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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
119/315

30

 それから数分して会議を終えた私たちはシメに、「おー!」と掛け声をあげてロサーナさんを中心とする陣形を展開した。


「お待たせ! よぉーし、どっからでもこいっ!」


 敵に向かって威勢よく言い放つ。初めて会ったときは逃げまくったけど、もう逃げるもんか。

 これっぽっちも怖くなんかなかった。むしろ気持ちは高揚している。


 私の勇者人生のなかで魔王の側近に宣戦布告する瞬間が、こんなに早くやってくるとは……なんだか感無量だ。


「待チワビタゾ……コノ時ヲ!」


 しかしヴァンターギュは私に目もくれることなく、重そうな巨体に似合わぬ素早さでロサーナさんのほうに挑みかかっていった。


「今度こそ、イカせてやるよ……死に損ない!」


 威勢よく迎え撃つロサーナさん。

 

 馬車なんかよりずっと速いスピードで移動しながら、連射式クロスボウから光り輝く弾が放たれた。

 あれは……魔法弾!? 


 赤は火、青は水、黄色は地、緑は風……それぞれの属性を与えられた矢弾が、流星群のようにヴァンターギュを狙う。

 ヤツは憎らしいほどの余裕をもってかわすと手をかざし反撃する。私を切り刻んだ見えない攻撃だ。

 お見通しとばかりに車体をあやつり回避するロサーナさん。


「すごい……」


 丁々発止のやりあいに私は思わず見とれてしまった。棒立ちであることに気づいてあわてて盾を構える。

 だけどこちらに攻撃が飛んでくることはなかった。


 そりゃそうだ。ハイレベルなふたりからしたら私たちみたいな見習いはいてもいなくても一緒、取るに足らない存在だろう。

 普段だったらふてくされたくなるところだけど、今は違った。むしろそうでなくちゃ困る。だって……そこが私たちの狙いだからだ。


 私はぐっと盾を握りしめて、ひたすらチャンスを待った。

 伝説の冒険者と魔王の側近の戦いは魔王側がやや有利のようだった。


 ロサーナさんの魔法弾攻撃は直線的なため軌道が読まれやすいようで、敵は大きな身体ををまわり込ませたり宙に浮かせたりして回避する。それは海賊船の黒い帆布が嵐になびくような不安になる光景だった。

 対するヴァンターギュの攻撃は見えない上に放たれたあと波紋のように広がるらしく、距離によっては完全にかわしきれずに盾で防いだりしていた。


「くっ……!」


 そして遂に盾でも防げなかったようで、肩を切り裂かれ出血していた。

 腕の自由がきかなくなったのか車椅子の動きが鈍る。ここぞとばかりにヴァンターギュは両手で衝撃波を放った。

 ほぼ同時のタイミングで光に包まれるロサーナさん。


「治癒魔法!?」


 驚きつつも動くようになった腕で車椅子を横っ飛びさせ、ギリギリのところで衝撃波をかわす。

 ピンチを救ったのはもちろんシロちゃんだ。私のすぐ隣でひざまずき、呪文を詠唱している。


「……コシャクナ!」


 ここで初めてヴァンターギュはシロちゃんめがけて攻撃を放った。

 シロちゃんをかばって立ちはだかると、見えない攻撃が盾を襲う。

 突風のような衝撃、強い力で押され後ずさりする。周囲の石像やテーブルなどがスパッと斬れて床に転がった。


 まるで透明の斬首台の刃が飛んできているような恐ろしい技……!

 借りててよかった……生半可な盾じゃまるごと真っ二つにされていただろう。


「いまのうち! ロサーナさん、接近してっ!!」


 ガンガン来る衝撃に耐えつつ呼びかけると、ロサーナさんはすでに全速力で突っ込んでいた。

 距離をとるとよけられちゃうから、一気に近づいて全弾発射フルバーストするつもりだ。


 伝説の冒険者にとって、いちかばちかの大いなる賭け。しかしそれは私にとってチャンスでもあった。


「……いまだ! ミントちゃんっ!!」


「シャーッ!!」


 気合の入った掛け声とともに車椅子の陰からミントちゃんが飛び出す。

 ロサーナさんの特攻に気を取られていたヴァンターギュは別方向からの奇襲に対応できずにいた。


 これが作戦その1。戦ってる最中にスキをみてミントちゃんに車椅子の後ろに掴まってもらったんだ。

 よけられないギリギリのところまで接近戦になるのを待って、合図とともに飛びかかる……!


 作戦は功を奏しミントちゃんはよけられることもはたき落とされることもなく、10倍以上体格差のある相手の頭にはりついた。

 全開にした仕込み爪の先には燃え盛る炎。


 武器に炎の属性を付与する『エンチャント・ファイア』。クロちゃんの得意とする付与魔法だ。

 しかも魔法自体がパワーアップしたのか、いままでローソク大の炎だったのが松明の明かりくらいまで大きくなっている。


 ミントちゃんの鉤爪はただの鉄製なので魔法の力なんてない。だからそのままではヴァンターギュには通用しない。

 だけど、付与魔法がかかっている間は魔法武器になるっ……!!


