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独裁者の姫君  作者: 夢想花
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9.占領計画

 次の日の朝、メレッサはコリンスの占領計画の説明を聞いていた。

 彼は立体映像を使って説明するが、難しすぎてよくわからない。

 死者80万人が1万人になるとか言っている。死者が80万人、とんでもない話だ。そしてこの計画でも死者は1万人、現実の話とは思えなかった。

「新しい占領計画にご了承いただけるのでしたら、計画書にサインをお願いします」

 コリンスの説明は終わった。計画書の表紙にはサインする欄があった。

 これにサインすれば今度は自分の責任で人が死ぬことになる。それも1万人も。これにサインしていいものか、まったくわからなかった。ペンを持ったが決心がつかない。すがる思いで母をみた。もう母だけが頼りだった。

 メレッサが必死で母を見ていたので、母が口を開いた。

「私が、少し質問をしてもよろしいでしょうか?」

 母が質問を始めた。コリンスは母の方を向いて質問に答えている。やっぱりおかあさんは違うと思った。きびしい質問をしてコリンスも返事に困っている。やがて母の質問は終わった。

 メレッサは、母が結論を言ってくれると思って母を見ていた。しかし、母は黙っている。

「ルニー、で、どうなんですか?」

 母は靜に頭を下げた。

「姫君さま。私のような身分の低いものが意見を申し上げるべきではございません」

 そうかもしれない。母の身分は下女といったところだろう。下女が作戦計画に許可を出すなどありえないことだ。

 やっぱり自分で決めなければならない。母の質問から、母はこの計画に反対ではないと感じた。それに、今のままだと殺りくが起きる、サインするしかないように思えた。

 震える手で占領計画書にサインした。

 コリンスが深々と頭を下げる。

「姫君さま。この占領計画で必ず無事に占領してご覧にいれます」

「たのみます」

 メレッサは引きつった声で答えた。

 コリンスはメレッサの所へ計画書を取りにきた。

「責任を感じてあるのはわかります。でも、これが姫君の仕事です。慣れてください」

「人が死ぬのに慣れるわけないでしょう」

 コリンスはうれしそうに微笑む。

「その気持ちをいつまでも持っていてください。そのうち死者が数字にしか見えなくなります」

 コリンスは敬礼をすると、部屋を出ていった。


 身体の震えが止まらない。メレッサはすぐに母の所へいった。

「サインしてよかったと思う?」

 母の目を必死で見た。もし違っていたらどうしよう。

「私も戦争なんてまったくの素人だから、ぜんぜんわからない。ただ、コリンスさんは占領の犠牲を減らしたいと思っているのは確かね。彼に任せていいんじゃないかと思う」

「サインしてよかったという意味?」

 母は笑った。

「してよかったと思うわ」

 よかった。メレッサはほっとして椅子に座った。

 わらっている母が憎たらしく見えた。責任のない人はいい。なんでこんなとんでもない責任が私にあるんだろう。あの計画でも1万人死ぬのだ。ある意味1万人の殺害計画にサインしてしまった。もう死んだら地獄に落ちてしまう。

 それに、ついうっかり忘れるところだった。しなければならないことがもう一つある。

「ミルシー、セラブ提督に電話して」

 セラブ提督にも話をしておかないと、また怒られる。


 電話がつながった。寝間着の上にガウンを羽織ったセラブ提督が現れた。

「おお、これは、姫君。始めてお目にかかります、セラブです」

 昨夜の電話はこちらの映像は送っていなかったから、セラブ提督は今始めてメレッサの姿を見るのだ。

「いや、これは。今、眠っておったところでな。姫君からの電話とあれば待たせるわけにはいかんだろう」

 彼はガウンをちょっと開いて下の寝間着を見せてくれた。

「それにしても、お美しい」

 彼は大げさに驚いてみせる。みえすいたおせいじだが、うれしくなってしまう。

「母君とそっくりですな」

「母を知っているんですか?」

 思わず母を見た。提督はそれを見逃さなかった。

「今、そこに母君がおられるのですか?」

「ええ」

「もし、よろしかったらカメラの前に出てはいただけまいか」

 母の知り合いだったとは驚きだ。ここに来て母の過去を始めて知ったが、まだ知らないことがたくさんありそうだった。

 母がメレッサの後ろに立った。

「おお、これはルニーさん。お元気そうでなによりです」

「ご無沙汰しています。提督になられたんですね」

「あの時は失礼しました。あなただったら皇帝の暴走を止められると思ったのですが」

 母は手をふった。

「私などにとても無理です」

 二人の会話はまったく意味がわからない。母と皇帝との関係はどんなものだったのだろう。

「このセラブ、あなたのためなら何でもします。困ったことがあったらどうぞおっしゃてください」

「いえ、こちらで優雅にやっておりますので、大丈夫です」

 母はちょっと会釈して、カメラの前から離れた。

 メレッサは唖然として母を見ていた。きのうは、母がメレッサを雲の上の人と言ったが、今は母が雲の上の人に見えた。

「姫君、で、ご用件は?」

 セラブ提督が聞く。メレッサは我にかえった。

「占領計画ができましたので、サインしました。じきそちらに届くと思います」

 提督はおどけたようにごぶしを突き上げた。

「姫君、了解です。おもしろくなってきました。任せてください」

 提督は楽しそうだ。メレッサは思わず微笑んだ。

 なぜか、彼を見ているとこちらまで楽しくなってしまう。魔法にかかったみたいに彼にまかせておけば安心という気にさせる。

「では、お休み。こっちは夜でしてな」

 提督はさよならと言うように手をあげた。

「寝ていた所を起こしてすみませんでした。おやすみなさい」

 きのうお返しだ。

 もう一度提督が手を上げると、電話は切れた。

 今の自分のできるのは、ここまでだと思った。80万人の死者は防げるかもしれない。本当は戦争を止めて占領軍が撤退するのが一番なのだが、そこまでは無理だろう。



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