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02

 魔法少女はその正体を隠す。魔術は隠秘を旨とするから──という訳ではなく、多くは恥ずかしいからだとか、生活に支障をきたすからだとかの理由でその正体は隠されている。中には公言して憚らない者も居るが、その数は少ない。変身ヒーローのほとんどは正体不明である。

 魔法少女は系譜を魔女に辿る為か、使い魔、あるいはそれに類するお供を連れている事が少なくない。魔術が広まり一般人が使い魔を連れる事が技術上可能になったとはいえ、一般人で連れている者はほとんど居ない。未だに使い魔というのは、魔女の、あるいは魔法少女の連れるものだというイメージが強い。当然普段から使い魔を引き連れていれば正体はばれる。使い魔が常人に見えなければ良いが、そうでないのも多い。その為、使い魔が居る事を隠す為に、ある者は使い魔を家に留め、ある者は使い魔をアクセサリーに変じさせ、ある者は使い魔の人形の様な外観を活かして人形として押し通す。

 使い魔は魔法少女に出会うまで長年封じられていた者も少なくない。その為、会話に飢えている者が多く、お喋りな事が多々ある。その為、魔法少女が使い魔を大衆の居る場所へ連れて行く時には、喋ってはならないと厳命する事が多々ある。その約束が破られ一騒動起こる事もある。

 とかく魔法少女という者は自己の正体を秘密にする為に細心の注意を払う事が多い。

「分かった?」

「ああ、分かったよ。学校では」

「うん、私に喋りかけてきてね」

 紐を通され簡易なブレスレットになったタマは、法子の髪を梳かす手の動きに合わせて揺れながら、疑惑の念を送っている。

「でもどうしてだい? 普通正体を知られない為にも人前でのやり取りは禁じるものだろう?」

「だってタマちゃんと話すのに声に出したりしないでしょ? ばれる訳無いもん」

「まあ、そうだが、何があるか分からないだろう? 学校と言えば四六時中人と関わる場所だ。うっかりという事もある」

「大丈夫だから安心して」

 妙に断定的な法子の言葉をタマはどうしても信じられなかったが、それでも、今迄会話に飢えていたので、話をして良いというのは嬉しかった。

 法子が黒い髪を二つ縛りにする手の動きに合わせて、タマは揺れ動く。法子の目を通してセーラー服を眺めながら、先代の通っていた学校を思い出して、タマは何だかわくわくとした。


 教室は喧騒で満ちている。法子の近くでも女の子達が騒がしく会話をしている。法子はというと本を読んでいる。昨日は半分まで呼んだので、今日はその続きからだ。黙々と読書をする法子にタマはおずおずと思念を掛けた。

「向こうで賑やかに話しているけど、君は会話に入らないのかい?」

「うん、だってあの人達友達じゃないし」

 法子の顔はほとんど表情が抜け落ちている。朝の喧騒に包まれた教室は温かいのに、法子の周りだけは空気が違った様に冷え切っていて、何だか寂しかった。

「そうか……なら友達の所へ行ったらどうだね? 本なんていつでも読める。今は交友を厚くすべきだろう」

「私、友達居ないから」

「友達が居ない? そんな事は無いだろう」

 学校と言えば同年代の子供達が沢山集まる場所だ。法子位の年齢であれば、学びの場としてだけでなく、仲間を見つける場所でもあるはず。少なくともタマが今迄見てきた学び舎は全てそうであったし、タマの主人やその周りで友達が居ないという者は居なかった。

「普通居るものだ」

 言ってからタマは気付いた。あくまでそれは普通の場合で合ったらの話だ。普通でなかった場合にはその限りではない。長年魔女という概念に振れていながら何故そんな事も思いつかなかったのか。友達が居ない。孤独である。それはとりもなおさず、法子が出生や身分等の理由で迫害を受けているという事だ。

「タマちゃん」

「な、なんだね、御主人」

 タマが思わず改まった口調の思念を送ると、法子は冷徹に言った。

「私とあなたは繋がってるんだからね」

「分かっているさ。安心してくれ、私は君を見捨」

「だからあなたが伝えようとしなくても、はっきりとした言葉としてじゃなくても、なんとなくあなたの考えは伝わって来るんだからね」

「ん? ああ、そうだよ。今更言われなくても」

「あのね、多分あなた、私が何か特殊な生まれで、その所為で無視されていると思っているでしょ? そう同情しているでしょ?」

「う……ああ、そうだ。確かに同情されるのは心外だろうが」

「全然見当外れだから」

「何?」

「あのね、私はふっつうの生まれで、別に何にもおかしい所は無くて、周りの人達もわざと私の事を無視してるんじゃないから」

「どういう事だ? なら何故君は周りと話そうとしない」

 タマは本気で困惑していた。そんな事在り得るはずが無いと信じ込んでいる。人はすべからく他者と交流をするべきだと信仰している。話をするものだと信じ切っている。法子はちくしょうと思った。怒りや悲しみを始め、恥ずかしさや笑い等様々な感情が湧いたが、突き詰めればそれはただ一つの言葉、ちくしょうに収斂された。

