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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
127/315

05

「し……シロちゃあああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」


 ミントを抱っこしたまま無我夢中で駆け出すリリー、服が濡れるのもかまわず湖に飛び込む。

 下半身が水に沈む。透明度の異様に高い水をかきわけてシロの元へと猛進する。


 水のせいでまるで夢の中で走っているかのように速度が出ない。もどかしくなったリリーはまとわりつく水をバシャバシャと蹴り払うようにして強引に進んでいく。


「り……リリーさんっ、ミントさんっ!?」


 せまってくる人物の姿を認めたシロの怯えていた表情が驚きに変わる。

 今にも逃げそうな雰囲気だったが、仲間のふたりとわかった途端むしろ自ら迎えに行く。


 リリーとミント、そしてシロは湖の中央で邂逅した。


「どうして、ここに……」


 ここは誰も入れないはずなのに……とシロは戸惑いを隠せないでいた。


 沐浴をしていたシロは髪の先や身体の端から雫を滴たらせている。背中の翼から落ちる水粒は宝石を零しているように美しかった。


「わーい、シロちゃんだーっ」


 歓喜しながらすがりつくミント。翼の少女は身体を隠していた両手を広げて当然のようにミントを迎え入れ、抱きかかえた。


「どうしてここにって、シロちゃんに会いに来たにきまってるでしょっ!」


 リリーはミントを挟み込むような形でシロに抱きつき、


「うぉぉぉ……会いたかったよぉぉシロちゃぁぁぁ~んっ」


 大きく頭を動かしてシロの身体の広い範囲を頬ずりしだした。


 「心配したんだから」「寂しかったよぉ」「学校やめちゃやだぁ」などとこぼしながら舐めるように頬をこすりつけるリリー。


「す、すみません……ご心配をおかけして……」


 リリーをここまで心配させてしまったのかと事の大きさに気づいたシロは何度も謝る。


 シロはそうやってしばらくされるがままになっていたが、


「あ、あの……、リリーさん……」


「なにシロちゃん? あっ、嫌だった? ゴメンね」


 朝方の反省を今更ながらに思い出し、パッと身体を離すリリー。

 シロの白い身体の頬ずりされた部分は乾布摩擦したみたいに赤くなっていた。


「い、いえ、そうではないんです。全然嫌ではありません。それよりも、あの……お気になさらないのですか?」


 しばらく待ってみたが特に話題に上らなかったので自ら問いかけてみるシロ。

 リリーは「え? なに? なんのこと?」とわからない様子だった。


「あ、あの……こちら……です」


 シロは言いにくそうにしながら背中の翼をヒラヒラと動かす。


「あっ、翼? 触っていい? ウッヒョー気持ちい~!」


 頬ずりの対象を翼に移したリリーはしっとりと濡れた羽毛に顔を埋める。


 まるでずっとそうだったような自然さだったのであまり違和感を感じていなかった。

 むしろリリーはシロのことを翼のない天使のような女の子だと思っていて、夢のなかに出てくるシロも今のシロみたいに翼が生えていた。


 なのでリリー的には「気になる」というより「イメージに近づいた」という感想だ。


「いいなぁいいなぁシロちゃん、これどうしたの?」


 愛おしそうに翼に頬を寄せながら尋ねるリリー。

 それは心底うらやましそうで、嫌悪感など微塵も感じられなかった。


 まさかこんな反応をされるとは思ってもみなかったシロは、キョトンとしてしまった。

 ミントはいつのまにかシロの腕のなかで眠っていた。そういえばいつもこの時間はお昼寝の時間だったとシロは思い出した。


「ちょっとー! いつまでコチョコチョやってんのよー!」


 ほとりにいるイヴから呼びかけられて、リリーとシロ、ミントは湖からあがった。


 シロは手と翼で身体を隠しながら、着替えを置いてある木の影に向かった。


「すみません……お待たせいたしました」


 着替えを終え、再び皆の前に姿を現したシロはいつものローブ姿だった。

 基本的な外観は同じだったが、翼が出せるように背中の部分のデザインが変更されていた。


 改めて見る白き翼は実に見事だった。

 しなやかで羽毛のように柔らかく、いつまでも触っていたいような感触の良さ。穢れが一切感じられない清らかな純白。またよく似合っておりシロの美しさと可憐さをさらに引き立たせていた。


「ふん、アンタがいなくなった理由がわかったわ。コイツのせいね」


 イヴが指摘する。肌触りの虜になったかのように翼を撫で付ける手を休めずに動かしながら。

 イヴだけでなく他のメンバーもそのようで、左右ふた手に分かれてシロの翼を触りまくっている。


「……はい」


 申し訳なさそうに肩をすくめるシロ。


「リリーさんが私の部屋でお休みになられたあと、突然、私の背中から生えてきたんです」


 罪を告白するようにうつむき、ゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。


 いきなり翼が生えてきてどうしていいかわからなかったが、こんな姿を見られたらきっと嫌われてしまうと思い、夜のうちに身を隠そうとした。

 黙っていなくなるのは気が引けたので、皆には手紙と絵本を残し、退学届を学長室のポストに入れ、夜のうちに聖堂へと身を寄せた……。


 以上、シロの語りの要約である。


「……? なんで、私たちがシロちゃんを嫌いになるの?」


 話を聞き終えたリリーは頭にハテナマークが見えるんじゃないかと思うほど首を傾げた。


「えっと、あの……この翼……変ではありませんか?」


「え? どこが? こんなにキレイなのに。私だったらすぐにみんなに自慢しに行くなぁ。それに冬は丸めたら暖かそうだし、夏はバサバサやったら涼しそうだし、いいことずくめじゃない」


 この手のことに関してはリリーはかなり前向きだ。親知らずが生えてきても「新しい歯になりそうなのが生えた! ラッキー!」と喜ぶくらいのポジティブ人間である。

 だがシロはこんな人と違うものがあっては嫌われてしまうのではないかと思ったのだ。


 翼に対しての両者の考え方の違いが明らかになる。


「脳天気なリリーと心配性のシロじゃ感じ方が違うのよ。でも要は、そんなんでシロを嫌いになるようなヤツはここにはいないってコト、わかった?」


「翼が生えても尻尾が生えても角が生えても牙が生えても変わらない」「シロちゃんはシロちゃんだもんねー!」


 月夜に似合いそうな神秘的な面持ちでつぶやいたクロ。そのあとを受けて太陽のような笑顔を浮かべるミント。


「は、はいっ……ありがとうございますっ……」


 シロの泣きはらしたような瞳に、涙が浮かんだ。


 翼が生えてからはずっと不安で泣いてばかりだったが、いまの涙は違う。自分のことをこんなにも思ってくれる仲間がいるんだと実感した、あたたかい嬉し涙だった。


「すみませんっ……本当に、すみませんでしたっ……」


 自分が悩んでいたことは実は小さなことで、それにより迷惑をかけてしまったことを深く後悔する。

 シロは涙をぽろぽろとこぼしながら、翼を前に丸めて寄り添った四人をやさしく包み込んだ。


 行方不明なったシロと再会し、ふたたびひとつになったリリーたち。

 これで、万事解決……と思われたが、


「……あなたたち……なぜここにいるのですっ!?!?」


 メンバーの誰のものでもない声が割り込んできた。

 容赦のなさそうな厳しいその怒声は、平和な森の空気を一気に張り詰めさせる。


 声のしたほうをおそるおそる見る一同。


 そこに立っていたのは……我が目を疑うような表情と、最悪の事態を目にした絶望、そして罪を見咎めるような鋭い視線を浮かべた聖堂主の姿だった。

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