12
「切った人間への見舞い? 止めておいた方が良いと思うけれどね」
「でも、このままじゃ後味ばっかり悪いし。ちゃんと私があの魔法少女だって事を知ってもらって謝らないと」
「変身した状態で行くのかい? 言っとくけど、今の君の評価は子供を切ったやり過ぎヒーローだよ? 未だにテレビでやってるじゃないか。変身ヒーローの在り方についてとかそんな題名が付いて。それで病院なんか行ってみなよ。死神が迎えに来たって騒ぎになるよ」
その言葉に法子は傷ついたという顔をして、沈み込んでしまう。
「いや、一応最後のは冗談だから笑ってほしいんだけど」
タマの言葉に法子は首を振る。
「ううん、タマちゃんの言う通りだよ。私は今、悪役だし、それで人前に出たらまずいっていうのも分かってる」
「だから、昨日みんなの前に出て高らかに宣言すべきだったんだよ。今からでも遅くないんじゃない?」
魔物を倒した後、法子は本当に何も言わずに皆の元に戻った。校内に隠れていた生徒達に混じって、さも怖くて隠れていたという風を装って。
タマには何とも歯がゆかった。どうしたって解決した事を知らしめておいた方が、法子にとって良いはずだから。
でも法子は拒む。
「私は、陰ながら人を助ける事に決めたの。人前に出るなんて性に合ってないもん」
「まあ、君がそう言うなら良いけど」
法子だって分かっている。確かにタマの言う通りで、昨日みんなの前に出て自分が倒したと言って、子供を切ったという汚名を僅かなりとも払拭すべきだったのだろう。そうしなかったのは、結局法子の我が儘だ。違うと思ったからだ。華々しく人前に出て賞賛を浴びる偶像と身命を賭して人々を守る英雄は全く違うもので、相容れない。何となくの漠然とした思いではあるけれど、法子はそう思っていた。そう、どちらかと言えば、助けたほんの一握りの人にだけは分かって貰えて、残りの大部分には忌み嫌われる、そんな英雄になりたいと思った。苦しむ人々を守る存在なのに、自分だけが幸せの絶頂を目指す事は、何となく嫌だった。自分が苦しむからこそ、苦しい人を分かってあげられる助けてあげられる。魔法少女になって苦楽の感情に浮き沈んだ二週間は、法子にそんな考えを閃かせた。
「変身した私が出て行って混乱するなら、変身しないでお見舞いに行って、傷付けちゃったあの子にだけ正体を明かせば良いでしょ?」
「あのね、ああもう、本当に分かっているのかな? その子にとって君は、自分を切った憎い奴なんだよ?」
「分かってるよ。だから謝りに行くんでしょ?」
「だから、そんな奴が来たって嫌なだけで、そもそも謝られたってそんな簡単に許せる問題じゃ無いし」
「それでも行くよ。だって今のままじゃ、私、英雄なんかじゃなくて、切り裂き魔だもん。助ける人と倒す敵を区別しないと。だからあの子供とそれからあの魔法少女、二人にちゃんと謝らないと私は英雄になんか絶対なれない」
法子がそこまで決意しているのであれば、それの正誤はともかくタマに何か言える事では無かった。
「法子、病院に着いたけど、心の準備は?」
「まだ、あんまり」
法子は苦い顔をして病院の門を眺めた。
「今更?」
「だって」
タマが呆れながら病院を見上げた。白い建物は何だか泰然と乾燥していて、とても中で粘液に塗れた人の生き死にが繰り広げられているとは思えない。
法子が玄関を通り抜け、中に入る。人の数は多い。タマは目当ての子供をどう探すのだろうと疑問に思った。
「ああ、でもあそこに並んでいる病院の人間に聞いてみれば良いんだな」
入ってすぐそこに看護士が並んでいるのを見てタマはそう結論付けたが、法子は否定した。
「赤の他人の私にはきっと教えてくれないよ」
「そうなのかい? 君が人見知りして話し掛けたくないだけじゃなく?」
「それもあるけど……でも教えてくれない」
「じゃあ、どうするんだい?」
「どうしようね」
法子は受付を過ぎて病院の奥へ進んでいく。だが目的に向かって進んでいる様にはとても見えない。辺りを見回しながらさ迷っている。
本当に何も考えていなかったのか、こいつ。呆れたが、すぐに考えを改める。見つからないならそれに越した事は無い。法子が目的を果たすのではなく、法子が無事で居る事が大事なのだ。
「じゃあ、帰ろう。こんなに人が居たんじゃ見つかる訳が無いよ」
「うーん、そういう訳にも」
そう言って、法子が何気なしに廊下の途中の休憩スペースを見た。そこに居た。
法子が切った少年がそこに居た。パジャマ姿の少年が点滴を脇に立てて顔を顰めてお腹を押さえていた。
その苦しそうな顔が、切られた直後の少年の顔と重なって、法子の頭の中が真っ白になって駆け寄った。
「大丈夫?」
すると少年は顔を上げ、法子を見つめて、不思議そうな顔をした。
「誰?」
「えっと私は」
「まあいいや。俺、今暇なんだ。話し相手になってよ」
さっきの苦しそうな顔は何処へやら、少年は嬉しそうに笑って、自分の隣のソファを叩いた。
「怪我は大丈夫なの? 痛そうにしてたけど」
