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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
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17 リリー

 ロサーナさんの正体は伝説の冒険者だった。


 たったひとりで魔物だらけの塔に乗り込み、てっぺんにいる魔王の側近と死闘を繰り広げて、秘宝を勝ち得る……。しかもかなりの偉業であるにも関わらず通過点でしかなく、さらに壮大に冒険へと続くのだ。


 冒険のための冒険。この『クリスタルパレス』も彼女にとっては経過点でしかないはず。

 怠惰で世捨てな意地悪ばあさんなんかじゃなかった。勇敢で、強くて、立派で……まさに私が憧れた冒険者だった。


 名鑑のトップに紹介されるような凄い人がこれ以上くすぶっているなんて絶対ダメだ。

 だから……私は決めた。彼女とふたりでこの塔を出る。


 問題はロサーナさん自身にその気があるかどうかだ。

 それを確かめるためにちょっとカマをかけてみることにした。


「ねぇロサーナさん、『天空蔦の種』ってまだ持ってる?」


「んん? ホラ、ここにあるよ」


 問いに対してドレスのポケットをまさぐると、ふた粒の小さな種を取り出した。

 見た目は巻き貝みたいな細長い渦巻状をした、変わった形の種だ。


 これが、植えて育てると天まで伸びる蔦が生えるという伝説の『天空蔦の種』……!

 こんなに凄い宝物はなかなか見れないので、思わず「うぉぉ」と感嘆してしまった。


 そんな私を見てロサーナさんは鼻で笑う。

 「もうどうでもいいモノだけどね」と未練もなさそうにしている。


「私、木の実とか種とか好物なんだよね。どうでもいいなら食べてもいいよね、いただきっ!!」


 そう言うなり種をすばやくひったくり、ポイと口の中に放りこんだ。


「あぁっ!?!?」


 口から心臓が飛び出したみたいに固まるロサーナさん。


 いつもどこか冷めていて斜に構えた彼女が目をカッと見開き、アゴが外れそうなほど口を開け椅子から転げ落ちんばかりに腰を抜かした姿を見て……私は自然と顔がほころんだ。


「へへー、冗談でしたっ」


 手のひらに残った種を見せる。食べたフリをしただけなのだ。


「そんなにビックリするってことは、どうでもいいわけじゃないよね?」


 からかわれて顔をしかめるロサーナさん。しわの多い顔がさらにしわくちゃになった。

 でも今までさんざんからかわれてきたんだから少しくらいお返ししてもいいよね。


 気まずそうに目をそらした彼女はヤケ気味に「あぁそうだよ」と吐き捨てた。


「……だけどこの種を手に入れてから20年もたっちまった。一緒に天空に行くはずだった仲間はもう忘れてるか、あの世にいっちまってるさ。それでも未練がましくこんな種を後生大事にしてる。まったく無様だよ……笑うがいいさね」


「ううん、絶対に笑わない。だってロサーナさんは無様なんかじゃないから。それに仲間はみんな生きてるし、忘れてなんかないよ」


 私は本心からの言葉を伝えた。……つもりだったがシャクにさわったのか、よそを向いていた顔がキッとこちらを見た。


「まだ生きてるし、あきらめてないだって? よく知りもしないくせに見てきたようなことを……いい加減なこと言ってると承知しないよ」


 怒ってる……私が励まそうとして適当なこと言ってるんだと思われた。

 襲いかかった時と同じくらい言葉にドスが効いていて、またひれ伏してしまいそうになった。


「し、知らなくなんかないよっ! オベロンさんとジオールさんは友達だもん!」


「……なんだって?」


「オベロンさんはラカノンの村で魔法栽培を続けてる。きっといつ種が来てもいいように腕を磨き続けてるんだよ。ムイラの村で会ったジオールさんは頭突きと拳だけで大岩を粉々にするのを日課にしてた」


 必死になってしゃべっていると、頭のなかにふっと灯りが点った。


「そうか……! ロサーナさんが種を探して、オベロンさんが種を育てて、ジオールさんが石門を砕く……!」


 今はっきり繋がった。どれも生涯をかけなければ達成できないほどの難関、それを三人で分担している……天空界に行くのはロサーナさん、オベロンさん、ジオールさん、三人の夢だったんだ。


