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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
117/315

28

 シロちゃんのことを泣き虫だなんて思っちゃったけど、むしろそれは私のほうなんじゃないかと考えを改めているうちに昇降機は最上階らしき所で停止した。


 代わり映えのしなかった他のフロアと大きく違う雰囲気。なぜか熱を含んだ空気がまとわりついてきて、きな臭いニオイが鼻をつく。

 触覚と嗅覚についてはなかなかの不快さだったが、視界だけは違った。


「うわぁ……!」


 虹色の光に包まれて、私たちは驚嘆の声をあげる。


 道中、壁一面に広がるクリスタルガラスの風景は良い眺めではあったが、いかんせん退屈だった。


 しかし最上階の壁は色とりどりの水晶を利用したステンドグラスになっており、ミルヴァ様と魔王が戦う様子を模したそれは神々しい美しさを放っていた。

 ただミルヴァ様のほうにはヘドロのような汚れや、叩いたり蹴ったりしたようなヒビ跡がいっぱいついていた。

 魔王側のほうはキレイなままだったので、ここを支配したモンスター達がイタズラしたんだろう。


 せめて汚れだけでもなんとかできないかとウズウズする。隣にいた綺麗好きのシロちゃんは私以上にウズウズしていた。


 このステンドグラスの前で描かれた内容さながらに、ロサーナさんはヴァンターギュとの戦いを繰り広げたんだろうか。

 周囲には死闘の跡が垣間見える。ステンドグラス以外の壁は本棚が崩れたみたいにぐしゃぐしゃになっていた。


 ロサーナさんが言っていた。ヴァンターギュの死に際の一撃で吹っ飛ばされたって。おそらく隣の部屋に吹っ飛ばされたあと壁が崩れたんだろう。

 しかし……こんな分厚い壁がアップルパイの断面みたいにボロボロになるなんて……。

 たった一撃でこんなにしちゃうヴァンターギュの強さと、なにかの拍子に壁が崩壊して天井まで落ちてこないかダブルで不安になる。


 ふと目の前を何かがかすめた。ホタルのような光球があたりをふわふわと飛び回っている。

 外周があまりにもインパクト大だったので今まで気づかなかった。


 ミントちゃんはステンドグラスよりもそっちのほうが気になるらしく、虫を見る猫のようにまじまじと目で追っている。


「なにこれー?」


「……ファイア・エレメント」


 消え入りそうな声のクロちゃん。ステンドグラスも光球も一瞥したきりで、あとはぼんやりと虚空を眺めている。


 『ファイア・エレメント』……炎の精霊全般のことだ。

 精霊はモンスターとはちょっと違う生物で、人間とはむしろ共存関係にあたる。

 とはいえピンキリあるようで、下級の精霊は魔法だったり錬金だったりと色々な用途として使われるが、上級の精霊ともなると知能も高く簡単には人間の言うことを聞いてくれないらしい。


 たしか炎の精霊って火山とか火気がありそうなところに多く生息するって学校で習った。

 でもこの最上階にはロウソクひとつないのにいっぱい飛び交っている。部屋がやけに暑いのもそのせいだろう


 ……なんでだろう? あのステンドグラスに炎の精霊を惹きつけるような特別な何かがあったりして……?


 まぁなんにしても精霊ってのはこっちが手を出さない限りは何もしてこないって聞いた。

 それにこのホタルみたいなのは下級エレメントで、触れば熱いけど脅かすと逃げるらしいから私たちの脅威になることもないだろう。


「ほーほー、ほーたるこいっ」


 我がパーティ随一のわんぱくっ子は口ずさみながら、獲物を狙う猫のようにお尻をフリフリと振りだす。


「あっ、熱いから触っちゃダメ!」


 彼女が飛びかかろうとした瞬間、私は後ろから止めた。

 「え~っ」と不満そうにしていたので「触ったらヤケドしちゃうよ?」と言い聞かせながら抱っこする。


 冬になると暖炉に近づきすぎて前髪を焦がすこともあるミントちゃんは温かいものは良いものと思っているのかあまり警戒しない。

 何が起こるかわからないこの状況では安全が確認できるまで目の届くところに居てもらったほうが良さそうだ。

 

