13 イヴ
申し出を受けたアタシたちはすでにスーが泊まっているという宿に行くことになった。
音楽なんてちっとも鳴ってないのにリズムを取るようにして歩く意気揚々の変態女研究者に先導されて、ゾロゾロと村の中を歩いていく。
「お綺麗な方ですねぇ」
隣を歩いていたシロがおっとりとつぶやいた。
「そーお?」
とは言ってみたもののアイツの容姿がいいのは通り過ぎる人々の視線から明らかだ。誰もが振りかえってアイツを見ている。
これで性格がマトモだったら不公平さを恨む人間が出てきそうだが、世の中というのはバランスよくできているもんだ。
しかし髪の毛のキレイさには自信があるほうなのだが、アイツもなかなかのものだ。
後ろ髪をじっと見ていると、キラキラの金色が突如翻った。
「しかしお嬢さん方は噂にたがわぬいいニオイだったっスゥ!」
首だけひねって話しかけてくるスー。
「お嬢さん方のお友達とかもいいニオイがするっスゥ?」
完全にこちらを振り向いたかと思うと、器用に後ろ歩きしながら質問してきた。
「うん! リリーちゃんはいいニオイがするよー!」
手とポニテを同時に挙げて元気に挙げて応えるミント。
余計な情報を与えるんじゃないわよと横眼で睨むが「いいニオイだよねーっ?」と同意を求められてしまった。
「さぁね、どーかしら」
と素っ気なくかえす。
……リリーのニオイは知っている。
夏休みの客船のなかで一緒にダンスを踊ったし、異国の地で密着状態のままグルグル巻きにさせられたこともあった。
そのときもアタシは興味ないフリをしたけど、人知れずリリーの肌のニオイに心ときめかせていた。
「ウヒャーッ! どんなニオイか楽しみっスゥ! カレーやハンバーグのニオイがする女の子かもしれないっスゥ!」
忘れられない思い出に浸っていると、スーの無神経な歓声が鼓膜に突き刺さってきて強制中断させられた。
「そんな女いるわけないでしょ」
カレーやハンバーグはいいニオイだけど、体臭としてはイヤ過ぎる。
「そうっスゥ? そういうツインテさんはかすかに火薬のニオイがするっスゥ」
銃のように構えた紙筒を突き付けてくる。
言い当てられてドキッとしてしまった。
実は大剣のほかに長銃を持ってきているのだ。銃は火薬の力で鉛の弾を飛ばす。
銃に残ったかすかな残り香をコイツは嗅ぎつけたのだ。
愛用の石鹸を当てられたときと同じ、言いようのない気持ちの悪さが蘇ってくる。
コイツがもし狙ってやってるんだとしたら、本当に食えない女だ。
睨みつけても意に介さないスーは「着いたっスゥ」と立ち止まった。
「今日はここに泊まるっスゥ」
そこは村の中央にある大きな宿屋の前だった。
村とはいえ多くの旅人が立ち寄る場所だけあって宿屋はかなり立派だ。石造りの5階建てで入口は多くの宿泊客でにぎわっている。
「わ、私……宿に泊まるのは初めてです」と緊張気味のシロ。
「たのしみだね~!」と嬉しそうなミントと「ねむいの」と半目のノワセット。
特に何の感想もないクロ。
よく考えたら冒険者として宿に泊まるのはアタシも初めてだ。おそらく他のメンバーもそうなのだろう。
……もしここにリリーがいたら、どんな顔をしてただろうか。
中に入ると宿の従業員が迎えてくれる。すでに宿泊客のスーは慣れた様子でフロントに向かうと、オーナらしき人物相手に何やら交渉をはじめた。
結構ムチャな要求をしているのか相手は狼狽していたが、札束を突き付けると態度が一変してバックヤードにすっ飛んでいった。
「お嬢さん方が泊まれるようにお願いしてきたっスゥ」
なんて言っているが、それだけであの札束はおかしい。きっとロクでもないことを追加注文したに違いない。
疑うことを知らないシロはぺこぺこと何度も頭を下げている。
