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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
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01 プロローグ

 その日、活動的な少女にしては珍しくゆっくりと寮の階段をあがっていた。


 彼女の名前はリリーム・ルベルム。勇者を目指す13歳の女の子。

 濃紺のシャツにショートパンツ、その上から青いマントを羽織り、足元はサイハイソックスにブーツ。

 好きな青系の色をベースに勇者ルックにアレンジした彼女なりのコーディネートだ。


 一見すると男の子っぽく見えなくもないが、結った短めの三つ編みの赤毛とその上に乗ったティアラが辛うじて女の子らしさを醸しだしていた。


「うーん、クロちゃんは予想どおりゼンゼン凝ってなかった……」


 アゴに手を当て、何やら難しい顔をしている。


 クロちゃんというのはリリーのパーティメンバーの『クロコスミア・エンバーグロウ』のこと。

 グレーのおかっぱ頭を漆黒のローブで包んだ無口無表情の12歳の魔法使いだ。


「ミントちゃんはくすぐり遊びと勘違いしてくすぐり返してきたんだよね……まあそれはそれで楽しかったからいいんだけど……」


 ミントちゃんというのはパーティメンバーの『キャットミント・ネペタ』のこと。

 ライトブラウンのポニーテールに緑色のハンタードレス、動きまわるのでスパッツを履いている元気いっぱいの7歳の盗賊だ。


「イヴちゃんは想像どおり拒否してきたから座ってるイスの後ろから肩を揉んであげたら、尻尾を踏まれた猫みたいにフギャアって叫んでイスごと後ろに倒れたんだよね。だからってぶつことないのにまったく……」


