王子が選んだ愛と、王家が選んだ王
明確な断罪シーンはないし婚約破棄とかの展開もない。
ただ、ざまぁっぽいものはある。
王城の大広間で開かれる年に一度の舞踏会。高位貴族から下位貴族の当主夫妻だけでなくその家族までも招待される最大規模の舞踏会。
女性のドレスは絢爛豪華なホールの中で目を楽しませる色とりどりの花園のようであった。
舞踏会が始まるまでの間は多くの貴族達の挨拶の時間であり、至る所で関係のある人々が思惑を抱きながら声を掛けたり掛けられたりしていた。
深紅のドレスを着た一人の令嬢が、エスコートするパートナーも無しに大広間の扉口で名を呼ばれ入場してくる。
耳と胸元を飾るのは美しく煌めく緑色の宝石。
金色の髪の毛は豪奢に、しかし乱れなく、上半分は結いあげられ、透明な宝石で出来た花を模した髪飾りで彩られている。下ろされた下半分の髪の毛は丁寧に巻かれており、歩く度にふわりと揺れた。
「まあ、ご覧になって。おひとりよ」
「ふふ。殿下はまたあの方をお連れになるのかしら」
「女として負けているわよね」
抑えたように見せかけて明らかに聞かせるつもりの高い声。まだ年若い令嬢達が集まり一人の令嬢を貶める言葉を発している。しかし、その近くにいた、年上の紳士淑女は不快だと眉をひっそりと顰めた。
そんな言葉に反応するでもなく、視線も向けずに真っ直ぐと歩いていた令嬢は高位貴族の集まる一帯に辿り着くと、そっと端の方に寄った。
「フェリシア。素敵だわ。特にそのエメラルドがとても綺麗ね」
「ありがとう。私に合うようにとデザインもしてくださったの」
「あらやだ。惚気られちゃった?」
深紅のドレスの令嬢に近寄るのは淡いブルーのドレスを着た令嬢。彼女の隣には男性が寄り添っていた。彼は令嬢の身を飾る緑色の宝石をじっと見ていた。
「シュベル嬢……決まったのですね?」
「ええ。両親は今、国王陛下の元へ」
「なるほど。セーリエ。予定通りに」
「ええ、ジュリオ様」
若い三人の言葉を理解出来た者は、さりげなさを装いながら立つ場所を決める。
今日の夜会は何かが変わる日であり、何かが決まる日なのだ。
フェリシアはシュベル侯爵家の娘で、兄と妹がいる三人兄妹の真ん中に生まれた。兄は後継者、妹は辺境伯家に嫁ぎ、フェリシアは王家に嫁ぐことが生まれながらに決まっていた。
現国王が他国から王女を娶った関係で、その子供は国内貴族から相手を見つけることになっていた。近親婚を避けるために三代まで遡り王族に嫁いだり降嫁しておらず、財政を支えられるだけの資産を持つ家の中から、年回りが近い者で選ばれたのがフェリシアだった。
「ローレンス殿下はお分かりでないのね……双子で先に生まれただけの第一王子でしかないことを」
「長子だからとお考えなのよ……王室典範を学んでいるはずなのに」
頭が痛いわ、と揺らがぬ微笑みを浮かべるフェリシア。
幼い頃から徹底して鍛えられた表情の作り方。熱があろうが痛みがあろうがそれを悟らせない鉄壁の仮面。
十歳になるまでは侯爵邸で淑女教育や学問を習得し、十歳からは王城でより高度な教育を身に付けてきた。
その間に王子達と交流しながらフェリシアはずっと見極めてきた。
ジュリオはバルトロ公爵家の嫡男でセーリエはガレラーニ伯爵家の娘。爵位の差が二個あるのに婚約が成立したのは、セーリエの母方の祖父がメシュリ前公爵でセーリエの母と現当主である弟が仲の良い姉弟だからだ。
フェリシアとジュリオ、セーリエは全員が同じ歳だが、この年生まれの子供は多い。
王族に子が出来るとそれに合わせて子を成す家が多く、特に高位貴族は何らかの形で王家と結びつく為に子作りをする。
現在の王家には四人の子供がいる。
第一王子と第二王子は双子、第一王女、第三王子である。
双子ではあるものの、第一王子と第二王子は似ていなかった。
王妃によく似た銀の髪の毛に紫の目をした第一王子、国王によく似た金の髪の毛に緑の目をした第二王子は顔も違えば性格や行動も違った。
僅かに早く生まれただけに過ぎないのに第一王子のローレンスは兄だから、長子だからと傲慢に振舞っていた。
それに対して第二王子のアルベルトは人当たりがよく穏やかな振る舞いであった。
登城したフェリシアの対応をするのは常にアルベルトで、ローレンスがお茶会に顔を出したことはない。
彼は勝手に決められた婚約が気に食わないと常日頃から隠すこともなく喧伝していた。
そんなローレンスは王侯貴族の子女が十六歳から十八歳の二年間通う学園で『真実の愛』を見つけたらしい。
