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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
129/315

07

 聖堂主の案内により再び聖域へと足を踏み入れたリリーたち。


 神託を聞いてからというもの聖堂主の口数は減り、表情はさらに厳しいものとなっていた。

 無言で進んでいくその背中を追いながら、リリーたちはひそひそ話をする。


「ミルヴァ様ってどんな人……神なのかなぁ? イヴちゃん会ったことある?」


「あるわけないでしょ! 男嫌いだってのは知ってるけど、それ以外は彫像とか絵画とかでしか見たことないわよ!」


「ねーねー、かみさまってなぁに~?」


 リリーと手を繋いで歩いていたミントが恐ろしく根源的な質問を投げかけてくる。


 神様の意味なんて考えたこともなかったリリーは言葉に詰まる。

 後ろを歩いているシロに助けを求めて視線を投げたが、シロは暗い顔でうつむいていて気づかなかった。


 しょうがないのでムリヤリ答えをひねり出す。


「え……えーっと、なんだろう? すごく偉い人……かな?」


「えらい? よいこなの?」


「……よい子なんじゃないかなぁ」


 神様が悪い子だったら多分それは悪魔とかそういうのに分類されるだろう……とリリーは内心思う。


「ミントよりもよいこ?」


「うーん、どうだろう?」


「ふぅ~ん、たのしみだねぇ」


 とりあえず納得してくれたようで、ミントはにぱっと笑った。

 これから神の裁きを受けるというのに遠足にでも行くかのようなウキウキとした軽い足取り。


 実をいうとリリーの心も半分くらい……いや、八割くらいは期待に満ちていた。残りの二割は怒られることに対しての恐れ。


 なんといっても子供の頃から大好きだった女神様と会えるのだ。


 教科書や絵本などに描かれているミルヴァルメルシルソルドは神々しい美しさで、母親のような慈愛と鬼神のごとき強さ、冷静な判断力と熱き情熱を兼ね備えている。

 まさに神と呼ぶにふさわしい姿で描かれた、リリーの理想を体現した存在なのだ。


 いつか立派な勇者になったら女神にも会えるだろうと思っていたが、まさかこんなに早く会うチャンスがやってくるなんて……できれば怒られるんじゃなくて褒められる方向で会いたかったけど、なんにせよ楽しみだとリリーの心は弾んでいた。