 イヴちゃんというのはパーティーメンバーの『イヴォンヌ・ラヴィエ』のこと。

 金色のツインテールに赤いリボン、ハードレザーの革鎧にスリット入りロングスカートの強気な13歳の戦士だ。


「うん、やっぱり本命はシロちゃんだよね。シロちゃんならゼッタイ凝ってるハズ!」


 リリーはいま向かっている最後の仲間『シロミミ・ナグサ』に期待をかけていた。


「あの胸なら肩が凝らないハズがない!」


 仲間のプロポーションを想像し、確信したように頷くリリー。

 なんだか元気が出てきたので、いつもの調子で颯爽と階段を駆けあがっていった。



 シロミミ・ナグサの部屋は2階にある。名前の表札がかかっている扉をノックすると向こうから「はいっ」と折り目正しい返事が返ってきた。少しして扉がゆっくり開く。


 腰まで伸びた黒髪ロングヘア、おろしたてのような純白のローブをまとった少女が扉の向こうにいた。首から下げたタリスマンは彼女が僧侶であることを表している。


「すみません、お待たせしました……あっ、リリーさん、こんにちは」


 くせっ毛のリリーがいつも羨ましく思っているサラサラヘアーの頭をぺこりと下げるシロ。ツヤがあるので光もあわせて移動する。


 かなりかしこまっているように見えるが実は他の人物相手だとさらに恐縮する。パーティメンバーであるリリーだからこそこの程度ですんでいるのだ。


「シロちゃん、マッサージ!」


 リリーは何の前置きもなしにいきなり用件に入る。


「はっ、はいっ? マッサージ……ですか? か、かしこまりました。上手にできるかわかりませんが……」


 前後の説明がないが自分なりに理解しようとするシロ。献身的な思考なので自分がするものだと解釈したようだ。


「ううん、してほしいんじゃなくて私がシロちゃんをマッサージしたいの!」


「は、はい……?」


 シロはまだ意味を理解できず、ぱちぱちと瞬きしている。


「いまマッサージに凝っててみんなの部屋をめぐってマッサージしてまわってるんだ!」


「そうなのですか……とりあえず、お上がりいただいてもよろしいですか?」


「おじゃましまーす!」


 何の遠慮もなくお呼ばれするリリー。


 シロの部屋はリリーと同じ靴を脱いであがるタイプの部屋だ。あがりこんだリリーは早速感心する。散らかった自分の部屋とは大違いだと。


 ホコリひとつないピカピカの床と白いシーツできちんとメイクされたベッド、家具はレース編みで飾られており窓際の花壇は咲き誇る花に溢れている。


 床にアヒル座りをしたリリーは花にちょいちょいとチョッカイかけた。あがりこんで数秒ですでにくつろいでいる。


「……それで、(わたくし)はどのようにすればよろしいでしょうか?」


 リリーの側に正座したシロは改まった様子で聞く。

 シロは自室でひとりの時でも正座するのだが、30秒も正座できないリリーにとってはそれが信じがたいことだった。


「あ、そうだ、マッサージしにきたんだった。えーっと、ベッドの上に横になって」


「はい、かしこまりました」


 素直に従うシロ。シワひとつない白いシーツのかけられたベッドの上にうつぶせになる。


 幼少の頃から厳しく躾けられてきたシロは眠る時以外で寝そべったりする行為ははしたないことだと教えられてきた。だが他ならぬリリーの頼みであればその限りではない。


 おもむろにシロの背中にまたがるリリー。「よぉし」と腕まくりをする。

 それはリリーのクセのひとつだった。袖をまくりあげることによってやる気のスイッチが入るような気がするのだ。


「じゃあまずは腰からいくね」


「はい、お願いいたします」


 リリーは両手を突っ張ってシロの腰に当てる。弱めにちょっと揉んでみる。


「……」


 いままで揉んできた女の子のなかでは凝ってるといえば凝ってるけど……想像していたほどではなかった。

 ちょっと拍子抜けしてしまう。


 無理もない、シロはリリーのひとつ年上の14歳だ。

 リリーが納得するほどの肩凝りになるにはあと10年くらいの歳月が必要だろう。


「さっきまでイヴちゃんとミントちゃんとクロちゃんをマッサージしてたんだよね」


 無言なのは性に合わないので、リリーは揉みながら話しかけてみた。


「でもみんなあんまり凝ってないんだよね~」


「そうだったのですか……では先生方にして差し上げるというのはいかがでしょうか?」


「あ、確かに先生たちなら凝ってそうだね。でもさせてくれるかなぁ~?」


「はい。皆さん喜んでいただけると思いますよ」


 実はリリー自身は同性にかなり人気がある。

 なのでマッサージしてあげると声をかけたら集まってくる女の子はいくらでもいるだろう。


 ただ……本人は全く気づいていない。


 ラブレターなどもよく貰うが「なんで手紙くれたんだろ?」と思う始末。思ったことをなんでも言葉で伝える彼女にとっては手紙というのはただの遠距離の伝達手段にすぎない。言葉では伝えられない想いを伝えるための用途があるとは露ほども知らないのだ。

 それだけならまだしも「私も好きだよ~」とその足で差出人に挨拶にいく天然ぶりを発揮する始末だった。


 好意を寄せてくる相手は女生徒たちにとどまらず、教師陣にも及んでいる。

 密かにファンクラブなども結成されており、リリーに対して抜け駆けはしないというルールも存在していた。


 しかし先日、リリーがさらわれるという誘拐事件があった。

 その時だけはファンクラブの会員全員が一斉にルールを破ってリリーをさらってしまおうと画策してパニックになるという珍事があった。


 覆面をかぶったファンクラブ会員にもみくちゃにされてしまったがリリーは「そんなに私って誰かと間違われやすいのかなぁ?」と首をひねるだけで自分の寄せられた過剰な好意だとはこれっぽっちも思わなかった。 


 リリーのマッサージは腰から上にあがっていき、肩のあたりにさしかかる。

 ちょっと変わった形の肩甲骨だな……なんて思いながら親指で指圧しているとシロの口から「はふぅ」とため息が漏れた。


「……ここが気持ちいいの?」


「は、はひ……」


 押し込みながら尋ねると呂律のまわらない返答がかえってきた。


 シロの顔を覗き込むと……お風呂に浸かっているような気持ちよさそうな表情をしている。

 その安らかな顔が愛おしくなり、リリーはシロの身体に背後から覆いかぶさった。


「えっ? ど、どうされたんですか?」


「少しだけこうしてていい? シロちゃん……」


「は、はい……」


 リリーは最近、抱きつきグセがついてきていた。


 以前の誘拐事件でさらわれた後に塔の頂上に幽閉された。今ここにいるので無事脱出はできたのだが、閉じこめられた時に感じた孤独感はリリーの心に大きなトラウマを残していた。

 それからというものいつ会えなくなっても後悔しないように、仲の良い女の子に積極的に抱きつくようになったのだ。


 逆にシロにとってはリリーのいない人生など考えたことのないものであった。

 リリーと出会わなければ自分はいまここにはいなかっただろうと確信できるほどに、シロにとっては特別な存在だった。


 みなし子で生まれて聖堂で厳しく育てられたシロ。そこに遊びにきていたリリー。


 シロはいまでも人見知りなところがあるが、幼い頃はさらに酷かった。

 知らない人と目が合うだけでも逃げ出すという対人恐怖症気味の子供だった。

 最初はリリーに対してもそうだったのだが、シロと仲良くなりたかったリリーは逃がさない策を練って騙し打ちのような形でシロを捕まえ、強引に知り合った。


 そこからはリリーのペースで、ふたりが仲良くなるのに時間はかからなかった。


 シロは当初リリーのことを「リリーム様」と様づけで呼んでいた。皆を敬うシロは誰に対してもそうだったのだが、リリーはそれを許さなかった。

 「ともだちなんだから様なんてつけちゃダメ! あとリリーって呼んで!」と言われたのだが、それは失礼にあたるのではないかとシロは悩んだ。

 最後はリリーに嫌われたくない一心で、シロの様づけはさんづけに変わった。


 リリーの本心としてはもっともっと打ち解けて、朝の挨拶がてら背後から近づいて「おはよー!」という声とともに後ろから胸を掴むような、ふれあい過多の関係を望んでいた。

 今のシロにそれをやったとしても受け入れてはくれるだろうが、熱にうなされたんじゃないかと思うほどに恥ずかしがるだろう。それに遠慮がちで思いやりのあるシロは人の胸をいきなり背後から掴むなんてしないだろうな……とリリーは考えていた。