「あっ、あれなぁに~?」


 そんな彼女は私の腕の中で身を乗り出し、さっそく新たなものに興味を示していた。

 指差すほうを向くと、また凄いモノが視界に飛び込んでくる。


「おおっ……」


 ステンドグラスに負けない存在感で鎮座するモノ。

 その異様な風貌に、一見車椅子であることに気づかなかった。


 ツヤ消し加工の施された、シルバーの車体。椅子というにはあまりにも大きい。

 座面のまわりは外装で覆われ、それはテントウ虫みたいな背面へと続く。


 側面からは関節つきのアームがいくつも伸びている。

 アームの先には連射式のクロスボウや回転式のノコギリや盾がくっついていた。


 それはまさしく……冒険者名鑑で見たロサーナさんの車椅子だった。


 足の悪い人のための補助器具というより、単身で大勢を相手にできそうなほど完全武装した兵器。

 凄まじく強力そうではあるが、同時に使いこなすためには相当な腕前が必要そうにも見える。

 なんていうかヌンチャクみたいな印象。使いこなしている人を見ると強そうに思えるんだけど、自分で使ってみるとサッパリみたいなカンジのやつ。


 近づいてみようかと昇降機から降りると、サクッという音とともに足がとられた。

 視線を落とすと床一面に赤い砂みたいなのが広がっていた。ところどころにその砂で作った山があって、あたりはまるで夕焼けの砂漠のようだった。


 コレなんだろう? と思いつつも、踏んでもなんともなかったので気にせず車椅子まで歩いていった。

 近くで見るとなお迫力がある。しかしミントちゃんは公園の遊具か何かに見えているのか「のるー!」と手足をバタバタさせている。


 「座るだけだよ? いじっちゃダメだよ?」と念押しして彼女を革張りの座面に座らせた。

 わいわい歓声をあげて身体を揺すっていたミントちゃんだがピクリとも動かないのが気に入らなかったのか手すりについたレバーをガチャガチャやりだした。


「あっ!? 触っちゃダメ……!!」


 止める間もなく、アームについた連射式クロスボウからバシュッという音とともに矢弾が射出されてしまった。


 弾の軌道上には誰もいなかったが、ファイア・エレメントたちはびっくりしたようでフワフワ飛んでいたのがクモの子を散らすように飛散していく。

 隅にいた小っちゃいエレメントはパニックになったみたいに何度も地面をバウンドする。


 そしてなぜか、仔エレメントが触れた地面の砂がバチバチと弾けだした。


「す、砂が燃えてる!?」


「……火薬(ひぐすり)


 私の驚きとは対照的な平静さで教えてくれるクロちゃん。

 火薬(ひぐすり)は炎の精霊の力を借りて精製される魔法の粉……火を近づけたり強い衝撃を与えると燃え上がったり、爆発したりする。

 イヴちゃんが持っている銃はこの力を利用して鉛の弾を発射する。


 そんな物騒なものがなんで大量に地面にバラ撒かれているかはわからないが、火薬(ひぐすり)は炸裂音とともに火花を撒き散らし、どんどんこちらに燃え移ってきている。まるで導火線のように……!


 アレが砂山……まわりにある火薬(ひぐすり)の山に到達したら……大爆発を起こすのは間違いないっ!!


「一体なんなのよ、アレ!! どーすんのよ!? リリーっ!!」


 ステンドグラスを眺めていたイヴちゃんとシロちゃんは爆音にびっくりしてこっちに逃げてきた。


 どーすんのよって言われても……ど、どうすれば……どーすればいーのっ!?


 水かなにかで消す……? いや、水なんてどこにもない。かつてクロちゃんも水の精霊魔法は持ってない言ってた。


 どこか別の部屋に逃げこむ……? いや、まわりの壁は崩れているせいで逃げ込めそうな部屋はない。


 別の階に逃げる……? いやっ、昇降機の遅さでは下の階に行く前に爆発にまきこまれちゃう。飛び降りるのは……さすがに三度も奇跡を期待するのは図々しいか。


「わぁー! はなびみたーい!」


 ミントちゃんは原因を引き起こした自覚もなく、飛び上がってはしゃいぎだした。

 まさかロサーナさんの車椅子を探しにきて、撃った弾で逆に追いつめられることになるなんて……!

 車椅子というより鉄のカタマリみたいなソレを恨めしく見つめていると……ふと閃いた。


「……あ! そうだっ! これっ! みんなこれに乗ろうっ!!」


 ガランとしたこのこの空間で唯一、遮蔽物と呼べそうなものだ。

 座席のまわりが鉄で覆われているので安全なはず……!!


 私たちは伝説の冒険者の武器に詰め寄る。座席はゆったりめであるが明らかに1人用。キョトンとするミントちゃんを抱き上げて空席にし、シロちゃんクロちゃんをまず詰め込む。その上に改めてミントちゃんを座らせた。


 その時点で定員オーバーだったがもう迷っているヒマは残っていなかった。

 タイムアップ! とばかりに背後にある火薬の山が噴火する。


 とっさに私とイヴちゃんは肩を組んで、みんなに覆いかぶさった。

 直後、激しい轟音と衝撃が来て、車椅子ごと吹き飛ばされる。


 それを引き金として、次々と起こる爆発。フロアごと揺れるような激震。

 耳をつんざく爆音と視界を奪う硝煙。弾むボールのように部屋中を飛ばされまくる車椅子。

 もう何がなんだかわからない。


 閃光とともに炸裂、巨大なエネルギーが発生し嵐のような暴風が襲う。

 ガラスの破片がかすめ、石片がガンガン背中にぶつかってくる。炎が肌を焦がし、黒煙で息ができなくなる。 

 

 しかし必死になって椅子に、みんなにしがみつく。

 ここで離れたら最後、待っているのは爆死か焼死だ。


 それに私がいなくなったらみんなを守るものがなくなっちゃう……!

 隣のイヴちゃんも苦しそうだったが歯をくいしばりながら耐えていた。私も歯をギリギリと噛みしめる。


 その努力をあざ笑うかのようにさらなる衝撃が襲う。まるで仕掛け花火のフィニッシュのような連鎖爆発のあと、トドメの大爆発。

 大噴火した火口にいるようなドッカンという音とともに、巨人の棍棒の一撃をくらったかのようなショックがくる。


 巨大な鉄塊の車椅子だったが軽々と空中に投げ出される。

 ぐるぐると世界が回転する。追い打ちの爆風に、ついに私たちは椅子から引き剥がされてしまった。


「ああっ……!? うわああぁぁーっ!?」


 悲鳴とともに、私は、みんなは、宙を舞った。


 黒鉛ただよう空中はイカスミ漂う海の中みたいに視界がきかなかった。

 昼間なのにあたりは暗く、床一面は炎の海。


 まるで地獄のような風景を、私は生を求める亡者のように必死になってもがき、泳ぎ続けた。

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