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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
リリーとゆかいな仲間たち
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 ゴブリンは畑を踏み荒らしながら、こちらに突撃してきた。畑の中での戦いを避けるため、崖のそばで身構えたまま待つ。


 私は視界にゴブリンを捉えたまま、呪文をつぶやいた。

「……スィーラ・サティル・リブレ」

 それは、ママと私だけの、内緒の呪文。

 次の瞬間、痺れるほどの気力が、やる気が、勇気が、頭の上から降り注ぎ、身体中を駆け巡りはじめる。

「よおしっ!」

 気持ちが昂る。身体はヘトヘトだったけど、きっとやれる。

 この呪文さえあれば、どんな逆境でも大丈夫だって、ママが教えてくれたから。


 近づいたゴブリンは、

「ギャアァ!」

 鋭い鳴き声を発しながら、突撃の勢いに任せて突きを放つ。


 力任せのその一撃を、盾で受ける。

「くっ!」

 想像してたより重い突きに、ついよろけてしまう。やっぱり、力は私よりずっと強い。


 さらに踏みこんできたゴブリンはよろめく私の顔めがけて短剣を一閃する。

「ううっ!」

 切っ先が顔をかすめる。その直後、ほっぺたがすごく痒くなった。きっと、斬られたのだろう。じんわり温かくなっているので、血も出ているみたいだ。


「このっ!」

 負けじと片手剣で突きかえす。軽く後ろに下がってそれをよけるゴブリン。


 ……ダメだ。ずっと石を投げていたせいで、手に力が入らない。


 これだと剣でダメージを与えるのは、あまり期待できそうにない。次の一撃に備えながら、考えを巡らせる。気持ちと同じくらい昂った脳が、すぐに答えをはじき出した。

 ならば……この盾で! いちかばちか、ママの得意技のひとつを試してみることにした。


 ゴブリンの一撃目を待ち、それを後ろに引いてよける。切り返しとばかりに盾を構えて、ダッシュで突っ込む!


 しかしそれと同時に、ゴブリンの二撃目の突きがきて、

「うっ!」

 シャツの生地が裂ける音とともに、肩に短剣が突き刺さった。ゴブリンにとってはラッキーヒットだったが、それを逃さなかった。短剣の柄を両手でつかまえるようにして持ったかと思うと、力を込めて押してきた。


「ぐ……!」

 めりこむ刀身。痛みのあまり、ひざを折ってしまいそうになる。だけど、こらえる。ここで怯んだら、終わりだ。


「ぐ……うううっ!」

 私は歯をくいしばって、押し返した。短剣がさらに刺さるのもかまわずに。そして片足をゴブリンの足の裏に引っ掛け、残りの力を振り絞ってさらに押す!


「ギャアッ!」

 上半身が泳いで、バランスを崩した。肩に刺さった短剣が抜け、血が吹き出す。ゴブリンは数歩後ずさったあと畑の上にしりもちをついて倒れた。


 これぞ、「シールドチャージ足払い」。ママがよくやっていた。……そのときの相手はゴブリンじゃなく、ヴァンパイアだったけど。


 ゴブリンはまだ、何が起こったのか理解できていないようだった。


「チャンス!」

 片手はもう、ほとんど動かない。両手で構えた剣を頭上でかざす。


「ええーいっ!」

 最後の一撃を振りおろそうとした、その時、ゴブリンは片手に握ったなにかを私の顔めがけて投げつけてきた。


 両手をあげていた私はそれをモロに受けてしまう。

「わぷっ!」

 視界が黒いもので塞がれる。それが何か、匂いですぐにわかった。畑の土だ。


「うわわわわっ!」

 あわてて顔の土をはたき落とす。ぺっぺっ、と口の中に入った土も吐き出す。


「ギャアッ!」

「あぁっ!」

 なにかがぶつかってきて、天と地がひっくり返る感覚が襲う。そして、壁にたたきつけられられるような衝撃。


 背中に触れた大地の感触で、体当たりによって押し倒されたのだとわかった。土が入るのもおかまいなしに、目を見開くと、私に馬乗りになって今まさに短剣を振りおろそうとするゴブリンの姿が見えた。


 まずい! 私の顔に降って来た短剣をすんでのところで受け止める。咄嗟のこととはいえ、掌で刀身を握ってしまった。


 短剣の刃なんて握りたくなかった。でも、力いっぱい握りしめていないとすぐに押し負けてしまいそうになる。私はグローブをしていたがそれはすぐに斬り裂かれ、掌で直に握っているような状態になった。皮膚が切り裂かれて刀身は肉に食い込み、刀先を伝って私の顔に血がポタポタ垂れてきた。


