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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
118/315

29

 もうもうと立ちのぼる硝煙の中を飛びながら、私は祈った。

 爆発でまわりの壁は破壊されていたから、このままロサーナさんのところまで飛んでいければラッキーだ。


 最悪なのは塔の外に投げ出されることだ。

 念願の外に出ることはできるかもしれないが、そのあとに待っているのは落下死のみ。


 ……なんてことを考えているうちに、濃霧を突っ切り晴れ間へ出たみたいに急に視界が開けた。


 眼下に広がるのは見慣れた食堂と……ティーカップを持ったまま目を白黒させているロサーナさん。

 ティータイム中に爆発が起きてびっくりしたんだろう。空飛ぶ私を見つけると「あっ!?」と叫んでティーカップを取り落としていた。


「よ、よかったぁ~っ! ロサーナさん、ただいまぁ~っ!!!」


 彼女の側にダイブしながら帰宅の挨拶をする。そのまま床に叩きつけられて「ムギュッ!?」となってしまった。

 後に続いて仲間たちが次々と煙の中から飛び出してきて、私と同じように床にべしゃっと墜落していた。唯一ミントちゃんだけはクルリ一回転して華麗に着地する。


 最後に飛んできた無人の車椅子はガッシャンと着地すると、まるで主を求めるようにロサーナさんの元まで惰性で移動した。


 ティーカップからこぼれた紅茶が彼女のドレスを濡らしていたが、もうそんなことはどうでもいいようだった。

 木造の車椅子から立ち上がると、現れた鉄の椅子によろめきながら手をつく。

 冬眠するクマが住み慣れた寝床へ帰るかのように落ち着いて、しかし春を迎えて寝床から外へ出るかのように逸る気持ちで……革張りのシートに着席する。


 シートの奥からおもむろに革ベルトのようなものを取り出すと、身体に巻きつけはじめた。

 まるで拘束具のように自分の身体を固定したあとようやく、


「……ああ、変わらないね。相棒(コイツ)も」


 長旅を終え、我が家についたような安らかな表情を浮かべた。 

 見た目は椅子に縛りつけられてるみたいで全然楽そうじゃないんだけど、本人はすごくホッとしている。


「よかったねぇロサーナさ……」


 ドヤドヤという足音がして、私は言葉を途中で飲み込む。

 私たちが飛び出してきたモクモク煙のあがっている所から今度はモンスターが現れたのだ。


 ゴブリン、コボルト、オーク、オーガ、ミノタウロス、ヘッジブル、ヴァンパイアバット……立ってるのから四つ足のから飛んでるのから、まるで展覧会みたいな種類の豊富さ。初めて見る種類もちらほらいる。


 その数も十匹や二十匹どころじゃない……なんだかんだで百匹はいそうだ。いままでどこに隠れてたのと言いたくなるほどの数のモンスターたちが私たちを取り囲んでいく。


 先の大爆発で前方の天井と壁が全て吹っ飛び、モンスターよけの呪印がなくなって入りたい放題なっちゃったんだ……!!


 これは……や、ヤバい……!!


