03
お昼どき、リリーたちは『麗しき姫たちの宴亭』にいた。
ツヴィ女生徒たち御用達のカフェで『姫亭』の名で親しまれている。
リリーたちは聖堂内を可能な限りくまなく探してみたのだが、シロはいなかった。
せめて聖堂主に会って話を聞きたかったのだが聖堂主も見つからなかった。
リリーの腹時計が悲鳴をあげはじめたので聖堂からはいったん引き上げて昼食をとることにしたのだ。
四人で食べれるパーティサンドセットを注文した。
バケットにはさんだいろんなサンドをつまみながらリリーたちは作戦会議をする。
「いただきまーあむぅ!」
挨拶もそこそこに、ケチャップをたっぷり塗ったローストポークとレタスのサンドイッチにかぶりつくミント。
噛むたびにバケットの皮がパリッ、レタスがパリッ、パリパリと香ばしい音がする。
「リリー、アンタとシロは幼なじみなんでしょ? アイツの行きそうな所って他に心当たりないの?」
尋ねつつイヴはチキンとトマトのサンドイッチを口に運ぶ。
口を動かすたびにバケットの皮とカリカリに焼いた鶏皮がパリパリと音をたてる。
「う~ん……ないなぁ~」
返答しつつハムとキュウリとゆで玉子のサンドイッチを頬張るリリー。
モグモグするたびにバケットとキュウリがパリパリ。
子供の頃のシロは聖堂から一歩も出ることはなかった。リリーが街に連れ出すまでは。
一緒にツヴィ女に入って行動範囲がほんの少しだけ広がったようであるがそれでも街の中までで、冒険で行くことになるまで隣村にすら行ったことがなかった。
ウンウン唸って考えるリリー。そこから別のアイデアが出てこなかったので皆は無言になってしまった。
周囲の客たちの喧騒に混じって、パリパリ音だけが鳴っている。
「聖域の森」
ひとりモフモフと静かに口を動かすクロがボソリつぶやいた。食べていたのはセットで付いていたポテトサラダだった。
「聖堂のなかでも、聖域の森はまだ探していない」
聖域の森とは聖堂の奥にある森林のことである。
別名『女神の庭』と呼ばれ、女神ミルヴァルメルシルソルドが降り立つこともあるという聖なる領域。
ただしそこは普通の人間はもちろんのこと、聖堂の人間ですら入ることが許されない禁断の場所だ。
「聖域の森!? そんな所にいるわけないじゃない! あそこは王族の人間ですら入る許可がなかなか得られないのよ?」
イヴは即座に否定した。王族である彼女は聖域の厳重さをよく知っていたからだ。
しかし……リリーにとってクロの一言は天啓として響いていた。
「そっ……そうだ! 以前、屋上で笛を演奏してたシロちゃんを偶然見つけて、その時教えてくれたんだけど……子供の頃は毎朝、聖域の森で笛を吹いてたって……!」
「ふむ……なら可能性はあるわね。でもどうやって入るのよ? シロを探したいからなんて理由じゃ許可はおりないでしょうね」
「こっそりはいっちゃえば~?」
ミントが盗賊らしい解決策を提案する。
先ほどの聖堂探索において潜入の有効性は彼女によって実証されているのでいい手段かと思われたが、
「聖域は地形的に外部から侵入できない作りになってるし、例えそれがクリアできたとしても結界があるから中に入るのは無理よ」
イヴはあっさり却下した。
考えこむようにうつむいていたリリーは顔をあげる。
前のめりになって「……ナイショだよ?」と前置きしてから、
「実は子供の頃……何回か忍び込んだことがあるんだよね」
小声で告白した。
「……なんですって?」
思わぬカミングアウトに、つられて前傾姿勢になるイヴ。
それを合図として皆は顔を寄せあい、ひそひそ話モードに入った。
「最初は偶然だったんだけど、街はずれで穴を見つけて……なんだろうって中に入ってみたら、穴の向こうがキレイな森で……そこが聖域だって気づいたんだ」
話しているうちに記憶が蘇ってきたのか、真剣な表情になるリリー。
「シロちゃんはきっとあそこにいる。間違いないよ」
「仮にそうだとしても……忍び込んだのがバレたらただじゃすまないわよ。最悪、退学になるかもしれない」
イヴに脅されてリリーは一瞬ひるんだが、
「うっ……だ、だけどシロちゃんのいない学校なんて意味ないっ! だから、だから……私は行くっ!」
バンと机を叩き立ち上がる。迷いを振り払った決意に満ち溢れた表情。
朝方は死にそうな顔してたクセに……とイヴは思った。
リリーにそこまで言ってもらえるシロにちょっと嫉妬する。
イヴはフンと鼻を鳴らす。
シロのいない学校がリリーにとっては無意味なように、リリーのいない学校もまたイヴにとっては無意味だった。
ならば毒を食らわば皿まで、迷うことはなにもない……退学になるなら一緒になってやる。
「アンタの覚悟はわかった。アタシも一緒に行くわ」
イヴは賛同の意味を込めて椅子から立ち上がった。リリーからとガッと両手を掴まれる。
「あ、ありがとうイヴちゃん!」
続いて隣のクロが音もなく立ち上がった。
「自分も同行する」
