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独裁者の姫君  作者: 夢想花
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1.皇帝の娘

 もうすぐ、ここが戦場になりそうだった。もちろん、人々は逃げ始めた。飛行車と呼ばれる空を飛ぶことができる自家用車みたいな飛行機に必要なものを積み込んで逃げていく。

「まだ、やってないの」

 セシルがメレッサを怒鳴っていた。セシルは自分では荷造りするわけではなくメレッサに全部やらせていた。メレッサはさっきまで食料の荷造りをしていて、セシルの荷物は今始めたばかりでだった。

「すみません。すぐやりますから」

 言い訳はしないことにしていた。どうせ事情を説明してもセシルはもっと腹をたてるだけだった。

 セシルは荷造りの箱を蹴飛ばした。箱の中の荷物が飛び散った。彼女はなぜかこんな事をする、メレッサを見ているといらいらするらしい。

「いらない物も入れてるでしょう。必要なものだけにして。わかった」

 もう一度やり直さなければならないがもう時間がない。自分の荷物も準備しないといけないのに、これでは自分の荷物の準備する余裕がない。

「すみません、やり直します」

 しかたない。まずこっちをやるしかない。急いで転がった品物を拾い集めた。不要と思える物を横にどけた。だいたい全部必要とは思えないものばかりだった。

 メレッサは16才、母とここにメイドとして住み込みで働いている。メレッサも中学を卒業してからは母を手伝ってメイドとして働いているが、ここには同じ年代の子供がいるので彼らの下で働くのは辛かった。ここには4年いるが、幼い時から似たような生活だった。

「さあ、急いで積み込んで」

 タラントさんが大声で叫ぶ。今にもドラールの宇宙船が攻撃を始めるのではないかと思うとあせってしまう。ドラールの宇宙船はここのはるか上空にすでに展開を終えているらしい。

 セシルの荷物を詰め込むと両手に抱えて飛行車に運んだ。タラントさんがそれを飛行車に押しこむ。もう車の中はいっぱいだ。

「すみません、私の荷物がまだなんです、待ってもらえます?」

「ばか、早く持ってこい」

 タラントさんに怒鳴られた。ぼやぼやしていて遅くなったわけではないのに、でも、本当に必要なものしか持っていけそうにない。あわてて自分の部屋に駆け込んだ。やっと自分の荷物の準備ができる。

 ドラールの攻撃が始まるのではないかと気ばかりがあせる。古いカバンに自分とお母さんの着替えを入れた。やっと、母もやってきた。母も一日中こき使われてくたくたになっていた。

「かあさん、着替えは入れたから。他に何を持っていく?」

 一番大切な写真を入れたメモリーはポケットに入れていた。しかし、母は急ぐ様子がない。

「メレッサ、私たちはここに残るから」

 メレッサはビックリした。

「ここは戦場になるんでしょ」

「大丈夫よ。戦争になったらどこにいても同じことなの」

 母は戦争の経験がある。若い頃、やはり、ここと同じようにドラールに攻撃された星に住んでいたのだ。戦争の経験があるから確かに母の言うことが正しいのだろうが、逃げないと言うのは不安だった。

「でも。10キロ先に、ルビル防衛軍が展開しているのよ」

 ルビル軍から付近の住民に逃げろと連絡がきたのは今朝のことだった。もっと早く教えてくれたら、こんなに慌てなくてもいいのに。それに、なんでこんな所でドラール軍を迎え撃つのかもわからない、ここには何もないのに。

 母は落ち着いている。

「ここにいましょ」

 その方がいいかもしれない。あの一家と狭い車内で顔を付き合わせるのはあまりいい気がしなかった。

「さあ、いくぞー」

 タラントさんが怒鳴っている。

 タラントさん一家はもう全員飛行車に乗っていた。

「はやく乗れ」

 タラントさんが険しい顔で怒鳴る。

「私たちはここに残ります」

 タラントさんはびっくりしている。

「ここは戦場になるんだぞ」

「ちょうどいいじゃない、食料が助かるわ」

 セシルが言う。

「大丈夫です」

 母がそう言うと、タラントさんはそれ以上二人を誘わなかった。

 タラントさんは飛行車を発進させた、飛行車がスーと飛んでいく。

「家の中の物に勝手にさわらないでね」

 車の中からセシルの怒鳴り声が聞こえた。

 二人は飛んでいく飛行車を見送ったが、二人は乗り物など持っていないからもう逃げるすべはなかった。

 空にはたくさんの飛行車が飛んでいく。みんな逃げだしているのだ。

 飛行車の数もだんだん少なくなり、逃げるのに手間取った最後の一機が飛んでいった後は、静かな空が戻ってきた。

 家族が逃げ出していった後の家の中は驚くほど静かだった。窓からは広い草原が見え、これから戦争になるなど想像も出来ないほどのんびりとした景色だった。

 母は家の中に入ろうとはせずに、外でじっと空を見ていた。あまりに母が家に入らないのでメレッサは母の所へいった。

「家に入ろう。外は危ないよ」

 それでも母は空をみている。メレッサが空を見ると、恐ろしいくらいたくさんの黒い点が浮かんでいる。あれが全部ドラール軍の宇宙船だ。

「ねえ、地下室に隠れた方がよくない?」

 母は何かを探しているように空を見ている。

 見ると、黒い小さな点に混じって、かなり大きな点が一つあった。他の点が宇宙戦闘機なのにたいしてそれは母艦クラスの大きな宇宙船だった。それがまっすぐこっちへやってくる。

