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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
100/315

11 リリー

 食堂を飛び出した私は自分を鼓舞しつつ扉をバン、バンと開けて部屋を横切り進んでいく。

 しかし意気込みすぎて適当に走ってしまったことに気づいた。


 しまった、ここは書斎じゃないか。階段広場とはまるっきり逆方向だ。

 なんたるうっかり。これじゃロサーナさんにオッチョコチョイだと言われるのも無理はない。


 すぐ引き返そうとして、ふと棚にある大きな本の背表紙が目に入った。

 「クリスタルパレス周辺案内」。なんとなくその本を手に取ってパラパラとめくってみた。


 このあたりに生息する動植物や観光スポットなどの説明がイラスト多めでこと細かに紹介されている。

 いまは見る影もないけど、昔はけっこう賑やかだったらしい。


 本によるとここは高台の高級別荘地だったらしく、クリスタルパレス以外にもいろんな塔があるらしかった。

 しかし別荘ってふつう1軒家とかじゃないの? 塔を建てるって……一体どんなお金持ちなんだろうか。


 そういえば……この別荘地については学院で習ったような気がしてきた。

 うーん……思い出せない。いつもは私が忘れててもイヴちゃんシロちゃんクロちゃんという頼もしい仲間がわかりやすく教えてくれた。


 やっぱりみんながいないとダメだ。

 もしかしたら習ったことにヒントがあったかもしれないのに思い出せない。


 いくら考えても一向に出てこなかったので、私は考えるのをやめた。


 それよりもこの書斎には本がいっぱいある。

 どれも古い本だけど、もしかしたら脱出の手がかりがあるかもしれない。


 意気込んで突っ込んでいくところだったけど、ここらでちょっと情報収集してみるのもいいかもしれない。


 ちょっとした図書館くらい量があるけど、ひとりでいける……かな?


 私を取り囲むように存在する本棚をぐるりと見回し、対峙を決意する。

 たくさんあるからまず背表紙を見て、有用そうなやつから調べていこう。


 端っこにある本棚から順番に背表紙を目で追っていく。

 一番上の棚に「クリスタルパレス施設案内」という本を見つけた。

 手に取りたかったけど届かないので部屋の中にある椅子を引きずってきてそれを踏み台にして取った。


 そのまま椅子に腰かけて中を開くと、大きな円形の上面見取り図が現れた。

 これは……この塔のマップだ……! これは役に立つかも……!?


 いきなりアタリを引いた。お目当ての木の実を山の中で発見したような嬉しさがこみ上げてくる。

 ひとつも情報を取り逃すものかと、目をかっと開いて各フロアの図解と説明を見定める。


 クリスタルパレスは円形をしており、ドーナツみたいに居住スペースがある。うち半分が「陽の塔」、残りが「陰の塔」と書かれている。

 陰の塔の部分は黒く塗りつぶされており詳細は書かれていない。


 ドーナツの穴にあたる箇所には巨大な昇降機があり、陽の塔ではこれを使ってフロアを移動するみたいだ。

 階段広場から入った先にあった大穴はやっぱり昇降機が通るための穴だったんだ。


 私がいる最上階は……ちょうど大穴の所がダンスフロアになっている。

 塔の一番上で踊るのかぁ……夏休みに乗った豪華客船でもわざわざ船の中に踊る場所があったから、お金持ちというのはダンスがよっぽど好きなんだろう。


 ここのダンスフロアは壁一面がステンドグラスになっていて、踊ってるときに部屋中が虹色に輝くらしい。

 いまはガレキで塞がれていてここからは行けないけど、ちょっと見てみたい気がする。たぶんキレイなんだろうなぁ。


 同フロアには珍しい美術品なども展示されていたらしい。

 60種類の宝石が埋め込まれた「英知の王冠」。

 戦争時代よりさらに前に作られたとされる発掘陶器「純白の壺」。

 育てれば天まで伸びるとされる幻の植物「天空蔓の種」。


 うーん、ひとつでも手に入れたらすごいことになりそう。

 憧れの「魔法の胸当て」……いやその数ランク上の「アルミナの胸当て」でもカンタンに買えるくらいのお金になりそうだ。


 だけど、この荒れようじゃどれも持ち去られた後だろうなぁ。


 そして悩みのタネの例のミルヴァ様像も載っていた。

 「希少な魔水晶、紫水晶でできた世界でも類を見ない像で今までにないご加護を得られます」

 なんて紹介されている。


 いままでにないご加護……たしかにあった。

 復活場所を変更させられるという望んでもないやつに。


 幼いころからツヴィートークの聖堂にある漆喰画を見て育ってきたミルヴァ様大好きな私だけど……このまま出られなかったら逆に嫌いになっちゃいそうだ。


 ホントにそうなっちゃう前にここから脱出しないと。

 そのためには真ん中にある昇降機を使って一気に下まで行くのがよさそうだ。

 昇降機を動かすのはどうやったらいいんだろう?