「ロサーナさんっ! あきらめてるのはロサーナさんだけだよ!! 待ってる仲間がいるんだ、だから、一緒にここを出よう!!」


 私の熱弁を耳穴をほじりながら聞くロサーナさん。あんまり心に響いてる様子はない。

 耳垢をフッと吹き飛ばしたあと、普通の椅子を改造して作ったお手製の車椅子の手すりを爪ではじいた。


「……このチンケなノリモノでモンスターだらけの中、どうやって出ればいいんだい? リリーがずっと付き添ってくれるとでもいうのかい?」


 ロサーナさんは一番の問題点をズバリ指摘してくる。

 彼女が愛用していた車椅子にはかなりの武装がされていた。それがないということは私が丸腰のロサーナさんを守りながら襲い来るモンスターの相手をしなきゃいけないんだ。


 たしかにそれは無理なことだ。だけど私は引かなかった。

 ならば失われた武装車椅子を取り戻せばいいだけだ。


「この隣のダンスホールにロサーナさんのノリモノがあるんだよね? じゃあ私、取ってくる!!」


 まかせて! とばかりに胸をドンと叩く。


「『悪食トロール』みたいなザコに手こずるようじゃ無理だね」


 しかし相変わらずつれないおばあさん。


 ううっ……いつもの仲間だったらこのあたりでやる気になってくれるんだけど……やはり歴戦の勇者だけあり簡単に力を貸してくれないのか……。


 なぜ彼女はこんなに非協力的なんだろう。塔から出るためには彼女の協力が不可欠なのに……。

 だけどこれ以上やる気を出させる言葉が思いつかず、悔しくて歯ぎしりする。


「でも、それでもっ……ロサーナさんは私とここを出なきゃダメなのっ……オベロンさんとジオールさんをずっと待たせるつもりなの……?」


 歯がゆいのを噛み殺すようにして私は続けた。


 ロサーナさんもできればここを出たいと思っているはず。

 度重なる揺さぶりで彼女の冷めた心も少しは温まった感じがある。このチャンスを逃したら亀が甲羅に引っ込むようにまた心を閉ざしてしまうかもしれない。


 こうなったら……なりふり構ってられない。


「い……いいもんいいもん! 私がひとりで塔を出たらオベロンさんとジオールさんを集めてロサーナさんのかわりに天空界に行っちゃうんだから! それに行く前にみんなでここに来て、引きこもってるロサーナさんを見物してからいっちゃうんだからっ! そんなのイヤでしょっ!? だから一緒に出ようよぉーっ!!」


 私は必死になるあまり途中から床を転げまわっていた。

 見下ろしていたロサーナさんは大きな大きなため息をつくと、


「……やれやれ、わかったよ。一緒にここから出るために手助けしてやってもいいよ」


 ついに折れてくれた。折れたというよりはヒビが入ったくらいの感じではあるが、ほんの少しだけやる気の片鱗を見せてくれたのだ。


「ほんとに!?」


 その言葉にすかさず上半身を起こす。

 我ながらおねだりが成功した子供のような現金さだ。


「リリーひとりの力で『悪食トロール』を倒すことができたらね」


 喜んだのも束の間、追加で条件が出された。

 おもちゃを買ってくれると言ったのに、テストで100点取れたらねと付け加えられた気分だ。


「えっ、ひとりで!?」


「ノリモノを取りに行ってくれるんだろう? それなら『悪食トロール』は避けて通れないからね。……それとも無理かい?」


「う……ううん! わかった、やるっ! 自分ひとりの力で『悪食トロール』を倒してみせるっ!!」


 私は慌てて立ち上がり、拳を掲げて宣誓した。

 ここで「無理です」なんて言ったらダダまでこねたのが水の泡になる。


 だがこれはかなり勇気のいる約束だった。なんたってトラウマものの殺され方を二回もしたんだ。惜しいところで負けたとかならともかく、一矢すら報いてない相手を倒さなきゃならない。


「そうかい。ま、せいぜいがんばんなよ。……ああ、お茶がすっかり冷めちまった」


 私の決意をあっさり受け流したロサーナさんはこの話はもう終わりとばかりにお茶のほうに興味を移した。


 『悪食トロール』……できれば逃げまわってスルーしたかったけど嫌でも対決しないといけない状況になってしまった。

 あのぶよぶよの脂ぎった身体とガマガエルのお化けみたいな顔。思い出すだけで憂鬱になる。


 これから相手をせねばならない難敵を想像し、私はひとり胸焼けをもよおしていた。

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