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「さ、次はお風呂に入るっスゥ」
立ち上がったスーは揉み手をしながら勧めてきた。
たしかに汗をいっぱいかいたので風呂に入りたい気分だ。
でもその前に荷物を置きたかったので先に部屋に案内してもらうことにした。
部屋はベッドが6つある大きな部屋だった。
装備と荷物を降ろしたアタシたちはスーの案内で改めて風呂へと向かう。
宿の真ん中には吹き抜け式の大浴場があった。
名物らしくなかなか良さそうだったがそこは通り過ぎ、またしても奥の個室式の脱衣所へと案内される。
貸し切りのプライベート風呂なんだろうか。入口で靴を脱ぐと、すかさずスーが滑り込んできて靴に紙筒を突っ込んできた。
しかしよく他人の靴のニオイなんて嗅ぐ気になるもんだ。
大きく息を吸ったあと、ひとりさめざめと泣きだした。
……靴を吸って涙を流すなんて、ハタから見たら完全に変態だ。
「なんでないてるのー?」
珍しい動物でも見るかのように覗き込むミント。
「うう……脱ぎたての靴までいいニオイがするっスゥ……ずるい……ずるいっスゥ」
「なにがずるいのー?」
「どんなにいいニオイの女の子でも、ふつう靴までいいニオイはしないもんっスゥ」
「ふぅ~ん」
自分の靴のニオイなんて嗅いだことないからわからないけど、そんなもんなのか。
利き酒のように各人の靴を嗅ぎ終えたスーはシャキッと立ち上がると、
「やはり、バスティド島の女の子は研究に値するっスゥ。この秘密、なにがなんでも暴いてやるっスゥ!」
なにやら決意を新たにしていた。
張り切るのは勝手だが、アタシたちと別れてからにしてほしい。
脱いだ服を脱衣カゴに突っ込み、バスタオルを巻いて浴室に入ると異様な熱気が身体を包んだ。
スーとシロの眼鏡は蒸気であっという間に真っ白になる。
白木がむき出しの室内にはヒノキのニオイが漂っていた。
風呂のはずなのにそれらしきものは何もなく、白木で組まれた大きな木箱のようなものが並んでいるだけだった。
「これなぁにー?」
バスタオルがめくれるのもいとわず、跳び箱のようにして木箱に飛び乗るミント。上部に開いた穴から中を覗き込んでいる。
「蒸し風呂といって湯気で身体を温めてくれる装置っスゥ。まずこれに入ってから普通のお風呂に浸かるっスゥ。するとサッパリして疲れも吹き飛ぶっスゥ」
蒸し風呂自体は聞いたことがあったが見るのは初めてだ。
西の大陸パティナッヘから輸入されたもので、たしか肌がキレイなるとかなんとか。
「ささ、入ってみるっスゥ。お肌もツルツルになるっスゥ」
その効能には正直惹かれるが、コイツの勧めというのがなんだか引っかかる。
「アンタは入らないの?」
「もちろん入るっスゥ、お先っスゥ!」
スーは手近な木箱に近づくと、前面を手前に引き開けた。
中は空洞になっており仕切り板があるだけだった。その板のところに腰掛けると、開けた前面を元に戻した。
ちょうど木箱から首だけ出る形になる。たぶん中では蒸気が充満していて、それで身体が温まる仕組みなんだろう。
「まるで拷問器具みたいねぇ」
さらし首にでもされているような見た目だから余計にそう感じる。
「はぁぁ~拷問どころか極楽っスゥ」
天にも昇るような恍惚とした顔をしているスー。
その姿に刺激されたのか、みんなは次々と蒸し風呂に入っていく。
まぁ……せっかくだから入ってみましょうか。
見たのと同じ手順で中に入ってフタを閉めると、ガチャリとロックがかかるような音がした。
全員が蒸し風呂に入ったのを曇りメガネで確認したスーは、クックッと忍び笑いをはじめた。
「クックックッ、準備は整ったっスゥ!!」
室内に声を反響させた女研究者は、満を持した様子で木箱から飛び出した。
罠にかかった獲物を見下ろすような視線でアタシたちを見下ろす。
イヤな予感がして木箱を出ようとしたが、フタがロックされていて開かなかった。
「逃げようったって無駄っスゥ、鍵がかかってるっスゥ」
「くっ……! いったい何をするつもりよっ!?」
「さっきの食事も、この蒸し風呂も……全てはお嬢さん方の汗をいただくための仕込みだったっスゥ! さぁ~、たっぷり汗を採取させてもらうっスゥ!」
言いながら部屋の隅に走っていったスーは、壁に走るパイプのバルブをひねった。
直後、木箱の中から蒸気が噴出して急に熱くなりはじめる。
「いーやー! あつーい!」
「あついの」
「ああっ……あつい……ですっ」
クロ以外の仲間たちが苦しそうに叫び、呻きだした。
「ガマンするっスゥ! 大丈夫、水はちゃんと飲ませてあげるっスゥ」
どこからか取りだした水筒をマラカスのようにシャカシャカ振って踊り出すスー。
バスタオル一枚でそんなことをしているので頭がおかしくなったようにしか見えない。が……コイツはこれが正常。
いままでは羊の皮をかぶっていただけで、ニオイのためなら何でもするこの狂犬のような姿こそが正体なのだ。
今更ながらに……思い知らされた!
