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「どこでその名を知ったかしらないが……人違いじゃないかい?」
一瞬名前に反応を見せたが、すぐにいつもの飄々とした感じに戻る。
そのわずかな間だったけど彼女の正体が見えたような気がした。
「あ、そう……」
って、納得してる場合じゃない。
いつもこうやってはぐらかされてきたんだ、今度こそは何か聞き出さなきゃ。
だけど……どうすればいいんだろう?
言葉ではこれ以上なにを言ってものらりくらりとかわされそうな気がする。
ハッタリでもなんでもいい。もっと意表をついたことをして動揺を引き出さなきゃ。
よし、それなら……!
決意した私は唯一の武器である鉄棒を握りしめた。
腰を落とし、ロサーナさんに挑みかかる!!
「はぁーっ!!」
飛び上がって鉄棒を振りかぶった。
「フライング兜割り」。高くジャンプして、相手の額めがけて大上段斬りをする私の得意技だ。ちなみに実戦では一度も決まったことがない。
「せいやーっ!!」
かけ声とともに振り下ろされた私の一撃は、それ以上の素早さで構えられた木のトレイで遮断された。
「……何のマネだい?」
放たれた声の鋭さに、自然と身体がこわばった。
まるで抜き身の刃がそこに座っているような威圧感。
斬りつけてくるような殺気が私に向けられ、怖くて全身が震えだした。
思わず土下座しちゃいそうになったが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「や、やっぱり、ロサーナ・カルミンさんだよね?」
「……そうだよ。だから何だってんだい」
「い、いきなりゴメンなさい。伝説の冒険者がどうしてこんな所にいるのか……どうしても知りたくって」
鉄棒を床に捨てこれ以上の攻撃の意志がないことを示す。
ヒビの入ったトレイが床に落ちると、先ほどの鬼気がウソのような自虐的な笑みを浮かべたいつものロサーナさんの顔があった。
「ちょいとここいらで探し物をしてたのさ」
しかしもうはぐらかしてくることはなかった。
「『天空蔓の種』……?」
私は先ほど見た本の中で紹介されていたひとつを口にした。
この塔の秘宝はみっつ。『英知の王冠』『純白の壺』『天空蔦の種』。
もっとあるかもしれないけど、私はそれしか知らない。
そのうち『天空蔦の種』を選んだのはパーティメンバーのオベロンさんがツタまみれだったから。
ようはあてずっぽうだ。しかしそれがアタリだったのか、
「マヌケでオッチョコチョイな小娘かと思ってたけど……見くびってたようだねぇ」
ロサーナさんは観念した様子で肩をすくめた。
マヌケでオッチョコチョイかどうかはおいといて、伝説の冒険者は少しは認めてくれたようだ。
2回のハッタリを経て……私はようやく彼女とまともに話ができそうな雰囲気づくりに成功した。
彼女は『天空蔦の種』を探していたらしい。
お金が欲しければ他の秘宝でもいい。種を欲しがったということはその秘宝自体が持つ力を必要としていたことになる。
よし、次は探していた理由について聞いてみよう。
「……空の上に行きたかったの?」
「ああ、正確には『天空界』だがね」
この世の中には私たちのいる世界のほかに5つの世界があるといわれている。
そのうちのひとつが、遥か大空の向こうにあるといわれている地「天空界」。
宙に浮いた島々があって、背中に翼が生えている有翼人族や巨人族がいるとされている。
冒険者ならば一度は行ってみたい憧れの場所だが、実際に行った人はほんの一握りらしい。
「天空界に行くためにはみっつの関門があるんだ」
視線を落としたロサーナさんは、記憶を辿るように話し続ける。
「まずは経路の確保。空が飛べりゃいいんだろうけど、そういうわけにもいかないからね。そこで『天空蔦の種』の出番さ。あっという間に天まで伸びて、空までの架け橋になってくれる。……もともと天空蔦ってのは地上に落ちて翼を傷めた有翼人が天空に戻るための手段だったらしいからね」
私は黙って頷く。
種にそういうルーツがあったとは知らなかった。
