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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
107/315

18

 クリスタルの壁から差し込む強い日差しを受け、目が覚めた。

 たくさんの本がまるで布団みたいに覆いかぶさっていたので退かして起き上がり、大きく伸びをする。


 あれから『悪食トロール』討伐のヒントを求めて書斎に籠り、手あたり次第に本を読みまくっていたんだけど寝てしまったんだ。

 昔の本とかが持つ独特の古びた見た目とかカビくさいニオイとかはなんだか心が落ち着くので好きなんだけど……中身を読むのはあんまり好きじゃなくて、読みはじめるとまるで催眠魔法にかかったみたいにコロリと寝てしまう。


 ちなみにイヴちゃんは苦手ではないようで、政治とか経済とか難しい本が好きなようだ。特にバスティド情勢には敏感で、最新情報が書かれた雑報紙と呼ばれる大きな紙を広げて読んでいるのをよく見かける。

 読んでる最中の紙の上に腹ばいになって邪魔するのをミントちゃんがよくやるんだ。私も真似してみたら殴られた。


 そのミントちゃんが読むのは絵本のみ。誰かに読んでもらうのが特に好きなようで私もせがまれると読んであげている。ミントちゃんはいろいろ気になるらしくて読み聞かせの最中質問責めにあう。

 この前なんかは絵本に出てきたゾウを見て「ゾウさんのお鼻が長いのはなんで~?」と尋ねられた。

 知るわけもなかったので「そうよ母さんも長いのよぉ~」と歌ってごまかした。


 結局、鼻が長い理由はその時いっしょにいたシロちゃんが教えてくれた。彼女はミントちゃんに読み聞かせるために自分でも絵本を読んで予習しているようだった。

 他には料理とか裁縫とかの実用書をよく読んでいるのを見かける。


 クロちゃんは本が好きそうなイメージがあったんだけど、彼女は調べ物以外などでは本を読まないらしい。

 なんで読まないのか聞いてみたら、「自分が必要とするものがそこにはない」と返された。

 正直意味はよくわからなかったが、なんだかカッコイイと思ってしまった。


 ……私もそんな風なことが言えるくらいに賢くなりたいなぁ。


 床のあちこちに散らばる本を眺め、フゥと息を吐く。賢さとは程遠い光景だ。

 積み上げておいたはずなんだけど寝ている間に崩してしまったようだ。


 かき集めて本棚に戻しながら、情報を反芻する。


 ……トロール。

 大きな身体が特徴で小さいものでも2メートル、大きいものになると5メートルほどになる。

 知能は人間の3歳児程度で、魔法を使える個体は確認されていない。

 また不器用なため複雑な操作を必要とする弓矢などは扱えず、単純な斬撃武器や打撃武器を好んで扱う。

 しかしながら力がてとも強いためただの棍棒などでも脅威となり、一撃を受けるだけでも致命傷となるだろう。

 適正討伐レベルは15~20。


 昨晩読んだモンスター図鑑のトロールの項目に書いてあったことだ。

 正直なところ、ゴブリンすらまともに倒せない私には過ぎた相手。適正レベルも5倍以上離れている。

 

 それに……問題の『悪食トロール』は図鑑に載ってる普通のトロールに比べて強いんじゃないかと思う。


 肉をマシュマロのようにあっさり刺し貫く巨大なフォークと、骨を木の枝のようにすっぱり断つ巨大な肉切り包丁。ムチのようにしなりなんでも絡めとる長い長い舌。なんでも噛み砕き消化する強靭なアゴと胃。それになんといっても尋常ならざる食欲。


 特徴まみれなので大きく取り上げられてるかなと思ったけどどの本にも載ってなかった。

 もしかしたらこの塔だけに存在するモンスターで、名前もロサーナさんがつけたやつなのかな。


 となると……攻略のヒントは図鑑に載ってた普通のトロールの情報と、過去2回の戦闘経験のみだ。

 ロサーナさんにも聞いてみたが「自分の力だけで倒すんじゃなかったのかい?」と言われたんだよね。


 手がかりは少ないもののなにか作戦を考えなきゃ。

 あのトロールのお腹の足しになりに行っただけ、なんてオチはもうイヤだ。


 ……悪食と呼ばれてるし、あの身体だし、かなりの食いしん坊ってのはわかる。

 ずーっとほっといたら飢え死にしたりしないのかな?


 でもまわりの壁とか置物とか食べてたみたいだからそうカンタンには餓死しなそうだ。


 ……逆に考えて、いっぱい食べさせるってどうだろうか。

 おなかいっぱいになって動けなくなったところをグサリとやれば、簡単に勝てるかもしれない。


 でも……あの巨体を動けなくするにはどれだけの食糧を用意すればいいんだろう。

 たとえ準備できたとしても意外と自制するタイプだったりして、腹八分で食べるのをやめられたらそれで終わりだ。


 う~ん……食べ物を使ったもっといいアイデアはないかなぁ?


 そうだ、食べ物を点々と置いて罠のあるところにおびき寄せるというのはどうだろうか。スズメを捕まえるみたいに。

 知能は3歳児くらいっていうからイケるかも。


 肝心の罠のほうはどうしようか。大がかりなものを仕掛けるのは無理だろうからカンタンなのがいいな。

 んーと……じゃあこういうのはどうだろう。呪印のある扉をあけたらトロールの背中が攻撃できるように食べ物を配置して、呪印の扉の安全地帯側に隠れる。

 つられてやってきたトロールは扉に背を向けて食べ物に夢中になる。そこを扉から飛び出して、背中をブスリ……!

