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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
115/315

26

 オーク軍団はミントちゃんシロちゃんクロちゃんの連携攻撃でなんとか退けることができた。

 最前線でがんばってくれたミントちゃんは巻き込まれることもなく、余裕を感じさせる片手ぶらさがりで落ちていくオークたちを見送っていた。


 一気に形勢逆転。残るはゴブリンだけだ。

 さっきまで調子にのってイヴちゃんを蹴りまくっていたが、今は逃げようかどうしようか迷っているようだった。


 よしっ、このままアイツをやっつけて……、


「プギーッ!!」


 私の勢いづきかけた気持ちはヒステリックな叫び声によってかき消された。


 新手のオークが現れたのだ。マズい、増援か……1匹だけなのが不幸中の幸い。

 しかしさっきまで戦っていたオークたちと違い、ハリガネみたいに硬そうな茶毛が全身にびっしり生えたイノシシタイプのヤツだ。


 加勢が現れたことにより再び強気になったゴブリンはイヴちゃんいじめを再開。ミントちゃんを指さしながらギャアギャアと騒いだ。

 「仲間をやったのはアイツだ!」と言いつけたのか、茶色いオークはミントちゃんめがけて鼻息荒く駈け出す。


 ひょいと身軽に昇降台の上にのぼったミントちゃんは迎撃体勢をとる。

 両手をクロスさせて、グローブから鉄の爪をシャキンと飛び出させた。


 先が湾曲した猫爪を篭手に仕込んだ隠し武器。彼女はそれを移動補助だったり近接武器として愛用している。

 オークはミントちゃんが丸腰かと思っていたのか猫爪を見てぎょっとし、足元に落ちていたハンドアクスを慌てて拾い上げていた。


 ミントちゃんとオーク……まさしく大人と子供ほど体格差がある者どうしが対峙する。

 野太い腕で手斧をナイフみたいに軽々と振り回すオーク。それがかすっただけで身体が分かれちゃうんじゃないかと思うほどミントちゃんは華奢だ。


「がんばれーっ!! ミントちゃーんっ!!」


「が、がんばってくださぁーい!」


 私とシロちゃんが声援を送るとミントちゃんはこっちを向いて手を振ってくれる。

 敵はそのスキを見逃さず斧を振り下ろしてきて、彼女は「ひゃあ!?」と寸前でそれをかわす。


「こっち見なくていいから戦いに集中して!」


「はぁーい! ……にゃあっ!?」


 私のアドバイスにも律儀にこっちを向き、またもやスキを付け込まれていた。


 ……もうなにも言わないほうがいいかもしれない。口をつぐんで戦いを見守ることにする。


 オークは鳴き声とともにメチャクチャに武器を振りまくっていた。

 ひっきりなしに襲い来る刃、それらをすべて軽快ステップでかわし続けるミントちゃん。盾もないのに全ての攻撃をさばいているのはさすがだ。


 敵の身体が大きく泳いだスキを狙いって反撃もしているが、ヒットしても獣毛が飛び散るくらいのダメージしか与えられていない。

 実はミントちゃんはあまり攻撃が得意ではない。卓越した身体能力があるといってもまだ子供。パワーがないのだ。


 ちなみに我がパーティメンバーを攻撃力順に並べると、


 イヴちゃん > クロちゃん > 私 > ミントちゃん > シロちゃん


 というカンジになる。イヴちゃんの攻撃はほとんど当たったためしがないのでイヴちゃんとクロちゃんは逆でもいいかもしれない。


 ともあれパワーは圧倒的にオークのほうが上だ。

 しかも、よけられまくって毛を刈られまくってもなお戦意喪失することも疲れることもなくミントちゃんに挑みかかっている。