握りしめてほしそうに両手をゆらりと差し出す。
「クロちゃんもありがとう!」
結束するようにまとめて手を握りしめるリリー。
「ミントもー!」
仲間に入ろうとニュッと伸びてきたもみじのような小さな手を見て一同はギョッとなった。紅葉しているかのように真っ赤っ赤だったからだ。
目で追った姿はさらにショッキングだった。顔も身体も鮮血まみれ。
「どっ、どうしたのミントちゃん!? ……あ、なんだこれケチャップか」
ミントの食事方法はかなりわんぱくだった。いつもは隣にシロが座ってかいがいしく世話をしてくれていたので気が付かなかった。
顔は口のまわりどころか額のあたりまでケチャップまみれ、身体は首の下からヒザのあたりまで赤く染まっている。
いったいどういう食べ方をしたらこんなに汚せるんだろうとリリーは疑問に思いながらも顔を拭いてキレイにしてあげた。
服については着替える以外の選択肢はなさそうだったので、リリーはミントの手を引いて姫亭を出て、寮まで戻った。
ミントの部屋はリリーと同じ寮の4階にある。
リリーの部屋は靴を脱いであがる必要があるがミントの部屋は土足でOKなタイプのやつだ。
室内の壁一面にはシロが作った動物や花の刺繍が入った布が掛けられていて、汚したり落書きしても平気なようになっている。
壁際に揃えられた大きな木箱にはぬいぐるみやら積木やら砂場で使うようなスコップやバケツなどが入っていた。オモチャに混じってちらほらとカットされていない宝石のカタマリみたいなのが見える。
部屋の半分は海を模したような空間となっていた。
灯台のようなクローゼット、天井からはカモメのぬいぐるみがぶら下がっており、海上のようなカーペットの上には船みたいな形のベッドがあった。いまは部屋の主のかわりに船長姿の大きなクマのぬいぐるみが寝ている。
独特なクマの服装には見覚えがあった。このツヴィートークにある商館のリーダー、商館長さんと同じ格好だ。たぶんこの海ゾーン一式は商館長さんがプレゼントしたんだろう。
その他にも絵本だらけの本棚や学習道具が見当たらないお絵かき専用の勉強机などがあり……寮の一室というより子供部屋の様相だった。
ここの子供は皆から愛されているんだなぁ……と思わされる内装にリリーはほっこりしてしまった。
ミントが遊ぼうとしていたので慌てて引き止め、着替えさせる。
両手を上げさせて、汚れる前は緑色だったワンピースタイプのハンタードレスを脱がせると、スリップとスパッツだけになった。
バンザイしているミントから、肌のニオイが漂ってくる。
「あ、リリーちゃん、ケチャップついてる」
手をあげたまま顔を近づけてきたミントはリリーの鼻の頭をペロッと舐めた。
可愛らしさを体現したようなその容姿と行動。我慢できなくなったリリーはそのままミントを抱き寄せた。
幼い少女の身体は赤ちゃんみたいにぷにぷにしてる。体温も高くてあったかい。
お日様のニオイがするのでこうして抱きしめていると、たっぷり太陽の光を浴びた布団に包まれてるみたいな幸せな気分になれる。
リリーが頬ずりすると「ふにゅ~」と気持ちよさそうな声。
窓から差し込む陽光も手伝って身体もぽかぽか、このまま午睡したくなってしまう。
ふたりで夢見心地に浸っていると、
「ちょっとぉー!! リリーっ!! まーだーなーのーっ!!」
窓の外からイヴの声が轟いて現実に引き戻された。
窓から身体を乗り出してみると、寮の入口のあたりでイヴとクロがこちらを見上げていた。
ふたりは姫亭で待っていたのだが、あまりに遅いので様子を見に来たのだ。
「あとちょっとだから待っててー!」と手を振ったリリーはクローゼットから洗濯済のハンタードレスを取り出し、ミントを着替えさせた。
「さっ、イヴちゃんたちが待ってるから行こう!」
玄関に出たリリーは手を差し伸べたが、なぜかミントは真逆の窓に向かって駈け出す。
開け放たれた窓めがけて跳躍し、高飛び込みのように落下していった。
「わあっ!? ミントちゃんっ!?」
ドッキリしたリリーは慌てて窓に詰めかける。10メートルほどの眼下には新体操のフィニッシュポーズを決めるミントが。
「ああ……びっくりしたぁ」と胸を撫で下ろすリリー。
突然の奇行に何かあったのかと思ったが、行動的にはいつものミントらしく天真爛漫だ。度がすぎる気もするが。
「早くアンタも飛び降りなさいよー!」
両手を口元に当てたイヴが無茶振りを呼びかける。
「ええっ!? ここ4階だよっ!?」
「クリスタルパレスじゃ何百メートルの高さから飛び降りたんでしょー!? なら楽勝じゃなーい!?」
「い、いや、無理だよっ!?」
モンスターに追い詰められてる状況とかならともかく、なんで平和な寮で飛び降りしなきゃいけないんだとリリーは思った。
「だったら早くしなさい! 置いてくわよー!」
「わあっ!? 待ってよぉーっ!!」
情けない声をあげながら、リリーは部屋を飛び出した。もちろん玄関から。