「うん、お腹に傷があるんだけど、そんなに重い怪我じゃないから。たまにさっきみたいに痛くなるけど平気」
「そうなんだ」
何と答えていいか、法子には分からなかった。
「お姉さんは誰かのお見舞いに来たの? あ、俺、後藤純って言うんだ。よろしく」
「あ、十八娘法子です」
「ねごろ? 珍しい名前だね。それで、誰かのお見舞い?」
「うん、まあ、そんな感じ」
法子が曖昧に答えた。あなたのお見舞いに来たとは言えなかった。
純は嬉しそうに身体を揺すりながら、楽しそうに語り始めた。
「俺はね、今入院してるんだ」
「うん」
「あのね、俺、この前魔物が出た時に魔法少女に切られたんだ、お腹」
法子の心臓が止まりそうになった。まさか向こうから核心を突いてくるとは思わなかった。驚きすぎた反動で、勝手に言葉が口を衝いて出た。
「その魔法少女の事、恨んでる?」
自分で言った言葉なのに自分で傷ついて、法子の視界が揺れた。緊張で呼吸が荒れて、酸欠気味になっていた。ああ、聞いてしまった。後戻りは出来ない。そう思うと、胃に詰め物をされた様な不快感があった。
純は笑う。
「全然!」
明るく言い切った純の言葉が信じられずに、法子は重ねて聞いた。
「本当に? 切られたのに?」
「うん! だってあれ、魔物を倒す為に仕方が無い事だったじゃん。むしろ凄い事だよ。友達も羨ましがってたし」
その感覚が法子には理解出来なかった。
純が悪戯を思いついた様な、秘匿と稚気を孕んだ笑いを浮かべた。
「あのね、これ、お母さんには内緒にしてね。俺、変身ヒーローになりたいんだ」
「ヒーローに?」
「そう! エリーパーって知ってる?」
法子は知っていた。少年漫画に出てくる架空のダークヒーローだ。さっぱり人気が出ずにすぐ打ち切りとなったが、法子はそれなりに好きだった。
「分かるよ。読んでたから」
「ホントに? 俺、それになりたいんだ」
「ダークヒーローに?」
純は首を振る。さっきからずっと笑顔。よっぽどヒーローの話題を喋るのが嬉しいらしい。
「そうじゃなくて、あんな風にみんなに分かってもらえなくても、みんなにいじめられても、それでもみんなの為に闘うヒーローになりたいんだ。みんなにちやほやされてる普通のヒーローより、よっぽどカッコ良いじゃん?」
その思いを法子は良く理解出来た。何せ、法子が目指しているヒーロー像と全く同じだったから。
「エリーパーの事、友達はつまんないしカッコ悪いって言ってたけど、でも俺はなりたい。あんなヒーローに。変かもしれないけど」
「変じゃないよ」
「本当?」
「うん。だって私も同じ。そんなヒーローになりたいもん」
その時、突然純が顔を顰めた。どうやら傷が痛くなったらしい。
「あ、大丈夫?」
法子が気遣わしげに俯いた純を覗き込む。純はそれに笑って答える。
「大丈夫。ちょっと痛かっただけ」
法子があんまりにも不安そうにしているので、純は元気づかせる様に言った。
「本当に大丈夫だから。傷はすぐ治るって言われたし、それにこの傷は勲章だし」
「勲章?」
「そう、怪我は男の勲章なんだよ。この傷は魔物を倒す為の傷だから、だから誇りに思えってお父さんも言ってたし」
「そう、なんだ」
それは法子には理解出来ない観念ではあったけれど、でも、法子はその少年の言葉に、安堵して、心が軽くなって、情熱が湧いて、頑張ろうと思った。頑張ってみんなを救おうとそう思った。
「あ、純君! こんなところに居た」
三人が声のした方を見ると、看護士が一人、誰も乗っていない車椅子を押していた。
「まだちゃんと直ってないのに出歩いて、駄目でしょ」
「あーあ、見つかっちゃった」
純は残念そうに呟いて、立ち上がった。
「怪我、早く治したくないの?」
「はーい、ごめんなさーい」
「もう」
看護士に促されて車椅子に乗って、純は摩子と法子に手を振った。
「じゃあね、楽しかった」
そうして看護士に押されて、去っていった。
それを見送ってから法子は病院を後にした。
「良かったじゃないか、向こうは恨んでいなくて」
病院を出て、ショッピングセンターに直通するバスに乗り込んで、人心地ついた法子に向かってタマが笑って言った。
「うん」
病院に行って良かったと法子は同意する。これで罪が償えた訳ではないけれど、それでも少年に行為を肯定された事で心がとても軽くなった。
「でも結局謝らなかったんだね」
「う」
痛い所を付いてくる。
「何ていうか、私が魔法少女だって言っちゃまずかったと思う」
「そう? 向こうは恨んでいない様だったけど」
「そうじゃなくて、私があの時のヒーローだって分かったら、きっとがっかりしただろうから」
「そんな事無いと思うけど」
法子の劣等感は根深いなとタマは残念に思った。あの少年に肯定された事で一気に明るくなってくれないかと期待したのだけれど。
「まあ、何にせよ、病院に行って良かったね」
「うん」
「これで心置きなく、タマちゃんが行きたがってたお店に行けるね」
「そうだね」
同意してから、タマはどういう事かと不思議に思った。何がどう折角なんだろうか。それは良いにしても、行きたがっていた店?