 たとえその一撃で倒せなくても、たとえ失敗しても、すぐに安全地帯に逃げ込んじゃえば大丈夫だ。


 ……昨日は自動ロックがかかるなんて知らなかったから失敗しちゃったけど、勝手に閉まらないようにしちゃえばいいよね。

 よしっ。他にいい案も思いつかないのでこれでいってみよう。


 本を棚に戻し終えたあと食堂に向かう。朝日をバックにロサーナさんが朝ゴハンを食べていた。昨晩、伝声管で足りない旨を伝えたせいか大盛りの朝食だ。

 パンはお店の売り物みたいに積まれていて、こんもりと盛られたサラダは馬が食べるのかと思うほどある。


 私は寝室から持ってきたシーツを床に広げ、その上にパンを置いていった。なくなったら伝声管でおかわりを要請すると焼きたてがすぐに出てきた。

 パンって作ったことあるけどかなり時間がかかる。それがポンポン出てくるなんてもしかして魔法設備とかいうやつがあるんだろうか。さすが貴族の別荘だ。


 何回かおかわりを要請してシーツの上にパンを山積みにしたあと四隅を結んで包み、背中に背負う。


「パン泥棒みたいなカッコして……今度は何するつもりだい?」


 見当違いのものを盗んでいくマヌケな賊を見るような呆れた表情のロサーナさん。


「これをエサにして『悪食トロール』をおびき寄せるんだ」 


「そうかい」


 私の作戦は否定も肯定もされなかった。あまり興味もなさそうにパンをかじっている。

 ついばむみたいにチビチビとしたその食べ方はまるでクロちゃんみたいだった。

 クロちゃんもいまごろ朝ゴハンを食べてる頃だろうか。


 そういえば準備に気を取られていて自分自身が食べるのを忘れていた。残ったパンをひとつ取って頬張る。


「んが、いっへふふへ」


 モグモグしながら「じゃ、いってくるね」と挨拶して階段広場へと向かった。



 三度目の呪印扉の前。鍵穴から様子を伺って誰もいないことを確認すると、忍び足で昇降機ホールへと入る。自動ロックがかからないように扉のスキマに持ってきた本を挟んでおく。


 ドーナツ状の廊下には一面にどす赤い血が飛び散っていた。さらに血の袋を引きずりまわしたような跡もある。つい最近ついたものみたい。

 というか……私自身から流れ出たものだろう。あのときの私はまさに血のサンドバックだった。見るだけで凄惨な思い出が蘇ってきて嫌な気持ちになる。


 もう二度と……いや三度とあんな目にはあいたくない。なんだか帰りたい気持ちがムクムク湧いてくるが、こらえて先に進む。


 ホールは円錐形をしていて、クリスタルの壁の反対側は等間隔に扉がある。

 いままでは即トロールと遭遇してたのでゆっくり調べてるヒマもなかったけど……ちょっと調べてみようかな。


 手近な扉に近づき開けてみると、中は薄暗かった。よく見えないけどまだ作りかけの部屋みたいだ。

 壁紙が貼られてない石がむき出しの壁、積まれた木材やら脚立やら大工道具やらがそこら中に転がっている。


 大工道具って武器になるかなぁと思い、ひとまず床に転がっていた金槌と釘をもらっておいた。


 他には特にめぼしいものもなかったので部屋を出て、隣の扉に行ってみる。

 開けようとしたが鍵がかかっていて開かなかった。


 ……ついに来たか、鍵のかかった扉。

 いつもはミントちゃんに開けてもらうんだけど今は自分でやるしかない。

 よし、と覚悟を決めてしゃがみこむ。背負ったパンを降ろし、ポケットから針を二本取り出す。裁縫箱から借りてきたやつだ。

 尖ったほうを先にして、鍵穴に差し込む。


 屋内探索術の科目のひとつ『ピッキング』。鍵を使わずに扉や宝箱を開ける技術だ。

 盗賊科の生徒は必修科目となっていて私はいつもミントちゃんとこの授業を受けている。

 ミントちゃんはさすがに上手なんだけど、私はそれほど得意ではなく開錠までにはかなりの時間を要する。

 しかも今回は専用のピッキングツールじゃなくて代用品を使っているのでより手こずっているカンジだ。


 鍵穴の中には複数のピンがあって、それをひとつひとつ押し上げる必要がある。全部押し上げたあと、普通に鍵を使って開けるみたいにグルッと回すと開錠できるという仕組み。


 しばらく夢中になってカチャカチャやってると、お腹がグゥと鳴った。

 パンを1個しか食べてこなかったので足りないと訴えているのだ。


 腹が減っては戦はできぬ。しょうがない……持ってきたパンをひとつ食べようかと視線を移すと、置いたはずの場所には包みはなく、かわりに灰色の壁があった。


 あれ? パンは……? それにこんな壁あったっけ……?

 と思いつつ顔をあげると、それは壁ではなかった。


 パンを包みごと飲み込んでいる最中の『悪食トロール』のお腹だった。

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