「私が話せないから」

「何故?」

「何故も何も私が人と話すのが苦手だから」

 その言葉は益々タマを困惑させる。

「私とはこうして話しているじゃないか。思念のやり取りだが」

「そうだね。自分でも何でこんなに普通に話せているのか良く分からない。あなたが人じゃないからなのかもね」

「しかし、話すのが苦手とは、分からない。見た所、礼儀は欠けていない。礼を失さなければ人と話すなど特段技術が要るものでもないだろう」

 そんな言葉を言われたら、法子は自嘲するしかなかった。そんな普通の事さえ出来ないのが自分なのだと。

「何話していいのか分からない。話しても嫌われそうで怖い。上手く話せるかどうか分からない。だから話せないの!」

 段々と法子の思念が荒くなってくる。

「そうは言ってもだな、友達との会話なんて話す内容はそれこそ話す内に作っていく物だろう。嫌われるなんてよっぽどの事だ。話の得手不得手なんて人それぞれ、別に下手だからって恐れる事は無い。気にする人なんて居ないよ。案ずるより産むが易しだよ。話してみれば良いのさ」

「無理だよ! だってもうみんなグループ作って固まってるもん。今更私が話しかけたって何こいつってなるに決まってるし」

「そんな事は無いだろう」

「なる! 絶対なる! タマちゃんは学校を知らないからそんな事が言えるんだよ!」

「確かに今の学校は知らないかもしれないが」

 法子の息が荒くなる。それを近くで談笑している内の一人が気にして、法子へ視線を送って来た。それに気が付いて、法子は俯く。見られた。一人でぜえぜえ息を荒くしている所を見られた。気持ち悪い奴だと思われた。法子は途端に恥ずかしくなって、興奮していた自分を戒めて、思念を沈ませる。

「それにさ、私、話が下手なだけじゃなくて、皆が知ってる事も知らないし、流行なんて特に分からないし、むしろそういうのつまらないって感じるし、人と一緒に居るのが嫌だし、気持ち悪くなるし、むしろ私が気持ち悪いし、変な匂いがするし、肌も汚いし、油っぽい気がするし、体も曲がってるし、顔も体も貧相だし、運動とか出来ないし、得意な事も無いし、卑屈だし、すぐ落ち込むし、心が汚くて人の悪い所ばっかり見ちゃうし、本当に良いところないし」

 どんどんと法子の自虐が重なっていく。その自虐の大部分が法子の頭の中で形作られ発酵した妄想に過ぎなかった。だが法子はそれを本気で信じている。タマはそんな自虐が出る度に、そんな事無いさと否定していくのだが、法子は聞いていないかのように自虐を続け、タマは聞いていて気が滅入ってきたので、それを止めた。

「分かった。分かったから止まってくれ」

「あ、ごめん。本当にさ、私、話しててもこんなんだし、いっつもこんな事考えてるし」

「分かった。君が自分をどう思っているのかは十分に分かった」

「本当にごめんね。嫌だよね、こんなのと四六時中に一緒にさ。そもそも何で私が選ばれたの?」

 法子の質問にタマは答えあぐねた。法子はどんどんと沈み込んでいる。恐らく学校でいつも感じている苦しみがタマと会話した事で爆発したのだろう。それを止める為に、何とか法子が駄目ではないと伝えたいのだが、今の質問の答えでは励ます事が出来ない。とはいえ嘘を吐いたところで思念が繋がっている以上ばれてしまうので論外だ。意図的に送る思念を選別する事も出来るが、これから信頼関係を築く相手に隠し事みたいな事はしたくない。仕方なしに、タマは正直に答えた。

