06
聖域に潜入したことがバレしまったリリーたちは、聖堂のなかにある聖堂主の部屋に連行されてしまった。
室内には東の国より伝わった「タタミ」というワラを編んだものが敷き詰められている。
それは精神統一にいいらしく、聖堂の生活空間にはところどころタタミが敷かれた部屋があり、聖堂主の部屋もそのひとつだった。
……タタミというやつは干した草のニオイがして寝そべったりするには最高だが、座らされるには最悪だな……と正座をしたリリーはそんなことを考えていた。
このヒザを揃えて畳んだ座り方がリリーは大の苦手だ。
小さいころ聖堂でイタズラをしたときはいつもここで正座をさせられていた。最初この座り方をやらされたときは拷問かなにかかと思ったほどだ。
苦しんでいるのはリリーだけでなく、イヴやミントも顔を歪めてソワソワしている。ミントは最初嫌がったのだが聖堂主から喝を入れられて半泣きで従った。
クロは特に感情なくちょこんとコンパクトに座っている。シロは自室でもしているくらいなので正座については平気だが、見つかったことに対してオロオロしていた。
「……どうやって聖域に入ったのですか?」
五人を座らせた張本人である聖堂主がゆっくりと口を開く。
年の頃は学長と同じくらいの老婆だが、学長と違ってやさしい感じは微塵もない。伸ばした背筋と同じくらいピンと張り詰めた厳しい視線でリリーたちを見ていた。
リリーはおそるおそる手を上げて白状する。
「えーっと、街外れに穴が空いてまして……そこから入りました。子供の頃に偶然見つけて何回か入ったことがあります。……イケナイことだとは知ってたんですけど、中にシロちゃんがいるかと思ったらいてもたってもいられなくなって……ついまた入っちゃいました……魔法結界があるって聞いてたんですけど、普通に入れました」
聖堂主には子供の頃から叱られ続けていて、隠しごとやウソは通用しないと分かっていたので洗いざらい話す。聞かれることも予想がついていたのでその内容も含めた。
リリーの申し立てを聞いていた聖堂主は「わかりました」と頷き、厳しい表情でシロの方に向きなおった。
「……シロミミさん、あなたのことを話す時期が来たようです。リリームさんたちにも一緒に聞いていただきましょう」
「は、はいっ」
緊張のあまりまっすぐにした背筋をさらに伸ばそうとするシロ。
聖堂主は「あなたを見つけたのは、14年前の夜のことです」と淡々と話しはじめた。
「私が聖域の見回りをしていたら、空から紫色の光が降ってきて近くの花畑に落ちたのです。花畑に行ってみるとカゴが落ちていました。中をのぞくと白い布にくるまれた赤ん坊のあなたが入っていたのです。……聖域の天井にはひとつだけ穴が開いています。人が通れるほどの大きさではないのですが赤ん坊のあなたは偶然通ってしまったんでしょうね」
こうして聖堂主の手によって拾われた赤ん坊はカゴの中に入っていた名札に従い『シロミミ・ナグサ』の名前で育てられた。
「あの、聖堂主様……私はなぜ空から降ってきたのでしょうか?」
「シロミミさん……あなたは『有翼人族』です」
聖堂主があっさりと答えたので聞き流しそうになったが、衝撃の告白に一同は「えっ」と声をあげた。
……この世界の人類にはいくつかの区分が存在する。
ヒューマン族、エルフ族などのほかに、巨大な体躯を持つジャイアント族、子供のような小さな身体のまま長生きするピクシーティモス族、そして背中に翼のある……ノーブルウイング族。
リリーたちのパーティ全員、誰もがお互いのことをヒューマンだと思っていたのでこの言葉にはかなりのショックを受けた。唯一ミントだけは意味を理解していない様子で大きな瞳をくりくりさせている。
「天空界に住むといわれるノーブルウイングは生まれたときはヒューマンと変わらない外見をしていますが、1歳の誕生日に『発現の儀式』を行い背中に入っている翼を出すのです。発現の儀式を受けていないはずのシロミミさんがなぜいまになって、背中から翼が発現したのかはわかりません」
ここで話を切った聖堂主は一同を見渡した。驚いてはいるものの取り乱した者はいないことを確認したあと再び、親代わりに育ててきた少女を見据える。
射抜かれたように身体を強張らせるシロ。
「ノーブルウイングは黒き翼を持つ者たちです。しかし白き翼を持って生まれた者は……忌み子として扱われ、殺されてしまうのです」
次の瞬間、リリーは聖堂主に飛びかかっていた。
「な、なにをするのですっ!? リリームさんっ!?」