警戒されることを予測して、ロックのない木箱に先に入ってみせて安全だと思わせ油断させる……!
まったく情けない……少しでもコイツに心を許したアタシがバカだった!
リリーを探すという大事な目的があるのに、こんなところでモルモットになってる場合じゃない!!
アタシは瞼を閉じて精神統一する。
息をすぅと吸い込むと、熱気のこもった空気が肺に入った。焼けるような感覚が胸いっぱいに広がる。
歯を食いしばって耐えると、身体の内がカッと燃えた。
大きな力が、ハラにたまっていくのがわかる。
準備完了……! アタシは大口をあけて、炎を吐くドラゴンのようにありったけの声を振り絞った!!
「はぁあああああああああああああああーいやあああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
闘気術は相手を威嚇するだけじゃなく、限界以上の力を出したいときにも使える。
放つとともに思いっきり腕を突き出すと、バキッという音とともに蝶番が弾け飛んだ。
「げえっ!? 何事っスゥ!?」
大声に吹き飛ばされるようにひっくり返るスー。
木箱のフタを蹴りのけ、自由になったアタシは情けなく腰を抜かす変態女の前に仁王立ちになる。
「……二度とニオイが気にならないように、鼻をヘシ折ってあげましょうか?」
指の骨をポキポキ鳴らしながら凄味をきかせる。スーは「ひぃーっ!?!?」と腰をぬかしたまま器用に逃げていった。
「待ちなさいっ!!」
脱衣所を抜け廊下に出ていくのを追いかけたが、バスタオル一枚であることに気づいた。
スーはお構いなしのようだが、さすがにこの格好で宿の中を走り回るほど恥知らずじゃない。
それに浴室のほうから助けを求める悲鳴が聞こえたので皆の元にいったん戻った。
熱さのあまり顔が赤くなり、のぼせてぐったりしていたので木箱を破壊して助け出す。
クロは平気のようだったので、ふたりしてミントとシロとノワセットを引きずって脱衣所まで避難させ、介抱した。
よし、服を着てあの変態を追いかけるぞと脱衣カゴを手に取ったが、脱いだはずの服がなくなっていた。
しまった! これもヤツが持っていったに違いない。
……もうガマンできない。絶対に捕まえてとっちめてやる!
いよいよとなったらアタシの剣でまっぷたつに……。
そこまで考えてハッとなった。
まさかアイツ、部屋に置いてある装備と荷物も持って逃げる気じゃ……!?
装備がなくなったらリリー探しどころじゃなくなる。
もうなりふり構ってられない。
アタシは廊下に顔だけ出すと、大声で人を呼んだ。
誰でもいいから着るものを借りよう。
できれば女の人がいいけど……と思っていたら声を聞いた従業員が駆け付けてきてくれた。
なにか着るものをと頼んだらガウンを持ってきてくれたので急いで袖を通す。
この格好で歩きまわるのも抵抗があるが、バスタオル一枚よりはだいぶマシだ。
アタシは脱衣所から飛び出し、部屋へと全力疾走した。
はだけて太ももが見えていたかもしれないけどスピードは緩めず他の客を押しのけ、一気に駆け抜ける。
部屋には鍵がかかっていた。
もう合鍵を取に行ってる場合じゃない。アタシは一切の迷いなく助走をつけ、扉を蹴破った。
踊り込んだその先には……信じられない光景が広がっていた。




