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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
112/315

23

「リリーに再会できたらちゃんと説明するわ。だから今は黙ってアタシの言うとおりにしなさい」


 いまはリリー救出に専念したかったアタシはきっぱりと言う。

 質問を許すつもりはなかったが、気迫に押されたのかみんなは黙って頷く。


 スーとノワセットは手紙を届けるべく、ハスレイの村へと戻っていった。

 モンスターよけの香はスーと一緒になくなってしまったがなんとかなるだろう。


 シロは額のキズが気になってしょうがないらしく「せめて血だけでも拭かせていただけませんか?」と懇願されたので承諾する。

 純白のレースのハンカチが汚れるのもいとわず拭かれたあと、傷口にガーゼを当てられその上から別の新しいハンカチを額に巻かれた。

 この子はケガ人を見るとほっとけないタイプだ。なんだかんだいってけっきょく治療されてしまった。


 四人になったアタシたちは岩山を降り、本来のルートであったヤブの中を進んだ。するとあっさりとクリスタルパレスの入り口を見つけることができた。


 塔の周囲は庭園だったのか高い木などはなく大きく開けており、急に見通しがよくなったせいでクリスタルパレスが突如として現れたように感じる。

 天を突くほどの高さと、その身を飾る水晶の外壁。岩山の中腹から見た時は女王のようだったが、下から見上げると天に登るエメラルド・ドラゴンのような迫力。


 アタシが初めて見たときのように、皆は息を呑む。

 

 かつては華やかな庭園だったのだろう。噴水や花壇が幾何学模様のように並んでいた。

 しかし噴水は枯れ干からび、花壇には雑草があふれかえっている。


 奥に見える巨大な玄関ホールの扉は開け放されたままサビつき、もはやオブジェと化していた。

 開放された塔のエントランスは廃墟のわりに明るい。壁がクリスタルできており日光が差し込むせいだろう。


 目視ではモンスターの姿は確認できなかったので、先に進むことにした。


「よし、行くわよ」


 背後から「おー!」というミントの声と「は、はいっ」というシロの声がする。

 アタシは先陣をきって荒れ果てた庭園を横断し塔の中へと入っていく。


 ただただ広い空間。馬車でそのまま乗り込めるようにしてあるのか天井も異様に高い。


 外から見た塔内は絨毯が敷かれていたがこの1階は石畳。いろいろと美術品などがあったようだが持ち出されたようで、なにもなく殺風景。

 床もボコボコ。おそらく価値のあるものが埋め込まれていたが掘り返されたのだろう。


 あたりには階段どころかハシゴすらもなく、上にのぼるための手段は見当たらない。

 天井には大きな丸い穴があいており、同じ調子でずっと上までつづいている。きっと昇降機が通るための穴だろう。


 となると……どこかに昇降機を呼ぶための仕掛けのようなものがあるはず。


「みんな、上にあがるための仕掛けがないか手分けして探して」


 呼びかけると、真っ先に飛び出したのはミントだった。

 広いホールを笑いながら駆けまわりはじめる。探すというよりはしゃいでるだけだ。

 シロは何をしていいのかわからないのかオドオドどあたりを見回すばかり。クロも棒立ちのままだ。


「ちんたらやってんじゃないわよっ! さっさと探しなさいっ!!」


 イラついたので怒鳴ってしまった。


「イヴちゃんさっきからこわい~」


「すっ、すみませんっ……かっ、かしこまりました……で、でも……どうやって探してよいのか……」


「……」


 走るのをやめずミントは不満をたれ、シロは怯え、クロは依然として立ち尽くしたまま。


「なんでもいいからさっさとしなさいっ!! やらないとブッ飛ばすわよっ!!!」


 焦りからくるイライラが止まらない。八つ当たりするように頭ごなしに怒鳴りつける。

 拳をかかげて威圧するとミントは渋々、シロは飛び上がって、クロは緩慢に捜索をはじめた。


 アタシはみんながサボらないように見張る。そのついでに床を足で踏んで調べてみたが、特に何の手がかりもない。


 ふとクロのほうを見ると壁のほうで何やらやっていた。

 背後から近づいてみると壁につけられた伝声管らしきものに向かって話しかけているところだった。


「……あなたはだんだん、昇降機を降ろしたくなる……1階まで……」


 管の向こうからは「ふにゃあ~」と幼い声が聴こえてくる。


「なにやってんのよ?」


「制御室にいる人物に、昇降機を降ろすよう依頼した」


 依頼っていうより催眠術をかけてるみたいな口調だったけど……でも伝声管でやりとりできる人物がいるということは……。


「リリー以外の人間もこの塔にいるってことね」


 クロは無言で首を上下させる。

 よく考えたらリリーはさらわれたんだ。なら同じ場所にさらった一味がいてもおかしくない。


 しばらくすると、ゴトンゴトン音をたてて昇降機が上から降りてきた。


 制御室の人物がクロの言うとおりに操作したんだ。

 マトモな思考の持ち主なら正体のわからない人間を招き入れるなんてしないはず。

 やっぱりあれは催眠術だったんだ……伝声管ごしに催眠術をかけて昇降機を操作させるなんて……あの子いつのまにそんな技能を……。


 8本のチューブで宙吊りにされた昇降機は移動するためのものとはいえ過度に装飾され、大輪の花を模した飾りがついていた。まるで舞台装置のような大げさな派手さがある。

 とはいえ今は荒れ放題で、昇降台の中央はなにか重いものがぶつかったみたいにへこんでおり、ヒビが入っている。周囲にはかつてソファやテーブルであったであろう破片が散らばっている。その上にはねばねばしたヘドロみたいな液がぶちまけられていた。


