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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
114/315

25

 二度目の落下。今度は引きずり込まれたわけじゃなく、自らの意思で。


 モモンガみたいに大の字に身体を広げると、風が、空気が、形となってぶつかってくる。

 長いスカートが激しくたなびく。前のドレスみたいに裾を短くしてくればよかったと後悔する。


 同じような構造のフロアが断続的に迫っては過ぎていく。床の穴を落ちているというよりも、輪っかをくぐっているような気分になる。


 不思議と恐怖はなかった。罠やモンスターの手によって落とされたわけじゃなく、自らの意思で飛び込んだからだろうか。

 なんというか、もうどうにでもなれ! っていうカンジだ。一刻も早くみんなの元に行きたくて、感覚がマヒしてしまってるのかもしれない。


 少したって、前方にポツンと白い点が見えた。夜空の星のようなそれは落下するにつれだんだん大きくなっていく。


「み……みんなっ!!」


 昇降台の上で、いままさにモンスターたちと交戦しようとするイヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃんの姿が見えた。

 相手は……ゴブリン1匹とオーク4匹と、あとひときわでっかいのが1匹。


 悪食トロールの死体の上に落ちたかったのに……いつのまにか消えてる。


 ……そうか、よく考えたら死んだモンスターって黒い霧になって消えちゃうんだった……! すっかり忘れてた!!

 こ、こうなったら……あのでっかいのの上に落ちて少しでもダメージを与えて……みんなを援護するしかないっ!!


 昇降機の中央にいるボスモンスターを観察する。

 全身は岩に覆われてるみたいですごく硬そう。いまの私の武器は鉄棒のみだけど……通じるんだろうか。

 しかしよく見ると頭の上のお皿みたいになってるところだけ色が違う。なんだか柔らかそうだ。


 頭の上を攻撃するなら……フライング兜割りしかない。

 ロサーナさんには防がれちゃったけど、この状況なら……イケるっ!


 迫り来る戦場。

 鉄棒を大上段に構えると気持ちが高揚してきた。突風を受け続けているような状況なのに、身体が火照ってくる。


 ……この高さからの飛び降り、期待していたクッションはない。

 数秒後にはどうなってるかわからない。くしゃくしゃになってるかもしれない。


 だけど……そんなことはどうでもいい!

 いまは……この一撃にかけるっ!!


「くらえぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 自分が竜であったなら、口から炎が噴出していたであろう咆哮。

 熱い怒声を吐き出しながら、いっきに振り下ろす……!


 渾身の一撃が放たれたその瞬間、なぜか……水の中にいるかのように時間が遅く流れているように感じた。


 水面に背びれを出して進むサメのように、ゆっくりと空を裂く鉄の棒。

 いかつい顔のモンスターと目が合う。殺気に満ちた血走った目が驚いたように見開き、黄ばんだ牙が生える口をあんぐり開けていた。


 まさか空から人間が降ってくるなんて……! みたいな顔だ。

  だけど、今更気づいてももう遅いっ……刀身はすでに、お前の脳天をカチ割るところだっ……!!


 刹那、スイカ割り遊びで芯をとらえられたスイカのように、頭の皿が破裂。黄色い液体とともに臓物が噴出した……!!


「グギャォォォォォォォォォォォン!!!!!」


 耳をつんざく断末魔の悲鳴。あたりの空気がビリビリと震えるほどの衝撃。

 私の倍以上ある身体がぐらりと揺れ、倒壊するように仰向けに倒れはじめる。


「や……やったっ!!」


 は、初めて実戦でキマった! しかもこんな強そうなモンスター相手に!!

 仲間のピンチに颯爽と現れ、強敵を一撃で葬る……! まるで勇者みたい!!