男爵家の娘で名前をリリア。栗色の髪の毛に若草色の目をした愛嬌のある令嬢で、フェリシアはお似合いだと特に相手にもしていなかった。
そんなフェリシアの態度が気に食わなかったのか、ことあるごとにローレンスはリリアを寵愛している姿を見せつけてきたが、意味もない無駄なことを、と呆れていた。
フェリシアの立場は揺るぎないというのに。
「国王陛下並びに王妃陛下、御入来」
貴族達が入場する大広間の扉とは正反対の広間の奥。王族専用の出入口から姿を現す国王と王妃は、重厚感のある揃いの正装をしていた。
張り詰めたような緊張感。
続いて王子王女が入場するのだが。
ざわり。
第一王子が王族ではない令嬢を伴っていた。
学園に通う子女ならば知っている、男爵家の娘がそこにいた。
王族の、それも第一王子と共に入場するには身分が足りないはずなのに、国王がそれを許している。第一王子の婚約者にその娘が決定したのだということで様々な反応が起きた。
学園で共にしている下位貴族の子女は興奮に満ちていた。何せ彼らにとって王子と男爵家の娘の「真実の愛」は夢物語のように美しいものだったから。
高位貴族の子女は嫌悪感に満ちていた。何故なら、このままだとあの男爵家の娘に頭を下げなければならないのかと忌々しさと同時に、フェリシアの制御が足りなかったのではないかと責める気持ちがあった。
子女とは別に大人達の反応もそれぞれだったが、きちんと学びを疎かにしなかった者たちはそれが何を意味するのかを正確に理解していた。
貴族達が立つ広間と壇上との間には、五段の幅広い階段が設けられていた。僅か五段。それでも、壇上に立つ者と下にいる者とでは、見える景色も、見上げる視線の角度も違う。王族はその五段を上がった先にいる。
並べられた椅子の中央二脚の前、左に国王、右に王妃が立つ。
王妃の隣に第一王子ローレンスと男爵家の娘リリアが並び立ち、視線を一身に集めるその喜びを享受していた。
国王の隣には第二王子アルベルト、第一王女カトリーヌ、第三王子ミケロアスと並んでいる。
分かるものには分かった。
国王の傍に誰がいて、誰が離されたのか。
「皆、よく集まってくれた。今宵は一年の節目を祝う、我が国にとって大切な夜だ。こうして多くの貴族が一堂に会し、互いに親睦を深められることを、余も嬉しく思っている。
今宵が皆にとって実りあるものとなることを願おう。では、年に一度の王宮舞踏会を始めるとしよう。皆、存分に楽しんでくれ」
国王の挨拶は例年通り変わらない。
ホールに立つ貴族達は儀礼に則り頭を下げる。壇上に近い高位貴族から順に頭を下げるそれは、まるで波のように広がり、その光景を見ていたリリアは優越感に満ちていた。
「さて。ここで二つ報告がある。これは決定であり、議会の承認も済まされた正式な告知であると胸に刻むように」
国王の厳かな宣言に頭を上げた貴族達の視線が集まる。
先代国王が崩御したのは国王が三十の時で、突然の死に国は揺らぎかけた。しかし、元々資質のあった国王は不安定さなど嘲笑うかのように、先代から急遽引き継いだ国王の座を確かなものにした。
他国からの干渉も威厳ある姿で退け、国を守りきる姿は大樹のような安定感があると実力で示してきた。
聴く者の心を震わせる低く重厚な声を聞き漏らさぬようにと意識が集中し、静まり返るホール。
国王の声はよく響いた。
「一つ目。第一王子ローレンスは臣籍降下し、王領の一つであるカルザナ地区を封地として与え、子爵位を授ける。その際、ここにいるアプト男爵家のリリア嬢を妻とする。既に二人の婚約はなされており、解消、破棄、白紙撤回などは許されぬ。
二つ目。第二王子アルベルトの立太子の儀を執り行う。また、これまで候補であったシュベル侯爵家のフェリシア嬢との婚約を正式に結んだ」
国王の宣言に驚いたのは貴族だけではなかった。当事者である第一王子ローレンスとその婚約者となったリリアは、揃って目を見開き国王を見ていた。
「これまでフェリシア嬢はどちらの王子に嫁ぐか決まっていなかったため、候補という立場でしかなかった。王家とシュベル侯爵家の婚姻は決定であり、変更は許されぬ。双子の王子が長子次子で生まれた際には、長子世襲の原則によらない、王室典範に則り見定めていた」
歴史を学んでいる者ならば知っていて当たり前のことだが、双子が産まれた際の扱いは特例となる。
同じ時に腹の中に宿った二人なのに、生まれた順番が早かった、遅かったというだけで王位継承者を決めることは極めて危険であるとしたのだ。
双子でも適性が異なる。王に相応しいのはどちらか、ずっと彼らは見られていた。
