、
「ウサギを追い払ってたら、ゴブリンがでてきたの。たぶん、私たちがおととい戦ったのと、同じゴブリンだと思う」
ありのままを答えた。ゴブリンと聞いて、イヴちゃんが少しこちらを見た。
「ええーっ! それで、それで?」
顔を寄せてくるミントちゃん。
「それで、がんばって戦ったんだけど……押し倒されて、やられちゃいそうになってたの。あとちょっと、ってところで犬がやってきて、助けてもらったんだ」
「犬さん……ですか?」
首をかしげるシロちゃん。
「そう、みんなも来たとき見たでしょ? 大きな白い犬」
しかし、予想外の反応が返ってきた。
「あの……私たちがリリーさんのお側に伺ったときは、リリーさんおひとりでしたよ」
「え?」
そんなバカな。
「あら、なんか、聞いたことあるよ、ソレ」
いつのまにかリビングにいたチタニアさんが口を挟んだ。
「母さん、知ってる?」
慣れたジェスチャーで「白い犬」を伝える。
「おお、おお、そりゃ、ラカノン様じゃ」
「ラカノン様?」
この村と同じ名前だ。クロちゃんも同じようなことを言っていた。たしか……、
「この村を興した魔法使いじゃよ……亡くなってからもなお、白い犬となって、この村をお守りくださっているそうじゃ」
「ああ、それかぁ、小さいころのおとぎ話で聞いたわ、そんな感じのこと」
チタニアさんも大雑把に思い出したらしい。
「収穫期になると村のことが心配になってくるのか、よく現れるそうじゃ。ワシもお前さんくらいのころ、見たことがあったのう。ただ滅多に見れるものではないんじゃ、だからこそ伝承となって、この村に語りつがれるようになったのかもしれんのう」
滔々と語るオベロンさん。昔話となると、饒舌になるようだ。
「あの、ひょっとして……そのラカノン様って、甘いもの……チョコレートとか、好きじゃなかったですか?」
まさかとは思ったが、チタニアさんの通訳を通して聞いてみると、
「おお、おお、よく知っとるのう、ラカノン様はチョコレートの食べすぎで亡くなるほど、甘いものが好きだったそうじゃ」
どういう死に様だったんだろう。でも、好きさ加減は伝わってきた。
「じゃあ、あれはやっぱり……」
ラカノン様だったのかな、と思った直後、私の額にデコピンが炸裂した。
「あいたぁ!」
目から火花が出るくらいの本気デコピンだった。頭蓋骨に響く衝撃に額を押さえてテーブルにうずくまっていると、
「それで、許してあげる」
頭上から、イヴちゃんの声が降ってきた。
「さぁて、夕食の支度でもしようかねぇ。アンタら、今日も泊まってくんだろ?」
立ち上がったチタニアさんが言った。
「うん!」
即答するミントちゃん。
「おお、おお、そうしなされ」
同調するオベロンさん。
「え! あ、いや、二日もお世話になったんじゃ、悪いです! 今日は……!」
あわてて顔をあげると、とても悲しそうなミントちゃんとオベロンさんの顔が並んでいて、
「きょ、今日も、お世話になります……」
そう軌道修正せざるをえなかった。
次の日の朝、家の前でオベロンさんとチタニアさんが見送りしてくれた。
「はい、これ、報酬だよ。捕まえたウサギはゼロだったけど、ニンジンの被害もゼロだったから、五万ゴールドね」
小さな麻袋を手渡された。
「ありがとうございます……でも、二日お世話になったから、その分は引いてください」
「なに言ってんだい、そんなの、いらないよ。あとこれ、帰るときに食べるお弁当」
追加で中くらいの麻袋を手渡された。
「え、でも……そんなにしていただいて……」
「いーから! それとこれ、母さんがもってけって」
さらに追加で大きな麻袋を手渡された。中を見ると、昨日収穫したであろう野菜が入っていた。
「わぁーい! おばあちゃん! ありがとう!」
飛び跳ねて全身で喜びを表すミントちゃんと、嬉しそうに頷くオベロンさん。さすがにそれは……と言おうとしたが、遮られた。
「リリー、私たちもね、娘と孫ができたみたいで楽しかったんだよ」
抱き合うミントちゃんとオベロンさんを見ながら、目を細めるチタニアさん。
「……だから、ね、たまにでもいいから遊びに来ておくれよ」
そう言ってチタニアさんは、私の頭をやさしく撫でてくれた。
「うん、必ずまた来ます。ありがとう、オベロンさん、チタニアさん!」
「またね」
「じゃあねーっ! ばいばーいっ!」
「大変お世話になりました。おふたりとも、お元気で」
「…………」
各々の挨拶を告げ村をあとにする私たちを、ふたりはずっと見送ってくれた。
「さぁーて、帰ってミランダさんに完了報告よ!」
「イヴちゃんイヴちゃん」
「なによ」
「チョコレート持ってない?」
「なんで私に聞くのよ」
「イヴちゃんならいっぱい持ってそうかなーと思って、持ってない?」
「……ひとつだけなら残ってるわよ」
「戻ったら返すから、ね、それちょうだい!」
「なに? もうお腹すいたの?」
「ううん、ちょっと寄り道したいなぁーと思って」
「寄り道?」
「うん」
「どこよ」
「オベロンさんから教えてもらったとこ」
「?」
私たちは村から少しはずれた場所にあるラカノン様のお墓に寄って、チョコレートをお供えしてから、ツヴィートークに戻った。