「……リリーっ!?」


 今まさにモンスターに挑みかかろうとしていたイヴちゃんは、まるでフライング兜割りを喰らったかのように目と口を見開いて仰天。


「リリーちゃんだー!!」


 諸手をあげてポニーテールもピンと立たせる、彼女にとっての最大級の歓迎ポーズをするミントちゃん。


「り、リリーさんっ!!」


 まるで夢でも見ているかと、黒目がちな瞳をぱちくりさせるシロちゃん。


「リリー……!」


 クロちゃんがこんなに大きな声で私を呼んでくれたのは、初めてのことだった。


「み……みんなぁーーーっ!!!」


 そのままカッコよく着地して仲間の元に駆け寄ろうと思ったが、地に足がつくより早く……陶器が割れるように、足元が砕け散った。


 兜割りの衝撃に昇降台が耐え切れずに底が抜けたのだ。

 私が着地できなかっただけでなく、乗っていたみんなやモンスターも、落とし穴に落ちるみたいに一緒に沈んでいく。


 不意にドレスの襟がガッと引っ張られた。落下が止まる。


 ラッキー! 何かに引っかかった!? 咄嗟に側にいたシロちゃんとクロちゃんを両手で抱き寄せた。

 続いて落ちてきたミントちゃんを両足でカニばさみにしてキャッチ。


 全身で感じる、みんなの感触……シロちゃんの胸の豊満さ、クロちゃんの腰の細さ、ミントちゃんのぷにぷにさ……!! 懐かしい抱き心地に涙が出そうになる。

 って、それどころじゃなかった! あとはイヴちゃん……! イヴちゃんはどこっ!? と思って見回したが、イヴちゃんの姿がない。


「お……重いわよっ、アンタ……!!」


 背後から声が聞こえた。首だけ捻って後ろを向くと、片手で私の襟首を握りしめ、残った片手でドーナツ状になった昇降台のフチを掴むイヴちゃんがいた。


「な……ナイス!! イヴちゃんっ!!」


「ナイスじゃないわよっ……この状況……なんとかなさいっ!」


 苦しそうなイヴちゃん。いくら彼女が力持ちでも女の子4人を片手で持つのは大変そうだ。


 対面には私たちと同じような体勢でぶら下がるオークとゴブリンの姿が。でっかいのは落ちていったようだ。

 オークたちはブヒッ! ブヒッ! とこっちを威嚇している。両手の自由のきくオークはポケットから石を取り出してこちらに投げだした。


「あいたっ!?」


 飛んできた石がガツンと頭に当たる。私だけじゃなくて皆にもガンガン石がぶつけられてる。

 上にあがる前にアレをなんとかしないと!


「こっちも何か反撃できない!? クロちゃん!」


 しきりに私の顔に頬ずりしているクロちゃんに尋ねると、「触媒がない」と耳元で囁かれた。

 魔法を使うためには『触媒』と呼ばれる道具が必要だ。

 形状は様々なんだけど、私の場合はママからもらった『勇者のティアラ』がその役割をしている。

 クロちゃんはいつも持ってる木製の両手杖なんだけど……たしかに彼女の手にはそれがない。


 触媒は大事なものなので無くすなんてとんでもないことだが、クロちゃんは動じる様子がなかった。

 オークが投げてくる石がぶつかっても私へのスキンシップのほうが重要といわんばかりに頬をこすりつけてくる。


「そ、そうだ、ミントちゃん! スリングショットで反撃して!」


 私の太ももに挟まれたミントちゃんは飛んでくる石を受け取っては投げ返していた。キャッチボールかなにかと勘違いしているようだ。

 呼びかけに対して顔をあげたミントちゃんは「あそこ~」と指さした。示していたのは昇降機のフチに置き去りにされたスリングショットだった。クロちゃんの杖とともにうまいこと引っかかっている。


 あちゃぁ……ふたりとも持ってた武器を落としちゃったのか……。


「はっ、早っ、くっ、なんっ、とかっ、しなっ、さいっ! リリっ、イっ!」


 ビブラートがかかった叱責が降りそそぐ。

 イヴちゃんは投石だけでなく、いつのまにか昇降機の上にのぼったゴブリンから踏みつけ攻撃を受けていた。

 ゴブリンはサディスティックな笑みを浮かべて足蹴を楽しんでいる。うす汚れた足裏がイヴちゃんの頬にめりこむたび、震えた声が漏れる。


 下級モンスターに顔を踏みにじられるなんて、プライドの高いイヴちゃんにとってはガマンならないことだろう。

 それでもかなりのがんばりを見せてくれている。けど……長くはもたなさそう。早くなんとかしないと!!


「ミントちゃん……ここからオークたちのほうに飛び移れる?」


 こういう時に頼れそうなのは彼女の身体能力だ。「れるよ~」とあっさりした答えがかえってきた。

 その返事のとおり、難なくこなしてくれそうだけど……かなりの賭けでもある。


 しかし……そうこうしている間にもイヴちゃんは消耗している。迷ってるヒマはないっ!!


「ミントちゃん、私の足首につかまって! ぶらぶらさせるからオークのほうに飛び移って!」


 アバウトな指示ではあったが、ミントちゃんは公園の遊具で遊ぶ子供のような素直さで私の足首を掴み、宙ぶらりんになった。

 「いくよ」と合図をし、私は身体を振り子のように前後に揺り動かす。


「な、なにしてんのよっ!? 暴れんじゃないわよっ!!」


 イヴちゃんの抗議はもっともだ。上では蹴られ、下では暴れられちゃたまったもんじゃない。


「ご、ごめんイヴちゃん! すぐ終わるから、ちょっとだけ辛抱してっ!!」


 だけどこれがイヴちゃんを、ひいてはみんなのピンチを救う一手になるはずなんだっ……!!


 釣り上げられたエビのように身体めいっぱいしならせ、ミントちゃんをスイングさせる。

 この勢いと、彼女の跳躍力があれば……イケるっ!!