 本を隅々まで調べてみたけど、その方法については書かれてなかった。

 たぶん利用する側は意識しなくてもいい作りになってたのかな?


 うーん、他の本に載ってるのを期待しよう。

 立ち上がって棚に本を戻していると、「冒険者名鑑」が目に入った。


 「冒険者名鑑」……有名な冒険者たちが紹介されている本だ。

 新しいやつは学院の図書館で見たことあるけど、これはだいぶ古いやつのようだ。


 好きな本だったのでつい手に取り、いつもしているように索引で「マ」のページを探す。

 ……あるかな?


 あったあった! 「ママリア・ルベルム」!


 そこには半ページほどの大きさでママの雄姿が描かれていた。

 やっぱりママは昔も勇者だったとわかり、嬉しくなる。


 この名鑑は有名な冒険者ほど紹介にページを割いてくれる。図書館で読んだ最新刊だと1ページまるごとママのページなんだけど、この本の当時はそこまで有名じゃなかったということか。


 イラストの横にあるプロフィールを指でなぞりつつ確認する。


 ママリア・ルベルム

 通り名:シールドマスター・ママリア

 クラス:勇者

 パーティレベル:37

 出身:バスティド島ツヴィートーク


 ママは「シールドマスター・ママリア」の通り名で知られている。

 ママの盾はどんなものでも防ぐ。巨人の一撃だろうが、ドラゴンの炎だろうが、ママの盾で防げない攻撃はない。

 しかもその盾は防御だけではなく攻撃にも使われ、盾だけでモンスターを倒すのだ。


 片手剣はいつも腰につけてるんだけど使わない。

 ママが腰の片手剣を抜いたとき、生きて帰れる者はいないなんてウワサもあるくらい剣で戦っている所を見た人がいないのだ。


 私も子供のころはママにおんぶされていろんな冒険に同行したけど、剣を抜くところは一度も見たことがなかった。


 クラスは私と同じ勇者、パーティレベルは……このときは37か。

 レベルというのはその冒険者の強さを表す数値。高いほど強いということになる。


 レベルをあげるためには冒険を成功させたり、モンスターを退治すればいい。

 この島ではミルヴァ様と神官が冒険者の活躍を見ており、レベルアップするかどうかを判断しているらしい。


 仲間ができてパーティを組んで、それを登録すると「レベル」は「パーティレベル」に変わる。

 これはパーティ全員が同じレベルになり、レベルアップするための基準がパーティ全員の活躍が加味されるようになる。

 ようは誰かひとりの功績が認められてパーティレベルがあがった場合、他のメンバーは何もしなくてもレベルアップできるというわけだ。


 ちなみに私のパーティレベルは3。

 この前のユリーちゃんとの冒険でムイラ村の村長が推薦してくれたおかげで2からあがったんだ。


 新しい「冒険者名鑑」だとママはレベル90だったから私の30倍強いということになる。

 数値だけでみるといつかは追いつけそうな気がするんだけど、高くなるほどレベルがあがるための条件は厳しくなっていく。


 レベル90以上の冒険者というのは少なく、どのくらいかっていうとレベル90になったら出身地でお祝いされるくらいスゴイことなのだ。


 そのお祝いのときに私はママへのプレゼントとして四つ葉のクローバーを90枚集めるんだと意気込んでた。

 今考えればそんなに見つかるわけはないんだけど、あのときは90枚どころか1枚も見つからなくて……夜中にひとりで懸命にクローバーを探してたらママが心配して見にきてくれたんだよね。


 ママの顔を見たらなんだか泣きそうになっちゃって……でも泣き顔は見られたくなくて……ママのお腹に抱き着いて、顔を埋めていじけてたんだ。

 「あっ、見て、ホタルよ」とママが言ったから顔を離すと、飛んできたホタルが私の鼻に止まったあと、 近くのクローバーまで飛び去っていったんだ。


 ホタルが飛んでいった先にはなんと……九つ葉のクローバーがあったんだよね。


 九枚の葉っぱのクローバーなんてママも私も初めて見た。レベル90のお祝いに九つ葉のクローバーってなんて縁起がいいんだろうとママはとっても喜んでくれた。

 それを押し花にして栞を作ったんだよね。ママはまだ持ってるかなぁ……。


 盾ひとつでモンスターと渡り合う勇ましいママの雄姿と、いじけた私をなぐさめてくれるやさしいママとの懐かしい思い出。


 描かれたママの姿を見て、思いをはせるうちにますますやる気が出てきた。

 こんな所でつまずいてる場合じゃない。私もいつかはこんな風に名鑑に載ってやるんだ。

 ママが1ページだから、私は見開きの2ページで……いや、巻頭カラーで!