「理由は無いよ。君が私を見つけた。運命が噛み合ったからさ」

「多分私よりももっとふさわしい人、居るよ。だから」

 法子が続けようとした思念の上に、タマが思念を覆い被せる。

「私は君が気に入った。私は君を魔法少女にする。だから君から離れるつもりは無い」

「え、な……べ、別に勝手にすれば。でもきっと直ぐ嫌になるよ」

 法子の思念は言葉上、未だに頑なな自己卑下であったが、ほんのりと嬉しそうな思念も伝わって来た。よしよしとタマも嬉しくなる。とりあえず沈み込むのは止まったし、これで良しとしよう。これ以上、言葉を重ねると逆に心を閉ざしてしまう可能性もある。でもその前にどうしても言っておきたい事があった。

「君は自分の事を駄目だ駄目だと言っていたがな、私からすれば決してそんな事は無い。この世の何処にもいない完全な人間でも目指しているのかい? 君は何処からどう見ても可憐な女の子だ」

「嘘ばっかり」

 言葉ではそう言っているが、やはり喜びの感情が流れてくる。タマはとりあえず言いたい事は言ったので思念を伝える事を止めた。法子から混乱した思念が流れ込んでくる。多分、褒め言葉をどう受け取って良いものか迷っているのだろう。やがて法子がおずおずと思念を伝えてきた。

「ありがとう」

「いや、事実を伝えたまでだ」

「タマちゃんが男の子だったら良いのに」

「性別は君が勝手に決めたんだ。今からでも男に換えたらどうかな?」

「ううん、無理。もう私の中でタマちゃんは完全に女の子だから」

「そうかい。まあいいけど」

「タマちゃんが沢山居たらな。百本位居たら賑やかで楽しいのにな」

「やめてくれよ。自分が沢山居るなんて悪夢だろう」

 タマがぼやいていると、教師が入って来た。皆が一斉に自分の席へと戻り始める。やはりいつの時代も学び舎は統率がとれているなぁとタマは感心した。一方、法子は初めて楽しい朝の時間を過ごせたので満足していた。

 その日は法子にとっていつになく早く時間が過ぎた。いつもであれば休み時間の間は早く時間が過ぎろと祈り続けていたが、今日は違った。タマとの他愛の無い会話が楽しかった。いつもなら授業の時間が終わらない様に祈っていたが、今日は違った。早くタマと話したくて──授業中に話しかけるとちゃんと勉強しろとタマは取り合ってくれないから──授業が終わるのを待ち遠しく思った。会話の話題は主に本の内容で、それはタマが気を使って法子の生活の話題を意図的に避けた為であった。法子もその気遣いは気になったが、それ以上に初めて自分の趣味に耳を傾けてくれる友人を持った為に、家族に話すよりも饒舌に語った。今日という日はあっという間に過ぎた。

 帰り道、法子は相も変わらず本の内容を語っていたが、それをタマが遮った。

「ちょっといいかな」

 というのも、流石に今の状況を続ける訳にはいかないとタマは思ったからだ。段々でも良いから、少しずつ法子と周囲を関わらせていきたい。やはり友達が一人も居ないと言うのは歪んでいる。

 タマの見た所、今の法子は外から拒絶されているというよりは、外を拒絶している。それは外への恐れと外への無関心の二つに起因している。だから少しずつでも外に目を向けさせて、興味を持ってもらえば治っていくはずだ。

 だからタマは今日、別の学生の話を聞き耳して得た情報を開示してみた。

「最近、この近くに大きな店の集まりが出来たそうだよ。アトランと言ったかな? 何でもそこに国内最大の魔術専門店があるそうだ。出来れば後学の為に行ってみたいのだが」

 何でもそこには人が沢山集まるらしいし、学校が終わった後は学生が多いそうだ。まずは人に慣れる所から始めた方が良いだろう。そんな意図での提案だった。だが、

「嫌」

「どうしてだい?」

「目的が透けて見える。その気持ちは嬉しいけどね。でも嫌。人ごみは苦手だし」

「そうか」

 思念から迷いが読み取れた。脈無しという訳ではなさそうだ。ならばここで無理を言って拒否感を持たせてはいけない。そう思ってタマはあっさりと退いた。

「なら一先ず帰って魔法少女の訓練をするか」

「え? ホントに! 変身できる」

「ああ、勿論だ」

「うん! じゃあ、早く帰ろう!」

 法子が元気に走り出した。そんな姿を感じてタマは現金な主だなと苦笑する。

「それじゃあ、家まで駆け足だ。魔法少女は体力が無ければならない」

「う、もう無理。吐きそう」

 少し走って法子は立ち止まり、息も絶え絶えにそう言った。ほとんど進んでいなかった。苦しそうな姿を感じてタマは、今回の主は本当に難儀しそうだなと嘆息した。

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