 その隣を歩くイヴは迷いが吹っ切れたようなキリリとした顔をしていた。


 聖堂主から見つかったときに学院をやめさせられることも覚悟したが、話がだいぶ大きくなってしまったのでかえって腹を括れた。

 前回の誘拐騒動以降、何かあったら全てを投げ打ってでもリリーと添い遂げることを決めたので、一緒に処分されるのはむしろ本望だと思っていた。


 そのイヴの後ろを並んで歩くシロとクロは終始無言だった。

 クロはいつものようにマイペースな無表情を貫いているが、シロは純白のローブと同化したかのような白い顔。これから刑を執行される死刑囚のように震えている。


 処分を恐れているわけではない。シロは取り返しのつかないことをしてしまったと自責の念にかられていた。

 元はといえば自分が失踪しなければリリーたちが聖域に来ることもなく、結果として神の怒りに触れることもなかったのだ。

 こうなったら自分ができることはただひとつ。女神に土下座でもなんでもして自分だけ裁いてもらうようお願いしよう……と決意を固めていた。


 様々な感情をはらんだ一行は静寂に包まれた森のなかを歩き続ける。湖を通り過ぎさらに聖域の奥へ奥へと進んでいく。


 聖域の中央にたどり着いたところで聖堂主は歩みを止めた。

 そこには大きな岩が鎮座しており、カマクラみたいに中がくり抜かれていた。

 中には青白い光が炎のように、ゆらゆらと立ち上っている。


「……これはミルヴァルメルシルソルド様が聖域の森と神界を往来されるためのものです。中に入れば、ミルヴァルメルシルソルド様がおられる空間へと転送されます」


 促されるままにカマクラに入るリリーたち。でも光に触れても特に何も起こる様子はなかった。

 岩の中で揃って青白い光に包まれたリリーたちを、聖堂主は外から見守っていた。


「……ミルヴァルメルシルソルド様のお許しを得られておりませんので、私はここまでです」


「えっ、私たちだけで行くの?」


「開かれた道に沿って歩いていけば迷うことはありません。……くれぐれも失礼のないように」


 噛んで含めるような聖堂主の言葉が終わると同時に、リリーたちの見ている風景が一変した。


 かつて長距離を移動するために乗った転送装置などとは違い、瞬きほどのわずかな間でリリーたちは別の場所に来ていた。

 移動時の衝撃も苦痛もなにもない、白昼夢を見ているような不思議な感覚。


 森だったはずの周囲は薄いピンク色した綿菓子のような物体であふれていた。

 触れてみるとふわふわしていて柔らかい。まるで雲につつまれているかのような感覚。


 得体の知れない物体ではあるがミントは躊躇することなく、歓声とともに飛び込んでピンクの雲と戯れる。

 雲は柔らかいが反発が強く、あちこちに激しくバウンドしはじめた。


「み、ミントちゃん、遊ぶのはあとにしよ、ねっ」


 スマートボールのように跳ねまくるミントを捕まえ、なだめるリリー。

 ふざけているのが見つかったらさらに怒られると思い、大人しくしていようとしていた。


 怒られ終わったらこの楽しそうな雲でたっぷり遊ぼう……とも思っていた。


 ふわふわしたもの以外は何も見当たらない空間。行けるのは一方向のみだったのでリリーたちはそちらに進んだ。

 足元が柔らかいので歩くだけでスキップしているみたいに身体が弾む。


 しばらく進むと広い空間と、大きな両開きの扉に突き当たった。

 翡翠っぽい石でできた深緑の扉。雲海のような白い模様で、空を飛ぶ女神の姿が描かれている。


 その勇ましく美しい姿のモデルとなった女神が、この扉の奥にいる……!?

 想像しただけでリリーの顔はかつてないほどに紅潮する。


 はやる気持ちで扉を開けようとしてみたが、押しても引いてもびくともしなかった。

 冒険してるのとは違うので、扉をこじ開けたりするのはマズいだろうと考えたリリーはひとまず呼びかけてみることにする。


「あのーっ! すいませーん、誰かいませんかー!?」


 叫んではみたが、まわりの雲に吸い込まれるかのように音が響かない。もっと大きな声で呼びかけようと息を吸い込んだとき、


「……この扉を通りたくば、真実の愛を見せよ」


 どこからともなく女性の声がしてリリーはむせてしまった。リリーの声と違ってかなり反響して響きわたる。


 何事かと顔を見合わせる一同。不安そうな者、キョトンとする者、反応は様々だった。


「……えーっと、どなたですかー? 真実の愛ってなんですかー!?」


 声に対して聞き返してみると、


「リリーよ……よく聞くがよい」


 声がリリーに語りかけてきた。口調は重々しかったが声質は若い感じがする。


「はっ、はい!?」


 なぜ私の愛称を知ってるんだろうとリリーは疑問に思ったが、口に出さずに素直に返事をする。


「……真実の愛、それは接吻。仲間のひとりを選び、いまここで接吻をしてみせるのだ」


「え? せっぷん? せっぷんってなに? イヴちゃん」


 仲間に助けを求めるが「あ、アタシに聞くんじゃないわよっ!!」と赤い顔で怒られてしまった。

 かわりに隣に立っていたクロが、


「炒った大豆を撒いて厄災を払う儀式のひとつ。東の大陸で盛んに行われている」


 知恵の泉が湧き出すような滑らかさで教えてくれた。


「さっすがクロちゃん! でも……大豆なんて持ってきてないよ」


「違う、それは節分だ。そうではない……求めているのは接吻である」


 すかさず天の声から横槍が入る。珍しくクロの知識が誤った瞬間だったが、当人は何事もなかったように虚空を眺めている。

 その表情がどことなく満足そうに見えたので、もしかしたら冗談だったのかなとリリーは思った。


「接吻とは……………………」


 謎の声は考えるような長い沈黙を保ったあと、


「チューのことである。さあ、最も愛している仲間をひとり選び、チューをするのだ」


 かなりわかりやすい単語を用いて説明してくれた。

 急に砕けた単語が出てきたので「えっ」となったリリーは言われたことを理解するまでにしばしの時間を要する。


「え……ええーっ!?!?!?」


 突如与えられた試練に絶叫するリリー。しかしその叫びすらも虚しく雲に吸い込まれていった。

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