その上で国王と王妃、議会は第一王子ローレンスよりも第二王子アルベルトの方が相応しいと決断した。
フェリシアは王族の婚約者としての立場はあったが、どちらの王子の婚約者かを明言したことはない。それは決まっていなかったからだ。
「第一王子ローレンスは王立学園で『真実の愛』を見つけ、余に熱心に語った。故にその思いに応えた。王家とシュベル侯爵家の結びつきは揺らぎ無きもの。ローレンスの臣籍降下は願いを成就させたものだ」
それは痛烈な批判であると誰の目にも明らかであった。
身分にそぐわぬ愛を貫きながら、王の定めた婚約者候補を選ばず、王位を得ることは許さないという明確な怒りであった。
「余には『真実の愛』というものがよく分からぬ。余と王妃の間にあるのは深い信頼と尊敬、そして長きに渡り育んできた親愛である。共に国を治める者として同じ視線の先を見つめる同志でもあり、個人の情は優先されるべきものではない。ローレンスは感情を大事にした。よってその願いを叶えた」
国王の言葉は、二人の関係を応援し夢見ていた者たちを容赦なく打ちのめした。王族とは国の頂点に立つからこそ私情で行動することは許されない。
国王が私欲で動けばその下にいる貴族も平民もそれに合わせて動かなければならない。それを果たして許せることなのか。
国王の隣にいる王妃の笑顔は美しい。一切の揺るぎがない。それはフェリシアとよく似ていた。いや、フェリシアが王妃に似ているのだ。
他国から輿入れしてきた王女は若い頃からこの笑顔を崩さない。つまり、どの国の王族でもこの笑顔は変わらないのだ。
ローレンスがフェリシアを貶める時に使う言葉があった。
『あの女はまるで人形だ。貼り付けた笑みしか浮かべない気持ち悪い女だ』
そのローレンスの隣では嬉しい時は口を開いて笑い、悲しい時は子供のように涙を流して泣くリリアがいた。彼らはリリアを人間らしいと思い、フェリシアを人形のように気持ち悪いと悪し様に罵った。
だが、それは王妃をも貶す言葉だと知らなかった。
それだけでない。王女や第二王子、第三王子も常に変わらぬ笑みを浮かべている。
第一王子だけが、王族のあり方に即していなかったのだ。
彼だけが王族としての生き方が出来ていなかった。
仮に王妃が感情的に笑い泣き怒る姿を見てなんと思うだろうか。
みっともないと思わないだろうか。
つまるところ、ローレンスとリリアの関係を迎合していた者たちはその程度でしかなかった。それだけだ。
「アルベルト、そなたの婚約者を紹介せよ」
「はい」
国王の隣で王太子になることが決まったアルベルトは、階段を降りると真っ直ぐにフェリシアの元へ歩いていく。
シュベル侯爵夫妻は王族が入場する直前に会場に入り、フェリシアから少し離れたところに立っていた。
「フェリシア嬢。この手を取ってくれるな?」
「ええ、もちろんですわ。アルベルト殿下」
差し出された手に重ねる手にはグローブがつけられている。
初めて登城してから八年。その間、アルベルトと触れ合う時には必ずグローブ越しであった。
深紅のドレスには金色の刺繍が施されている。
近くでよく見れば、ドレスの生地と近い色の糸で第二王子アルベルトの紋章であるコマドリとカランコエの模様が分かったはずだ。
胸元と耳を飾る宝石はアルベルトと同じエメラルドグリーン。
フェリシアはこの大広間に来た時点で選んでいたのだ。
階段をのぼり、アルベルトと共にホールを見渡す。
「王家とシュベル侯爵家との婚姻は我々が生まれた時から定められていた。そして十八年の時を経て正式にフェリシア嬢との婚約を宣言する」
父親に似ていると言われるアルベルトは十八歳にして貫禄がある。その隣で美しいカーテシーを見せたフェリシアは、王妃とよく似た笑みを浮かべている。
王妃の隣で顔色を変え、姿勢も悪いローレンスとリリア。
それに対して王族に馴染むフェリシア。
どちらが王家に相応しいのか、言葉よりも何よりも目に見える形で比較出来るこの状況こそが、あまりにも残酷なほど真実を示していた。
傲慢なローレンスと思ったことを平気で話すリリアだが、今この場で口を開くことは出来なかった。
国王の「既に決まったこと」という宣言が覆ることなどないと、息子であるローレンスは嫌でも知っていたからだ。
彼は長子であるから慣例通りに王になるのは己だと信じていた。
双子の弟よりも先に生まれたからこそ全てを手に入れ、後から生まれたアルベルトは常に己よりも劣ったものしか手に入らないと、そう信じていた。
