第3話 時の調律者
アキト達を乗せた長門は、この世ならざるどこまでも白い空間を進んでいた。
方向感覚はすでになく、ただ前に向かっているように思えた。
「私とアキトが艦橋にいるということは、天には帰らなかったのだな?」
アキトを抱きしめながらナガトは時の調律者を見つめた。
「はい。私が艦ごと転移させました」
ナガトはしばし目を閉じ考えた後、口を開いた。
「アキトが助かったことをまず感謝する」
ナガトは軽く頭を下げた。
そしてアキトを見て話した。
「死は回避された。今は大丈夫だ」
「本当に?」
アキトは弱弱しく尋ねた。
「ああ、本当だ。彼女には敵意を感じない」
ナガトはアキトの頭をひと撫でして立ち上がった。
「時の調律者に問いたい。この艦はどこへ向かっている?」
「テレシアという惑星へ向かっています」
「テレシアとは?」
「地球によく似た環境をもつ惑星です」
ナガトは腕を組んだ。
「アキトを未来へ戻せないのか?」
「タイムシャドウに消されたものは同じ時間軸に戻ることができないのです」
「私のミスでタイムシャドウを取り逃がしたことが原因です。改めてお詫び申し上げます」
「ゆえに、私はテレシアへ転移させてアキトさんの命を繋ぐことを選択しました」
「タイムシャドウとは、何者だ?」
「タイムシャドウは時間エネルギーをもつ高度生命体を誘惑し過去に送る存在です」
「過去を知っているものを送れば————歴史は改竄される…」
ナガトは眉をひそめた。
「その通りです。修復不可能な歴史の改ざんが行われた場合、並行世界が発生します」
時の調律者は言葉を続けた。
「並行世界をつくられるたびに世界は存在力を失っていく。やがて限界を迎えた世界は崩壊へ向います」
「私はタイムシャドウを抹殺し並行世界の創造を阻止するための装置です」
「では我らを転移させるのは問題はなかったのか?」
「はい。戦艦長門の存在が歴史上から消える瞬間に消えただけですので並行世界が発生するためのエネルギー量が足りません」
「なるほど。あなたはアキトを助けるために最善を尽くしてくれたのだな。改めて感謝する」
ナガトは微笑んだ。
◆ ◆ ◆
「まもなく、テレシアに転移します」
時の調律者が告げた。
そして————
白い空間が色づきはじめた。
長門はテレシアの海上に姿を現した。
外から潮の匂いが入ってきた。長門は波に優しく揺られていた。
アキトが鉄枠の窓から外を眺めると月と満天の星空が見えた。
「きれい」
それがアキトが初めて見たテレシアの風景だった。
「Аналізую географію Телесії」
時の調律者は言葉を発し、しばらく沈黙した。
そして再び言葉を発した。
「ここから西へ向かえば大陸があります。アキトさんと同じ生命体の存在も確認できました」
「私の勝手なお願いですが、どうかアキトさんをよろしくお願いいたします」
時の調律者はナガトに頭を下げたように思えた。
「わかった」
ナガトは頷いた。
「私と手を繋いでください」
時の調律者は手のようなものをナガトとアキトに差し伸ばした。
「今から言語の才を与えます」
「確かに言葉が分かるのは心強い。アキト、彼女と手を繋ぐんだ」
「うん」
アキトは小さな手で時の調律者の手を掴んだ。続いてナガトも反対側の手を掴んだ。
「完了しました。これでテレシアの言葉を理解できます」
時の調律者は、二人から手を放した。
そして告げた。
「もう時間がありません。私は急がねばなりません。アキトさんのお母さんを————」
と言い残して時の調律者は姿を消した。
◆ ◆ ◆
艦橋にはアキトとナガト。優しい波の音だけが聞こえてくる。
ナガトは自身の神力が艦に満ちる感覚を感じた。
この世界は魔素に満ちていることを即理解した。
重油も少しあるようだ。
地球ではできなかったことが————できる。私の神力で艦を動かせる。
長門の機関、主砲など兵装が神気の波動に満ちた。
「艦を動かすには艦長がいる。アキト、艦長になってくれないか?」
ナガトがアキトと目線を合わせるためにしゃがんだ。
「艦長ってなに?」
ナガトは顎に手をあてて、言葉を探した。
「艦で一番偉い人のことだ」
アキトは少し考えたが、首を縦に振った。
「わかった。艦長になるよ」
そのとき、アキトはナガトを見て少し笑った。
「ありがとう、アキト」
「では"機関始動。針路270。原速"と私に命じてくれないか」
「ナガトに言えばいいの?」
「そうだ。頼む」
「機関始動。針路270。原速」
アキトは小さな声で囁いた。
「ありがとう、私の艦長」
「機関始動!針路270、原速!」
ナガトは大きな声で復唱した。
ボイラーに火が入った。しばらくすると煙突から黒煙が噴き出した。そしてタービンが動き出す。
戦艦長門はゆっくりと西へ進み始めた。
長門が動き始めたころ、アキトは安心したのだろうか?ナガトの横で静かに眠りについた。
◆ ◆ ◆
翌日————
ナガトの横で寝ていたアキトの様子がおかしい。
目覚めているのに起き上がれない。そして、唇は白くなっていた。
「アキト、しっかりしろ!」
ナガトが叫んだ。
続く




