第一話 はじまり
再開発が進むこの地域では様々な地下工事が行われ交通規制も多い。子供たちが遊ぶ場所も限られるが狭い場所でも工夫して遊ぶのは子供の能力だろう。
鬼ごっこは狭い路地や脇道も多い住宅密集地域で始まった。
「待てー!」
鬼役の子供真守がぎりぎりで追いかけて行くと路地を曲がった途端に逃げていた子の姿が見えなくなった。
「あれ?」
地面を見ると直径1m程の黒い孔があった。
先に走って逃げた子供が落ちたのかと思い覗き込んでも底も縁も見えない。
だが、曲がった途端にいなくなった事を考えればここに落ちたとしか思えない。
「ヒロくーん!」
呼んでも返事はない。
真守は地面に手をつき恐る恐る足の裏を黒い孔に触れさせると、異様な感覚がした。
その異様さにあわてて足を引っ込めると、厚いはずの運動靴の裏がなくなり靴下まで破けていた。
困ってオロオロとしていると逃げていた他の子供達が集まってきたが真守が状況を説明しみんな不思議そうに困惑したが、ありのままに親に言うしかないとそのまま皆家に向かった。
真守の家、片瀬家で母親の千尋に説明した。
千尋は地質学の専門家である。
真守は怒られる事を覚悟しながら逃げていたヒロくんが居なくなった事、足を入れようとして運動靴がだめになった事なども一生懸命正直に説明した。
「ヒロくんがそこで居なくなったの?」
「うん」
シンクホールかしらね?
地質的にはこの辺りではまあないけど、近隣の地下構造から行けば下水道、老朽インフラ、地下工事などの破損からかしら。
とにかく急いで落ちた子を助けなければ。
「どこなのか今すぐそこまで案内して!」
「わかった」
千尋がその孔を見た瞬間に尋常でないことが判った。
真っ黒なのだ。
仮に孔が普通にあいているとしたら、昼間の太陽光でいずれかの縁は見える。
それが見えないのだ。
靴がダメになる?
千尋は迷わず自分がはいてきたサンダルを片方脱ぎ、右手で掴んでその孔に半分程入れてみた。
入れたその少し後、まるで大きな魚の口に吸い込まれるように食べられた感じがした。
サンダルを取り出してみるとまるで溶かされたように孔に入れた部分はなくなっていた。
警察に通報して直ぐにヒロくんの家、矢島家に連絡した。
千尋には底しれない恐怖のようなものが真っ黒の孔から感じられ黒い孔を見つめた。
千尋の感は鋭くこれまでもよくあたっているのだ。
◇◇◇◇◇
千尋は走ってきたヒロくんの母親真弓に丁寧に状況を説明した。ここに落ちたかどうかもまだ判らないとも説明したのだが、困惑して焦った真弓は中を覗こうと孔の縁に手を置いてしまったのだ。
「ダメ! 手を離して!」
次の瞬間、
「ぎゃー!」
真弓が両手を縁から離した際には何本かの指の先が無くなっていた。
両手の指先なのでハンカチを渡し止血するように指示をして今度は慌てて救急車を呼んだ。
警察車両が1台到着し、2名の警官がやってきて事情を説明している所に救急車が到着した。
警察官は署に連絡して応援を頼んだ。
パイロンが置かれ立入禁止とされ、警察官が1人残り事情を詳しく説明する為に警察署まで真守と共に向かったのである。
自分が地質学の専門家の研究員であることも明かし地下が複雑な事を説明したが、孔そのものが尋常ではない事を説明した。
千尋は理路整然と説明したが、聞き取りを行った警察官は訳がわからない様子で事態を飲み込めず、説明される状況を書き留めるのが精一杯だ。
藤堂警視正と言う方が来て一通り確認すると帰して貰えるようになった。
説明が終わり、パトカーで自宅まで送って貰いながら先程の現場を通り孔を見ると、丁度パイロンが内側に倒れた。そして孔に飲まれて消えた。
「お巡りさん! 止まってください。大変です。さっきの孔が大きくなってます!」
「えっ! なんだって!」
慌ててパトカーを止め降りて確認する。
「やっぱりさっきよりも大きいわ」
数時間と経過していないのに、既に2m近くの孔になり、立てていたパイロンが内側に倒れてしまったのだ。
千尋はこれは飛んでもなく不味い事になると直感した。
その日の夜、夫の浩が帰宅し食事を終えると、千尋は夕方の出来事を説明し、浩を警察の見守る孔へ連れて行った。パトカーが数台止まっていた。
孔は明らかに昼間よりも拡大している。
家に戻り、これはかなり不味い事になると、千尋の実家のある埼玉の大宮へ避難するように夫を説得した。
幸い、浩はテレワークでも勤務が可能となっており、
「千尋のこういう感は当たるからなぁ。しかし真守は学校を休む事になるな」
「時間が経てばそんな事を言ってられないわよ」
「そうだな。もしも震災の時のように交通が麻痺したらどうにもならないからな」
「明日の朝ならまだ電車で行けるわ」
「千尋はどうするんだ?」
「私は研究室の荒木教授にこの特殊な状況を報告してから直ぐに向かうわ」
「判った。じゃあ千尋は荷物の準備を頼む。俺は千尋が万が一でも動けるように今から車のガソリンを入れてくるよ」
「判ったわ、お願いね」




