素顔
彼の腕から、体から伝わるぬくもり、微かに香るシャツの柔軟剤の香り。
心臓がドクドクしてきた。頭がクラクラする。もうだめっ。
「あのっ。ありがとうございました!」
私は堪えられず、彼の胸を手の平で静かに押した。
「ははっ。顔真っ赤。」
彼はからかうように笑いながら言った。
「だって。あなたが急に・・」
「急に、なに?」
「・・何でもないです。」
急に、抱き締めるから、なんて恥ずかしくて言えない。
「もう大丈夫そうだな。」
彼は優しく笑う。
あっ。私は、さっきまでの奮えるくらい怖い気持ちが消えていることに気が付いた。
「ほんとに、ありがとうございました」
私は満面の笑顔でお礼を言った。
「ちょっと待ってて」
オフィスを出ると、彼が言った。
彼は、私の前に車を止め、助手席を開けた。
「乗って。おくるから。まださっきの奴いるかも。」
「すみません、ありがとうございます。」
私はお言葉に甘えることにした。
「影山社長?」
運転をする彼に話かける。
しばらくの沈黙。
「・・・何?」
「いえ、やっぱり何でもないです」
私のこと覚えてますか?
って聞こうとしたけど、何だか聞けなかった。
聞きたいことはたくさんあるけど、彼は聞かれたくないのかもしれない。そんな気がした。
しばらくして家に到着した。私は車を降り、彼にお礼を言う。
「ありがとうございました。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
私は車が角を曲がり見えなくなるまで見送った。