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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
104/315

15

「ウッヒャアッ! 天国っスゥ!!」


 まるで大量の札束に埋もれる成金のような実にみっともない格好で、アタシたちの着衣に埋もれ転げまわる女研究者の姿があった。

 その姿は実におぞましく、アタシは背中に氷を押し当てられたような悪寒を感じた。


「ヒャアッ!? なにごと!? 変態っ!?」


 アタシの姿を認めたスーは起き上がって身体を守るように縮こまった。

 そりゃこっちのセリフだ。


 まるで被害者のような反応だがヤツは全裸だしさらに顔にはブラがかかっている。ブラがまるでメガネみたいになっているせいで言い逃れできない変態ビジュアルだった。

 レースがあしらわれた白のブラ。カップの大きさからいってシロのやつだ。極度の恥ずかしがり屋のシロのことだから自分の下着がこんな風になってると知ったら卒倒するに違いない。


 なんにしても人の服を盗んだうえにそのニオイを嗅ぎまくるなんて正気の沙汰じゃない。

 ずっとハラの底で燃えていた怒りの炎がメラメラと激しく滾り、顔が赤熱していくのがわかった。


「もうガマンできない……アンタみたいなド変態をこの島で野放しにしておくわけにはいかないわ!!」


 怒鳴りつけるとスーは「ヒッ」と呻いてまた逃げだそうとした。今度こそ取り抑えてやると身構えたがブラで視界がふさがれているせいであさっての方向に走り出し、ひとり壁に激突してひっくり返っていた。

 追いかける手間が省けた。解剖されるカエルみたいに仰向けになってのびているところに悠々と馬乗りになる。


「さぁて、たっぷりと性根を叩きなおしてあげる! 覚悟なさい!!」


 アタシは指の骨を鳴らす。襲いかかってきたわけでもない相手を痛めつけるのは趣味じゃないがコイツだけは別だ。

 サンクナワティから渡航して最初に会った冒険者がアタシたちというのが不幸中の幸い。いまのうちに変態の芽をつんでおかないとこの島の災厄にしかならない。


 しかしスーは顔をそむけたままこちらを向こうともしない。


「何とか言ったらどうなの!」


 頬をわし掴みにして無理矢理こちらを向かせる。

 水が張ったように潤んだ瞳で見つめられて、思わずドキッとなってしまった。


「ううっ……バスティドの女の子はすべての大陸の女の子の憧れなんっスゥ。みんな綺麗で、聡明で、勇敢で……それにとってもいいニオイがして……まるで女神様みたいだって」


 いまにも落涙しそうな眼はまるで本当に女神にすがっているようで、懺悔の感情に満ちていた。


「初めてお嬢さん方を見たときウワサは本当だったんだ、ってつい感極まってしまったんっスゥ」


 叱られた子供のようにぐすぐすとしゃくりあげる。


「汗だけ……汗だけ採取させてもらったら、それで終わりにするつもりだったっスゥ……でもうまくいかなかったから……せめて、せめて服のニオイだけでもと思って……後でちゃんと返すつもりだったっスゥ……」


 アタシは心の中で拳を振りかぶっていたが、その高さを頭の上から肩の高さくらいまでおろした。


「……ホントにそれだけなんでしょうね?」


 こくこくと何度も頷くスー。

 しょうがない……本気で反省しているようだし、これ以上の企みもないんだったら……今回に限り許してやるとするか。


 やれやれ、アタシもまだまだ甘いかなぁ……なんて思っていたら、


「飲んで」


 不意に幻聴かと思うような音がした。背後を見るとクロが幽霊のように立っていた。

 バスタオル一枚のクロの体は凹凸おうとつなくストンとしておりまるで東の大陸シブカミの民芸品、コケシのようだった。

 先ほど風呂場でスーが振りまわしていた水筒を手にしている。


「飲んで」

 

