27
みんなでこうして抱き合うのは久しぶりだった。
やわらかくてスベスベでいいニオイがして、こればっかりはどんな高級クッションもかなわない。……やっぱり最高だ。
ミントちゃんシロちゃんクロちゃんとはチャンスがあればひっついてる気がするんだけど、くすぐったがりのイヴちゃんとこうして触れ合えるのは滅多にない。
できればずっとこうしてたかったけど、この塔にはまだまだモンスターがいるはず。
そろそろ行動を再開しなきゃ。
私はひとりずつ囁きかけて身体から離れてもらった。
シロちゃんクロちゃんは名残惜しそうに、イヴちゃんはなぜか照れた様子で突き飛ばしてきた。ミントちゃんだけはいくら言ってもスカートから出てきてくれなかったので引き続きそっとしておくことにする。
シロちゃんから治癒魔法をかけてもらって皆の体調を万全に整えた。
「さぁ、もうこんな所には用はないわ、脱出しましょう。クロ、昇降機を下げて」
いつもの顔と調子に戻ったイヴちゃんはクロちゃんになにやら指図した。
私たちはいまだゆっくりと上層を続ける昇降機の上にいる。
戦ったり抱き合ったりしていたせいでだいぶ上層のほうまで来てしまったようだ。
クロちゃんはこの動きを制御することができるんだろうか? コックリと頷くと昇降機の隅に飾られた作り物の花に向かって歩きだした。
その後ろ姿を見てはたと思い出す。
「あ、ちょっとまって。下げずにこのまま上がろう」
クロちゃんの背中を呼び止めると、「なんでよ?」とイヴちゃんが険しい顔になった。
私はみんなにロサーナさんのことを話したが、
「そんなバアさんなんてほっとけばいいでしょ」
ばっさり切り捨てられてしまった。
「え、えーっと、すぐすむから、ちょっとだけ、ちょっとだけだから、ね、付き合ってくれない?」
「ダメ、そんなのは認めないわ。首にナワつけてでも今すぐ帰ってもらうわよ」
イヴちゃんが続けて「みんなもそのほうがいいわよね?」と確認すると他のメンバーは一斉に頷いた。
「お、お願いです……お願いですっ……一緒に帰っていただけませんか?」
祈るようにひざまずき、すがるような視線を向けてくるシロちゃん。
「……帰る」
私をじっと見つめながら、一言だけつぶやくクロちゃん。
「いっちゃヤダァ!」
ドレスのスカートの中からミントちゃんの声がした。
「ハイッ、4対1で寄り道せずに帰るに決定ーっ!!」
すかさず高らかに宣言するイヴちゃん。
「ええっ、そんなぁ!? ちょっと待っ……」
「ツベコベ言ってんじゃないの! さあ、リリーを取り押さえるわよ!」
問答無用とばかりにイヴちゃんの号令がかかると、みんなが私を取り囲んだ。
し、しまった……まさかここまで反対されるとは思ってもみなかった。
みんなもっと軽い気持ち、いわゆる寄り道感覚でつきあってくれるかと思ってたのに……完全に想定外だ。
しかし私としてもこのまま引き下がるわけにはいかない。
なんとしてもロサーナさんを助けるんだ。そのためには仲間の協力は不可欠。
ちょっと自分勝手な気もするけど、ちゃんとお願いすればきっとわかってくれるはず!