 伝説の勇者ともなると巻頭にカラーページで特集が組まれる。

 この当時に伝説扱いされているのはどんな人だろうかと表紙まで戻ってみる。


 巻頭の見開きページでは三人の冒険者が揃ってポーズをキメていた。

 左は格闘家らしい女の人、右は魔法使いらしい女の人、真ん中にいるのは……車椅子に乗った女の人だった。


 車椅子には金属のアームがいくつもついていて、そこには盾やらクロスボウやらがついていた。

 すごい……武装した車椅子なんて初めて見た。これは誰なんだろう?


 ロサーナ・カルミン

 通り名:アーミー・オブ・ワン

 クラス:ガンナー

 パーティレベル:102

 出身:バスティド島フィアトーク


 ロサーナ? ……ロサーナさんっ!? この名前……車椅子……そしてこの人を食ったような顔……。

 間違いない! 彼女は冒険者だった……それもレベル100超えの、伝説級の冒険者だったなんて……!!


 そんなすごい人がなんで今、こんな所にいるんだろう? しかも20年間も……。

 本人に理由を聞いてみたこともあったけどはぐらかされたんだよね。


 なにかもっと彼女を知るためのヒントはないだろうか。

 手がかりを探すため、パーティメンバーのプロフィールも見てみる。 


 オベロン・ジョイス

 通り名:サウザンドアイビー

 クラス:魔法使い

 パーティレベル:102

 出身:バスティド島ラカノン


 あれ? ……もしかしてこの人、オベロンさん?

 今年の夏休み前にアルバイトでニンジン畑をウサギから守る仕事をやったんだけどその依頼主がオベロンさんというおばあさんだった。


 彼女はいまラカノンの村で魔法栽培による農業をやっている。

 元々植物の扱いに長けた魔法使いだったんだろうか。


 まるで衣装みたいにツタを身体中にまとわせたオベロンさんはなんだか妖艶なカンジで、植物の女王みたいな風格を漂わせていた。

 あんな人のよさそうなおばあちゃんが昔はこんなに血気盛んだったなんて……。


 残るひとりに視線を移す。

 ぱっと見はどこかで見たことあるような顔。


 ジオール・ムイラ

 通り名:岩砕きのジオール

 クラス:拳士

 パーティレベル:102

 出身:バスティド島ムイラ


 名前と出身地を見てハッとなる。

 ムイラ……? まさかムイラの村の大ばば様?

 名前はわからないけどイラストの顔には面影があるし、お祭りで見せてもらった演武と同じ構えをしている。


 岩をも砕く拳と頭突きを、いまにも繰り出してきそうな鋭い目つき……まちがいない。

 この人はムイラの村の大ばばさまだ。


 まさか私の知るおばあさん3人が昔パーティを組んでて、しかもこんなに有名な冒険者だったなんて……。

 いまは引退しちゃったんだろうか?


 年をとったら冒険者をやめちゃう人もいる。オベロンさんや大ばば様みたいに村に隠居して残りの人生を平穏に過ごす人たちだ。

 逆に一層冒険に励む人もいる。まるで死地をモンスターの巣窟に求めるかのように。


 ロサーナさんは……どっちなんだろうか?


 暮らしぶりだけ見ていると隠居したように見えるけど、その住居はモンスターだらけの塔だ。

 私が来るまで非常食を食べてしのいでいたらしいから、平穏とも程遠い。


 彼女がここにいる理由は気にはなっていたけど……すごい冒険者ということがわかってますます知りたくなってきた。

 いてもたってもいられなくなった私は名鑑を本棚に戻すと、食堂に戻った。


「おや、帰ってきたのかい、またトロールにやられちまったのかい?」


 ロサーナさんはまだお茶を飲んでいて、からかう口調で迎えてくれた。


「どうしてあなたはここにいるの?」


「なんだいヤブから棒に。ショックでおかしくなっちまったのかい?」


 これでも飲んで落ち着けとばかりに、私が残していった空のカップに紅茶を注ぎはじめる。


「教えて、ロサーナ・カルミンさん」


 フルネームを口にした瞬間、伝説の冒険者のポットを傾ける手がぴたりと止まった。

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