「行きたがっていた店って、もしかして国内最大の魔術専門店の?」
「そう、そこ! アトランだっけ?」
タマは一瞬思考が遠ざかり近付いては遠ざかる様な錯覚に陥った。振り子の様に揺れ動く掴めそうで掴めない思考をようやく掴み取った時、タマが法子に短い強烈な思念を伝えた。
「え!」
「えって何?」
「いやだって、え? 本当に? 何で急にそんな。いや、ありがたいんだけど」
「何でって、分かんないけど、何となく、嬉しくて」
タマは更に追求したい気持ちもあったが、法子の思念のトーンが落ち始めた事に気が浮いて、これ以上言い重ねるのを止めた。今は素直に喜ぶべきだ。
「うん、私も嬉しいよ」
「何だか凄く腹立つんだけど」
バスが止まり、ショッピングセンターに着いた。
ショッピングセンターに降り立ってタマはまず人の多さに驚いた。こんなに沢山の人間がごった返す場面を今まで見た事が無かった。
実際のところ、日曜日にしては客の入りが随分と少なかった。というのも連日の魔物騒動で近辺に強力な魔物の到来が予想されていたから。それでもタマにとっては、そして法子にとってもこんなに大勢の人間の最中に紛れ込む事は初の体験だった。
「ちょっと酔ってきた」
人ごみの中を歩き始めて早速法子は気分が悪くなる。
「大丈夫かい」
だが今更戻ろうにも法子に人の波を掻き分ける力は無く、流されていく事しか出来ない。
更に歩くと人波が三つに分かれた。ようやく人との間に隙間が出来て、法子はまばらになった人波の合間を抜けて壁に寄りかかった。
「本当に人が多いね」
「大丈夫かい?」
「うん、何とか」
「しかし沢山店があるな。場所は分かるのかい?」
「うん。事前に調べておいたから。一番上の階の、って言っても二階しかないけど、その真ん中に噴水があるんだけど、その近く」
法子は壁を離れて再び歩き出した。エスカレーターに乗って二階へ上り、更に奥へ進んだ。丁度ショッピングセンターの中央まで来ると、そこに大きな噴水があった。
「もうちょっとだよ」
「大丈夫かい?」
「う、うん。頑張る」
少しずつ足取りの重くなってきていた法子だが、何とか力んで先へ進もうとした。
ふと視線の先、噴水の一角に黒い影が立ち上った。何も無い所から、突然現れた様に見えた。
何だろうと思っていると、タマの叫びが聞こえた。
「まずい! 逃げろ! ここを離れろ!」
法子はぼんやりと影を見つめ続けた。影は段々と人型になって、何だか揺らめいている。
影の周りに居た人々がその影に気が付いて、驚いて、叫び声を上げて、逃げ始めた。それが連鎖して、辺りの人々が一斉に噴水から駆け離れる。
法子はそれでもぼんやりと影を見ていた。
「おい! 法子! 早く逃げろ!」
影は段々と大きくなって、それが人位の大きくなると、顔の辺りにぽっかりと穴が開いた。
あ、ヤバいなと思って、現実感の無いままに逃げようとした。けれど法子が逃げる前に影のぽっかりと空いた口に光が集い、それが放たれた。法子に向かって。
その光が法子の直前に迫った瞬間、法子の目の前の空間が歪み、光を抑え込む。そうして光が破裂して、辺りに炎と爆音が広がった。
そこでようやく法子の頭が現実に追いついた。
「な、何? 今の」
困惑する法子はいつの間にか魔法少女に変身していた。
「何とか間に合った。良いから、法子逃げるぞ」
「タマちゃん、あれ何?」
「魔王だよ、魔王。遂に現れたんだ」
炎の向こうに、更に大きくなって天井に付こうとする影とその周りに生み出された沢山の魔物が見えた。