……私はどうしても通したい要求がある場合、ふたつの手段を用いて説得する。
ひとつめは泣き真似。以前、夏休みの冒険をしたいって提案したらみんなから断られたんだけど、泣き真似で最終的に全員の承諾を得た。
ふたつめは駄々っ子。わめきながら地面を転がりまくって相手が折れるまでそれを続ける。ロサーナさんにやったやつだ。
これらを「説得」というかは微妙なとこだが、それなりに成功率は高い。
今こそふたつの説得術を駆使してみんなの気持ちを引き寄せようと考えたが……すぐに失敗を予感した。
みんなの目は本気だ。ちょっとやそっとの説得には屈しない意思の強さが感じられる。
おそらくここまで来るのに色々大変なことがあったんだろう。苦労の末ようやく私を見つけて目的達成したと思ったのに、その達成をフイにするかもしれない提案をしたんだ。
このまま脱出すれば全ては丸く収まる。だけど最上階に向かったらどんな困難が待ち構えているか想像もつかない。しかもそれで死んだりしたらまた私はみんなと離ればなれになっちゃうんだ。
こうなったら……個別にひとりずつ説得して、味方につけていくしかない。
まずはスカート内にいるミントちゃんだ。さっきから太ももを掴まれてるので歩きにくくてしょうがない。
ドレスの裾をまくりあげてみると木の枝にいるコアラみたいな彼女がいた。
目が合うなり「ヤダ!」とにべもない。
「ま、待ってミントちゃん、なら私と一緒に行こう? ミントちゃんが来てくれたら私、いっちゃわないよ。だから、ね、一緒に来て?」
「……? ミントがいっしょにいったらリリーちゃん、いっちゃわないの? ならいくー」
なんだかよくわからないが彼女的に納得がいったのか、あっさりスカートから出てきて寝返ってくれた。
よし、まずはひとり!
心の中でガッツポーズをしながら次のターゲットを見定めているとクロちゃんと目が合った。
流れで声をかけようかと思ったが、向こうがなにか言いたそうにしていたので彼女の言葉を待つ。
「……老婆は重要?」
唐突すぎる質問に「えっ」となってしまう。老婆というのはロサーナさんのことだろう。
「う、うん」
「……自分よりも?」
「えーっと、それはクロちゃんと比較してってこと?」
問い返すと顔が上下に揺れた。クロちゃんは自身のことを「自分」と呼ぶんだった。
質問の意図がよくわからないけど……いま重要視すべきという点では一緒にいるクロちゃんよりもひとりで助けを待っているロサーナさんの方だろう。
「どっちが重要かって聞かれたら……いまはロサーナさんかな」
「……」
「あっ、でも好きなのは断然クロちゃんだよ」
ほとんど表情は変わらないが、なんだか落ち込んだように見えたので急いでつけ加える。
「……」
この答えが求められているものかどうはわからなかったが、クロちゃんはそっと寄り添ってきた。
「ついてきてくれるの?」
カラクリ人形のような規則正しさでフードごしの頭が上下に動く。
「あ、ありがとうクロちゃん!」
なにがなんだかサッパリだが、納得してくれたようでよかった。
テストで当てずっぽうに答えたのにいい点をもらったような気分だ!
こうトントン拍子にうまくいくとなんだか気持ちが高揚する。
よぉし、この勢いで……!!
「シロちゃんっ!」
私は次のターゲットめがけてピョンと跳ねる。空中で足をたたんで彼女の足元近くに着地、そのままひれ伏した。
たったいま編み出した新技……フライング土下座!
「このとーり! お願いだから一緒に来てっ!!」
シロちゃんは基本的に頼まれたらイヤといえない性格。お願いすれば大体なんでも快く引き受けてくれるけど、そうじゃないとき私は土下座する。
そうすれば彼女はどんなことでも聞いてくれるのだ。コレをやって断られたことは未だかつてないから特効技といっていい。
子供の頃からのつきあいで培ってきたシロちゃんとのつきあい方のひとつ。
本人の気が進まないことををムリにお願いしてるみたいであんまりやりたくはないんだけど、今は手段を選んでいられない。
「えっ!? あっあっあっ、あのっ、そんなっ、お、お顔をあげてくださいっ」
床に額をこすりつける私を見て動転するシロちゃん。やはり効果はテキメンだ。
「一緒に来てくれる?」
「は、はい、ご一緒させていただきますから、どうか、どうかお顔を……」
「ありがとうシロちゃんっ!」
私は立ち上がりつつ彼女の両手を握りしめる。
よし、これで一気に形勢逆転っ! あとはイヴちゃんだけだ!!
グフフ………。
風にのって、どこからか笑い声が聞こえてきた。
それは風鳴りだったかもしれない。あまりにもささやかだったので他のみんなは誰一人気づいていないが、私の身体は冷水を浴びせられたように硬直した。
忘れもしない、その不気味な声……。
『不変のヴァンターギュ』……!!