だから、双子の特例などまともに聞いていなかった。
真実の愛のリリアと共に、王太子、そして王になり贅沢三昧の日々を過ごす未来は無くなった。
まあ、そんな考えだから選ばれなかったのだ。
アルベルトは少しだけ早く生まれた、それだけで王になるのは当たり前だと考えていたローレンスに疑問を抱いた。
双子でそれは運なのではないか、と。教師に問いかけると、素晴らしいと褒められながら双子の特例を教わった。
まともに学ぼうともしないローレンスに対し、アルベルトは着実に学び、実績を残し続けた。
フェリシアとの交流も義務ではなく心から楽しんだ。
聡明なフェリシアとの会話を楽しめるだけの知識をより深めようと更に学習意欲が増していた。
双子でありながら見た目も中身も違うローレンスとアルベルトは、途中から完全に道が分かれた。
議会も双子の特例を知っているからこそ入念に観察をし続け、国を傾ける可能性のあるローレンスを臣籍降下させ、アルベルトを立太子させることを決定した。
ローレンスの周りにいた者は諌めた。
それを気に食わず、ローレンスは彼らをクビにして己を持ち上げるものだけを周りに置いた。
国王も王妃も、その決定に口を出さなかった。
王は選ぶ者である。最後の決断は常に王の手の中にあり、正しい道か間違った道かを選ぶのは王の役目だからこそ、責任を負わなければならない。
ローレンスは己で選び続けた。その責任は彼の元にしかない。
「フェリシア嬢、今日からやっとあなたを正式に婚約者だと呼べる」
「わたくしもずっとお待ち申し上げておりました」
背の高いアルベルトを見上げるフェリシア。口元の笑みは変わらないが、目に籠る熱が明確に違う。
学園を共にした者たちは思い返していた。
ローレンスがわざわざリリアを連れてフェリシアに見せつけに行くことはあっても、フェリシアからローレンスに近付いたことはないことを。
それどころかフェリシアは常に令嬢と共にいるか、護衛騎士と侍女を控えているかだったことを。
フェリシアを引きずり下ろした先にリリアがいるものだと考えていた子女達は、思い違いを言葉で殴られ続けていた。
フェリシアの立場は揺るぎなく、未来の王妃はフェリシア以外に有り得なかったのだと。
ローレンスとリリアを応援していた者たちは、結果的にローレンスの王位継承を否定する側に加担していた。
理解していた子女はローレンスに近寄ることも侍ることもしなかった。貴族にとって情報は武器であり、身を守る盾であり、誰につくかを選ぶことは未来の明暗を分けると嫌でも学ばされた。
ローレンスとリリアを応援していた者たちの姿を学園の生徒は皆見ている。今更どこかに鞍替えなど出来るはずもなかった。
国王と王妃のダンスの後、アルベルトとフェリシアがホールの中央に向かい合わせに立つ。
女性にしては背の高いフェリシアを小柄に思わせるアルベルトは、壊れそうなガラス細工に触れるようにフェリシアの手を取り、音楽に合わせてステップを踏む。
「これからはアルベルト様をお慕いしている姿を隠さなくても良いのが嬉しいです」
「っ……君は時々直接的になるな」
「ええ。だってずっと我慢していましたもの」
議会の決定が下されるまで、フェリシアはどちらの王子にも偏りを見せてはいけなかった。しかし心ではずっと前に決めていた。
傲慢なローレンスよりも、己を律する心を持ち、未来に向かって確実に進むアルベルトを。
彼の不器用な優しさに恋をした。
国王の「個人の情は優先されるべきものではない」の言葉にどきりとしたが、フェリシアは国のことを思ってもやはりアルベルトの方が相応しいと思っている。
それに、優先されるべきではないけれど、持つことは否定されていない。
どちらも両立した上で国益を優先することが出来れば良いのだ。
ローレンスの過ちは国益にならないリリアを選んだことだ。仮に彼女の家が国益に繋がるのであれば、婚約者の入れ替えが起きてもおかしくはなかった。
現実としては難しいだろうが。何せ、男爵家の娘が国の頂点に立つために必要な知識と礼儀作法を習得するためにどれだけの時間が掛かるか想定も出来ないのだ。
大きな手がフェリシアを支える。
国王に似た少し厳つい顔立ちは、フェリシアに対して少しだけ緩む。
その全てが愛しい。
壇上で顔色を悪くしているローレンスとリリアと対比して、これからの未来が明るく輝くものであるアルベルトとフェリシアは曲の終わりに合わせ再び向かい合わせになり一礼をした。
双子が生まれた場合、長子継承に特例があっても良いよね。
というお話でした。




