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01

 頭上には空を埋め尽くす夥しい光が輝いている。少女は人を磨滅させんとする光群を見つめ、笑う。

 眼前には天を摩す様な黒い巨体が居る。その怪獣映画にでも出てきそうな暴力的な姿を見つめ、少女は笑う。

 私はここで死ぬだろう。代わりに英雄となれる。

 少女は刀の柄に手をかけた。今迄の人生を振り返る。そして死を思う。何の感慨も無い。けれど顔には笑みが張り付いている。

 頭上から破壊の力を込めた光が降り注ぐ。

 それを合図に駆け出した。

 孤独な魔法少女が英雄となる為に。


 魔術が当たり前になった世界。変身ヒーローが職業の一つになった世界。ほんの些細な偶然で、人が魔法少女になれる世界。

 それでも今迄は変身ヒーローを目指す者は子供っぽいと非難を浴びていたが、ここのところ若者の間で変身ヒーローを目指す事が容認され始めている。

 ロンドンで開かれた第十五回技術革新の諸問題における世界的枠組み会議、通称第十五回魔術会議において、魔物の討伐に関する条約が見直され、民間の魔物討伐従事者の待遇が向上し、日本においても魔物討伐の国家資格、及び民間資格の所持者に対して特に金銭面の大幅な改善があった。

 魔物討伐は儲かる。第十五回魔術会議以降急速に広まったその噂──金銭だけで計るならそれは確かに正しかった──によって、魔物討伐専門職の一つである変身ヒーローを目指そうとする者が増えた。

 今迄人々は変身ヒーローなどテレビの向こうで活躍している有名人位に思っていた。そこに舞い込んだ儲かるという実益は凄まじい衝撃を持って世間に浸透し、儲かるという話から尾ひれがついて、曰く楽そう、曰く楽しそう、曰く人気者になれる、曰く一生安泰、曰く自慢出来る、曰く自由である、曰く税金がかからない、これらの安直で間違ったイメージが広がり過ぎた。そうして、就職を嫌悪する大学生や会社から逃避したい社会人がその絵に描いた餅に憧れを抱く様になった。

 そうして多くの者が挫折した。幾ら待遇が改善し多額の金銭が受け取れるようになったとはいえ、その為には資格を取得しなければならない。少なくとも民間資格の3級(町内の防衛相当)を持たなければはした金すらもらえない。まともに生活するのであれば、民間資格の一級(広範囲の防衛相当)、あるいは国家資格のE+ランク(レベル2以下の作戦従事)が最低条件である。

 三千人しか取得していないその資格は、ペーパーテストも実技テストも存在しない。取得する為の条件は一つ、ランクに応じた魔物の災害を食い止める事。難易度としては甲子園に出場する位の努力を重ねて、ようやく取れるかどうかといったところ。

 けれど未だに希望者は後を絶たない。まだ挫折を味わっていない者が後から後からやってくるのもそうだし、特に変身ヒーローの場合、突発的な才能の開花が良く話題にがるからだ。自分も何かの偶然でなれるんじゃないかと期待してしまうのだ。だからこそ変身ヒーローは人気がある。


 変身願望は誰もが持っているありきたりな願いの一つだ。誰かになりたい。何かになりたい。何かをしたい。何かを変えたい。現実への不満は多少なりとも変身に繋がる。

 変えたい。変わりたい。努力の伴わぬそれらの願いは時に現実逃避と蔑まれるが、その愚かさが時に世界を変える。断じて言おう。何かに変わりたいと願うあなたの変身願望は崇高な物である。


 ここにもそんな変身願望を持った者が居る。名を十八娘法子という。何処にでも居る中学生である。ごくありきたりの世界に囲まれてごくありきたりの生活を送っている。姓が些か特殊なのがコンプレックスの一つで、周囲の注目以上の注目を感じてしまって怯えている。いつも苗字を呼ばれる度に小さくなる。名が地味なのも気にしていてもっと良い名前にしたいと思っている。

 彼女は常日頃から自分を変えたいと願っている。名前もそうであるし、性格ももっと明るくなりたいし、小学生に間違われる事の多いこの顔や体ももう少し大人びたっていいんじゃないかと思っているし、もっと周囲と上手く付き合いたいと思っているし、そして何より何だか満たされない。何か変わって欲しいと願っている。珍しくもない一クラスに一人はいる内気な少女だ。

