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昨日はよく眠れたし、朝食もおいしかった。いま私は昇ってくる太陽を見ながら、畑に立っている。今日は暑くなりそうな気がする。
畑は崖の上の木々を開墾した形で作られており、崖からの見晴らしは良いがその反対側は深い森となっている。畑の広さは二十メートル四方くらいで、柔らかい土からはもさもさした葉っぱが生えている。この下には『ウサギまっしぐら』というブランドニンジンが埋まっているのだろう。
今日の任務はこの収穫を控えたニンジンたちを、ウサギという名のモンスターから守り通すことだ。楽な依頼かと思っていたが、現地についてからその考えは打ち砕かれた。そこそこの面積の畑がひとつあって、それを五人で守るのかと思っていた。しかし実際は畑が五か所にあり、それぞれが離れた山あいに位置しているので、そこそこの面積の畑をひとりひとつづつ守ることになってしまった。
一日で五万ゴールドも貰える理由が、ようやくわかった気がした。
私は遠巻きに見ているウサギたちに警戒しながら、双眼鏡を取り出す。私が担当している畑は一番高い位置にあり、崖から他の畑を見下ろす形となっているのでみんなの仕事ぶりを確認することができる。おとといの晩、寮の自室でアルバイトに持っていく荷物をまとめているときに、双眼鏡を入れようかどうしようか迷ったが、入れることにした自分の判断力を自賛しながら私は双眼鏡を覗いた。
山肌をなぞるようにして畑を探していると、なにかが横切った。追ってみるとそれはミントちゃんだった。彼女は楽しそうに畑を走っており、ウサギたちを追いかけまわしていた。時折追いついたウサギを捕まえては、畑の外に放り投げる。そして次のターゲットを定め、また走り出す。
「……ウサギって、走って捕まえられるんだ……」
彼女の身体能力の高さに驚かされたが、よく見るとそれだけではないようだった。
スピードからいって全力疾走だと思っていたが、追いかけている時点ではまだ全力ではなかった。ウサギとの距離が縮まった時点で身体のバネを活かし、急加速して一気に捕まえるという、二段階のスピードを使いわけていた。それにより、体力の消費を抑えているのだろう。
あれは、何という走り方なんだろうか。まともな答えが返ってこないかもしれないが、今度聞いてみようと思った。
他のみんなの事も気になってきたので、双眼鏡を動かして探してみた。すると、畑の真ん中にどっしりと立つイヴちゃんがいた。
「……あれは、銃?」
わざわざ持ってきていたのだろうか? 彼女はぴんと伸ばした背筋で長銃を構えている。銃床を肩に押し当て顔を近づけて、離れた場所にいるウサギに狙いを定めていた。
「……サマになってるなぁ、銃の扱いに慣れてるのかな?」
さすがお嬢様と思った直後、乾いた発射音にあわせて反動でひっくり返るお嬢様の姿があった。しりもちをついたまま、ウサギたちに向かってなにやら怒鳴っている。……慣れているわけではなさそうだった。
さらに視界を動かしてみると、木陰に座る白いローブ……シロちゃんの姿が見えた。
彼女は岩の上に腰かけて、優雅に横笛を吹いていた。珍しくサボっているのかと思ったら、違った。そのまわりにはウサギたちが集まっていたのだ。
シロちゃんを取り囲むウサギたちはみな大人しくしており、まるで彼女の演奏に聴き入っているかのようだった。
「……すご……」
森の演奏会なんておとぎ話の中だけかと思っていたのに……ここからだと音色は聞こえないけど、ニンジンより魅力的なんだろうか。
シロちゃんにあんな特技があるなんて知らなかったけど、機会があったら私も聴かせてもらおうと思いつつ次の畑を探すと、火の手の前に座る黒いローブが見えた。クロちゃんだ。
彼女は畑の端でなにやら焚き火をしており、ときおり根っこのついた草を放りこんでいた。焚き火からは紫色の煙がもくもくと上がっており、それを板のようなもので扇いでいる。
遠巻きに見るウサギたちは畑に近寄ろうとせず、みな一様に眉間にシワを寄せた渋い顔をしているように見えた。
「……ウサギって、あんな表情するんだ……」
おそらくあの煙がウサギたちの不評をかっており、近寄りたくないほど嫌なものなんだろうと思った。相当キツい匂いを放っているのか、風上にいるクロちゃん自身もローブの袖で鼻と口を覆っている。
「……さて」
私は双眼鏡から顔をあげた。パーティメンバー全員の活躍ぶりも確認したので、そろそろ自分の仕事に戻ることにした。
みんなはかなり個性的なやり方でウサギの相手をしているが、脚力も銃も楽器も妖しげな草もない私は、石を投げて追い払うという至極真っ当な手段での警備をする。
近づいてきたウサギの付近に石を投げる。草むらのガサッという音に驚いて、あわてて森の中に引っ込むウサギ。
石で仕留めることができれば報酬増額になるけど、脅かすだけでいいやと思い、適当に投げることにした。
日は落ちつつあり、西の斜面は赤は赤く染まり、東の斜面は暗くなってきた。
お昼のお弁当はトンビに持っていかれてお腹はぺこぺこ、腕もへとへとに疲れていたけど、あと少しでチタニアさんとオベロンさんが収穫にやってくるはず。
そうなればこの仕事も終わり、このままいけば私の畑は被害ゼロだ。お腹はぐーぐー鳴っていたけど、のんびりした気分で投石してたら手元が狂ってしまった。石はウサギの頭上を通り越し、茂みの中に吸い込まれていく。
直後、ゴツン! と鈍い音と、
「ギャン!」
という悲鳴が聞こえた。
なにか動物に当たってしまったかと思い、注目してみると……茂みがガサガサと揺れ、人型の影が出てくるのが見えた。
「ギャア! ギャア!」
聞き覚えのある鳴き声。出てきたのは……ゴブリンだった。頭にはたんこぶ、片手には食べかけのリンゴを持って。
「まさか、あのゴブリン……?」
ゴブリンは食べかけのリンゴをしまうと、腰から短剣を引き抜いた。武器は短剣……ますますあのゴブリンに見えてくるが、今はそんなことはどうでもいい!
ぼんやりしていた脳をたたき起こしてフル回転させる。私はどうすればいい?
逃げる……! のは、自分の身を守る意味では最適の判断だろう。だが、いまここを離れるのはウサギたちに食べ放題の場を提供することになる。
助けを呼ぶ……! のは、ここで大声で叫んでも、みんなに届くかどうかは、わからない。さらに、駆けつけるまでにだいぶ時間がかかる。
ならば……! 私は崖の近くに置いてある荷物に飛びつき、一緒に置いていた剣と盾を取り上げた。
「戦うしかない!」
声に出して、自分を奮い立たせた。