「し、シロちゃんは……シロちゃんは忌み子なんかじゃないよっ!! 綺麗でやさしくて可愛くて、すっごく頭が良くて親切で、回復魔法も家事も上手で、胸も大きくていいニオイがして、私の憧れの女の子なんだからぁ~っ!!」
聖堂主の肩を掴んで揺さぶるリリー、水のみ鳥みたいに前後にガクンガクンとなる聖堂主。
仲間がいらない子扱いされることが我慢ならなかった。そんなことを言われてもシロは健気に耐えるであろうことも想像でき、それが余計リリーを奮い立たせたのだ。
「り、リリーさんっ!? 落ち着いてくださいっ!」
「聖堂主様は事実を教えてくれてるだけでしょっ!!」
「リリーちゃんどうしちゃったの~!?」
「……」
このまま放っとくと聖堂主に何をするかわからないと危惧した一同は背後からリリーの身体を捕まえて力ずくで引き剥がす。
皆に取り押さえられたまま駄々っ子のように顔をイヤイヤと振るリリー。くやし涙を目にいっぱいためながらウーウー唸っている。
取り乱したリリーを見て、シロは逆に冷静になれた。
「リリーさん、私はもう気にしておりません。聖堂主様からみなし子だとお伺いしたときから、望まれない存在であることは覚悟しておりましたから」
あきらめを含んだような困り笑顔を浮かべるシロ。
やっぱりだ。やっぱりシロちゃんはそうやって健気に振る舞うんだ。
それが余計リリーには辛かった。
「そっ、そんなこと言わないでシロちゃんっ! シロちゃんがいなかったら私……うっ……うおぉぉぉ~ん! 生まれてきてくれてありがとぉぉ~!」
拘束されたままとうとう泣き出すリリー。人目もはばからずヨダレや鼻水まで垂らしている。
号泣するリリーを眺めていたクロが冷めた様子で発言した。
「落下耐性の呪文が効いているときは、紫色に光る」
「なによいきなり? それがなんだっていうのよ」
空気を読めない放言にイラついたイヴがクロを睨む。
「殺す必要がある対象に対してかける必要はない」
そこまで聞いてイヴはハッとなった。
「……それもそうね。ねえシロ、これはアタシの想像なんだけど……アンタの母親は落下耐性の魔法をかけて、天空界からアタシたちのいる地上界にアンタを託したんだわ。……アンタを助けるために」
「そ……そう……なので……しょうか……」
いつのまにかシロの瞳も水を張ったように潤んでいる。
リリーは自分を押さえつけるシロに対して逆にしがみついた。
「ううぅ~そうだ、そうだよシロちゃあぁぁん。シロちゃんはいらない子なんかんじゃないよぉ。うあぁ~シロちゃんのママぁ、シロちゃんを助けてくれてありがとぉぉぉぉ~」
まるで酔っぱらいのように絡みつく。
自分のためにここまで涙してくれるリリーに対し、ついにシロの涙腺も決壊した。
「あ、ありがとうございます、ありがとうございますっ」
リリーとシロは抱き合ったままおいおいと泣いた。
リリーとシロが泣き止むまで待ったあと、聖堂主は再び五人の居住まいを正させた。
「……さて、次はあなたたちの処遇についてですが」
「そのことでしたら聖堂主様、私が全ていけないんです。リリーさんたちは悪くありませんので、罰をお与えになるのでしたら私だけに……」
シロは泣きはらした瞳で訴える。
しかし話の途中で「落ち着きなさい、シロミミさん」と注意されてしまった。納得いかない様子だったがシロは大人しく口をつぐんだ。
「いまこの場で処分が下されることはありません。聖域で起こったことはすべてミルヴァルメルシルソルド様の神託により決定されます。ミルヴァルメルシルソルド様はすでにあなたたちの所業をすべてお見通しです。沙汰は追って下され……」
聖堂主の言葉は部屋に乱入した聖堂者によってよって再び遮られた。
「し、失礼しますっ!! 聖堂主様っ!! 大変ですっ!!」
そう報告する女性は余程慌てていたのかローブが着崩れている。
「……なんです、騒々しい! それになんですか、そのはしたない格好は!?」
人格者である聖堂主であるが二度も邪魔されてさすがに苛立ったのか声を荒げた。
「す、すいません! 神託が……神託がまいりました!!」
「なんですって?」
神託は女神ミルヴァルメルシルソルドからの言葉。聖堂においては何よりも最優先されるものだ。この時ばかりは聖堂主への無礼は許され、寝ているときを叩き起こしても怒られない。
小走りに寄ってきた女性は聖堂主に耳打ちする。
神託の内容を聞いているであろう聖堂主の顔は驚きに満ち、我が耳を疑うように「それは誠ですか?」と何度も聞き返している。
「……ミルヴァルメルシルソルド様が……あなたたちにお会いになり、直接裁きを下すそうです」
再びリリーたちに向き直った聖堂主の口から、信じられない言葉が飛び出した。