「……なにコレ?」


 生臭さに顔をしかめていると、杖で粘液を突いていたクロが「モンスターが死亡した形跡」とつぶやいた。


 リリーがそうであったように、冒険者が殺されると青い光となって昇天する。

 逆に闇から生まれたモンスターは殺すと黒い霧となって煙のように空へとたちのぼる。

 殺された冒険者が聖堂で復活するように、モンスターも同じように特定の施設で復活するのではないか、という学説がある。

 それが事実であればモンスターの根源ともいえる魔王との戦いにおいて、膠着を打ち破る大きな一手となるだろう……と注目されているが、いまのところ証明されていない。


 昇降機に乗り込むと、クロは吊っているチューブに飾られた花にに向かってボソボソとやりはじめた。

 どうやら造花に見えたのは伝声管のようで「あなたはだんだん昇降機をあげたくな~る」と囁きかけている。


 ふた呼吸くらいの間を置いたあと……ゆっくりと昇降機が上昇しはじめた。

 こういうところの昇降機ってのは振動もなく静かにのぼっていくものだが、手入れがされていないのか揺れるし軋むような作動音がする。


 乗り心地は良くなかったが、アタシたちはついに塔の内部へと入ることができた。

 二階より上のフロアの構造は模写したように同じで、それがずっと続くものだからなんだか同じところをぐるぐる回っているような気分になる。

 唯一異なるのは一面の水晶壁からの景観なのだが、上昇がだいぶゆっくりなので違いがわかるのはもう少したってからだろう。


 最初はあちこち見回っていたミントも変わらない風景に退屈したのか「なんだかねむくなっちゃった~」とシロにしなだれかかっていた。


 途中の階には用はない。リリーが言っていた「死んでも屋上にある聖堂に戻される」と。

 ならば目指すは最上階のみ……はやる気持ちと裏腹に、トロい昇降機にイライラしてくる。


 貴族っていうのはちょっとした移動中でも茶を飲もうとする。

 この昇降機に乗ってるときもソファに座って景色を楽しみながらノンビリと茶を飲んでたんだろう。

 移動がこんなにゆっくりなのも、茶がこぼれないようにするための配慮だ。……まったく、くだらない。


 伝声管に向かって「シャキッとしないさいっ!! ダラダラしてないで速度をあげるのよっ!!」と喝を入れてやりたい気持ちにかられるが、それをやると催眠が解けてしまうのでぐっとこらえる。


「ギャア! ギャア! ギャア!」


 沈黙を打ち破る絶叫がこだました。

 ちょうどさしかかったフロアの隅で、アタシたちを発見したゴブリンが興奮して飛び跳ねている。


 ゴブリンはああやって叫びまくって仲間を呼ぶ。

 まったく……うっとおしい! 思わず舌打ちしてしまう。

 騒ぐ声を聞きつけてやってきたのはオークの集団だった。


 オーク……凶暴になった豚みたいな顔の大柄なモンスター。肌も豚みたいにピンク色で産毛のみ生えていて、いかつい顔に似合ってなくて気持ち悪い。

 破壊と殺戮を好む好戦的な性格で、ようはモンスターとしては月並みの下等生物だ。


 そんなザコを相手をしているヒマはないのだが、昇降機がのろいせいであっさりとあがりこまれてしまった。 

 昇降機をふたつに分かつように対峙するアタシたちとモンスター。


「さっさと片付けるわよ!!」


 背中から愛用の大剣を抜き構えをとる。皆も武器を構えて戦闘体勢に入った。


 相手はゴブリン1匹とオーク4匹。数でいけばたった1匹差だ。この程度なら……全部アタシがぶった斬ってやる……!

 闘気術で先手をとろうと息を吸い込んでいると、オークたちの背後から巨大な影がぬぅと姿を現わす。


「ごほっ……何……コイツ!?」


 予想外の増援に、せっかく肺にためた息を吐き出してしまった。


「ふわぁ~!」


 目を真ん丸にするミント。


「お……おおきい……ですっ」


 震えながらつぶやくシロ。


「……オーガ」


 全く動じることなく冷静にその名を呼ぶクロ。


 オーガ……岩のように固い肌をした大きめの人型モンスター。実物を見るのは初めてだが、でかい。

 オーク1匹ですらアタシたち3人分くらいの体積があるっていうのにオーガはオーク3匹分くらいの体積がある。


 ゾウみたいなぶっと足で歩くたびにズシンズシンと音がする。その足音でオーガが来たことに気づいたオークたちはさっと横にずれて道を開けた。

 扱いを見るに、オークたちのボスなんだろう。


 昇降機の中央に陣取ったオーガは、まるで船の錨みたいな巨大なモーニングスターを頭上で振り回しはじめた。

 定員オーバーなのか、上空でブンブンいう鉄球にあわせて足元がミシミシと悲鳴をあげている。


 まずい。こんな狭いところであんなバカでかいのを振り回されたら誰かしらに当たる。オークどもが被害を受けるならいいけど、シロやクロなんかはカスっただけでも大きなダメージを受けるかもしれない。


 昇降機を降りればもっと戦いやすくなるはず……だけど戦いに気を取られて乗り過ごしてしまったら終わりだ。


 なら……鉄球が振り下ろされる前にデカブツをぶっ殺すしかないっ!!

 リリーはこんなヤツらを相手にひとりで下まで降りてきたんだ。だったら……今度はアタシがリリーを迎えにいく番だっ!!!


「ぬんどりゃあああああああああああああああああああーーーーーーーーっっっ!!!!!」


 アタシのありったけの怒声が、塔を揺らすほどに響き渡った。 

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