 ガッツやスタミナという点でも敵側有利といったところだろうか。

 ミントちゃんは持久力もなさそうだからこのままじゃマズいかもしれない。


 なんとか彼女の手助けをできないだろうか……でも下手に声をかけるとまたこっちを向いちゃう。

 どうしようか迷っていると、意外なところから声が飛んだ。


「み……ミントっ! 右よ! 右へ回り込みなさいっ!」


 苦しそうに激を飛ばしたのはイヴちゃんだった。


 いまミントちゃんは昇降機にあいた穴を右手にしてオークと対決している。

 そこで右に回りこむということは穴を背にすることになる。


 なぜそんな窮地に立たせるようなアドバイスを? と思ったが、


「はぁーいっ!」


 ミントちゃんは疑う様子もなく元気に承諾した。だけどすぐにこっちを向いて、


「みぎってどっちー?」


 ……そうだった。ミントちゃんは東西南北や左右といった単語は知っているが、それがどの方向を表すかはわからないんだった。

 問われたイヴちゃんは言葉に詰まる。


 左右をわかりやすく教えるためのいい例えを探しているようだが、そんなにすぐに出てくるわけもない。私も一緒になって考えてみたがさっぱりだった。


「お、お箸を持つ方の手ですっ!」


 そう叫んだのはシロちゃんだった。実にわかりやすい例えに感心する。

 ミントちゃんも即理解できたようで、オークの一撃をすり抜けるようにして右手側から側面に移動した。


 三人のナイスなコンビネーション……しかし喜んでばかりもいられない。自ら崖っぷちに立つ状況になったのだ。


「そこで挑発するのよ!」


 次なるイヴちゃんの指示が飛ぶ。


「ちょうはつってなーにー?」


「か、からかうことですっ!!」


 打てば響くようなシロちゃんのサポートにニコッと笑うミントちゃん。戦いの最中とは思えないほどのいい笑顔。

 くるりと反転したかと思うとオークにお尻を突き出してフリフリしだした。


「へっへーん、こっちだよぉーっ!」


 人間の大人だったら怒って追いかけてきそうな、それともカワイイから許しちゃいそうなイタズラっ子ポーズで挑発する。

 モンスターにもそれは通じたのか、ブヒッと鼻息荒くしてオークは大きくふりかぶり突進してきた。


「背中に回り込んで!」


 イヴちゃんの声に「ほいっ!」と返事しつつ、突っ込んできたオークを伸身宙返りで飛び越えるミントちゃん。

 自分の身長より遥かに高い相手をやすやすと跳躍する、新体操みたいな技……!


 ツヴィ女の新体操部で似たような技をやってるのを見かけたことがある。でもかなり助走をつけてやっていた。

 それを彼女は走りこみ一切なしでやってのけたのだ……!!


 追いつめられていたはずの状況があっさり一転、勢いあまったオークは穴のフチでバランスを崩している。

 既視感のようなシチュエーション。最後の指示はもちろん、


「突き落としなさいっ!!」


「どーんっ!」


 かけ声とともに無防備な背中を両手で押すミントちゃん。

 それは普段のオークにとっては恐れるに足らぬ非力なものであったが、フラフラしているとこに加えられた一撃となると話は別。


 ブギャアァー! と悲痛な叫びとともに、茶色の毛むくじゃらは深い穴へと落ちていく。


「あんぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 上書きするように響き渡ったのはオークの断末魔かと思ったが違った。この激辛料理を食べた鬼神みたいな大絶叫……イヴちゃんの闘気術っ!?


 直後、私の身体が力まかせに引き上げられ、乱暴に昇降機の床に叩きつけられた。

 イヴちゃんが気合を振り絞って私たちを引き上げてくれたんだ……!!