「ニャニャニャニャニャニャニャ!」


 渾身の両手ひっかきが炸裂した。

 グオォォッ!! と呻きながらのけぞるヴァンターギュ。


 いいぞ……想像以上に効いてるっ!


「よ、よしっ……いって! イヴちゃんっ!!」


 私はすかさず作戦その2に踏み切る。


「むっふれぁぁぁああああああーーーーーーっ!!!!!!」


 いつもの変声を轟かせながら車椅子の陰から飛び出すイヴちゃん。


 ヴァンターギュの注意をそらしながら、近づいたところでミントちゃんが飛びかかって動きを止め、そこにイヴちゃんが攻撃してダメージを与えるっ……!!

 それが私たちが考えた奇襲戦法……!!


 自分の身長と同じくらいの長い大剣を構え突っ込んでいくイヴちゃんは彼女自身が憧れる姫騎士のごとく勇ましかった。

 ミントちゃんのひっかき攻撃によりまだその場から動けずにいるヴァンターギュ。先ほどまでの高速回避はどこへやら、今は剣術練習用の打ち込み人形みたいな無防備さだ。


「がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーっ!!!!!!」


 燃えさかる切っ先が、獅子の咆哮のような叫びとともに鎧のどてっ腹に突き刺さった……!!

 刀身は深々とめりこむ。苦しそうにもがき、宙を引っ掻くヴァンターギュ。


 しかしもう手遅れだっ……イヴちゃんの攻撃は、オマエの身体を確かに貫いている……!!


「グ……グォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオーーーーーーーッ!!!」


 やがて断末魔の悲鳴を轟かせ、不変(かわらず)のヴァンターギュは黒い霧となって消滅した。


「や……や……や……」


 最初は実感がなかった。

 ……が、まるで温泉を掘り当てたみたいに達成感がこみあげ、一気にあふれだした。


「やったぁぁぁぁーっ!!!」


 私はシロちゃんとクロちゃんを抱えて、ミントちゃんイヴちゃんの元へと駆け寄った。

 そのままみんなと抱き合ってキャアキャア騒いだ。


 魔王の側近という最強の部類に入るモンスターを自分たちの手で倒した……!!

 かつてないほどテンションがあがる。いつも斜に構えたイヴちゃんもこの時ばかりは一緒になって跳びはねるほど喜んでいた。


「まさかリリーたちにやられちまうなんてね……やれやれ、おそれいったよ」


 この時ばかりはロサーナさんもマイッタとばかりにかぶりを振った。

 伝説の冒険者にホメられて、もう天にも昇る心地だった。


 最高の気分で鼻高々に胸を張っていると………………不意に、空間がズレた。


 お腹の高さ位の空間が、水平にナイフが入れられたみたいに上半分と下半部に分かれ、かけ違えたみたいな感じ。


 違和感を感じたその直後、私の腹部が深く、パックリと裂けた。

 私だけじゃない。イヴちゃんも、ミントちゃんも、シロちゃんも、クロちゃんも、そして、ロサーナさんも。


 血袋が破れたように、鮮血が吹き出す。

 勝利の喜びから一転、みんなはお腹を押さえてうずくまった。


 ロサーナさんは咄嗟に反応していたようで、アームを身体の側に引き寄せていた。

 しかしアームには何もついていなかった。なぜなら……その先についていた盾はいま私の手元にあるから……。


 私が盾をねだらなければ、ロサーナさんは攻撃を防げていたはずなのに……!

 血だまりの中でもがき、彼女の元へと這っていく。


「ロ……ロサーナ……さんっ」


「げ……幻影……か……」


 呼びかけると、力なく呻いた。まるで死神のカマでえぐられた亡者のように、生気を失った表情でぐったりとうなだれている。

 げ……幻影? どういうこと? と思っていると、


 ガシャン!


 背後から、重量感のある音がした。

 振り向くと……黒煙の中からさっき倒したはずのヴァンターギュが再びぬぅと姿を現す。


「ええ……っ!?」


 まるで既視感のような光景に、我が目を疑う。


「グフフフ……幽体デ新タニ得タチカラ……ナカナカ役ニ立ツデハナイカ……」


 しかも、一体だけではなかった。二体、三体と次々と現れる。複写したようにソックリなヴァンターギュたちが、揃った動きで迫ってくる。


 幻影……いままで戦っていたヴァンターギュは本体が作り出したニセモノ……!?

 ニセモノが戦っているとき本体は煙の向こうで隠れていて、ニセモノを倒して油断していた私たちに攻撃を浴びせたんだ……!!


 ガシャン! ガシャン!! ガシャン!!!


 同じタイミングで足を踏み鳴らす。新たなヴァンターギュが姿を現すたびに、揃った金属音はどんどん大きくなっていく。


「サァ……我ガ肉体復活ノタメノ贄トナレ……!」


 勝利を確信した足取りで、ゆっくりと近づいてくるヴァンターギュ軍団。


 混濁する意識に、かすんでいく視界。

 やる気も、悔しさも、考える気力すらもわいてこない、けだるいような感覚が全身を支配する。


 もう……私はなにがなんだかわからなかった。

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