「い……行ってっ! ミントちゃんっ!!」


「ほーいっ!!」


 返事とともにミントちゃんは振り子から勢いよく飛び出した。華麗に空中回転し、向こう岸のオーク軍団に掴まる。

 まるでサーカスの空中ブランコを見ているような……見事な軽業!


 いきなり飛び移ってきたミントちゃんに対しオークたちは殴り落とそうとするが、飛んでくる矢も難なくかわす彼女に当たるわけがない。

 オークたちを梯子がわりにしてするすると上までのぼったミントちゃんは一番上でフチを掴んでいるオーク、私たちでいうところのイヴちゃんに相当するオークをくすぐりはじめた。


「こちょこちょこちょこちょ!」


 はしゃぎながら、持ち手となっているほうのワキをさわさわしている。

 モンスターにくすぐりって効くんだろうか……と疑問はあったがほどなくして、プギーと吹き出すオーク。


 わ……笑った!?

 モンスターにも「くすぐったい」っていう概念があるのか!


 上空で展開される振り落とし合戦。力ずくで無理矢理、かたや笑わせて脱力させる……対極の方法がぶつかり合う。

 蹴りまくられて、イヴちゃんの手が少しずつ、ほんのわずかではあるもののフチから離れていっているように見える。

 くすぐり攻撃のほうもかなり効いているようだが、身をよじりながらもオークは手だけは離そうとしない。敵ながらあっぱれだ。


 ぶら下がっているオークたちは投石のターゲットをイヴちゃんに絞り、集中攻撃してきている。

 こっちもただ指をくわえて見ているだけじゃなく、笑いを増幅するような援護はできないか……!?


「そ、そうだ……シロちゃんクロちゃん! 変な顔して! 変な顔してオークを笑わせて!」


 私は両脇にかかえているふたりを抱き寄せ耳打ちした。


「は、はいっ。変な顔……ですか?」


 説明が悪かったのかそれとも気が進まないのか……シロちゃんは不安そうに眉根を寄せた。


「そう。子供のころニラメッコやったよね? そのときの顔してみせて!」


「か、かしこまりましたっ」


 シロちゃんは緊張気味に身体を強張らせる。瞼を閉じ「あのときのリリーさんのお顔、あのときのリリーさんのお顔……」と唱えだした。

 おそらく昔の記憶……子供の頃ふたりでニラメッコで遊んだ時のことを呼び覚まそうとしているんだろう。


 別に私の顔じゃなくてもいいんだけど、とっておきの変顔を披露したときシロちゃんはうずくまるほど笑ってくれた。

 「は……はしたなくてすみません……こんなに笑ったのは生まれて初めてです」と泣き笑いしていたから、ニラメッコの顔として強く印象に残っているんだろう。


 やがてカッと両眼を見開くと、なにかを確信したように頷く。

 そしておもむろに、整った顔に白魚のような指を這わせてグッと引っ張った。


 その瞬間、顔の面積が二倍くらいに広がる。

 てっきり恥ずかしがって申し訳程度の変顔をするかと思ったが容赦ない。これでもかと自分の顔を引っ張って歪めている。


 普段の楚々とした彼女からは想像もつかない変貌っぷりに思わずゴフッとむせてしまった。


 大人しい彼女のこんな顔を見れるのは貴重だ。それに私のとっておきより何倍も面白い。

 オーク達にも通じたのか一斉にプギャーと爆笑する。ミントちゃんまで手を止めて笑っている。


 みんな身体をよじるほどウケてくれて、その拍子に揺れたおかげで頂上のオークの手がフチからだいぶ離れた。


 よし、いいぞ……! あともうひと息! 間髪いれず追撃だ!!


「クロちゃんも変な顔して! お願い!」


 ローブを深くかぶったままオークたちを眺めていたクロちゃんは私の言葉にうつむいてしまった。

 拒否されちゃった……かと思ったが、少ししてまたぱっと頭をあげる。


 クロちゃんの顔を見たオークたちは、あんなに笑っていたのに急に静かになった。


 ……。


 …………。


 ………………。

 

 しばしの静寂のあと、


 ブギャアァァァァァァァァーーーーーッ!?!?!?


 オークたちが一斉に破顔する。

 抱腹絶倒とも阿鼻叫喚ともつかぬ声を響かせながら、ついに穴の中へと落ちていった。


 や、やった……よくわかんないけど、すごい破壊力だ……!!


 喜びと同時にクロちゃんは一体どんな変顔をしたんだろうと疑問がわきあがってくる。

 ローブをかぶっているせいでこちらからは見えない。


 首を伸ばしておそるおそる覗き込んでみたが……遅かった。彼女は無味無臭を体現しているかのようないつもの顔に戻っていた。

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