 ちなみにシロ以外のパーティメンバーに対しては背後からの胸もみを敢行済だ。


 イヴは抱きついた瞬間投げ飛ばしてくるので何度目かでやめた。

 クロは抱きついても特に無反応なのでなんとなくやらなくなってしまった。

 ミントは抱きつくたびにキャッキャと喜んでくれるのでやり甲斐があった。通学路でミントの後ろ姿を見つけると背後からコッソリと近づいて、後ろから抱きかかえる。そのまま抱っこした状態で一緒に学校に行く……というのをよくやる。


 なんにしてもリリーは好きな女の子のぬくもりを感じると、ひなたぼっこをしている猫みたいに幸せいっぱいになれるようになったのだ。


「……シロちゃんっ」


 溢れ出る多幸感に矢も盾もたまらなくなったリリーはシロのうなじに顔を埋めてグリグリとやりだした。

 さらさらで光沢と張りがあって、絹糸みたいな髪の毛、花のようなフローラルな香り、吸い付くようなすべすべの柔肌。


「えっ? り、リリーさんっ? あっ」


 困惑するシロを無視して、ぎゅっと腕に力を込めて抱きしめる。

 折れそうなほど華奢な腰、やわらかだけど贅肉のないお腹、実は身体中のムダな肉が全部移動したんじゃないかと思わせるようなボリュームのある胸。


 許されるなら一生触れていたいほどの素敵な感触。

 ドサクサまぎれではあるが、恥ずかしがり屋の幼なじみの身体に触れる貴重なチャンス。食べ放題に来たかのように手を休めずシロの身体を味わう。


 ひたすら身体をまさぐられて、戸惑うシロ。

 リリーの顔が触れるたび、手で揉みこまれるたび、恥ずかしいような、くすぐったいような、気持ちいいような……不思議な感覚がさざ波のようにじわじわと身体からわき起こる。


 でも、嫌な感じは全くない。元々リリーには何をされても受け入れる覚悟をしていたのだが、今までに感じたことのない感覚に翻弄される。

 ときおり自分の声とは思えない色っぽい吐息が出て、頬が赤く染まった。


「うぅ~ん……シロちゃんシロちゃん」


 寝言のように名前を呼ばれて「はい、リリーさん」と律儀に返事をするシロ。

 応答するたびなぜかリリーの力は弱まっていき、手の動きもゆるやかになっていく。そしてとうとう……動かなくなってしまった。


「……あの、リリーさん?」


 うつ伏せになったまま横を向いて、リリーの様子を伺う。


「シロちゃん……むにゃ……」


「……お休みになられたんですね」


 リリーの安らかな寝息を聞き、シロはちょっと安心してしまった。



 夢の中のリリーは雲のようにふわふわの羽毛に包まれていた。頬を寄せ合うようにして隣にいるシロと、一緒に手を繋いで眠っていた。


「ん……?」


 ふと目が覚めるリリー。あたりを見回して、気持ちよさのあまり抱きついたまま眠ってしまったことを理解する。

 部屋は薄暗く、カーテンのかかった窓からこぼれる光の加減で夜明けまで熟睡していたことに気づいた。


 リリーの身体にはきちんと布団が掛けられていた。風邪をひかないようにとシロがやってくれたんだろう。

 そのシロの姿は部屋のどこにもなかった。


 ふと枕元を見ると封筒があった。シロの字で『リリーさんへ』と書かれている。


「なんだろう……コレ、シロちゃんからの手紙かな?」


 ひとりごちながら花びらの押し花がついた封筒を手に取る。落ちた花びらを使ったシロの手作りの封筒だ。

 伝えたいことがあるなら直接言ってくれればいいのに……とラブレターと同じような感想を抱きながら封を解いて、丁寧に折りたたまれた紙を取り出す。


 手紙はシロの性格が表れているような、読み手のことを考えた見やすいキレイな字でしたためられていた。


 リリーさん、私はわけあって学院をやめることにしました。

 リリーさんには聖堂主様をご説得いただいたのに、そのご恩に報いることができず、大変申し訳ありません。

 また、きちんとしたご挨拶もできずに突然いなくなる無礼を、どうかお許しください。

 リリーさんが立派な勇者になられるよう、心からお祈りしております。

 シロミミ・ナグサ


 最後の署名を確認したリリーの手から、手紙が落ちる。

 目の前が真っ暗になったかのように、呆然としていた。

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