「ねえ、こっちに来てるみたいよ」

「ここを知らせてあるの」

 母は意外な事を言う。

「何を知らせたって?」

 母はメレッサを見た。滅多に見せないきつい目をしている。

「メレッサ、これから大事な事を話すから、驚かないでね」

 母の言葉は緊張で張り詰めていた。

「メールを送ったけど、届いたのか分からなかったし、返事もなかったから、はっきりするまで黙っていたの。ドラール皇帝にここの場所を教えてあるわ」

「誰に教えたって?」

 貧乏なメイドの母が天下のドラール皇帝にメールなんか送れるはずがない。

「私が、若い時に住んでいた星がドラールに占領されたの。その時、私は捕まってドラール皇帝の所に連れていかれ、その時に生まれたのがあなた」

 母の顔は何の表情もない。

「そう、だから、あなたのお父さんはドラール皇帝なの」

 意味がほどんど分からなかった。母は何を言っているのだ。

「驚いたでしょうけど、本当よ」

 母は父の事を決して話さなかった。なにか深い事情がありそうだとは思っていたが、あの極悪非道なドラール皇帝がお父さん。どこか他人ごとのように思えた。

「私はあなたが生まれてすぐに逃げ出してここに来たの、ここならドラール皇帝に見つからないと思って。でも、ドラールがここまで来たらもう逃げる所はないわ。ドラールがここを攻めるならこの星のどこにいても安全な所はない。あなたの居場所を教えれば少なくともあなたは助かると思ったの。いくらなんでも我が子を殺すようなことはしないと思うわ」

 今まで何度も父の事を考えたことがあった。母を捨てた人かもしれないとも思っていた。母を捨てたのなら憎い奴なのだが、でも会って見たかった。

「あなた、お父さんのこと、何度も聞いたわね。ドラール皇帝だと知ったらショックだと思って教えられなかったの」

 まだ、ぴんと来なかった。今まで敵だと思っていた人が父なんて。でも、父とわかったらやっぱり会ってみたい。

 宇宙船は急速に近づいてきた。

「あの宇宙船はあなたを迎えにきたのよ」

 私を迎えに? ほとんど信じられなかった。


 宇宙船が頭上すぐ上に来て止まった、近くに来るとその巨大さに圧倒される。頭の上に屋根ができたみたいで下は暗くなってしまった。

 宇宙船の下に通路が開いて、そこから、ぱらぱらと兵士が飛び出してきた。その中を一人の男が足早にこちらにやってきた。

「ルニー・テルトンさん?」

「はい」

 母がうなづく。

「では、この子が」

「そうです」

「では、急いで、いつルビル軍の攻撃が始まるかわかりません」

 その男に急かされて二人は足早に宇宙船の中に駆け込んだ。今の今までドラール軍の宇宙船に逃げ込むことがあるなんて考えたこともなかった。

 中に入るとすぐに床が揺れるのを感じた。離陸したみたいだ。

「あの、全部、家に置いたまま……」

 家から、何一つ持ってきていない。

「姫君、ご安心ください。あの家の品物はあとで全部運んでおきます」

 一瞬、誰に言ったのか分からなかった。姫君がこの近くにいてその人に言ったと思った。

 『姫君』が自分のことだとわかると、ちょっとこそばい気分だ。ドラール皇帝の娘なら姫君になるのか。

「ルビル軍の攻撃を受けると危険なので、緊急に離脱中です。もちろん姫君が御乗艦なので千機の戦闘機が本艦を護衛しています」

 『御乗艦』とか『護衛』とか言われると不思議な気分になってしまう。私を守るために千機の戦闘機が護衛している。どこか偉くなったような気がする。

「申し遅れましたが、私は艦長のミルと申します」

 ミル艦長はキチッと姿勢を正すと敬礼した。

「では、お部屋にご案内します」

 ミル艦長について艦内の通路を歩いた。途中何度も角を曲がって進む。一人で歩いたら絶対に迷子になりそうだ。やがて、広い部屋に案内された。

「ここが姫君のお部屋です。少し狭いですが何せ本艦は軍艦ですのでご辛抱をお願いします」

 これで狭い? 今まで住んでいたタラントさんの家の居間の何倍も広い。

 部屋の中に駆け込んだ。すばらしい部屋だ。大きな窓からはルビル星が見える。ルビル星はどんどん小さくなっていた。

「ここは、軍艦に賓客をお載せした時に使う特別の部屋です」

 ミル艦長が説明してくれる。

 部屋の中をぐるっと見回した。豪華な家具があって、壁には絵がかかっている。

 どれもものすごく豪華でうきうきしてしまう。

「こちらが侍女です」

 ミル艦長が侍女を紹介した。

 侍女は4人いて、やさしそうな感じのほっそりとした女性が歩み出た。

「私、姫君のお世話をさせていただく侍女のミルシーと申します。どうぞなんなりと御用をお申し付けください」

 驚きだ、侍女までいるのだ。いままでメイドとして働いていたが、これからは逆に世話をしてもらえる。食事の後片付けも部屋掃除もしなくていいのだ。

「セダイヤワに着くまで3日ほどかかります」

 ミル艦長が事務的に説明する。

「セダイヤワって?」

「ドラール皇帝の居城がある星です」

「じゃあ、父はそこにいるんですか?」

 思わず父と言ってしまった。

「はい、そこにおられます」

 自分でも驚くほど簡単にドラール皇帝が父だと受け入れていた。ついさっきまで敵だと思っていたのに。

 メレッサは、自分の奇跡のような運命に今にも叫びだしい気持ちだった。この私が皇帝の娘。巨万の富と強大な権力を持つ皇帝の、その娘がこの私。父の富があればこれからは優雅な暮らしができる。もうセシルにいじめられなくてすむのだ。

 メレッサは豪華な部屋をぐるっと見回した。これが私のものだ。



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