 前述した変身願望をこれでもかという位に持っている。それもまた珍しい事では無い。一つだけ違うのは、その変身願望を極端な形で叶える事になる、この一点に尽きる。

 そう彼女は魔法少女となる。


 法子は人の通りかからないうらさびれた公園に居た。友達の居ない孤独な彼女は一人ぼっちの帰り道に、良くこの公園にやって来てブランコに座ってぼんやりとしていた。今日はいつもと変わった事があって、ブランコから離れ、生垣の傍に屈んでいた。

 法子の目の前には刀があった。

 始め見た時は見間違いだと思った。近寄る間も玩具だと思っていた。でも目の前にしてみると、それは玩具でなんか決してなくて、紛う事無き日本刀だった。初めて見た刀は思っていたよりずっと大きかった。

 何でこんな所に刀が落ちているのか。疑問よりも先に期待と好奇心が湧いて、そっと触れてみた。

 金属の冷たい感触が伝わって来た。

「君が私の主か」

「ひえ」

 頭の中に突然声が流れてきて、法子は思わずしりもちをついて、辺りを見回した。だが辺りには誰も居ない。普通の人であれば辺りをもっとよく探すところだが、法子は違った。今迄見てきたフィクションの知識からすぐさま声の正体は刀であると見当づけて、再び今度は勢いよく刀を掴んだ。

「どういう経緯で私を手に入れたのか知らないが、まずは自己紹介から始めよう。君は私の名を知っているかもしれないが、私は君の事をまるっきり知らないんだから」

 再び頭の中に声が流れてくる。

「あなた刀なの?」

 法子は試しにそう思い浮かべてみた。

「その通りだけれど、もしかして君は私の事を良く知らないのかな?」

「まるっきり」

 刀が笑った──そんな印象が法子の頭の中に流れ込んで来た。

「まるっきり知らないのに、そんなに慣れた様子で私と話しているのか。時代は変わったな。魔術が開陳されたとは聞いていたが、ここまで慣れ親しんでいるとは」

「多分、私が特殊なだけ。漫画とかであなたみたいな存在には慣れてるから」

「ほう。良く分からないが、君は何か特殊な役職にでもついているという事かな?」

「そういう訳じゃないんだけれど」

「そうなのか? とにかく説明の手間が省けるのは助かる。では早速だ。誓いを交わそう」

 法子の思考よりも先へ話を持っていこうとする刀に驚いて、法子は刀を強く握り、頭の中で必死に刀を押し止めた。

「待って。私が知ってるのは、あなたみたいに無機物が頭の中に語りかけてくる可能性だけ。あなたがどんなものなのかは、さっき言った通り何にも知らないよ」

「なら説明しなくてはならない訳か?」

「うん」

「そうか。私はどうにもこの最初の邂逅が苦手なんだが」

 何やら愚痴りつつ、刀は面倒そうに聞いてきた。

「何から話せばいいかな?」

「それじゃあ、あなたの目的とあなたが私に何を求めているのかとそれに対して私が何をすればいいのかを教えて」

 一体どんな事を要求してくるんだろう。何か無茶な事を言われるかもしれない。魂を差し出せと言われたらどうだろう。でも今の底なし沼にゆっくりと沈んでいく様な生活よりも刀の無茶な要求に身を破滅させた方が幸せかもしれない。不安半分、期待半分、でもどちらにせよ絶望的な想像を抱きながら刀の返答を待つが中々返ってこない。どうしたのだろうと訝しんでいると、刀が驚いた様子で賞賛をあげた。

「素晴らしいな。こういう時、大抵の人間は混乱して面倒な事になるんだが、君はとても冷静に事態を把握しようとしている」

 素直な賞賛に法子は何だか恥ずかしくなった。考えてみれば褒められたのは久しぶりだ。歯がゆかった。照れ隠しにぶっきらぼうな口調になる。

「そんな事より、私の質問に答えてよ」

「ああ、そうだったな」

 刀の言葉が頭に流れてくる。

「目的は、何となくだな。君に求めているのは魔女になって貰う事だ。君は魔女になってくれればいい」

「魔女?」

「魔女だ。抵抗があるかね? まあ、そうだろう。迫害される身だ。だが本来魔女というのは人を救う身であるという事だけは知っていてほしい」

 刀の言葉は法子の頭の中を素通りしていった。法子はまさかという期待で一杯になっていた。まさか。まさか。だが早とちりはいけない。そう、まだ分からない。まだ魔法少女になれるとは限らない。