 繰り返しつぶやくと、近づいてきて水筒の飲み口をスーに突き付けた。


「え? い、いや、別に喉はかわいてないっスゥ」


 飲み口から顔をそむけるスゥ。

 逃げるようなその仕草は不自然でしかなかった。


「……飲んでみなさい」


「いや、だから喉は」


「いいから飲むのよ! クロ、押さえてるから飲ませなさい!」


 アタシはスゥの手首を掴み、バンザイさせる形で押さえつけた。


「ギャア!? やめるっスゥ~っ!!」


 絶叫とともにまな板の鯉のように暴れ出すがちょっとやそっとの力ではびくともしない。アタシはマウントポジションには自信があるのだ。

 クロはおもむろに女研究者の鼻をつまみ、息ができなくなって口が開いたところに水筒の水を流し込んだ。

 その動きは機械のように迷いがなく、一片の容赦も感じられない。


 水責めにあったスーは激しくむせたが、しばらくすると動かなくなった。

 まさか死んだのかと心配する間もなく、グースカと寝息をたてだした。


「睡眠薬」


 まるでわかっていたかのような口調でクロがつぶやく。

 蒸し風呂に閉じ込めて汗を採取したあと、この水を飲ませて眠らせてさらに何かするつもりだったんだろう。


 あの涙を見て心からの反省だろうと思ったのにウソだったとは……ダマされたとわかるとまたムカムカ腹がたってきた。

 できることならこのまま置き去りにしてどこか別のところに泊まりたい気分だが、それだと今までの苦労が水の泡。

 ヤツのラビニーで何としてハスレイに行かないと気がすまない。もう半分意地だ。


 とりあえずコイツはこのまま寝かせておこう。途中で目が覚めた場合のことを考えてベッドに大の字になる形で縛り付けておく。

 部屋中に散らばった服を回収したのち風呂場へと向かった。皆はもう回復していたので服を身につけさせ、揃って部屋に戻った。


 その間にスーがいなくなってたらどうしようかと一瞬不安になったが相変わらず部屋で気持ち良さそうに寝ていた。

 あんな目にあわされたというのにシロはスーがなぜ縛られているのか心配していたので、


「寝ぐせが悪いっていうから縛ってあげたのよ。いい? 何があっても絶対ほどいちゃダメよ」


 と念を押しておいた。


 そしてその日は同じ部屋のベッドで寝た。

 変態といっしょに枕を並べるのはちょっとイヤだったが縛ってあるから大丈夫だろうと結論づける。

 

 いろいろあって疲れていたせいか床に就くとすぐに睡魔が襲ってきて、吸い込まれるようにそのまましばらく眠った。

 意識が戻ってきたので起きると外はまだ薄暗かった。だいぶ早く目覚めてしまったらしい。

 スーはまだ寝ていた。騒がしくなくていいから出発直前まで寝かせておこうと決める。


 アクビをしながらリビングに行ってみるとビックリした。

 暗いなかクロが鬼火をまわりに浮かべながら座っていたからだ。


「……なにやってんのクロ? アンタまさかひと晩中そうやってたの?」


 尋ねると、音もなく首が縦に動いた。


「なんでそんなことしてんのよ?」


「リリーがいないと、自分は眠ることができない」


 なんでよ? と口をついて出そうになったが思い出した。

 クロは暗いところが怖いんだった。夜はリリーの部屋に忍び込んでリリーに抱きついて寝てるって聞いたことがある。

 抱きつく対象が行方不明だから、クロはずっと眠れずにいるんだ。


 リリーがいなくなって四日ほど経っている……もしかしてずっと寝てないんだろうか。

 暗闇が嫌いなのは知っていたが、まさかこれ程とは……。


「まったく……ほら、少し寝なさい」


 クロの隣に座り、その小さな身体をくっつけるように抱き寄せた。

 身体が触れあった瞬間、ジワジワしたくすぐったさに襲われるがガマンする。


 しかしクロは寄り掛かってこようとはせず、真顔でアタシの顔を見ていた。

 まるで「気は確かか」みたいな雰囲気を漂わせている。


 そりゃ普段から身体に触られるとガミガミ言ってたアタシがこんなコトしたら奇異の目で見られるのも無理はない。


「い……言っとくけど今だけなんだからね! さぁ、アタシの気が変わらないうちに早くなさい!」


 なんだか恥ずかしくなったアタシはおかっぱ頭を胸に抱き肩に手をまわして半ば強引にクロに密着する。呼応するように腰にギューッと抱きつかれた。

 触れられた瞬間、ミミズだらけの風呂に入れられたようなゾッとする感覚が身体じゅうを駆け巡って「んっふぅ!?」と変な声が出てしまう。


 だ、だけどガマンだ。いつもなら突き放してやるところだけど、ひどい睡眠不足を放っておけない。

 クロの様子はいつもと変わらないが表にださないこの子のことだ。きっと相当つらいはず。


 でもだからって何でアタシが身体をはってこんな目に……それもこれもあのバカがいないから……全部アイツのせいだ……。

 なんて恨み節を心のなかで唱えているうちに、規則正しい寝息のようなものがアタシの胸元から聴こえてきた。

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