「さぁー、ハラが減ってはニオイも出ないっスゥ! 夕食にするっスゥ!」
変な号令とともにフロントの横にある大食堂へと移動する。すでに多くの先客が食事を楽しんでおり賑やかなテーブルの間をぬって進んでいく。
ぱっと見た感じ冒険者というより旅行者が多く、みんなマナーが良さそうだった。
アタシたちが案内されたのは空いたテーブルではなくて、奥の個室だった。
なぜ個室? と思いながら中に入ると部屋中に香辛料のニオイが漂っていた。
大きな丸テーブルに並べられた料理はどれも赤みがかっており、添えてある野菜も見たことないハーブみたいなのだった。
「……なんか偏りを感じるメニューねぇ」
「冒険者であるお嬢さんたちが強くなるようなメニューをお願いしたっスゥ」
「フン、どーせ体臭が強くなるとかそんなんでしょ」
「まぁまぁ、美味しいから食べてみるっスゥ。この近くに野菜で有名な村があって、そこの食材を使ってるらしいっスゥ」
たぶんラカノンのことを言ってるんだろう。
さっさとテーブルについたみんなは元気に「いただきまーす!」と言って食べはじめた。
まぁ……スーが作った料理なら警戒する必要があるけど、宿屋側が出してきた料理なら大丈夫でしょ。
まず前菜にあたるニンジンとジャガイモを葉っぱで巻いたのをフォークで突き刺し、食べてみた。
……うん、普通に美味しいじゃない。けど……辛い。
こっちはスープね。スプーンですくってひと口食べてみる。
……うん、これもイケる。けど……辛っ。
これはカラごと食べられるエビか。
悪かないけど……辛ぁ~っ!
他にもいくつか食べてみたけど、どの料理もかなりスパイシーだ。
食べるうちに身体が芯から熱くなってきて、頭のてっぺんから汗が染みだしてくるのがわかる。
ミントは「からいのやー!」と騒ぎだしたので宿の人に頼んで子供用ランチプレートを出してもらった。ちゃっかりノワセットも便乗して食べている。
クロはこの辛さも平気なようで、汗ひとつかかず黙々と料理を口に運んでいた。
シロはうつむいたままボンヤリしている。
「あらシロ、食べないの?」
声をかけるとビクッと肩を震わせた。
「す、すみません、考え事をしておりました」
「なに考えてたのよ?」
「あの……リリーさんは、ちゃんとお食事をとられてるんでしょうか……?」
まるで自分が食事抜きみたいな暗い顔をしてると思ったら……。
アタシと間違われてさらわれたんだったら、ニセモノだとバレてなければそれ相応の待遇を受けてるはずだ。
そうじゃなかったらどうなってるかわからないけど……アイツはああ見えてかなりしぶとい。
「アイツなら大丈夫よ。このまえ木の根っこを食べようとしてたくらいだから心配いらないでしょ」
夏休みの冒険で漂流した経験から、リリーは生存術について勉強するようになったようだ。
ある日のこと寮の裏庭を通りかかったら、掘り起こした木の根を調理しているアイツに出会った。
イカゲソみたいになった根っこを噛みながら「イヴちゃんも食べる?」と勧められたけど「なんでそんなもん食べなきゃいけないのよ」と断った。
「それにアンタがガマンしてもこの食事がアイツに届くわけじゃないんだからね、ちゃんと食べなさい」
「はい、そうですね……いただきます」
素直に頷いたシロは、赤いソースにくるまれたエビをフォークをつかって上品に口に運んだ。
次の瞬間ゴフッとむせたあと、顔が発火する。
「ああ、辛いから気を付けてね」
「は、はひ……」
食事を終える頃にはアタシとシロは汗びっしょりになっていた。
その姿を見て、スーは満足そうに頷く。
「……おなかいっぱいになったっスゥ?」
まるでガチョウを見るフォアグラ農家の人間のような、不気味な笑みを浮かべていた。