 イヴちゃんをいじめていたゴブリンは闘気術に腰を抜かし、這い逃げているところだった。

 そんなことよりイヴちゃんは……!? とあたりを見回すと、フチにかけた手が今まさに落ちようとしているところだった。


 私はあわててその手に飛びついて、シロちゃんクロちゃんの力も借りてなんとかイヴちゃんを引き上げる。勢いあまってそのままみんなで尻もちをついてしまった。


 もう上にあがっているというのに白黒コンビは私にくっついて離れようとしない。シロちゃんのほうを見ると潤んだ瞳のままずいっと顔を近づけてくる。


「どこかお怪我はありませんか? お食事はちゃんと取られてましたか? ちゃんとお休みになられてましたか? 私、心配で心配で……」


 言ってて感極まったのか、せきを切ったように泣き出してしまった。


「ご、ごめんねシロちゃん……心配かけて」


 私は彼女を抱き寄せ頭を撫でた。髪の分け目に顔を埋めると優しい香りがした。シロちゃんのニオイだ。

 しばらくそうしたあと、顔をあげると今度はクロちゃんと目があった。


 思わず息を呑んでしまった。クロちゃんも泣いていたのだ。


 シロちゃんはわりと泣き虫なところがあるのでともかく、クロちゃんの涙を見るのは滅多にないことなのでドキッとしてしまう。


 シロちゃんは擬音にするとハラハラとかホロホロというのが似合いそうな、泣き方まで控えめというか上品なのだが、クロちゃんはツゥーとかタラーとかそういうカンジ。まるでウサギが泣いているのかと思うくらい表情を変えずに落涙するのでかえってインパクト大だったりする。

 でも私のためにレアな涙を流してくれるなんて、嬉しさと同時にそこまで心配させて申し訳ないと思い、クロちゃんも抱きしめる。


 私はイヴちゃんに会ったとき涙が枯れるほど号泣した。もう一年分くらいは泣いたかなと思ったけど、シロちゃんクロちゃんにつられてまた泣いてしまった。

 涙もドバドバは出なかったけど、それでもボロボロくらいはこぼれた。


 寄り添って泣く私たちを見て「なんでないてるのー?」とミントちゃんは不思議そうだった。

 涙声のシロちゃんが、いつものようにわかりやすく説明すると、


「えっ!? リリーちゃんいなくなっちゃうの!? いなくなっちゃやだ!!」


 と遅まきながら首に抱きつかれハグされる。ポニーテールが鼻をこちょこちょくすぐってくしゃみが出そうになったが、大好きなミントちゃんのニオイ、天日干しした布団みたいな香りが堪能できて嬉しくなった。


 ちゃんと状況を理解してないのか、それともなにか誤解してるのか、ミントちゃんはヤダーヤダーと駄々っ子のようにわんわん泣いている。


「み、ミントちゃん……もう心配ないから泣かないで。ね、いい子だから」


「いい子じゃないもん、リリーちゃんいなくなるなら、いい子じゃないもん!」


 ミントちゃんはまだ私がいなくなるんじゃないかと思い込んでいるようだ。ドレスの中に潜り込んだかと思うと太ももにつかまって離れなくなってしまった。


 大きな誤解をされちゃったけど、いま説明しても聞いてくれなさそうだ。

 泣き止むまでそっとしておこう。


 あとはイヴちゃんと再会の喜びを分かちあおうとしたが、全ての力を使いきっちゃったんだろう、彼女はぐったりしたまま動かなかった。

 仰向けのまま天を仰ぐその顔はゴブリンにやられたのか真っ赤に腫れあがり、ボコボコになっていた。


 私はみんなをしがみつかせたままイヴちゃんのもとに這っていくと、そのまま覆いかぶさった。


「ありがとうイヴちゃん」


 私は怒られるのを覚悟で彼女を力いっぱい抱きしめる。

 うなじに鼻をくっつけると、いつもの石鹸のイイ香りが広がった。


 普段こんなことをすると確実に殴られるのだが、今回は特に反発はなかった。


「……いまだけよ」


 イヴちゃんは息も絶え絶えにそれだけ言うと、ギュッと抱きしめかえしてきてくれた。


 ついに私は仲間たちと再び相まみえることができた。

 別れていたのはたった数日のことであるが、永遠とも思える長さだった。

 それは、みんなも同じだったらしい。


 私たち五人はそうやって、ひとしきり抱き合ったままでいた。

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