 結局、この塔にいるモンスターが全部集まってきたんじゃないかと思うほどの完全なる包囲網が形成されてしまった。

 偶然ふらりと立ち寄って少し見学したら帰ろう、みたいな感じならよかったんだけど……その願いも虚しくなるくらいメチャクチャ殺気立っている。


 絶体絶命ともえる大ピンチ……!! しかしこの状況でも全く慌てない人物がいた。

 クロちゃんと……ロサーナさんだった。


「ヤレヤレ……ひとりの軍隊(アーミー・オブ・ワン)も見くびられたもんだね」


 伝説の冒険者は落ち込んだ様子でうつむいたあと、


「いいかい、合図したら這いつくばるんだ。じゃなきゃ、どうなっても知らないよ」


 急にマジメな声でつぶやいた。


「一体何を……!?」


「いくよ!!」


 質問は大声で遮られてしまった。

 みんな慌てて床に伏せると、それを合図とするかのように鋼鉄の車椅子の車輪が煙が出るほどの勢で空転する。


 直後、高速旋回。

 コマのようにその場で激しく回転しつつ、アームにつけられた連射式クロスボウから矢弾が発射された。


 いや、発射なんて生易しいものではなかった。まるで無数の蜂が全方位に解き放たれたような、おびただしい数の弾幕がハリネズミのように全方位にばら撒かれる。


 連なった弾は針のように次々と周囲のモンスターたちを貫く。剣山が刺さったみたいに身体が穴だらけになり、次々と倒れていく。

 ひとりの人間がやっているとはとても思えない所業、そしてどう見ても車椅子の挙動ではなかった。


 普通の車椅子ってのは手で車輪を動かして進むものだけど、ロサーナさんのは手すりについたレバーみたいなのを動かして操っていた。

 目は回らないのかと心配になるほどグルグルと回転するおばあさんを見ながら、もしかして魔法の力で動いてるのかな、なんて考えたりした。


 ギュルッと車輪を鳴らして停止する頃には周りにあれだけいたモンスターは全て地に伏し、絶命していた。


「……(タマ)とりたきゃ、一個師団でも持ってくるんだね」


 伝説の冒険者はあっさりと言ってのける。

 起き上がった私たちは死屍累々の光景を見て絶句してしまった。


「な、なかなかやるじゃない」


 引きつった表情のイヴちゃん。


「いんや、だいぶナマっちまってる。一匹仕留め損なっちまった……ちょいと借りるよ」


 言うなりイヴちゃんの背中に携えた長銃に手を伸ばし、素早く引き抜きざまに発砲するロサーナさん。

 目にもとまらぬ一連の動作、先には額を撃ちぬかれたミノタウロスが崩れ落ちようとしていた。


「いい銃だね、大切にしなよ、プリンセス」


 銃の腕前もビックリだったが返されたときのセリフにイヴちゃんは「!?」となっていた。


「な、なんで知って……」


「シッ、静かに!」


 注意されたので口をつぐむと……ガシャン、ガシャンという重い金属音が聞こえてきた。


「……おいでなすったか」


 飄々としていたロサーナさんはモンスターの出現とともに鋭い表情になったが、倒したとたんいつもの調子に戻った。

 だが新手の予感に、その表情はかつてないほど険しくなる。


 炎の向こうから姿を現したのは……漆黒の塊。鎧であるはずなのに質感なく無機質で、夜の一部を切り取ったような巨体。

 暗黒の化身のようなその存在……不変かわらずのヴァンターギュ!!


 ロサーナさんが仕留めたモンスターたちの死体を何の躊躇もなく踏み潰す。

 決して柔らかくはないであろうモンスターたちが豆腐のように足裏で砕け散り、足音がベシャ、ベシャと変化した。


「ミツケタゾ……我ガ肉体ヲ奪イシ怨敵……」


 地獄の底から響いているような、恐ろしい声。


「ハッ、二十年も前のことをまだ引きずってるのかい? ケツ穴の小さいヤツだねぇ」


 ロサーナさんは少しも怯むことなく応じる。


「我ニ怯エテ暮ラスノモ、飽キタ頃カト思ウテナ……」


「ちょっと気に入る武器(エモノ)がなかっただけさ。今ならもれなくあの世に送ってやるよ」


 宿敵を睨みつけたまま、私に向かってつぶやきはじめた。


「戦ってる間にスキを見て逃げな」


 モンスターの集団を相手にしたときみたいにコッソリ伝えたかったんだろうけど、先に逃げろなんて提案を受け入れるわけにはいかない。

 一緒にこの塔を出るって約束したんだ。だから共に戦うのも当然のこと。


「ううん、私たちも一緒に戦う!!」


「やめときな。アイツは魔法攻撃しか効かない」


「そうなの? ……あ、でも、こっちには魔法使いのクロちゃんがいるもん!」


 私は引き下がることなく、側にいたクロちゃんを抱えてバッと差し出した。つままれた猫のように大人しいクロちゃん。

 あきらめない私にロサーナさんはイライラしだした。何か言おうと口をモゴモゴさせていたがムダだと思ったのか、


「……フン、勝手におし」


 結局あきらめたようにそっぽを向かれてしまった。

 しかし私の話はまだ終わっていない。クロちゃんの脇ごしに手を出してさらに催促する。


「勝手にする! だから盾いっこ貸して!」


 再びこっちを見たロサーナさんは孫から子供らしくないものをねだられたおばあちゃんみたいな顔をしていたが、渋々アームを引き寄せて盾を外してくれた。


「……ほらよ」


「ありがとう!」


 投げてよこされたそれをクロちゃんごしに受け取る。身体がほとんど隠れるくらい大きな盾だったので重いかなと思ったが軽かった。魔法の盾なのかな。

 私はほぼ丸腰だったのでこれで心強い防具が手に入った。車椅子には4つも盾がついてるからひとつくらい借りてもいいよね。


「よし、みんな集まって!」


 手招きして集まってきたところで五人でスクラムを組んだ。作戦会議だ。

 こめかみをくっつけあわせるようにしながらモショモショと小声で打ち合わせしていると、

 

「……なにやってんだい?」

「目障リダ……」


 ロサーナさんとヴァンターギュから横槍が入った。


「いま話してるんだから外野は黙ってなさい! 二十年待てたんだからあとちょっとくらいいいでしょ!」


 円陣から顔をあげたイヴちゃんがぴしゃりと言うと、ふたりとも黙りこんでしまった。

 外野は私たちのような気がしないでもないが……黙っておいた。

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