「でも種を手に入れただけじゃダメなんだ。栽培魔法を極めた者のみが使える最上級魔法じゃないと天空蔦はマトモに育たない。それがふたつめの関門」
栽培魔法……植物を育てる魔法。オベロンさんが使ってるやつだ。
魔法体系にはいくつかあるが、その真髄を極めるというのは並大抵のことではない。
「そして蔦を登った先にある天空の石門……これがみっつめの関門さ。破れなきゃ最後の最後で門前払いになっちまう。これがただの石門じゃない。武器や魔法による破壊はできず、拳による一撃で経脈を経つ必要がある、生きた門なんだ」
私はゴクリと喉を鳴す。
挙げられた関門はどれも一生をかけて達成できるかどうかわからない大変なものばかりだ。それが三つもあるだなんて……。
天空界に行った冒険者がほとんどいない理由がわかった気がした。
「そのひとつめで、躓いちまったってわけさ」
「……種が見つからなかったの?」
「いんや、種は手に入れた」
「じゃあ、どうして……?」
「『不変のヴァンターギュ』……魔王の手下のひとりさ。この塔の最上階でソイツが種を守ってた」
「魔王の手下……!?」
魔王……モンスター図鑑とかでは必ずトップで紹介される、全てのモンスターの支配者といわれている。
ママもいま……いや、ママだけじゃなくて幾多の冒険者が魔王を倒すため旅をしている。
魔王には直属の手下が複数いて、魔王の勅命を受けて行動しているらしい。
魔王の居場所をつきとめるためにはまず手下を倒せばいいと言われている。
まさかこのバスティドに魔王の手下がいたなんて……!
「なんとかソイツを倒して、種を手に入れたまではよかったさ。だが、この有様さね……死に際の一撃で吹っ飛ばされて、ノリモノから振り落とされちまった」
骨ばった指先で、椅子を爪弾いた。
「ノリモノ」というのは車椅子のことだろう。
しかしひとりで魔王の手下を倒すだなんて……さらっと言ってるけどスゴイことだ。
やっぱり伝説の冒険者というのはダテじゃない。
「なんとか這ってここまで逃げてきたのはいいけど、ノリモノを置いてきちまった。丸腰ってやつさ。あとはリリー、アンタと同じさ」
そうこぼして私を見るロサーナさん。その顔には悟りに近い諦めの表情が浮かんでいた。
「さぁ、これで疑いは晴れただろう?」
「……へ? 疑い?」
「リリーをさらったやつらの協力者だと思って疑ってたんだろう? 陰の塔からは陽の塔の様子はわからないからね。監視者をこっちに置くと考えるのは普通のことさ」
その一言に、射抜かれたような衝撃を受ける。
「な……なるほど……!」
思わずポンと手を打ってしまった。
たしかにこの施設を利用して監禁するなら、こっち側に人を置いて監視させたくなる気持ちはもっともだ。
それも一見協力者に見せかければ与える情報によって行動をコントロールすることもできる。
しかし……言われるまで考えもしなかった。
「まったく……マヌケかと思ったら察しのいいところもあるし、あきらめがいいかと思ったらしぶといところもあるし……よくわからない子だねぇ」
呆れたような、ちょっと安心したような様子のロサーナさん。
思わず照れ笑いしてしまったが、私の思慮の浅さよりも彼女のほうが気になる。
いままでは望んでここにいるものだと思ってた。いわゆる世棄て人みたいな。
しかし本当はそうじゃなくて……彼女の武器である車椅子を失ってしまい、私と同じ監禁状態に置かれていたということだ。
それも……20年間も。
私が生まれるより前からこの塔に閉じ込められてたんだ。ずっと、ひとりぼっちで。
そばに寄り添って、年輪の刻まれた顔を胸に抱いた。
「なんだい、いきなり」
「私が不安だったり、寂しがったりしたとき……ママがよくこうしてくれたんだ。こうやって抱かれて、心臓の音を聴くと……とっても落ち着くんだって」
飄々とした彼女の向こうに、深い寂しさを見た気がした。
これは、見習い冒険者の私が伝説の冒険者に対してできる唯一の慰めだった。
こんなことをしても、変わらないかもしれない。
しかしロサーナさんは黙ったまま、それ以上なにも言わなかった。
私と彼女は、しばらくこうしていた。