あのときの恐怖が脳裏にありありと蘇ってくる。
肌をまさぐられるような不快感が全身を覆い、ずんと気持ちが沈む。
「あの……リリーさん、どうなさいました?」
心配そうなシロちゃんの声に我に返る。
「あっ、な、なんでもない。それより気が変わっちゃった。やっぱりこのまま降りて帰ろう」
平静を装ったが、声が引きつる。
驚くミントちゃんシロちゃんに「帰ろう」を繰り返すだけで精一杯だった。
よく考えたら今回ばかりはちょっとやそっとの危険じゃないんだ。
最悪、さんざん痛めつけられ嬲られたあと、ハリツケにされて一生苦痛を与え続けられる。しかもその後は魂を奪われて二度と復活できなくなるんだ……!
そんな危険すぎる冒険に、私のワガママで巻き込むわけにはいかない……!
だけど、だけどロサーナさんはほっとけない。
だから……いったんみんなを塔の入り口まで見送って、私ひとりでもう一度上まであがるしかないっ……!!
ハァ、と大きなため息が聞こえた。その吐息の主はイヴちゃんだった。
「……リリー、アンタっていつもそう」
いつもなら「なら最初からそう言いなさいっ!!」って怒鳴りつけてくるような局面のはずなのに、彼女が発したのはまるで独り言のように静かな声だった。
「えっ?」
「そうやって、自分のペースに持っていってまわりを巻き込もうとするの」
諦めにも似たその口調。そして図星のあまり私は押し黙ってしまった。
「黙ってないで、なんとか言いなさい」
「だって……みんなと一緒に行きたかったんだもん……」
叱られている子供みたいな気分になる。
「アタシが子供の頃も、さっきみたいにダダこねて城から連れだしたわよね」
「う、うん……」
「アタシの都合や迷惑、それこそ地位や立場も全然考えずにやりたいことをやって、後々まわりにいっぱい影響を及ぼしてるわよね」
たしかに子供の頃、お姫様であるイヴちゃんをお城から街に連れだしたことがある。そのせいでお城は大騒ぎになったんだ。
それは事実なんだけど……なぜイヴちゃんは今この状況で、昔のことを持ちだして私を責めてるんだろうか。
「ご、ごめん、イヴちゃん」
「謝ってすむことじゃないの。なんでなの? なんでアンタはそうなの?」
「だって、だって……」
鼻がツンと痛くなる。私は知らず知らずのうちに泣きべそをかいていた。
「だって何?」
「みんなといっしょじゃなきゃ、イヤだったんだもん! それに……みんなといっしょなら、なんでもできるような気がするんだもん!」
「そうね」
あっさり頷くイヴちゃん。急にいつもしているような険しい顔になった。
「だから約束なさい。これからもずっとそうするって」
「へっ?」
虚を突かれて、変な声が出る。
「アタシたちに変な気を使ってひとりでやろうだなんて少しでも思ってみなさい、承知しないわよ!」
叱られてしまったが、いつものイヴちゃんに戻ったのでむしろ私はホッとしてしまった。
涙がジワジワと溢れてくるのを懸命にガマンする。
私は最初、みんなとロサーナさんを助けたいと思った。だけどヴァンターギュの笑い声を聞いてみんなを巻き込んじゃダメだと思った。
そんな私の逡巡を、イヴちゃんは見抜いていたんだ。
「な……なんで? なんでわかったの?」
「バカね。アンタの浅はかな考えなんて、コッチはお見通しなの。ずーっと前からね」
得意気に胸をそらす彼女は、ツンツンしているけど本当はやさしいいつものイヴちゃんだった。
「アタシたちと一緒なら、なんでもできるんでしょ? なら地獄の底までつきあってあげるから、トコトンやってみなさい」
「みんなもそうよね?」と続けると、三者三様の賛同が返ってきた。
「ううっ……ありがとう、ありがとうみんな……ありがとうイヴちゃあん……」
こられていた涙がひとりでにこぼれる。ごまかすつもりで抱きつこうとしたが、「調子に乗るんじゃないの」とカウンター気味にデコピンをくらってしまった。
「い……イヴちゃんのいじわる~」
私は泣き顔を隠すように、床にしゃがみこんだ。