「魔女って言うのは、魔女?」

「何を良いたのか分からないが、強大な魔力を持つ女性くらいのイメージで良い」

「魔女になるって言うのは、もしかして悪魔と……そのエッチするの?」

「いや、そんな事はしない。どうも魔女はあの暗黒時代に作られたイメージが強くていけないな。魔女になるのはとても簡単さ。私を携えて、魔女になると願えばそれだけでなれる」

 法子の心臓がはねた。これは。

「魔女になって何をさせたいの?」

「それは君の勝手だけれど、そうだな、人助けでもしてくれれば言う事は無い」

 まさか。

「魔女って黒いローブを着た?」

「それは君のイメージに因る。もっと言えば、私の来歴と君の魔女に対する想像が混ざり合った形になる」

「変身するって言う事?」

「まあ、そうだね。そんな劇的な変化はしないけど。精々髪型や服装が変わる位だな。絶世の美女にはなれないから期待はし過ぎないでくれ」

 何となく失礼な事を言われた気もするけれど、法子にとってはそんな事もうどうでも良かった。

 やっぱりだ! やっぱり変身ヒーロー、魔女っ娘、魔法少女になれるんだ!

「変身ヒーローか言い得て妙だな」

 法子の思考を読み取って刀が答えた。確定だ。魔法少女になれる。

「その魔法少女というのは良く分からないな。今の時代は皆魔法が使えると聞いていたが」

「そういうんじゃないの。魔法少女は魔法少女なの。変身して人を助ける正義の味方なの!」

 法子の興奮した思念に刀は当てられた様だった。しばらく黙り込んでから、ようやっと喋る声音は弱々しく辟易していた。

「まあ、良い。喜んでくれたのならね。どうだい? その魔法少女とやらになる為にも、私と誓いを交わさないか?」

「交わす交わす!」

 法子が大きく首を振ると、刀から笑う様な気配が伝わって来た。

「では誓ってもらおう」

「誓います!」

「早いよ。まずは君の名前を教えてくれ」

「十八娘法子」

 自分の名前にコンプレックスを持つ法子は恥ずかしげに答えた。そして恥ずかしさを払拭しようと間を置かずに質問を返す。

「それじゃあ、あなたの名前は?」

「私は無銘だ」

「そうなんだ」

「さて、法子、良いかい? 魔女とは迫害される存在だ。それでも君は魔女となり魔女として生きる事を誓えるかい?」

 何だそんな事か。刀は今の世の中をあまり知らない様なので勘違いしている。そう今の魔女は、魔法少女は皆から好かれ愛され望まれる人気者なのだ。全くもって迷う必要が無い。

 法子はそう考えてにんまりとして答えた。

「勿論誓います」

「そうか」

 刀がぽんという炭酸を抜いた様な音を立てて法子の指先に乗る位に小さくなった。

「私が大きいままだと何かと不便だろう。小さくなったから常に肌身離さず持って置く様に」

 法子は刀を握りしめて口を尖らせる。

「それより、どうしたら変身できるの? 早く変身したい」

「駄目だ。私の魔術は君の生命エネルギーを使うんだ。使いすぎれば寿命が縮む。無駄な時には使わない様にしなければならい」

「えー」

 法子が不満げに呻いた。

「あのだね、私は私利私欲の為に魔女になって欲しくない。人々を救う存在になって欲しいんだ」

「うーん、分かった。安心してよ。私、悪用なんてしないから。明日から魔物をバンバン倒して人助けをするよ!」

 刀は大げさな溜息を法子へ伝える。この少女は分かっていない。敵を打ち倒す事と人助けの違いすらも分かっていない。だが子供というのはそういうものなのかもしれない。ならばそれを良い方向へ進めるのが私の役目だ。

「それじゃあこれから頼むよ、法子」

「うん、よろしくね。タマちゃん」

 こうして魔法少女への道が始まった。


「おい、ちょっと待ってくれ。何だい、タマちゃんって」

「名前だよ、あなたの。玉鋼のタマ。で、女の子っぽくタマちゃん」

「何でいきなり、そもそも私は女なのか? 刀だし性別なんかないぞ?」

「うーん、これから一緒に過ごすんでしょ? だったら男の人は怖いし、だからタマちゃんは女の子」

「おいおい」

「よろしくね、タマちゃん」

 有無を言わさぬ笑顔にタマは諦めて受け入れる事にした。これから一緒にやっていくのだから、これ位の事で衝突していてはしょうがない。

 しかし、今回の主は少し面倒そうだなと思ってしまった。

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