 私の顔は土まみれのうえに、血まみれ。


 眼が、痛い。


 瞼を閉じたい。目をつぶりたい。


 でも、目を閉じたら、終わる。


 ゴブリンは私の胸に短剣を突きたてたときのように目を血走らせ、鼻息を荒くしてさらに力を込めてきた。


 短剣の刃が、私の顔にギリギリと迫ってくる。正確にいうと、眼球めがけて迫ってきている。顔のなかで一番ダメージがあると判断したのだろう。確かに、ここは鋭利な刃物なんかだと軽く触れるだけでも大きなダメージがある。それに……たぶん、ものすっごく痛い。


 歯をくいしばる。全身を奮いたたせて、手に力を集中させる。しかし、押し返せない。


 鋭利な切っ先が、私の視界のなかでどんどん大きくなってくる。


 硬い金属の感触が眼球の粘膜に触れたような、触れていないような、そんな感触を受けたとき、にぶく光る銀色で占められた私の視界の隅に、白いものが横切った。


 次の瞬間、私の身体が軽くなる。

「グギャア!」

 横から何かが体当たりし、ゴブリンの身体をさらっていった。


「ギャアアアアアー!」

 直後に響く、耳をつんざくような悲鳴。それはゴブリンのもので、だんだん遠ざかっていくのがわかった。たぶん、何者かによって崖に突き落とされたのだろう。


 全身が震える。身体に力が入らない。荒くなった息を整えるので精いっぱいで、何が起こったのか確認できない。


 タッタッタッという軽やかな足音が近づいてきたかと思うと、白い毛に覆われた何かが覗きこんできた。顔を近づけてきて、ベロンと私を舐めた。


「あ……ははっ」

 その生ぬるい舌の感触で、子供の頃の記憶がよみがえった。

 私がラカノンに初めてきたときに歓迎してくれた、白い犬。彼が私を助けてくれたのだ。彼はあのときと同じように、私の顔をベロベロと舐めはじめた。


「あふぁっ、ちょ、くすぐったい、くすぐったい、ははっ」

 もう大丈夫だという安心感に、力の抜けた声が出てしまう。顔を抱きしめてあげたかったけど、手に力が入らない。私は大の字に寝そべったまま、舐められるがままになっていた。


 土、血、そして犬の唾液。この短時間で私の顔はいろんなものまみれになった。


 再会の歓迎を終えたあと、犬は私の荷物のところに走っていった。のろのろと身体を起こすと、カバンに顔をうずめてフンフンと匂いを嗅いでいるのが見えた。

 なんだろうと思い、這いつくばって荷物のところに行き、カバンを開けてみると……チョコレートが出てきた。


 助かった! そういえば、非常食として持ってきてたんだった。すぐ近くだから非常食なんて要らないかなと迷ったが、入れることにした自分の判断力を最大級に賞賛したくなった。


 早速、包み紙をといてチョコレートにかぶりつこうとすると、視線を感じた。見ると、お座りした彼がじっと私……ではなく、チョコレートを凝視していた。


 食べたいの? と聞くと、返事のかわりに口の端からよだれを垂らしはじめる。


「……しょうがない、命の恩人だもんね」

 私は包み紙を全部といて、裸にしたチョコレートを掌にのせて差し出す。

「はい、全部あげる」

 そのひと言に、白い犬は長いおあずけを解かれたような勢いでチョコレートにむしゃぶりついた。


 がっついたあと、口のまわりを舐めまわしながら味わい、またがっつく。こだわりを感じさせる食べ方をする犬を横目に見ながら、私はゴブリンが突き落とされたと思われる崖へゆっくり這っていった。慎重に身を乗り出して崖下を覗きこむと……生い茂る草が不自然に倒れており、そこに人型のものが落下したことを示していた。ただ、あまり高くないのと、草がクッションになったのか……ゴブリンはそこにはいなかった。もう、どこかに逃げてしまったらしい。


「やっほーい」

 背後の森のほうから、聞きなれたミントちゃんの声がした。見ると、みんなの姿があった。

「ごくろうさん、収穫にきたよ」

「なぁーに座りこんでんのよ」

「すみません、お待たせいたしました」

「…………」


 遠目ではみんなのんびりした口調だったが、近づいてきて、

「あれ、ケガしてるよ?」

「おやまぁ、大変!」

「ちょ、あんた、どうしたのよ!」

「大丈夫ですか? すぐに回復呪文を!」

「…………」


 ボロボロになった私を見て、大騒ぎになった。みんなは大あわてだったけど、私はなんだか逆に安心してしまった。頭のなかで緊張の糸がきれる音が聴こえた気がして……そのまま意識を失ってしまった。

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